「・・・何を馬鹿なことを。 俺があの女を想っているだと?
それこそ、天地がひっくり返ろうが、考えたくもないが・・・キラがいなくともあの女だけは好きにならない」



俺の愛する者は、ただ1人。
キラ以外・・・ありえない。
キラは、『俺』を見てくれた。
『ザラ家次期当主』ではなく、『アスラン』としての俺を。
そんなキラだからこそ、守りたいと思った。
同じ境遇にあるイザークたち以外では、キラや小母上たちしかいなかった。
多少、女性不信気味もあってか、俺が認めたもの以外『人間』として認識していないようだからな。








Adiantum
    ― 愚か者の末路 ―











「ところで、カガリさん。
この通信、貴女はお気付きではないようですが・・・・オーブ全土に流れておりますの」



ラクスは今思い出したかのようにニッコリと微笑を表情に浮かべたが、
その表情を裏切るかのようにアクアマリンの瞳に優しさは一切宿っておらず、
紅蓮に似た怒りの炎が宿っていた。




同じ部屋の中にいた一般兵たちは、
ラクスたち3人を中心に吹き荒れるブリザードを直撃したような形で受けているため、
その表情は恐怖に怯えていた・・・・。




《何ッ! 今すぐ全放送を止めろ!》

《無理ですッ! あちらから干渉で全ての周波がジャックされています!》

《カガリ様! 先ほどの放送で、多くの通信が殺到しており、データがパンクしました!
・・・メモリが、予想以上にオーバーしたためと思われます!》




カガリが気付いていないだけで、
他の部下たちは自分の主であるカガリの言葉・・・先ほどまでのラクスとの通信が、
全て国内に流れていることは知っていた。
そのため、色々と対応に追われ、様々な手を尽くしたがプラントから流されてくる情報に全て偽りはなく、
民衆の暴動を止める術がなかった。
情報の真意を問うために通信を開いてきた民衆の数は万単位を突破し、
既に対応できるレベルではなかったのだ・・・。



《カガリ様!》

《何事だ! 今、こちらの対応で忙しいんだ!》

《し、しかし! カガリ様、外を見てください! 先ほどの放送で、行政府の周りに群衆が集まっております!
現在のところ、何とか食い止めておりますが・・・突破されるのは時間の問題ですッ!》




カガリが民衆から寄せられた大量の通信に慌てていると、
今まで沈黙を守っていた扉が大きな音をたてて開いた。



中に入ってきたオーブ軍兵士は目の前で慌てる上司を一瞥しながら、
自分に課せられた任務を果たそうと報告をしようとした瞬間、カガリの怒鳴り声が部屋中に響いた。


そんなカガリに対してより一層慌てたオーブ軍兵士はカガリたちに外を見るように促した。



一般兵に促されるように大きな窓から外を見下ろした時、カガリは恐怖に怯えた。



「あらあら。 予想通りの慌て方ですわね」

「・・・そうですね。 まぁ、そのおかげか予定通りですが。
・・・後は、あの方の登場でこの茶番劇は終わりですよ」



一方、通信を繋いだ状態でもこちらの音声が一切聞き取ることが出来ないように細工したニコルは、
目の前に映るカガリの蒼白した表情を無感情な瞳に映し、
興味が失せたかのように視線をモニターからそらした。



モニターに映し出されているオーブでは、
対応に追われるカガリの部下やオーブの軍人たちを静かに一瞥した女性が凛とした様子で眺めていた。





その女性は徐に行政府の玄関を潜り抜けようとした。



「此処は、関係者以外立ち入り禁止区域だ!」

「・・・ ?私は、列記とした関係者です。 そこを、お退きなさい」



女性の凛とした声は小さかったが回りに響き、
女性を止めていたオーブの軍人は彼女の正体が分かったのか、慌てて敬礼をした。



「も、申し訳ございません! どうぞ、こちらへ!!」

「ありがとう。 ・・・この騒ぎは彼女の自業自得。己が招いたものです。
・・・大人しく、民衆の怒りをその身をもって知っていただけるといいのですけどね」



女性はニッコリと微笑むと、優雅に行政府内部へ入っていった・・・・・。



「ロンド様、こちらでございます。 ・・・漸く、あの暴君を表舞台から引きずり落とすことが出来ますね。
・・御武運を!」

「・・・・すまない。 お前たちは表にいる者たちの拘束を。
この騒ぎで無駄な抵抗はしないと思うが・・・念のためだ。 アスハを始めとする現首脳陣を一掃する」



玄関を抜けた先にはオーブの軍服を着こなす兵士が立っており、女性の前に来ると深く一礼した。
女性・・・・オーブ連合首長国の五大氏族の中の1人であるロンド=ナミ=サクハ。
ある方からの進言により、カガリ=ユラ=アスハの動向を監視していた。
兵士はロンドを連れて迷うことなく、通信などの対応に追われている行政府の会議室へと向かった。





―――― コンコンッ!





