「確かに、俺は皇子だ。 だが・・・ここにいるのは、ただのアスランだ」



『皇子』というのは、所詮肩書きに過ぎない。
父上が皇帝であるが故に、嫡子であり継承者である俺はそう呼ばれている。



しかし、彼女だけは・・・『器』ではなく、『中身』を見て欲しいと思った。
今まで、両親や側近たち・・・身内にしか興味が無かった。
そんな俺が、唯一自ら欲した相手。



――――― 悲しき悲劇を忘れさせるため、アメジストの瞳を持つ姫は記憶を改竄された。
再び双方の瞳に姿を映した彼らは、何を思い何を感じるのだろうか・・・・・・











神の花嫁
  ― 『力』の暴走 ―











その頃、謁見の間では記憶操作を行ったニコルが気になることをパトリックたちに告げていた。



「・・・陛下。 彼女は長年に渡り、何らかの封印を受けていたようです。
先ほど記憶操作を行った際、今まで感じたことのないほどの力を感じました」

「ほう、神官長であるお前が? その力とは・・・?」

「彼女の力は、私の力を遥かに凌駕するものです。
・・・信じがたいですが、彼女の力はアスラン皇子に匹敵するかと」

「・・・アスランに? アスランは、皇家の中で最強を誇る魔力の持ち主。
そのアスランに、匹敵するほどの力を持っていると?」



ニコルから告げられた言葉に、パトリックを含む謁見の間にいた人間は驚愕の表情を浮かべた。



アスランの持つ潜在能力は、皇家の中でも秀でた力の持ち主であった。
その力は、初代皇帝となった彼らの始祖に匹敵するもので、
彼はまだ幼い時にはすでに、火の精霊王と契約を交わしていた。
契約を交わす精霊は火だけではなく、そのほかの元素を司る精霊とも契約を交わしている。


本来、精霊との契約はそれぞれが生まれながらにして持つ、属性で決まる。
そのことを裏付けるように、従兄であるイザークはその気質と同じく水の精霊と契約を交わしており、
レイは風の精霊と契約を交わしていた。
現在、すべての精霊と契約を交わす皇族は、アスランただ1人であった。



そのアスランに匹敵するほどの潜在能力を持つなど、到底信じがたいものであったが、
神官長であり今まで力に関して外したことのないニコルの言葉に、
パトリックたちは納得せざる終えなかった・・・・・。



「おそらく、ヤマト夫妻が彼女の力を封印していたのでしょう。
オーブは、僅かでも不思議な力を持つ子供がいると知れば、このプラントに贄として差し出してきます。
そのことは、貴族である彼らの耳にも入っていたはず。
彼らはオーブの考えとは違い、精霊の存在を受け入れておりましたが、それと娘の心配は別だったのでしょう」

「・・・確かに、それほどの力を持つ娘であれば、やつらはその力を恐れ、贄としてこちらに送ってきただろうな」



彼女に施されていた封印は、祈りに似たものであったことから、ニコルはそのように予測を立てた。封印を施したとされるヤマト夫妻は、すでに亡くなっているためにその真意は誰も知る由もないが、オーブという国を厭でも知っている彼らには、それくらいの想像はつく。他人に対して無関心だった皇子が連れて行ったキラを思い、謁見の間には少々重い空気が流れたが、その空気を払拭したのはこの場にいなかったアスランであった。



「父上、母上。 キラが目覚めました。 ニコルの記憶操作は成功し、彼女は昔から母上を知っているような口振りでした」

「分かりました。 陛下、参りましょう。 ・・・彼女の潜在能力がどうであれ、オーブからあのような仕打ちを受けたのですよ?
彼女は、この城に引き取ります。 ・・・依存は、ございませんわよね?」

「私は、無論そのつもりだ。 他人に無関心であったアスランが、あれほどまでに感情を取り乱すのだ。
そして、記憶操作によって彼女はお前を知っていることとなっている。 その知人から離すなど、そのような酷なことを私はせぬよ」



謁見の間に入室したアスランは、淡々と用件だけを述べた。
記憶操作によって混乱は避けられているものの、心細いのには変わりない。

そんなキラを思って、アスランはいつもの無表情で両親に告げた。


息子の言葉に頷いたレノアは、夫であり全てにおいて決定権を持つパトリックを見つめた。
彼女は、キラの能力が秀でていようがいまいが、そんなものは二の次だと思っている。
今一番大事なのは、自分たちの都合と欲望の為に利用され、邪魔者は排除とばかりに殺されてしまったヤマト夫妻の無念と、
残されてしまった一人娘であるキラの心情を思っていた。



パトリック自身、非道な行いをしたオーブに怒りを感じており、被害者であるキラの身を案じていた。
また、息子が他人に興味を抱いた初めての娘であるため、諦めかけていた希望をキラに見出していた。








その頃、1人部屋に取り残されたキラは、不安そうに辺りを見渡していた。
記憶操作によって、初めて訪れる王城であるにも拘らず、幾度となく通っていることになっている。


彼女は今、自身に眠っていた力が開放したことによって、言いようのない不安感を抱えていた。
その不安は、部屋に誰もいないことから拍車がかかり、本人が気付かない内にどんどん内側に溜まってゆく。
不安は徐々に情緒にも影響し、精神に乱れが生じてきた。




――――― ピシッ!




