「これが落ち着いてられるの!? アスラン、君の事なんだからもう少し怒ってよ!!
カガリ、自分の妄想を君に・・・AAに押し付けているんだよ!?」
「だからだろ。 この俺が、お前を平気で傷つける奴をこのまま許すとでも?
・・・もう少しその儚い夢に浸っているがいいさ。 その分、絶望が深くなるから・・・な」
キラは、俺の至宝。
彼女を傷つける者は、誰であろうと許すはずがないだろう?
俺自身、ヤツのことなど・・・どうでもいい。
俺にとっての重要は、キラに関することのみ。
本音から言わせてもらえば・・・AAに対する心労など、知ったことではないが・・・・。
それでも、彼らは自身の行ってきた過ちをきちんと理解し、誠心誠意を持って俺たちに謝罪をしてくれる。
それで、全てをなかったことにするなど・・・そんな甘いことは、もちろんしないがな。
しかし、ヤツはそんな心を持っていないからな。
ならば、それ相応のモノを与えてやろう。
キラを傷つけたのだから、それ相応の絶望を。
その時になって、自分の犯した過ちに気付いても・・・遅い。
唯愛しくて・・・
― 愚か者の愚行 ―
自室へ戻ると思われたカガリだったが、ブリッジと居住区へ分かれる中心部に着いた瞬間、カガリは方向を変えると格納庫へ向かった。
(なぜ、いつもキラの味方ばかりする? アスランは、私のモノだ。
きっと、キラが私を妬んでアスランを捕まえているに違いない。
アスランがこちらに来れないのなら、私から迎えに行けばいいだけじゃないか)
カガリはニヤリと歪んだ笑みを見せると、キラに対する憎しみを抱きながらその足を速めた。
格納庫に到着したカガリは整備士たちの制止を聞くことなく、無断で空いているシャトルに乗り込むと勝手に発進させようとした。
が、当然カタパルトは開かれておらず、キラとは正反対にプログラミングはもちろんパソコンに滅法弱い。
そのため、ハッキングして強制的にカタパルトを開くなどの芸当は、到底無理である。
「クッ!! 整備班、カタパルトを開け!!」
「カ、カガリ様!? そのようなご命令、キサカ一佐よりございませんが?」
「私が開けと言っている! この艦の最高責任者は、この私だ!」
「・・・了解いたしました」
カタパルトが一向に開かれないことに苛立ったカガリは、近くにいた整備士を怒鳴りつけた。
怒鳴りつけられた整備士は驚き、慌てた様子を見せながらチーフに指示を仰いだ。
チーフの言葉は、正論であるがカガリには通用しない。
キサカに言われた際には嫌がっていた権力を、都合のいいように行使したのだ。
縦社会である軍人は上の命令は絶対である。
そのため、困惑を隠せない整備士たちはカガリの命令通り、カタパルトを開放した・・・・・・。
同時刻、クサナギから飛び出してきたシャトルに、ブリッジは騒然とした。
通常、他艦に向かう際には予め通信などを行なって、了承を得る。
だが、今回の場合クサナギ側からのコンタクトはなく、先ほど進路が決定したばかりであるため、艦を移動する必要が無い。
「・・・一体、誰かしら?」
「・・・艦長、こんな非常識なことをするのは・・・1人しかいませんよ」
こちらに近づいてくるシャトルに、マリューは不思議そうに呟いた。そんなマリューの言葉に、
オペレーター席に座っている少女兵・・・ミリアリア=ハウは、冷徹な色をその瞳に宿しながらモニターを見つめた。
《こちら、カガリ=ユラ=アスハ。 貴艦がアスランをこちらに引き渡さないため、私が直々に出向いた。
カタパルトの開放を要求する! これは、次期オーブ首長の名においての命令だ!》
「・・・ほら・・・ね?」
大音量で響いた声にマリューたちは耳を押さえ、予め予測していたミリアリアだけが冷たい視線をモニターに向けた。
クルーたちは呆気にとられたような表情を浮かべ、ミリアリアは尚も冷たい視線を向けながら呆れたように盛大な溜息を吐いた。
「・・・艦長、無視してくださってかまいませんよ。 我々は、確かにオーブとは協力体勢の立場ですが・・・。
このような理不尽な命令、聞く必要性などまったくありません」
「そうですよ。 それに、『次期オーブ首長』とか言ってますが・・・あくまでも、候補です。
国民に選ぶ権利はありませんが・・・それでも、オーブ五大氏族の中から選ばれるんです。
最近の代表首長がアスハ家によって世襲されて独占状態となっていますけど。
それに、私たちはオーブ軍ではありませんし・・・・。 この艦に対して、彼女が命令する権利など、ないんです。
この艦の最高司令官は、外で勝手に喚いている人じゃなく・・・艦長なんですから」
クルーたちの中でいち早く正気に戻ったノイマンだったが、不快感を隠すことなく冷淡に呟いた。
そんなノイマンに賛同するかのようにミリアリアもまた、冷笑を浮かべながらカガリの言葉に対してのダメ出しを述べた。
カガリは、義父であるウズミ=ナラ=アスハによって『次期代表首長』として幼い頃から育てられてきた。
しかし、彼女は『代表の器』とはお世辞にも言えない。
幼い頃から苦労することなく、甘やかされてきた彼女にとって、『代表』とは我侭を言うための絶対的な権力と思っている。
