「よかった・・・。 母様、僕たちこれからカガリのところに行ってくる。
アスラン宛てに、メールが届いたって言っていたから」
「・・・そう。 では、私たちはここで待っているわ?」
彼女が何を言いたいのか・・・何を求めているのか、分かっているつもり。
けど、僕にも譲れないものがある。
彼女が彼に対して、好意を寄せているのは一目瞭然。
だけど・・・彼は、僕の全て。
僕と彼を引き裂こうとする者は、絶対に許さない。
喩えそれが、 だとしても・・・・・・。
唯愛しくて・・・
― 鍵を握る一枚の写真 ―
目的地であるカガリの部屋は居住区とは離れた場所に造られていた。
仮にも一国の姫であるため、一般人と同じ区画に造られてはいない。
カガリの部屋以外には士官クラスの部屋が隣接している。
これは、軍人ではないカガリが彼らをまとめる将軍・・・最高司令官であることも関係しているのだろう。
クサナギの決定権は現在、
ブリッジにいるキサカだと思われるが、実際の決定権を持つのはアスハ首長家の一子であるカガリであった。
――――― コンコン
アスランは扉の前に立つとロックに手をかけることなく、扉をノックした。
何かを考える仕草をしていたアスランだが、
静かに様子を見守っていたキラにニッコリと笑みを浮かべるとキラの腰を引いて一歩、扉の前から引いた。
――――― プシュンッ!!
引いたと同時に、目の前の扉が勢いよく開くと金色の塊がアスランに向かって飛び出してきた。
一定の距離を保っていたアスランは、
その塊が自身に向かってきたことに対してキラの腰に手を当てたままスッと避け、
金色の塊は無重力空間である廊下であるために慣性の法則に基づいて、壁に勢いよくぶつかった。
「ッ!! なぜ、避けるんだ!?」
「・・・急に飛び出してきたのは、おまえだろう。 危険だと感じたものから避けて、何が悪い。
それよりも、大変なこの時期に呼び出した要件を早く言ってもらおう。 俺たちは、忙しいんだ」
頭を強く壁に打ち付け金色の塊・・・ともい、カガリは打ち付けた場所を押さえながら
自分を受け止めなかった愛しい人―本人の妄想では―に対し、抗議した。
彼女が向けた先には愛しい人―あくまでも本人の妄想―が、
砂漠で再会した時から気に入らなかった人物の腰に回されている。
そのことに対して、不快感を露わにしていた。
「・・・それより、何でここにキラがいるんだ? 私は、アスランに来てもらいたかったんだが」
「・・・僕も、カガリが心配だったんだ。 【オーブ】が、あんなことになるなんて・・・・・・」
睨み付けてくるカガリに対し、キラは痛々しそうにカガリを見つめた。
そんなキラの様子を見ていたアスランは、キラを宥めるように空いていた手で優しくキラの頭を撫でた。
「そ、そうだな・・・・。 あそこには、お父様だけでなくホムラ叔父様も一緒だったんだ。
多くの同胞を失った。 ・・・アスラン・・・いや、お前たちに見てもらいたいものがあるんだ。
私がクサナギにお父様から乗せられる前、渡された最期の形見だ」
父や一族の人間を失って悲しんでいる自身ではなく、
同性であるはずのキラを慰めるアスランにカガリはギリギリと小さく歯軋りをした。
そうしながらも、精一杯の虚勢を張った。
弱弱しく自身を見せ、アスランの同情を今一度引こうとしたカガリは、
少しだけ俯き、震える声で爆発と共に散って逝った父と叔父を含む重役たちの死を悼んだ。
俯いているカガリは気づかないが、
そんなカガリを見ていたアスランといえばキラにしか判らない程度の冷気を纏い、
冷めた目でカガリを見下ろしていた。
そんなアスランの変化にまったく気づかないカガリは、
自身のポケットの中に入れていた一枚の写真を2人に見せた。
「・・・写真? ・・・誰の」
「・・・裏」
見覚えのある写真に、
キラとアスランは自分たちの予想が合っていたことにため息を吐きながらも表には出さなかった。
驚いた様子を見せるキラに、
俯いたままのカガリは小さく呟きながらもその表情はニッと嘲笑うかのような笑みを浮かべていた。
キラはカガリに言われたとおり写真を返し、裏を見た。
そこには『Kira Cagari』と書かれていた。
「キラと・・・カガリ?」
「・・・これをお父様から渡された時、こう言われたんだ。
『父とは別れるが、お前は1人じゃない・・・。 きょうだいもいる』って・・・! どうゆうこと・・だ?」
カガリは震えながらウズミの言葉をキラに伝え、隣にいるアスランに縋ろうと腕を伸ばした。
そんなカガリに対し、アスランはさり気ない仕草で一歩引き、
キラを守るようにカガリから死角にになるように抱きしめる腕を動かした。