数回ドアをノックした音が響くと兵士は頑丈な扉を開き、中にロンドを招き入れた。



「何者だ!? 誰も中に入れるなと命令したはずだ!」

「久しいな、カガリ=ユラ=アスハ。 私の顔を忘れたわけではあるまい?」

「ッ! なぜ、貴様がここにいる! 此処は、貴様が入っていいところではないぞ!」



プログラムなどのシステム系にめっぽう弱いカガリは、
修復作業をする部下たちにとっては邪魔でしかなく、余計な仕事が増える一方である。




そんな中、今まで沈黙を守ってきた扉の外からノックが聞こえてきたのだがカガリはそれに気付かず、
兵士によってロンドが会議室に入ってはいけないという命令は出ていない。



「やはり、貴殿は代表の座に就く器量がない。
・・・この事態の責任、ちゃんと貴殿に取っていただくためこうして推参させていただいた」



ロンドは、冷たくカガリを一瞥すると正面のモニターにプラントとの通信がいまだに切られていないことに気付き、
今回ある方に頼まれていたことであり、彼女自身も賛同したカガリを代表の座から永遠に遠ざける方法を実行させる。



「な、なんだと!?」

「国を・・民衆を守らずして何が代表だ? この国の国民はナチュラルだけではない。
我らコーディネイターもいる。
そのコーディネイターの尤も恐れる連合・・いや、
ブルーコスモスと同盟を結ぶなど・・・・国のためだと本気で思っているのか?」

「そのほうが最善の選択だ! あの時のように、わが国を再び戦場にするわけにはいかない!」

「・・・世迷言を。 たとえ、連合と同盟を結んでも、この国は戦渦を逃れることが出来ない。 ・・お忘れか?
この国の近くにはカーペンタリアがあることを。
コレまで、ザフトが攻めてこなかったのは、この国にザフト・・・プラントの同胞である我らがいたからこそ。
コーディネイターは数少ない。 だからこそ、同族意識が強い。
そのため、中立を保ち、そして我らを受け入れる数少ない地球で受け入れる国だからだ。
しかし・・そのコーディネイターの命を脅かすブルーコスモスの配下となったのならば、話が違う。 
連合は、ザフトの敵。そして・・・連合と同盟を結んだこの国もまた、ザフトの敵だ。
よって、ザフトはこの国を攻める。 そして・・・再びこの国は、戦場と化す」



ロンドの言葉は正論である。
そのため、オーブは長年中立の立場を保ってきた。
そして、コーディネイターでありながら地球に住みたいという個人の意思が尊重された
唯一の受け入れる国でもあったのだ。
ザフトが2年前の大戦時に攻めなかったのは同胞がオーブの地にいることである。
そのため、国を攻めることが出来なかった。
・・・連合は、同胞であるナチュラルがいようが構わなかったようだが。
しかし、今回のケースは状況がまったく違う。
中立だったオーブは、連合と同盟を結んだ。
そのことによってコーディネイターたちは自分たちの居場所を失くし、
ラクスの呼びかけによりAAに乗艦して共にプラントに渡った。
プラントに上がらない民間人はカガリたちに気づかれることなくカーペンタリアと連絡を取り、
密かに避難していた。
そのため、現在オーブにはコーディネイターはおらず、全てナチュラルだけであった。



「しかし、私が代表の座を退くことはできないだろう? 誰がこの国を指導するのだ。
前代表・ウズミ=ナラ=アスハは私の父だ。 私は父の意思を継いで、この国を守るのだ。
その私がなぜ、代表の座を退かなければならない。 私は、選ばれた存在。
私こそ、この国を守れるのではないか」

