「また、この時期がやってきたのか。 ヤツらからの『贄』の来る時期が」



忌々しい日だ。
罪もない子どもが、僅かな“力”の持ち主だということで、親元から引き離される。


そして、異国の地へ『贄』として送られる。
我が国と同盟を結びたいと言いながら、“力”を恐れる愚か者たち。



ヤツらは、自分たちのしている矛盾に気付いているのか・・・・?






―――― この時期、美しいエメラルドの瞳を持つ皇子は、その瞳を悲しみと怒りに輝きを曇らせる











神の花嫁
  ― 『贄』の送られる日 ―











世界には3つの大陸がある。
その中でも歴史の古いとされる中央の帝国。
豊かな自然と膨大な国土を誇り、世界を統べる四大元素の司る精霊たちに守護されると謳われるプラント帝国。
この国は古より、生まれながらにして不思議な力を持つ者を、
“精霊に愛されし愛子”と呼ばれていた・・・・・。
世界が繋がっていた頃より、同盟を結ぶ隣国との国境以外は全て四大元素の一つ、
水の精霊によって守護される海によって守られている。
そのため、他国の侵略を許さず、今では世界最強の軍を持つ国と恐れられていた。



国内では王家一族の人気は高く、現皇帝も名君として後に史実に記されるとなるが、
それは数十年先の話。



同盟国とプラント帝国は、いくつもの類似点があった。
一つは、権力を3つに分担させ、三権分立を図っている。
皇家・民衆・・・そして、神殿として。
二つ目は、国全体で世界を統べる精霊を信仰していることであった。






古来より、皇家の頭を悩ませる・・・・既に忌々しい習慣と化した出来事が毎年行われていた。
その出来事とは、頭を悩ませる原因である隣国・オーブ国から、毎年1人送られてくる子どもであった。
その子どもは、毎年僅かながらにも“力”を持つ者たちであり、
送られる理由として『プラントとの友好の証として、贄を捧げる』とのことであった。



オーブとは根本的な考え方の違いで、未来永劫同盟を結ぶことのない国である。


大本の理由は、オーブはプラントやプラントの同盟国であるスカンジナビア王国の信仰する精霊や“力”を異端と考え、
権力もふたつの国のように分けることなく王家独占状態の絶対王政主義国という、国の政の行いであろう。



オーブから送られてくる『贄』の存在は、民衆に知られることなく、
事実上皇宮のごく一部と神殿の最高神官のみしか知らない事実である。



「・・・今年もまた、あの時期が来たのですか?」

「・・・・好い加減にしてもらいたいですわね。 送られてくる子どもたちも、可哀想ですわ。
“力”があるからと、幼いのに親元から引き離されて連れてこられるだなんて・・・・」

「・・・だからこそ、今回は前々から考えていたことを実行したのだ。
今回のことで、長年悩まされていたことに終止符が打たれる事を願うばかりだがな」



皇宮の奥・・・皇家の私的の場所である一室にて、哀愁を漂わせる溜息が部屋に満ちていた。
中央に座るのはこの国の皇帝であり、
紺瑠璃色の髪とエメラルドの瞳を宿す少年・・・皇子の実父、パトリック=ザラ。
そんな皇帝の隣で哀しみの色を美しい瞳に宿しているのは、
皇后にして皇子の実母であるレノア=ザラであった。
皇子は忌々しそうに表情を歪め、そんな息子にパトリックは苦笑いを浮かべるだけだった。








――――― コンコンッ










「入れ」

「失礼いたします。 ・・・陛下。 オーブからの使者が参りました。
『要求に則り、我が娘にして王位継承権を持つカガリ=ユラ=アスハを、貴国に差し出す』とのことです」

「・・・・そうか。 やはり、どこまでも愚かだな。
こちらの最後の通告にして、最大の選択を突きつけたというに」

「・・・一体、何を考えているんでしょう? あの国は。
元々、《精霊》を祀る我が国と《精霊》を恐れるオーブが同盟を結べるはずが無いと、何故気付かない?」

「だからこそ、愚かなのですよ。 彼らは、自分たちが正しいと思っているのでしょう。
この国との同盟と言いつつ、『贄』を送る行為は、友好と言いながらも《力》を恐れている証拠ですわ」