そんな情緒不安定な精神は彼女の眠っていた力を触発され、近くのガラスに亀裂を走らせた。
亀裂の入ったガラスを見たキラは益々不安がり、事態は悪循環を辿る。
自身に眠っていた力を知らないキラは、当然ながら力の制御方法など知る良しもない。
そんな状態であるため、情緒不安定によって乱れた力は、暴走を始める。




――――― ガッシャーーーンッ!!




爆発した力は、当たり一帯を巻き込み、様々な物を破壊した。
ベッドの横に置かれていた花瓶は粉々となり、遠くの物も破片が散らばる。
一見、嵐が去った後のような有様となった。



「!? な・・・なに? わ、私が・・・私が、やった・・・の?」



呆然とした様子で辺りを見渡したキラは、顔面蒼白となった。ゆっくりとした様子で自身の白い両手を見つめ、ギュッと自身を抱き締める。



「!! キラッ!!」

「ごっ・・・・・ごめん・・・なさい・・・・。 ごめんなさい!!!」



自室に向かっていたアスランは、突如響いた大きな音に驚き、部屋に残してきたキラを心配して自室に飛び込んだ。
目の前に広がった光景に息を呑んだアスランは、部屋の状態を無視してベッドの上でカタカタと震えているキラの名を呼んだ。
心なしか強く名を呼んだため、ビクッと身体を震わせたキラは、
自身の仕出かしたこの状況を起こられているのだと勘違いし、部屋の主であるアスランにひたすら謝る。



「・・・キラ、俺は怒っていないよ? 1人にして・・・不安だったんだね。
今まで封じられていたみたいだから、自分の持つ力に困惑して、当然だよ。 部屋のことなら大丈夫。 すぐ、元通りになるから」



謝ってくるキラの様子から、この状況を把握したアスランは苦笑いを浮かべ、優しくキラの肩に触れた。
アスラン自身もベッドに腰掛けると未だに震えるキラの身体を壊れ物のように優しく抱きしめ、
安心させるように軽く背中を叩きながら言葉を紡ぐ。
そんなアスランの言葉と落ち着かせるように叩くアスランのリズムに少しずつ精神を安定させていったキラは、
先ほどの状態まで戻すことに成功した。



「なんとか・・・落ち着いたみたいね?」

「・・・? レノア小母様?」



中には入らず、外で様子を見守っていたレノアはニッコリと微笑みながら、ベッドで抱き合う息子たちに近づいてゆく。
そんなレノアに、キラはキョットンとした様子で見つめ、アスランは気にすることなくキラを抱き締める腕に力を込めた。



「えぇ、そうよ? 今までの不安と長旅で眠ってしまったから、アスランに頼んでこちらの部屋に移してもらったの。
けれど・・・そのことで、逆に不安がらせてしまったわね・・・」

「キラ。 力は、怖いモノではないよ? 怖いのは、力を使う人の心。
“想い”によって発揮されるこの力を活用する、人間の心の問題なんだ。
力が不安定で、美味く制御できていないからちょっと均等が崩れただけで暴走してしまう。
けれど、制御が可能となれば・・・力の暴走は、極限に減らすことができるんだ」



息子に抱き締められている状態のキラに、レノアはニッコリと優しい微笑を見せた。
彼女の記憶には、自分は知人となっている。
そのため、本来ならば初対面であるにも拘らず、彼女の瞳には安堵感しか宿っていない。
レノアは微笑を浮かべたままキラの紙を優しく梳き、
強く抱き締めていたアスランはゆっくりと腕の力を抜くと、コツンと額を合わせて諭すように語り掛けた。



「・・・力の・・・・制御・・・・」

「えぇ、そうよ? 幸い、ここにはエキスパートとでもいえる神官長もいるわ。 彼に制御方法を学ぶのもいいわね」

「・・・母上。 このことは、私がやります。 確かに、ニコルが適任でしょうけど・・・キラの力は、私に近いもの。 ならば、私が一番適任かと」



先ほどよりも落ち着きを取り戻したキラは、ポツリと呟いた。
その声は静まっている部屋には十分すぎるほど響き、レノアはキラを撫でる手を止めることなく頷いた。
母の提案に対し、大切なモノを守るかのように腕の中に囲っているアスランは、即座に否定した。
滅多に自身の意見を貫こうとはしない息子に驚きを隠せないレノアだったが、
慈愛に満ちた笑みを浮かべると子どもたちの頭を優しく撫で、退室していった・・・・・・。








2009/04/01















他の話以上に亀並な更新で申し訳ございません;
そして、話自体はあまり進んでおりません(滝汗)
当サイトも4年目に突入し、
新生活のために今まで以上に執筆時間が限られておりますが・・・・
細々とでも続けていきたいと思いますので、今後とも応援のほどを宜しくお願いいたします!