「美しきアメジストの瞳を持つ姫君、私と一曲、踊っていただけませんか?」



彼女との出会いは、衝撃的だった。


これまで、舞踏会や夜会など・・・皇族であるが故に強制的に出席していた。
その際、必ずと言っていいほど貴族たちはこぞって俺に『自慢の娘』を見せに来る。
だが・・・俺は、一度たりとも自らダンスに誘ったこともなければ、
積極的に言葉を交わそうという気にすらなれなかった。

貴族共の考えは、己の娘を俺に・・・皇族に嫁がせたいのだろうが、その点で父上たちは強制しない。
長い時を共に過ごす伴侶となるのだから・・・俺が、誰よりも愛せる女性でなくてはならないのだから・・・・・・。



どちらかというと、女性不信気味だった俺は、
自ら興味を抱いた彼女にダンスを申し込むなど・・・今までの俺では考えられない行動だった・・・・・・。





――――― エメラルドの瞳を持つ皇子は、アメジストの瞳を持つ姫に心を奪われた。
しかし・・・これまで経験のない感情を抱いた皇子は、己の想いに気付かないまま・・・・・・











神の花嫁
  ― 『舞姫』の記憶 ―











アスランは自分の腕の中にいる人物に呆然とした様子で見つめ、
謁見の間にいる者たちとスカンジナビアで暮らす従兄とその護衛以外に対して潔癖症である息子の姿に、
玉座に座るパトリックは驚きを隠せなかった。



「アスラン・・・その者は?」

「彼女は、キラ=ヤマト。 ヤマト伯爵のご令嬢です」

「ヤマト家だと!? オーブでは珍しい精霊の存在を否定しない一族か・・・。 その令嬢がなぜ・・・ここに?」



呆然とした様子のパトリックだったが、息子の腕に抱かれている少女の名を彼が呟いたことを思い出した。
父の問いかけに対し、彼女と出会った舞踏会で精霊に告げられた名と、
その名から調べた彼女の素性を告げた。
彼女は由諸正しき家柄の出で、ヤマト家はプラントでも友好的な伯爵家であった。






――――― パァァァンッ!!






突如、翠の光が謁見の間全体を包み込んだ。
部屋にいた者たちはその眩しさ故に誰もが目を光から守るように覆い隠し、光が収まるのを待った。
光は一瞬だけ強い光を放つと、徐々にその強さを弱めてゆき、
目を見開いた時には、中央に翠に光る円球の玉が浮いていた。



円球の玉は淡い翠の光を放つと、玉の中央部分がグニャッと揺れた。
揺れが再び戻ることには、そこには悲惨な映像が映し出されていた・・・・・・。








部屋一面に飛び散る血痕。純白のドレスが血を吸い、真紅に染め上げる。
そんなドレスを気にすることなく、躯となった女性を抱き締める少女の姿があった。
抱き締め、身が引き裂かれんばかりに哀しみの絶叫を上げ、女性の上に覆いかぶさるように意識を失う少女。
そんな少女をオーブの軍人と思われる人間が、白く細い手足を拘束して連れ去っていった・・・・・・。








円球の玉に映し出される映像に、謁見の間にいた者たちは呆然と見つめていた。
そんな中、少女を未だに抱き締めたままの状態にいるアスランは、
近くに気配を感じ、ゆっくりとした動きでその気配を辿った。




《俺の姿が見えるのか、火の精霊と契約せし皇子。
俺たちは、決して許さない。 俺たちの認めた『舞姫』を傷つけた者たちを。
覚えておくといいい。 俺たちの愛子を害するものは、奈落に堕とす》




アスランの視線に気づいた翠の光を纏った青年は、
少女を守るような姿勢を見せるアスランに対して軽く目を見張り、
何かを確信したかのようにニヤリと笑みを浮かべた。
そんな青年から流れる独特の気配に、アスランは目の前にいる青年が、風の精霊王であると、悟った。


青年は最後に鋭い視線をアスランに向けるとその姿は徐々に薄れてゆき、
暖かな風がアスランと眠る少女の頬を撫でた。
完全に気配が消え去る頃には、
映像を映し出していた円球の玉も完全に空気に溶け込み、消えていた・・・・・・。



「どこまで、やつらは我らを馬鹿にすれば気が済むのだ!
己の娘を差し出すと書状には書いておきながら、娘の替え玉として似た娘を差し出すとは!!」

「・・・わかっていたことではありませんか、陛下。 ・・・この子は、何の罪もなき被害者。
目覚めた時、その身に起こったことを思い出させるのは酷なこと。
・・・ニコル、この子の記憶を・・・惨劇を書き換えて。 両親の死は、不慮の事故に。
そして、この子は生贄としてではなく母方の知り合いであった私に引き取られたと」



光が消え去ったと同時に、我に返ったパトリックは苦虫を噛み潰したような表情で、その怒りを爆発させた。
そんな夫に対し、レノアはニッコリと冷笑を浮かべると、
箱の近くで佇んだままの状態にいたニコルに、少女の記憶を書き換えることを命じた・・・・・・。






