「・・・キラの平穏を奪ったお前たちが気安くキラの名を口にしないでいただこうか。
・・・隊長、彼女を部屋へ連れて行ってもよろしいでしょうか?
・・これ以上、キラに薄汚いモノを見せたくはないのです」



キラには綺麗なものしか見せたくない。
心の優しいキラに、キラの心を壊した汚者たちに姿を晒すだけでも我慢できない・・・・。
なにより、俺もこの場にいたくはない。


キラ、ゆっくりお休み?

繊細な君のことだから、あそこではゆっくりと休むことができなかっただろう?

もう、君が戦うこともないから・・・・。俺が、キラを守るから。

・・・だから、ゆっくりとお休み?

俺が守りたいと思ったのは、キラだけだから・・・・・・。





1人の少年の心は、少年が最も愛した少女の死において誰にも気付かれることなく・・・・
本人すら気付かない無自覚なところで音を立てることなく崩壊していく・・・・。
その崩壊を止めるのは、すでにこの世に魂のない少女以外において、いなかった・・・・・・。











Belive
  ― 崩れ逝く心 ―











アスランがキラを連れて格納庫を去ってまもなく、
AAにとって衝撃なことが敵将であるクルーゼから爆弾発言として出てきた。

「・・・いつまで、そんなところにいるんだ?」

「・・・・坊主・・いや、穣ちゃんはあの坊主の大切な者だったのか?」

「・・・フラガ副隊長、その目で今見ましたでしょう」



クルーゼの言葉に今まで黙っていたAAのクルー・・ムゥ=ラ=フラガとアーノルド=ノイマンが不意に話し出した。



「・・・ザフト軍・クルーゼ隊所属、ムゥ=ラ=フラガ、
【ヘリオポリス】及び『足付き』の潜入の任務を完了し、只今帰還いたしました」

「同じく、ザフト軍・クルーゼ隊所属、アーノルド=ノイマン、
副隊長の補佐で【ヘリオポリス】及び『足付き』の潜入の任務を終了し、只今帰還いたしました」



AAのクルーたちが驚愕を浮かべる中、2人は淡々と本来の所属を述べ、おもむろに今まで纏っていた軍服を脱ぎ始めた。



「ご苦労だった。 ムゥ、ノイマン。 ・・我々は一度、本国へ戻る。
それまでの間、お前たちは与えられている部屋で休息を取るといい」

「「ハッ!!」」



クルーゼの言葉に、2人はザフトの敬礼をするとAAのクルーたちに侮蔑をこめた視線を送ると
そのまま自分たちの部屋のある居住区へと飛んでいった・・・・・・。






2人がそれぞれの部屋に向かっている頃、
格納庫に取り残されたアスラン以外の‘紅’を含むザフト・連合の軍人たちが緊張している時、
ヴェサリウスの指揮官を務めているクルーゼだけが余裕を見せていた。



「我々の目的が完了した今、君たちには自分たちの艦へと戻っていただこうか。
先ほども言ったとおり、我々は本国へ帰還する。 ・・再びこの戦場に戻ってくるまでの間、逃げ回るがいい」



クルーゼは視線を鋭くし、目の前にいる敵を見つめた。

そんなクルーゼの様子にマリューを始めとする憎しみをこめた視線をクルーゼに送ったが、
本人は大して気にした様子は見せず、平然とその視線を受け止めた。


クルーたちによって、マリューを始めとするAAのクルーたちは全て自分たちの艦であるAAへ移動させられた。






一方、クルーたちに命令を下したクルーゼは
先ほど戻ってきたスパイの1人・・・AAの操縦士でもあったノイマンに回線を繋いだ。



「・・クルーゼだ。ノイマン、例のものは用意しているのか?」


《もちろんです、隊長。 ・・・・先ほど手渡されたこのデータウイルス、どなたが作られたものですか?》


「・・そのデータはアスランが作ったものだ。
・・・そのデータを使って『ストライク』のパイロットを捕獲する予定だったらしいが・・・」


《・・・・彼・・いえ、彼女ですか・・・》




クルーゼの言葉に声のトーンを落としたノイマンだったが、すぐさま自分の任を思い出し、クルーゼに報告した。
彼自身、AA内においてキラの身を案じたものの1人であった。



「・・・やつらが発進する前に全てのコマンドを打ち込むんだ。
・・・アスランが説明していたが、追跡機能のあるウイルスだと言っていた」



クルーゼは含み笑いを浮かべるとノイマンとの通信を切った。
クルーゼとの通信を終えたノイマンは、部屋に戻るときに手渡されたCDを自分のPCにセットし、
中にあるウイルスデータをAAに潜入していた時に入手したマザーのデータを元に
AAのマザーにハッキングを仕掛けた。彼のハッキングにAAは気付くことなく発進準備を進めていた。



「・・・理不尽な考えであなた方の犠牲になったキラ=ヤマトに、感謝していただかなくてはいけませんね?
・・・ですが、次にお会いした時、彼が容赦をするとは思いませんが・・・・」



