「・・・キ・・・・ラ?」



君を忘れたことなど、ない。

美しいアメジストの瞳。
儚いイメージを抱かせる君の姿。
そして何より・・・君は、精霊たちに愛され、認められた『舞姫』。


今まで、誰一人として抱いたことのない、この“想い”。


なぜ、君がここに・・・?



頭では分かっていても、感情が・・・理性がそれを否定する。





――――― 目の前に浮かぶ美しい姫。
その名を知るのは、呆然と立ち尽くすエメラルドの瞳を持つ皇子だけであった・・・・・・。











神の花嫁
  ― 『舞姫』との出会い ―











時は数ヶ月前に遡る。
プラント側からオーブに向けて最初の最後の要求

――『今年の贄はオーブ国の第一継承者である姫を要求する。
コレを拒否した場合、今後一切贄を送ることはならない。
プラントは、永久に貴国との同盟を結ぶことはないが、
我が国が貴国への侵略行為を行わない事を約束する』――

を行った。
そのことを受けたオーブは、今の時期には珍しく、
貴族の娘は必ず出席の舞踏会が行われるとの情報をプラントは得ていた。



「・・・なぜ、今の時期なんでしょうね?」

「・・さぁな。 何らかの思惑があると思うが・・・俺の気のせいだといいがな」



皇宮の一室で、情報の記されたデータを見ていた2人の青年は美しい眉を顰めていた。



「・・・行かれるのですか?」

「あぁ。 既に、父上の許しは得ている。
あちらの思惑がなんであれ、向こうがそうすんなりとこちらの要求を受けるはずがないだろ。
・・・そんな簡単なことだったら、とっくに終わっている」

「・・・それも、そうですね。 兄上、俺も一緒に行きますからね」



部屋から出て行こうとする青年・・・皇子に尋ねた青年は、
くるりと振り返った皇子の言葉に神妙な顔で頷いた。
青年・・・・従弟の言葉に了承の意味で頷くと、再び振り返ることなく皇宮を後にした・・・・・。










2人は皇宮から出ると、オーブに向かう為に港へと向かった。
港に到着した2人は、そのままの姿で国境を越えることがないよう、
精霊と契約した際にその証として贈られた宝玉が飾されたブレスレッドに触れた。
触れた瞬間、彼らの姿が変化した。



紺瑠璃色の髪とエメラルドの瞳を持つアスランは、白銀色の長髪とラピスラズリの瞳へと変化した。
黄金色の髪とカイヤナイトの瞳を持つレイは、鳶色の長髪と琥珀の瞳へと変化した。
レイは徐に長髪となった後髪を器用にみつあみにし、同時に出現させていた青色のリボンで結んだ。





2人はそのまま港に停まるオーブ行きの船に乗り込むと、
水平線の彼方に蜃気楼のように佇むオーブ国を見据えた。







水の精霊に守護されている海は穏やかなまま、悪天候に見舞われることなく国境を過ぎ、
隣国・・・オーブ領に入った。長い船旅の為、
船室にいたアスランとレイは自分たちを取り巻く精霊の加護の力が弱まったことで、
オーブ領に入ったことを知った。



「・・・やはり、こちらの国は精霊を信じていないので精霊の加護が極端に弱いですね・・・」

「・・・あぁ。 この世に生を受けてからずっと精霊に包まれるように育ってきた俺たちには住みにくい国だな」



レイは眉を顰めながら船室に備えられている丸い窓から外を覗いた。
外は変わりない海の風景が広がっていたが、周りを取り巻く空気が違う為、とてもいい気分とは言いがたい。
レイの発言に苦笑いを浮かべながら、アスランは自分たちを取り巻く結界を強めた。