「・・・・選ばれた存在? この国を守る? ・・・何を戯けた事をおっしゃるかと思えば・・・・・。
私利私欲のため、連合と手を結び、妹と公言するキラ様とそのご友人方・・・・
なにより、先の大戦時に貴殿と共に戦った彼らを亡き者にしようとしたのは、貴殿ではないか。
貴殿は大事なことをお忘れである。 ・・貴殿が欲する者もまた、コーディネイターであることを。
欲する者を手元に置こうと考えている自体、おかしなことだ。
貴殿が同盟したせいで、この国はコーディネイターの敵。 つまり、あの方の敵でもある。
なにより、プラント国民であり、ザフトのあの方がこちらに参るとお思いか?」



ロンドは己の非を認めないカガリに対し、冷笑を浴びせると全身に極寒にも匹敵するほどの冷気を纏った。
もちろん、そのオーラに気付いたのは、
プラントからロンドたちの状況を見ていたラクスたちやその部下とカガリと同じ部屋にいる者たちであろう。
当の本人であるカガリはまったく気づく様子がなく、
ロンドは内心「これでよく、代表が今まで務まったな」と呆れた表情を一瞬見せた。



《カガリさん・・・いいえ、オーブ代表。
貴女が代表の座を退かずにキラや私たちの身柄を欲するのならば、それなりの覚悟が出来ているのですか?
2年前の状況とは違いますのよ? 貴女の我侭に、私たちは付き合っていられませんわ。
・・・第一、もう“オーブの姫”ではないのですもの。
“代表”という肩書きの上で、
そのようなことを言っておられるのならば・・・・我々プラントも最終手段を酷使いたしますわ》



ラクスは画面越しにニッコリと微笑を浮かべていた。



2年前までのカガリは“代表の娘”という立場で好き勝手なことを色々としていた。
その感覚で現在まで来ているのだが、いまや“代表の娘”ではなく、“代表”なのだ。
自身を優先にすることなく、第一に国・・・国民を優先するべきなのである。


しかし、カガリは“代表”という立場を利用し、国の国税などを自身のために使用してきた。
その事を裏付けるデータもまた、全て揃っていた。



「ラクス。 こちらの準備は整いました。 ロンドさん、そちらは如何ですか?」


《こちらも全て終了している。 後は、そちらの合図次第だ》


「了解しました。 ・・では、宜しくお願いいたしますわv」



ラクスはニッコリと微笑を浮かべると、
隣にいるニコルと目の前の通信画面に映し出されるロンドに合図を送った。



ラクスの合図を受けたニコルは頷きで了承を示すと、
目の前に映し出されているデータを現在繋がっている全ての回線に流し、
アスハが今まで隠蔽してきた数々のデータが地球各国や民衆レベルのメディアに一斉に流れた。
ニコルの流したデータは、
先ほど流れたデータよりも詳しい内容の沿えているものや精密な計画内容が多くを占めている。
それらのデータは全てアスハのマザーによって厳重に管理されていたものなど、
決して表には出てこないデータであった。
尤も、ハッキング能力の優れているニコルを
彼と同じコーディネイターでもキラやアスランくらいのレベルでないと止めることは不可能である。
よって、ナチュラルの構築したセキュリティーでも必ず穴があるため、
その穴を潜ってそれらのデータを取り出してきたのだ。



「・・・・今から止めようとしても・・・無駄だ。 ここにある全てのPCを制御しているのは・・・私だからな。
の構築したプログラムが彼の流した瞬間、作動するように仕掛けているからね」



流れたデータを止めようとしたカガリの妨害を図ったのは、頑丈なプログラムであった。
そのプログラムが正常に働いていることを見届けたロンドは、満足そうに微笑を浮かべた。
その微笑すら、本来人の上に立つべき覚悟と責任を備えた者が浮かべる絶対的な笑みであった・・・・・。





そんなロンドの姿を直視したカガリは、呆然と佇んだ。
そんな彼女の精神状態をこの場の空気を図っていたかのように、
ロンドの訪問以来、沈黙を守っていた会議室の扉が大きな音を立てて開いた。



「カガリ=ユラ=アスハ。 貴女の身柄を我々中央機関がお引取りする。
先ほどプラントより流れてきたデータをこちらでも解析させていただいた。
流れたデータは全て真実のものであったため、貴女を国家反逆罪の罪状で連行する」