ノイマンの呟きは誰にも聞かれることなく、彼の部屋の空気に溶けていった・・・。





一方、キラの遺体とともに自室へと戻ったアスランは、
自分のベッドの隣にある今は亡き同僚・・ラスティのベッドにキラの遺体を寝かせた。
彼の仕草はどれも未だにキラが生きているかのように扱っていた。



「・・・キラ、俺がキラを守ってあげる。 キラを苦しめた者たち、絶対に許せないんだ・・・。
・・・隊長があの穢れた者たちを再び、『大天使』という名のベールを被った『悪魔』に戻したらしい。
・・・キラの願いだったから、一度は命を守った。 キラの言うとおりにね。
・・・・けど、次はない。 ・・・・キラを悲しませた報いは、きっちり払ってもらわないと・・・」



アスランはキラの髪を優しく梳きながら穏やかに微笑んだ。






――――――コン、コン






しばらくの間、アスランはキラの髪を優しく梳いていたが、多少遠慮を踏まえたノックが響いた。



「・・・誰だ」

「僕です、アスラン。 ニコル=アマルフィですよ」

「・・・ニコルか。 なんだ?」

「隊長からの伝言です。 ヴェサリウスとガモフは一度、本国へ帰還します。
その際、休暇が与えられました。 期限は本国に到着から2ヶ月。
・・・再び戦場に舞い戻り次第、AAの討伐だということです」



アスランの部屋の扉前でニコルは先ほど頼まれた隊長からの伝言を伝えた。
彼自身、格納庫でのアスランの様子を遠目で見ていたため、アスランの様子が気になったからでもあった。



「了解した」

「・・・アスラン、その方・・をどうするのです?」

「この部屋の隣に装置をセットしておいた。 ・・・・これ以上、悲しい思いをさせたくないからね」



ニコルにはアスランの表情は見えないが、キラを見つめる彼は本当に穏やかな表情を見せた。
ニコルの話を聞いていた時もキラから視線を離さずにキラの髪を優しく梳いていた。



ニコルの前の扉が開き、キラを大切に抱きながら部屋から出てきた。



「ニコル、紹介しておく。 彼女がキラ=ヤマト。 ・・・俺が最も大切に思う女性だ。 そして・・・俺の世界の中心。
・・キラ? 俺の前にいるやつはニコル=アマルフィ。 俺の同僚だよ。
キラの保護をする時、一番協力してくれたんだよ」



アスランはニッコリと微笑みながら自分の腕の中で眠っているキラにニコルを紹介した。


ニコルに対しても一瞬だけ視線を向け、キラを見ながら紹介した。



ニコルの視線を受け止めながらもその視線を無視して、自室の隣部屋へと姿を消した。
室内に入ったら即座に頑丈なロックを掛け、部屋の中央にあるカプセルの中へキラを入れた。



「キラ、本国に着くまでの間この中にいてくれるかい? 大丈夫だよ、俺が傍にいるから。
だから、隣にベッドを用意してあるだろう? 少し、寒いだろうけど・・」



アスランは本当にすまなさそうな顔をしながらカプセルにロックを掛け、カプセル内の温度を-3℃にセットした。





この時、旗から見れば何事もないかのように見えるアスランの表情だが、
彼の無自覚なところで心が静かに音を立てて割れていた・・・。






キラがアスランの元へ戻ってから数日の時が流れ、
クルーゼの宣言どおりヴェサリウスとガモフは本国へ帰還した。
本国に降り立つ際、正式に2ヶ月間という休暇がクルーたちに通達され、
クルーたちは家族の元へと帰っていった。
もちろん、‘紅’たちもその中の1人でそれぞれ実家へと戻って行った。



「・・・アスラン、大丈夫でしょうか」

「やつがどうかしたのか。 ・・いつもと変わりなかったぞ」

「だよなぁ。 俺たちもヴェサリウスにいたが・・・飯を部屋で食べるようになった以外じゃねーの?」



上からにこる、イザーク、ディアッカの順番である。
この3人は何かと衝突があったが、『ストライク』の捕獲辺りからこのような会話がされるようになった。



ニコルはアスランを兄のように慕っているためか、
又は純粋すぎる心からなのかキラに同情を感じており、アスランと似た思考を持つようになっていた。



「・・・キラさんをあのようにした人たちを僕は許しませんよ。
彼女は純粋に『足付き』を守っていただけなのでしょう?
ですが、捨て駒のような扱い・・・許される行為じゃないですよ」

「「‘キラ’?」」



ニコルの今までにない過激の言葉にも驚いたが、
イザークたちの知らない人物の名前が出てきたため、その言葉に驚いた。



「キラさんは『ストライク』のパイロットですよ。 隊長の伝言を伝えた時に紹介していただいたんです」



ニコルはニッコリと微笑みながら二人にそのことを伝えた。





ニコルたち3人が雑談している頃、
まだヴェサリウス艦内にいたアスランは、数日前にカプセルに入れたキラを再び抱き上げた。



「・・・ごめんね、キラ。 今から移動するんだ。 大丈夫だよ?移動場所は、俺の家だから。
その場所はね、俺とキラしか知らない場所なんだ。
いつか、キラが【プラント】に移住した時に暮らそうと思った場所なんだよ。
・・・この休暇が終われば俺はまた、戦場に行かなきゃ。
本当はキラを傍においておきたいけど・・これ以上、穢れた世界を見せたくないんだ。
・・だから、キラはそこで待っていて? ちゃんと、キラとの約束は守るよ」