精霊と共に育ってきた彼らにとって、
精霊の加護が極端に少ないオーブの空気は彼らにとって毒でしかない。
そのため、その予防として簡易結界を張っていた。



「えぇ。 ・・・その状態で、我が国と同盟を結びたいなどと・・・無謀にもほどがありますよ」

「・・・やつらの考えが分からない今、あちらを刺激するのは得策ではないというのが、父上のお考えだ。
今回の件で何か掴めると後々が楽なんだがな」



アスランが結界を強めたため、先ほどよりは呼吸が楽になったことにレイは安心したように息を吐いた。
そんなレイの姿に苦笑いを浮かべながら、
アスランは綺麗な眉を顰めながらこれからとる行動を考えていた・・・・・・。





彼らがオーブの地に上陸した時は既に、太陽が地平線の彼方へその姿を隠そうとしている時刻であった。
精霊の力が弱い土地で、自由気ままに行動するという行為を2人は行うはずもなく、
船から下船した2人は、そのまま舞踏会のある王宮へ向かった。



彼らの手には本物の招待状が握られており、忍び込むことなく正面から堂々と会場内へ入った。



「・・・しかし、この招待状・・・。 どうやって入手したんです?」

「この国には、我が国と違って、最新の技術が一世代ほど遅れているからな。
それ以前に、他の国からも呼ばれている者がいるらしい。
スカンジナビアにも、招待状が送られてきたそうだぞ」

「・・・あぁ、イザーク兄様から頂いたのですね。 イザーク兄様、オーブのこと嫌っていますから・・・」

「そうだな。 まぁ、分からないでもないがな」



王宮の正門に立っていた警備兵に所持していた招待状を手渡し、何も告げられることなく中へ通された。
内心、首を傾げていたレイは、
周りに人の気配がないことを確認してから、疑問を隣を歩くアスランに尋ねた。

そんなレイの質問に、アスランはオーブに対して毒を吐きながら簡潔に告げた。
アスランから告げられた内容に、
庭がらいを浮かべながら自国の同盟国であるスカンジナビアの名を聞いただけで、
どのルートで入手したかを正確に把握した。


彼らの国であるプラントにはいないが、
同盟国であるスカンジナビアで暮らしている者で彼らの従兄にあたる人物がいる。

彼は、スカンジナビアの次期女王の地位に就く王女の婚約者である。
そのため、彼らの幼馴染でもある騎士を護衛とし、プラントから離れてスカンジナビアで暮らしている。
彼・・・イザーク=ジュールは定期的にアスランたちと連絡を取っていた。
また、スカンジナビアに移り住む前までプラントの皇宮で暮らしていたため、
オーブが毎年送ってくる『贄』についても知っていた。
それが原因でもあるが、オーブの風潮自体イザークの気質に合わないのだ。



そのため、イザークは昔から生理的にオーブを嫌っていた。



「・・・ここからは、俺のことを“兄”と呼んではいけないぞ?」

「はい、“アレックス”」



2人は招待状に示されている会場の扉前に立つと、アスランは後ろに控えているレイに小声で告げた。


彼らの名前は、他国にも広く知られている。

そのため、他国に公式でない訪問の際は必ず偽名を使用していた。
姿を精霊の力で変えているため、名も変えなくてはならない。

尤もお忍びの為、他国の重役たちに拘束されないための予防でもあった。
アスランの使用する偽名は「アレックス=ディノ」。レイの使用する偽名は「デュオ=マーキス」であった。





アスラン・・・アレックスが会場の大きな扉を開くと、
閉鎖されていた為に充満していた会場内の熱気が彼らの肌を撫でた。
中からの異様な空気などに当てられたのか、
デュオは立ちくらみのような感覚が襲ったが、周りに悟られることなく、会場内へと足を踏み入れた。








それから数時間が経ち、会場となったホール内には舞踏会のメインともいえる円舞曲が流れていた。
そんな円舞曲も終盤に差し掛かる頃、アレックスたちの覆う結界の本質である風の精霊が反応を示した。
風の精霊が反応したため、アスランは不意に精霊が反応を示した辺りを見渡した時、
誰にも気付かれないように佇む1人の女性に目が留まった。