ドアをノックし、皇帝の入出許可を得た騎士が侍女たちが伝えたことを上司であり、
この国にとって最も重要人物である皇帝に伝えた。
『贄』と共に送られてきた手紙の内容を一字一句間違わずに伝えると、
僅かながら部屋の温度が低くなったと伝えに来た騎士は感じたが、
退出許可を得ないままそこから動くことを許されない為、
どんなに部屋の温度が低くなろうとそこから動くことが出来ない。



「・・・直ぐ、我らも向かう。 ご苦労だった。 もう、いいぞ」

「ハッ! 失礼いたしました!」



パトリックの言葉に、硬直気味だった騎士は慌てて敬礼をすると、そのまま退室して行った・・・・・・・。






それから数分後。
重い腰を上げたパトリックを始め、レノアとエメラルドの瞳を持つ少年も静かに立ち上がると、
使者と共に連れてこられた娘のいる謁見の間に向かった・・・・・。



彼らのいた一室は、謁見の間の奥に設置されている皇帝の執務室であった為、
目の前の扉を開くとそこには既に今回の件での重要人物たちが勢ぞろいしていた。




正面から見て左側には、
皇族でありエメラルドの瞳を持つ少年・・・・アスラン=ザラの従弟にして、
将来は皇帝となるアスランの補佐を勤めることとなる、
黄金色の髪とカイヤナイトの瞳を持つ少年・・・レイ=ザ=バレル。
その隣に、プラントの中央に建てられている神殿の神官長をパトリックより任命されており、
何より毎年送られてくる子どもたちの“力”の潜在能力を見分けることの出来る、
若草色の髪とトバーズの瞳を持つ少年・・・ニコル=アマルフィ。
右側にはプラントの士官にして武官の頂点に君臨し、
戦場では皇族の次に指揮を任される、橙色の髪とアオライトの瞳を持つ青年・・・ラスティ=マッケージ。
ラスティと共に士官の頂点に立ち、アスランとレイの帝王学関係の家庭教師も兼任する、
黄金色の髪とトバーズの瞳を持つ青年・・・ミゲル=アイマン。
ラスティとミゲルは、アスランとレイ、そしてこの場にいない彼らの従兄にとって、
幼年期を共に過ごした幼馴染の関係でもあった。




中央には純白の棺のような長方形の箱が置かれており、
その箱こそ彼らの頭を悩ませる原因であった。


今まで通り、パトリックの頷きを見たニコルが箱の蓋を開けようと近づこうとした時、箱に異変が起こった。



それまで沈黙を守っていた箱を包み込むかのように、緑の強い光が謁見の間一体に広がったのだ。


謁見の間にいた者たちはその眩しさに瞳を開けることが出来ず、
再び景色を見ることになったのは暫く経ってからであった・・・。



『!?』



眩い光が止み、再び穏やかな光を取り戻した彼らが見たものは、
先ほどまで何もなかった箱の上に浮かぶ一人の少女の姿があった。


その少女は箱にいた人物だと思わせる姿のまま、全身を先ほど部屋一帯に広がった淡い翠に包まれており、
腰まであると思われる髪が無造作に靡いていた・・・・・。




オーブの姫の髪色である黄金色だと思われたその髪は、淡い蒼の光に包まれたその瞬間、
黄金色から美しい鳶色へと変化した。



その様子をただ呆然と見つめている中、玉座より一段下に座っていたアスランが急に立ち上がり、
駆け寄るかのように宙に浮いたままの少女に近づいた。



「アスラン様!?」



その様子に驚きの声を発したのは箱の近くで呆然としていたニコルだったが、
アスランの耳には聞こえておらず、ただただ目の前に浮かぶ少女に視線が固定されていた。



「・・・キ・・・・ラ?」



呆然とした様子のアスランが小さく呟いた名前は、静まり返っていた謁見の間に響き、
静かに浮いていた少女の周りを包んでいた淡い光が徐々に消えていくと同時に、
ゆっくりとアスランの腕の中に吸い込まれていった・・・・・・・。








2007/08/01















第1話をお送りいたしました。
アスランは皇子ですv
ラスティとミゲルは、文武両道をイメージしております。
それでも、ラスティの方が武道に秀でており、
ミゲルの方が文学が秀でていたということだけです。
レイを従弟にしたのは・・・ただ単に、管理人の趣味ですので;
ザラ夫妻は、いい人ですよv
本編はどうであれ、個人的にザラパパは好きな分類なのでv