記憶を書き換えることなど、本来はあまり好ましいものではない。
だが、少女の記憶とも呼べる先ほどの映像を見せつけられた者たちは、
誰も記憶の改ざんに対する反論は出さなかった・・・・・・。



「解りました。 先ほどの映像に映された内容からここに送られてくるまでの間の記憶を、完全に消します。
深層部分に封印していたとしても、いつその封印が解かれるか分かりませんから・・・・・・」



ニコルはレノアに対して一礼をすると、アスランに抱かれたままの状態にいる少女の額に右手を翳した。
翳された右手からは淡い光が放出され、少女の身体全体を包み込んだ。
包み込んだ光は徐々に少女の身体の中へと吸収されてゆき、
僅かに浮いていた少女の身体が再びアスランの腕の中に戻った時には、
少女の記憶は書き換えられていた・・・・・・。










眠り続ける少女を抱き上げたアスランは、
少女に衝撃を与えないように最善の注意を払いながら皇族専用のエリアへ向かった。



当然、少女の部屋は用意されていないため、アスランは自室へ連れてゆく。
自室のベッドに寝かせ、幼げな寝顔を見つめていたアスランは、額にかかる鳶色の髪を優しく梳いた。
アスランが少女の頬を撫でるように触れると、
自身を傷つけないとわかっているのか、安心しきった表情になった。








暫くの間、静かに眠っていた少女だがフルッと瞼を震わせた。
少女の様子を静かに見つめていたアスランは、
ゆっくりと開く瞼をジッと見つめ、瞼に隠されていた美しいアメジストの瞳が現れ、エメラルドの瞳に映し出される。



「・・・目覚めたかい?」

「貴方はあの時の・・・?」



目覚めた少女にニッコリと微笑みを浮かべたアスランは、少女の頭を愛おしそうに撫でた。
そんなアスランの仕草に抵抗を見せない少女は、
ジッと自身を見つめている彼が以前会ったことがあると、確信した。



「・・・姿を変えていたのに、わかるのか?」

「姿は変わっても、その独特な気配はそう簡単に変わらないもの・・・」

「俺は、アスラン=ザラ。 プラント帝国の皇子で、母の名はレノア」



以前、少女と出会った時は、
精霊の力で白銀色の長髪とラピスラズリの瞳を持つ姿に変えていたアスランだったが、
今まで見破られたことはなかった。
そのため、アスランは驚きのあまりに目を瞠ったが、
それほどまでに少女の感知能力が高いということが証明された。




アスランは、ニッコリと微笑みを浮かべると自己紹介を行った。
よくよく考えると、初めて出会った際は互いに名を明かしておらず、
明かしたとしても姿を変えていたアスランは、偽名を言っていただろう。



「レノア小母様のご子息・・・? この国の、皇子様・・・?」



少女の記憶は、ニコルによって書き換えられている。
そのため、本来ならば会ったことがないはずのレノアのことを、
昔から知っているように「小母様」と親しそうに呼んだ。



「確かに、俺は皇子だ。 だが・・・ここにいるのは、ただのアスランだ」

「私は、キラ=ヤマト」

「知っているよ。 あの後、君が走り去ったあと・・・。 あの場にいた、風の精霊が君の名を教えてもらったからね」



少女・・・キラ=ヤマトの言葉に、ニッコリと微笑みを浮かべたアスランは、キラの頭を優しく撫でた。
アスランの言葉に目を瞠ったキラだが、自分が走り去る前に風の精霊に告げられた《言葉》を思い出していた。



「あの・・・アスラン・・様」

「アスラン、でいいよ? 敬語も使わなくていい。 俺は、君とは対等でいたいから。
もう少し、休んでいるといい。 母上たちを呼んでくるからね?」

「・・・は・・うん」



躊躇いがちにアスランの名を呼んだキラに、
アスランは安心させるように微笑を浮かべると、もう一度だけ優しくキラの頭を撫で、
自室から父たちのいる謁見の間に戻った。








2008/12/31















・・・凄く長い間放っておいて、申し訳ございません;
拍手コメントで、このお話を楽しみにしてくださっている皆様、
長らくお待たせいたしました!
がんばって、今年最後の更新に第3話をお送りすることができて、
ホッとしておりますv
2話は過去話ですが・・・こちらは、現在に時間軸を戻しております。
ニコルは、皇族には劣りますが・・・それでも高い魔力を持っております。
そのため、神官長の任を任せられておりますv
彼の力によって、キラの記憶は改竄されました。
下手な術者ではないので、戻ることはありませんv
暫くの間、オーブのことを遥か彼方に放り投げて、
アスキラの自覚&ラブラブ生活を書けるよう、がんばりますv

来年も『水晶』を宜しくお願いいたしますv
ではでは、皆様・・・よいお年を!