「美しきアメジストの瞳を持つ姫君、私と一曲、踊っていただけませんか?」



それまであちらから寄って来た女性に対し、
失礼がないように対応しつつも全身で拒絶していたアレックスだったが、
美しいストレートの長い鳶色の髪を持つ女性に対してそのように告げていた。


その後ろから見つめていたデュオが驚きを隠せない様子だったのは、彼の言動であった。

彼の知る限り、アレックスは今まで一度たりともそのようなことを告げた事がなく、
また皇家に忠誠を誓う騎士のような仕草を見せたこともなかった。
アレックスは、右膝を大理石で埋め尽くされたホールの床に付け、
右の掌を己の心臓部分のある胸に置き、左手はまっすぐとアメジストの瞳を持つ少女に向けられていた。





突如、
銀色の髪とラピスラズリの瞳を持つ青年にダンスの相手に指名された女性は驚きを隠せない様子で、
アメジストの瞳を見開いたが、
目の前で跪く青年の雰囲気と自分をまっすぐ見据える青年の視線に
無意識のうちに見惚れていた女性は、
気付いた時には自分の手が自然と青年の手の上に乗せられていた事に僅かな驚きを見せた。



「・・・喜んで」



女性の了承の言葉に、ニッコリと笑みを見せたアレックスは、
そのまま彼女の手を軽く引くと優雅にエスコートしながらダンスホールの中央へ誘った。
女性もそんなアレックスに抵抗することなく導かれるままに進み、今日初めて出会った青年に対し、
身体を強張らせる事なく力を抜いて青年に自身の身を預けた。



2人の優雅な踊りは、一緒に踊っていたほかのカップルが思わず足を止めてしまいそうなほど美しかった。
まるで、舞踏会をモチーフにした絵画のような見た目もダンスも優雅で気品に溢れている・・・
そんな雰囲気がでていた。




(・・・精霊が・・・共鳴している? 極端に弱い加護だったのに・・・なぜ?)




2人の周りには気配の薄かった精霊たちが集まっているのを精霊を信仰し、
生まれた頃から共に暮らしてきたデュオのみ気づくことのできた。



ダンスも終盤に入り、音楽隊の音楽が終わったと同時に会場からは拍手が溢れていた。
そんな回りに漸く気づいた女性は、
顔を赤らめるとパートナーを務めたアレックスにスカートを軽く掴んで挨拶を済ませると、
周りの視線から避けるように会場を抜け出した・・・・・・。





抜け出したアメジストの瞳を持つ女性・・・キラ=ヤマトは、僅かに会場の光が射し込む泉に来ていた。
キラの周りを包み込む空気は、まるでキラを歓迎するかのように優しくキラの肌を風が撫で、
歓喜しているかのように泉の水面は綺麗な波紋を描いた。
また、木々も嬉しいのかサワサワと微かな音を立て、自然の歓迎にキラはニッコリと微笑を浮かべていた。





キラは静かに泉へ右手をつけると、ゆっくりとした動作で水滴のついた手を引き上げた。
その水滴は見る見るうちに宙に浮き、音のない世界でドレスを優雅に靡かせてキラは踊りだした。


キラの踊りに引き寄せられたかのように、
浮いた水滴は優しい音色を紡ぎだし、彼女の頬を撫でていた風は、数羽の鳥たちへと姿を変えた。





一方その頃、
恥ずかしそうに頬を赤らめた女性が会場から抜け出すのをただ呆然と見つめていたアレックスは、女性の姿が完全に消えたことによって漸く正気に戻り、デュオの姿を見つけるとすぐさま女性の姿を探す為、会場の外へ向かった。



「アレックス、珍しいですね? 貴方が、そんなに姫君をお探しになるお姿は」

「・・・そう、だな。 だが・・・初めてなんだ。 誰かを・・・家族以外の誰かをこんなにも気になったのは」

「・・・・そうですか。 探しましょう? 先ほどの方を」



静かにアレックスの後を付いて来たデュオは、不思議そうに目の前を歩くアレックスに尋ねた。
そんなデュオに対し、
アレックスは彼が何を言いたいのか分かっているのか苦笑いを浮かべながらも
脳裏に焼きついているアメジストの瞳が印象的な女性を思い浮かべていた。
そんなアレックスにデュオは目を見張ったが、すぐさま微笑みを浮かべるとアレックスを促した。







