《私は・・ラクス=クラインです》
私に、出来ることをいたしましょう。
天使たちが動き出したと同時に、歌姫もまた動き出した。天使たちの剣と共に、歌姫もまた‘歌’という名の剣をその手に。
制 裁
モニター内にいるラクスは微笑んでいるが、彼女をよく知る者たちがその姿を見たら即座に彼女が怒っていることに気付いただろうが、生憎、地上にはその人物はいなかった。
《私と同じ顔、同じ声、そして同じ名前の方がデュランダル議長の側にいることは知っています。 ですが、私はシーゲル=クラインの娘であり、先の大戦ではアークエンジェルと共に戦いました私は、今もあの時と同じかの船と共に宇宙へおります。 私は、デュランダル議長の言葉と行動を支持してはおりません。 戦うものも悪くはなく、戦わないものも悪くはなく、悪いのは全て戦わせようとするもの・・・死の商人ロゴス。 議長の仰る言葉は、本当でしょうか? それが真実なのでしょうか。 〔ナチュラル〕でも〔コーディネーター〕でもない。 悪いのは彼ら、世界・・・。 あなたではないという言葉の罠にどうか陥らないでください。 ・・・無論私は、ロード=ジブリール氏を庇うのではありません。 ですが、デュランダル議長を信じるものでもありません。 我々は、もっとよく知らねばなりません。 デュランダル議長の真の目的を。 あなた方は何をなされているのか、ご存知なのですか? 何を討とうとしているのか、ちゃんと存しているのですか!? オーブの方々は、ご自分たちがなにを優先すべきなのか、分かっているのではないのですか? そして・・ザフトの方々も。 ただ、上からの命令で目の前の敵を撃つ。 それで、本当に平和な時代が来ると信じておられるのですか? ・・・もう一度、何を望み、その力を手にしたのかをお考えになってください・・・》
ラクスの言葉に時が止まったかのようになったが、すぐさまザフトへ攻撃しようとしたユウナは次の瞬間、国防本部の壁に叩きつけられていた。
「あなたは先ほどの言葉に何も感じないのですか!? 元々あなた方が彼を拘束せずにそのまま庇うからこのような事態になったのでしょう? 我々の優先すべきことは彼の護衛ではない。 国民の安全のはずです。 ・・・しかし、あなたは国民の安全よりも彼の護衛を優先した。 どちらに非があるとしたら、それは否を見るよりも明らかなことでしょう!?」
ユウナを壁に叩きつけるように殴ったのは彼の横についていた士官だった。彼は先ほどのラクスの言葉によって、本来自分たち軍人が何を守らなければならないのかを再確認させられ、その重大さに気付いた1人であった。
指令本部ではそのようなことが起こっている頃、ジブリールはセイラン家専用の港におり、個人用のシャトルを使って宇宙へと逃げていた・・・・。
オーブから宇宙へ逃げたジブリールを追って元々は宇宙用戦艦である『ミネルバ』は【プラント】にいるデュランダルから直々にジブリールの討伐を命じられ、再び宇宙へと舞い戻っていた。
「・・・ジブリールは月へ向かっているね。 ・・・我々も移動しようか。ラクス、君も一緒に来たまえ。 私が全力を尽くして作らせた要塞に向かおうか。 君は、そこから月の月面都市・コペルニクスで暫くの間、隠れてもらうことになるが・・・。 何、ちょっとの間だけさ。 君もいろいろあって疲れただろう? オーブ戦でのあのような放送があったのだから」
「・・・議長。・・・分かりました。私、ちゃんと皆さんのお役に立てていますわよね?」
「もちろんだとも。 君のおかげで彼らの土気も上がってきている。 ありがとう」
議長の言葉に嬉しそうに微笑んだラクスと瓜二つのミーアは足元にいたハロモドキを大切そうに持ち直した。
デュランダルとミーアを乗せたシャトルは【プラント】の近くにある起動要塞基地『メサイア』へと移動を開始した。
議長とミーアが『メサイア』へと移動を開始している頃、『ミネルバ』よりも早くオーブを脱出し、宇宙へ逃げてきたジブリールは連合・・・ブルーコスモスの最後の砦となる月面基地へ逃げ込んでいた。シャトルから出てこの基地の司令官のいる中央部へ向かい、すぐに彼らの切り札であるある兵器を使うように命令した。
「何をもたもたしている? この日のために作った兵器だろう? ・・・これで、【プラント】の中心都市を落としてしまえばこの戦争・・我々の勝利だ」
「了解いたしました。 『レクイエム』起動!! 目標・【プラント】首都、アプリリウス!!」
司令官の命令により、月の裏側にカモフラージュされて隠されていた巨大殺戮兵器を起動させた。