アスランはキラの額にキスを落とすとキラを抱き上げたままヴェサリウスを後にした。




アスランとキラを乗せたエレカが向かった先は、キラが昔好きだと言っていた花たちに包まれた屋敷であった。


屋敷の造りはアスランが月で住んでいた屋敷そっくりとなっており、部屋の位置もまったく同じにされていた。



「キラ、この家はキラが不安に感じるといけないからキラのよく知る月にあった屋敷と瓜二つにしているんだ。
そのほうが、安心するだろう? キラの部屋は俺と同じ部屋。2階にある。 休暇中、俺も一緒にいるからね」



アスランはそう呟くとキラを2階へと連れて行った。


部屋を開けると中央にベッドとヴェサリウスにもあった特殊なカプセルが装置されていた。

再びカプセル内にキラを寝かせてロックを掛け、艦内と同じようにカプセル内の温度設定を-3℃とした。



アスランは休暇中、一日の大半はキラのいる部屋で過ごし、食事・睡眠もこの部屋で取っていた。
キラから手渡されたトリィのメンテナンスをして、
中に内蔵していた画像付の盗聴器を自分のPCにセットし、1ヶ月間の様子を見た。





―――――ダンッ!!





全てのデータを見終わったアスランは拳を横の壁にぶつけていた。
その手からは、握りすぎてからなのか、真っ赤な血が流れていたが、
今のアスランに痛覚がないのか痛みを感じずに握り続けていた。





(・・・これが、『ナチュラル』? これが、キラが俺と敵対してでも守りたいと言っていた者たちの姿か?
こんな薄汚い者たちのせいでキラは傷ついていたのか・・・)





トリィの撮っていた映像は全てキラの泣き顔とキラに対する罵声、暴力だった。
キラに対する暴力はクルーたちだけではなくキラが保護した民間人の姿もあった。
キラは自室に戻る度、トリィに向かいながら微笑み、声を殺して泣き、無意識にアスランに助けを求めていた。

それに気付いたキラは自虐的に微笑みと何もかも諦めた表情へと変化させていた。
キラの心は、アスランの元へ行きたい気持ちと
自らの手で差し伸べられた手を拒否してしまった罪悪感で苛まれていた。



しかし、心ではアスランを求めていたため、彼から渡されたトリィだけは手放させずにいたのだ。





(こんなにも苦しんでいたんだね・・・・。 ・・・やはり、この者たちを俺は許すことができない。
いや・・・許せない。 ・・・・戦場では、容赦なしで攻撃をしてやる!!)





アスランは一段と力を加えて拳を握った。


アスランはトリィに内蔵していたデータを全て自分のPCに移し、
自分の肩に乗せると隣に安置されているキラの元へと向かった。


部屋の中に入るとすぐさまキラの眠るカプセルの前に行き、穏やかに眠っているキラに微笑を向けた。




しばらくそうしていた時、軍から支給されている通信機に連絡が入り、
穏やかな微笑を浮かべていたアスランの表情から一変して軍人の表情へと変化した。



「こちら、アスラン=ザラ」


《アスランか。 パトリックだ。 休暇中で悪いのだが・・・お前に渡したいものがある。
至急、軍本部に来るように》


「・・・・俺にですか?」


《そうだ。 ・・・・キラちゃんのことは聞いている》


「了解、いたしました」



アスランはパトリックとの通信を切ると再びカプセルの中で眠るキラに微笑み、
すまなそうな声でキラに話しかけた。



「キラ・・・父から呼び出しがあった。 ごめんね?
・・・でも、休暇中に戻れればまた、ここに帰ってくるから。
・・・・キラと母上、それに・・・小父さんたちを奪った戦争が終わったら、【月】に帰ろうか・・・。
あの、桜がよく見えるあの場所に」



カプセルからキラを一度出すと、額と頬、唇に口付けを落として優しく撫でた。






再びカプセルに戻し、振り返ることなく軍本部へと向かった・・・・・・・・・・・・。








2006/02/14

修正
2007/03/31















アスランが壊れ始めています・・・・。
キラの魂はすでにこの世にはなく、目の前にあるのはかつての少女の抜け殻のみ・・・・。
しかし、彼が彼であるために・・・彼女との“約束”を守るために彼は無意識に話しかけます。
アスランに映る世界は全てモノクロです;
彼の心の世界はキラが中心ですので・・・その中心を失った彼にとって、色をなくしました。
それにより、彼に映る世界は全て灰色。
唯一認識できる色は、キラの瞳の色である“アメジスト”とトリィの色である“エメラルド”のみ。
キラの遺体は冷凍保存されているため、腐敗を防がれています。