2人は何かに導かれるかのように、会場の騒音や光があまり届かない泉の近くへと辿り着いた。



「・・・デュオ、止まれ。 ・・・こっちから僅かだが・・・水の精霊と風の精霊の力を感じる。
・・・まるで、何かと戯れているかのようだ」

「アレックス・・・。 精霊たちは・・・、彼女をまるで包み込むかのように同調してます・・・よ?」



近くに精霊の力を感じたアレックスは、気配の感じる方向に視線を向けた。
そんなアレックスの言葉に、つられるように同じように視線を向けたデュオは、
目の前に広がる光景に驚きを隠せなかった。



「あの舞は・・・。 精霊が認めた舞姫のみに伝えられるという“エレメンタル”?」

「“エレメンタル”? ・・・“精霊”・・・ですか?」

「あぁ・・。 その名の通り、精霊が認めた者にしか紡がれることなく継承されることのない。
また、継承した舞姫に生まれた子にも必ずしも継承されるということは・・・ない、
まさにその名に相応しい“エレメンタル”」



女性の舞に魅入られていたアレックスは、彼女の舞が何の舞かをおぼろげに悟った。



『舞姫』とは、その名の通り『舞を舞う姫』である。
だが、舞を舞えるから必ずしも『舞姫』なのかと問われれば、
その答えは否である。『舞姫』と言う名の称号は、精霊に認められた者のみに与えられる名誉のある称号。

そして、その中でも世界に存在する中でも偉大な四大精霊全てに認められた者には、
精霊しか知らない伝説の舞・・・“エレメンタル”が、精霊を通じて『舞姫』に継承されるのだ。
そして、“エレメンタル”を継承した『舞姫』と共に、精霊たちが共に舞う。




それこそ、伝承にあった『舞姫』と“エレメンタル”の全容であった。



《我らが認めし『舞姫』よ。 我らの同胞・・・火の精霊と契約せし異国の皇子とその術者が近くに。
案ずる事はない。 その者たち、汝の同胞であり味方である・・・・・・》



突如、女性と共に舞っていた風の精霊が姿を変えた鳥たちが女性の肩に止まり、
彼女の脳裏に『声』が響いた。
精霊の『声』は終始穏やかで、近づいてくる二つの気配は決して彼女を傷つけないと確信していた。
そんな風の精霊の『声』に反応した女性・・・キラは、
舞をやめると共に舞っていた精霊たちも舞をやめ、元の水滴と風へと変わった・・・・・・。







宙に浮いていた水滴は重力に逆らうことなく、静かに泉へ落ちてゆく。
また、舞をやめたキラもまたゆっくりとした動作で振り向き、
それまで微かな雲に覆われていた丸く光る月がその姿を完全に現した。
月をバックに佇むドレス姿のキラに、
アレックスはその神秘的な光景に声を発することができずにただ目の前にいる彼女を見つめ続けた。



女性もアレックスをジッと見つめていたが、
何かに気づいたのかその何かに逃れるかのように
闇にその身を隠すように静かに立ち去っていった・・・・・・。




そんな女性を追いかけようとしたアレックスだったが、
近づいてい来る人の気配に気づいたデュオに止められ、
アレックスは静かに女性の消えた方角を見つめていた・・・・・・。








2008/03/01















第2話をお送りいたしました。
いきなりですが、過去編です。
アスラン視点で、尚且つ簡略させましたが;
一応、アスキラの出会いですv
キラ視点で、プラントに『贄』として連れてこられた経緯に関しては、
番外編として書こうかなと予定としてはありますv
・・・反響次第ですが・・・ね;