ウズミを筆頭にカガリを育ててきた環境は、今までカガリが「これが欲しい」と言えばすぐさま与えるような人間たちであったため、
『自らが欲したモノは全て手に入る』と勘違いしているのだ。
そのため、一目惚れしたアスランを自分のモノにしようと・・・いや、
既に自分のモノだと思っているためにこのような理不尽の要求を平気で行なえるのだ。
ノイマンたち正規クルーたちはともかく、ミリアリアを含める元ヘリオポリスの学生たちは国籍がオーブである。
それにも拘らず、ミリアリアはオーブの五大氏族の一つであるアスハ家の人間・・・いや、オーブ全体に不快感を露にしていた。
ミリアリアは元々、友人であるキラが大好きである―もちろん、友情として―。
AAに乗艦していた当初は、慣れない戦闘や環境に対応しきれなくてキラとの間に溝ができてしまったが、
前のようにとは行かなくともアスランの存在によってキラの精神が徐々に落ち着きを見せ始めた最近では、
よく笑顔を見せるようになってきている。
そのことを我が事のように喜んだのは他の誰でもないミリアリアで、彼らが離れてはならないと本能的に悟った。
そんな彼らを知ろうともせずに自らの欲望のために引き離そうとしているカガリに対し、好感を持てるはずもない。
ノイマンもまた、ミリアリアと同様キラにはアスランの存在が必要だと認識している人間である。
彼はキラたちがAAに乗艦した当初から、コーディネイターであるキラを気にかけていた。
彼にとって、コーディネイターもナチュラルも同じ人間だと思っていた。
ザフトと戦うのはコーディネイター嫌いからではなく、軍人である以上、上官の命令は絶対であるため・・・である。
そのため、彼が分かる範囲での小競り合いの仲裁に入ったり、さり気なくキラを庇ったりしていた。
しかし、それでもMSに乗って独りで暗闇と戦闘の恐怖を味わってきたキラは目に見えない強迫が進行し、
強迫神経症に近い症状までもが見え始めていた。
そんな矢先、キラが搭乗していた『ストライク』が『イージス』によって爆破され、キラがMIAに認定された。
その後は何かの決意を胸に新しい天使の翼を持つ自由・・・『フリーダム』と共に舞い降りた際には治ったかに思えたが、
その後のオーブ攻防戦の際に共闘した赤き正義・・・『ジャスティス』の搭乗者であるアスランと共にいる姿を見ると、
それが本来の姿なのだろうと思うようになったのである。
漸く、戦場ではあるが安心できる場所を得ることのできたキラに、カガリはその場所を奪おうとしている略奪者であるに他ならない。
そんなカガリに対し、好感を抱けるはずもなかった。
「・・・分かりました。 彼女は、そのままキサカさんに引き取っていただきましょう。 クサナギに、連絡を」
「了解。 クサナギに繋ぎます」
ノイマンとミリアリアの言葉にマリューは溜息を吐きながら、チャンドラに命じた。
チャンドラはすぐさまクサナギに通信を開き、未だ喚いているカガリからの通信を切断した。
《こちら、クサナギ。 いかがした?》
「・・・突然の通信、申し訳なく思ってます。 しかし・・・こちらとしても、対処に困っておりますの」
《・・・対処・・・ですかな?》
「えぇ。 貴方方の主であるカガリさんが、無断でこちらに着艦しようとなさっているのだけど・・・そのようなこと、聞いておりません。
よって、こちらが彼女の命令通り動く言われもないので・・・・そちらの方で、引き取っていただけません?」
メインモニターに映ったのは、艦長席に座っているキサカであった。
マリューの言葉に呆れた表情を見せたのはモニターの端にいるエリカであり、キサカの表情は苦悩に歪められていた。
《貴艦には、大変な迷惑をかけた。 責任を持って、彼女はこちらで引き取ろう。 ・・・エリカ主任。 外に出ているシャトルの引取りを》
《了解しましたわ。 AAの皆さんにも、こちらの不手際で大変なご迷惑を・・・・。 申し訳ございません》
大きな溜息を吐いたキサカは、斜め後ろにいるエリカに要請した。
要請されたエリカもまた、溜息を吐くと別のメニューをこなしているMS部隊数機にシャトルの強制帰還を命じ、ポイントを指示している。
「・・・彼女には、そろそろコレは遊びではない・・・・と、そのことをきちんと理解いていただかないといけませんね。
私たちは、こんなことで同盟に亀裂を生じさせたくはありません。
貴方方オーブ軍は彼女の命令に従わなければならないのでしょうが、私たちはオーブ国民ではありません。
まして、彼はプラント出身です。 そんな彼を、理不尽な言い分でそちらにお渡しすることなど、できませんわ」
別のモニターでシャトルがクサナギに引き取られていく様子を見ていたマリューは、どこか疲れた表情を見せている。
そんなマリューの言葉に同意とばかりにエリカも頷いており、どこか冷たい表情を浮かべていた。
2009/03/01

あとがきは、最終話にて。

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