10人ほどの銃を持った漆黒のスーツを身に纏う男たちがカガリを囲み、
両脇にいた男たちは徐にカガリの両腕を拘束した。



「何をする! 私を誰だと思っているんだ! 汚い手で私に触れるなっ!」



男たちに拘束されたカガリは、
抵抗して暴れていたがその様子を見ていたリーダーと思われる男は
カガリの喚きに眉を顰めるとカガリの首筋に手刀を落とした。



「・・・・私の役目は、これで終わりか?
・・・あの者は元から代表という重圧に耐えられるほどの人格者ではなかった。
甘やかされて育った者に、その重圧を耐えられるはずがないからな。
全てを己の思い通りにしようと事を運ぶことは、見えていた未来であった。
それを、このような事態を引き起こす前に処理しておかなかった我らに非がある」


《いいえ。 貴女方に非はございませんわ。
一番、その咎を受けなければならないのは、彼女を育て自身の後継者にと望まれたウズミ様ですわ?
ご自身の後継者と言われるのならば、それなりの教育をしていくべきだったのです。
甘やかして育ていけば、決してよい指導者にならないことを、あの方はお分かりになられなかった。
その事に対して、あの方はその責めを負わなければなりませんわ》




ロンドの悲痛な表情に対し、ラクスは慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
その微笑にロンドは、どこか吹っ切れたかのような表情になり、軽く頷いた。






「・・・ラクス。 こちらの準備は整っていますよ。 後は、貴女の合図次第です」



ニコルは最終チェックを終えると、中央に立つラクスに振り返った。
そんなニコルを見たラクスは、部屋の端にいる自身の婚約者と幼馴染の姿を見つけ、
安心したかのように若干強張っていた表情を緩めた。



「・・・・皆様。 私、プラント最高評議会議長・ラクス=クラインの名において、ここに宣言いたします。
緊迫していた戦火を再び消し去られた今、
二度とこのような事態が起きないことを願って・・・ここに、終戦を宣言いたします!
連合は、残党を残すだけとなった状態です。
このまま、どちらかが滅びるまで皆様は戦われるのですか? それを運命だと、受け入れられるのですか?
私たちは、何も違わないのです。 大切な人を喪ったら、悲しみ、憎みます。
そして、悲しみの連鎖は果てしなく続くでしょう。 その先に見えるのは、滅びのみですわ。
そうならないためにも、この場においてその連鎖を断ち切らなければなりません。
2年前、確かに悲しみの連鎖は終わりを告げたかに見えました。 プラント・地球間の停戦協定において。
しかし、結果的にその平和もたったの2年で崩壊いたしました。
そして・・・再び世界は混乱を迎えましたわ。 今度こそ、その連鎖を完全に断ち切らなければなりません。
私たちは、お互いを見てどう違うと判断するのですか? 生まれが違うから?
ただ、それだけのために戦いを繰り返してゆくのですか? 銃を・・・剣を置きなさい。
そして、話し合いという場において、ご自身の考えを相手にぶつけていくのです。
私たちは、話し合いというものを出来ます。
互いを理解してゆくことが、悲しみを失くす最善の道だと、私は信じておりますわ・・・・・」



ラクスの声は静かに、それでもその声明を聞いていた民衆の心に強く響いた。



彼らとて、2年前の大戦時に多くの悲しみを体験し、そして奪った者を憎んだ。
しかし、被害者であると同時に加害者でもある。

「民間人だから」との考えは、戦争というシステムにおいて無意味である。
民間人であろうと軍人であろうと、憎しみの心に違いはない。

元々民間人だった者が、軍人になるのだ。
憎しみの心が強いほど、軍に志願する動機になる。
軍人となった元民間人は、加害者となり新たな被害者を生み出してその者たちが軍に志願する。
その連鎖をどこかで断絶しない限り、続いてゆくのだ。




ラクスの終戦声明は瞬く間に響き、地球圏内だけではなくプラントの民間人たちにも響いた。
彼らもまた、“血のバレンタイン”において多くの志願者を出したがそのことで、
深い疑問を感じていた者も少なくはなかった。






ラクスの言葉に耳を傾けた者たちは、次々と自分たちが持っていた銃や兵器を手放した。











2007/12/31













はい、某の制裁編ですv
・・・まぁ、中央機関に連れて行かれた後の末路は、皆様のご想像にお任せv
本編とは違う『終戦』です。
キラたちにかかれば、戦いをすることなく戦争は終わると思います(真顔)
ギリギリで、間に合いましたv
では、次回で最終回です!