ちょうどその頃、月の近くで待機していたエターナルとAAはアスランによって巨大殺戮兵器・・『レクイエム』の存在を知った。その情報を得たアスランは、PCを使って連合本部ではなく、月面基地に直接ハッキングを開始していた。月から近いこともあり、すぐにアクセスができる。アクセスさえできれば大抵なものはハッキングができる。最高技術を誇ってのセキュリティーといっても、それは所詮〔ナチュラル〕を基準としたものである。〔コーディネーター〕にも有効な場合もあるが、アスランとキラにしてみれば幼稚としか言いようのないものであった。
「・・・こんなものを【プラント】に落とさせるわけにはいかない。 “ザフト”に嫌気をさしたが、故郷である【プラント】には愛着がある。 ・・・キラにいつか見せたいと思っていたしな」
アスランは『レクイエム』を沈黙させるべくウイルスを構築し、月基地のマザーコンピュータの中心部に流した。このウイルスは即効性で近くにあるデータから感染し、風邪のウイルスのように周りにも被害を及ぼす。そのため、マザーの中心に流されたデータによって、『レクイエム』の強制沈黙が数秒後には完了し、自爆装置が作動した。ハッキングがされたことを悟られないように自爆時間を少し延ばし、マザーから追跡されないように戻っていった。
一方その頃、ジブリールを追って宇宙へ戻ってきた『ミネルバ』は議長が『メサイア』に移動したと連絡を受け、通信を開いていた。
「・・・申し訳ありません。 後一歩のところで逃がしてしまいました・・」
《そちらで混乱があったことは、こちらも衝撃を受けているのだよ。 月基地付近に捜索部隊を行かせたところ、『浮沈艦』と『FFMH-Y101 エターナル』が月基地付近にいると連絡を受けている。 ・・・『浮沈艦』とは因縁があるだろうが、優先事項はあくまでもジブリールだ》
「存じております。 ・・・『浮沈艦』並びに『FFMH-Y101 エターナル』も必ず」
《君たちには期待しているよ》
議長はそのことだけを伝えると通信を切った。
「・・・我々はこのまま月基地へ向かいます。 コンデションレッドからイエローに変更。パイロットたちは今のうちに休んでおいて」
ミネルバの艦長・タリア=グラディスは館内放送を通して艦全体に伝えた。 ミネルバが宇宙へ戻ってくる少し前、エターナル内にあるキラ、アスランの自室では、今まで眠っていたキラが目を覚ました。アスランは格納庫へ言った後、すぐさま自室に戻り、イザークたちと入れ替わるようにずっとキラの傍にいた。イザークたちはそんなアスランの様子を見て、ラクスたちのいるブリッジへと向かった。
「・・・アス? ・・ここ・・」
「起きた? ・・・急に起き上がらなくてもいいよ? ずっと寝ていたから、辛いだろう? ・・ゆっくりでいいからね」
「・・うん」
目覚めたキラが最初に見たのは自分を心配そうに見つめている今は敵になったはずのアスランの姿であった。最初、キラは夢かと思って自分の近くにあるアスランの手を弱々しく握ったが、すぐさま握り返されてその手に熱があることを確認すると今まで泣かなかったキラの瞳から一滴の涙がでていた。
「ここは、エターナルだよ。 この部屋は2年前俺たちが使っていた部屋だ。 何か飲むかい?」
静かに涙を流すキラに苦笑いを浮かべ、アメジストから流れる雫を優しく指先で拭き取った。
「・・お水・・・、ちょう、だい?」
「ちょっと待っていてね」
喉が渇いているのか、声がかすれているキラに対し、ニッコリと微笑んだアスランはキラからのお願いを叶えるべく、部屋に備えられていた冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、手渡そうとした手を止め、自らの口に含んだ。
「んっ・・・んん・・あんっ」
まだ完全に起きられないキラのためにアスランは口移しでキラに水を与えた。最初、苦しそうな表情をしたキラだったが、自分の唇を塞いでいるのがアスランだと認識すると、無意識のうちに力を入れていた身体から余分な力を抜いた。水が全てキラにわたったにも拘らず、そのまま塞いでいたアスランはキラの口の中を存分に堪能した。
「・・・キラ、1人にしてごめんね? ・・今度こそ、傍を離れない。・・・二度と、あんな思いをするのは嫌だ」
「・・・アス? 僕は、アスがこうして無事にいてくれることがとても嬉しいよ? ・・でも、どうしてここにいるの? 君は、『ミネルバ』所属じゃなかったの?」
漸く唇を離したアスランを下から覗いていたキラは、今まで見たことのない辛そうな表情をしたアスランを見て内心驚いていたが、顔には出さず先ほどから疑問に思っていたことを尋ねた。
「・・もう、ザフトには戻らない。 確かに【プラント】は俺の故郷でもあるから今でも大切だと思う。 だが、それと引き換えにキラを失うのなら、俺はキラを選ぶ。 ・・あの時、自分が何を望んで戦場へ戻ったか思い出したんだ」
アスランはキラの頬に優しく触れながら何かを吹っ切ったような微笑を見せた。その笑顔は以前キラが見たときよりもスッキリとした表情だったため、キラは嬉しそうに微笑み返した。
キラが自室にて目覚めていた頃、ブリッジへと赴いていたイザークたちの耳にミネルバが宇宙へジブリールを追って戻っていたという情報が入ってきた。
「・・・この宇宙が地獄絵図になるのも時間の問題だな。 やつら、そのまま月基地へ・・・こっちへ向かってくるぞ」
「・・・【プラント】を裏切るつもりはないが、ラクスの偽者を作り、民衆を騙した議長とその偽者を本物だと信じた者たちにはちょっと俺も切れているぞ? やつらがラクスのいるこの艦を攻撃した際、俺も容赦はせん」
ディアッカはエターナルに移る際に呟いた言葉を思い出し、前を進むイザークに話しかけた。極秘となっているとはいえ、ラクスの婚約者であるイザークは最愛の彼女の偽者であるミーアに対していい感情をもっておらず、逆に好戦的になっていた。
「ラクス様、『ミネルバ』、捕捉いたしました。 目標までの距離・3000! ・・メインスクリーンに転送します。 その際、AAとの通信回線もオープンです」
「気付かれないようにしてくださいね? もう暫く、アスランとキラの時間を大切にしたいですわ。 先ほど、キラが目覚めたとの連絡をもらいましたの。 ・・・目覚めたばかりですから、情緒不安定だと思いますわ」
CIC席についていたクルーからの連絡を受け、ラクス、バルドフェルドを始めとするクルー達はメイン画面に視線を注いだ。クルーの報告と同時にブリッジ後方の扉が開き、イザークとディアッカが到着した。
「姫、目覚めたのか。 ・・・これで少しは安心か。 ・・・どの道、あのアスランを止めることはできないからな」
ディアッカはラクスの言葉に本当に嬉しそうに笑い、イザークも頷いていた。
《・・・『ミネルバ』、来たようね。 こちらが見つかるのも時間の問題・・・かしら》
「・・マリューさん。 こちらは『イニフィッドジャスティス』、『デュエル』、『バスター』がありますわ。 ・・ですから、『ガイア』をお使いくださいませ。 ・・・そちらで捕虜として医務室におられる方は鷹さんに間違いありませんわ」
ラクスはニッコリと微笑むと、通信回線を医務室に回した。
《・・・少しずつ、戻ってきていたんだ。 ・・・さっき、ここからブリッジへ通信をした際、思い出した・・。 俺は、2年前この艦にいたムゥ=ラ=フラガ。 MA・・・『メビウスゼロ』に乗り、『ストライク』に乗った》
ネオ=ノアローク・・・ムゥ=ラ=フラガは彼独自の笑みを浮かべ、記憶が戻ったことをマリューたちに微笑んだ。
マリューは涙を溜めながら微笑み、AAのクルーたちも喜んだ。
チャンドラが持ち場を離れ、フラガの元に自分たちの着ている軍服を私に医務室へ向かった。その様子を見ていたマリューはとある疑問を持ち、ラクスに尋ねた。
《・・そう言えば、アスラン君に軍服は渡したの?》
「アスランは私服でおられます。 一応、軍服を渡してはいるのですが・・・。 ですが、こちらの艦は2年前と同じでザフトの軍服を身に纏っていますわ」
《・・・そう。 じゃあ、キラさんもそちらの軍服を纏うのかもしれないわね》
「・・・大丈夫ですわ。 その際、軍の紋章は外されるはずです。 アスランが着ていらした軍服からもザフトの紋章は取られておりますの。 さすがに、イザークたちはそのままですが」
ラクスはこの艦に移ってきたばかりのアスランが着ていた軍服を思い出した。肩付近と襟に付いているザフトの紋章が綺麗に取られており、キラの身体の上から掛けられていた軍服も同じ状態になっていた。その様子から、それほど今のザフトに見切りをつけたかを知った。
ラクスの言葉とその表情を見ていたマリューはそれ以上尋ねてはこず、AAとエターナルは慎重に進んでいた。
2005/12/11
6話目です。
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