カガリの前では知らされたことにショックを受けているように装っているが、
2人はこの事実を月時代・・・幼年学校に通っていた時代にカリダによって、知らされていた。
このことは当事者であるキラにのみ伝えようとしたが、
物心がつく前からキラ至上主義者であったアスランや親友であるレノアなど・・・ザラ家にも伝えられていたのだ。
赤ちゃんを抱いて写っている女性は、キラとカガリの本当の母親であるヴィア=ヒビキである。
ヴィアはカリダの姉であり、ブルーコスモスの襲撃を受けた際、
姉から生まれたばかりの赤ちゃんを渡されたのだ。
その後、コーディネイターとナチュラルのきょうだいではすぐに目立ってしまうことを恐れ、
コーディネイターであるキラを手元に残し、
ナチュラルであるカガリを権力のある【オーブ】の五大氏族でも最も権力のあったアスハ家のウズミに
事情を伝え、姪であるカガリに二度と会わないことを約束とし、養子とした。
本来ならば伝えてはならないのだが、キラはコーディネイターの中でも優れた頭脳を持っていた。
幼い頃から両親と自身に違和感を覚えていたのか、肝心なところでは感情をセーブしていたのだ。
それでも、カリダたちはキラが一世代目のコーディネイターであるが故の苦悩だと思っていた。
しかし、その認識が間違いだと知り、キラに真実を伝えることを覚悟決意した。
コーディネイターをテロの標的とするブルーコスモスには、コーディネイターであれば誰でも恐れる存在である。
その存在からキラを守るためには、
同じコーディネイターであるアスランにもこのことを伝えておくべきだと、カリダたちは判断したのだ。
【プラント】に住んでいたアスランの父であるパトリックは1年に一回会えればいいほうだったが、
素直で純真な性格の持ち主であり、感情の乏しかったアスランの年相応な反応を見せるキラを気に入っていた。
カリダからキラの出生の秘密を聞いたパトリックは、
万が一の際にはザラ家が全面的に協力すると約束したほどであった。
そして、その言葉が実行されようとした目前で戦渦が広がり、
回線が混乱してヤマト家は【オーブ】の資源コロニーである【ヘリオポリス】に移住することとなったのだった・・・・・・。
「・・・とにかく、これだけじゃぜんぜん分からないよ・・・」
「お前ときょうだいって・・・じゃあ、私は・・・」
カガリの言葉に呆然とした表情を浮かべたキラは、写真を握る手を震わせながら曖昧な微笑を見せた。
そんなキラの言葉に対し、カガリは涙を溢しながらキラたちを・・・いや、アスランを見つめた。
「・・・今は、そんなことを考えても仕方が無いよ。
それに、もしそれが本当だとしても、カガリのお父さんはウズミさんだよ」
(君ときょうだい・・・? 冗談じゃない。 そんなの、こっちから願い下げだね)
「キラ・・・」
涙を流すカガリに、キラはニッコリと優しい微笑を見せた。
その微笑に含まれる毒など綺麗に覆い隠したキラだが、
長年傍にいるアスランには、キラの本音は筒抜けであった。
一方その頃、AAをブリッジ勤務のクルーたちに留守を任せたマリューは、
フラガと共にシャトルに乗り込み、クサナギへ向かった。
事前に知らせは届けていたため、
クサナギの格納庫にはシャトルの受け入れ準備が整っており、キサカの姿もあった。
「お出迎え、ありがとうございます」
マリューはキサカに向かってニッコリと微笑を浮かべ、彼の後を追いながらクサナギのブリッジへ向かった。
「クサナギは以前から、【ヘリオポリス】との連絡用艦艇として使っていたのだ。
MSの運用システムも武装もそれなりに備えてはいるが、・・・AAほどじゃない」
「5つの区画に分けて、中心だけ行き来させているのか・・・・。 効率のいいやり方だな〜」
無重力のため、壁に激突しないよう備え付けられているベルトに掴まり、目的地へと流されてゆく。
その間、キサカはクサナギの本体がなぜ宇宙にあったかを説明した。
彼らが【オーブ】から脱出する際、持って来たのはMS部隊とそのパイロットたちのみ。
艦本体やそのほかのパーツは、すでに宇宙に駐留していたのだ。
キサカの説明を受け、フラガはクサナギの建造に対して感心した。
「マリューさん? 皆さんお揃いで・・・どちらへ?」
ブリッジ手前にある主だったメンバー―艦長クラス―の居住区がある区画で、
両親のいる居住区へ向かおうとしたキラたちとバッタリ遭遇した。
クサナギとAAの主だった人間が一同に揃っていることに、キラは首を傾げながら問いかけた。
「俺たちはこれから、ブリッジに向かうんだ。 今後の進路とかについての相談でね」
「よかったら、君たちにも意見を聞きたい。 我々だけでは、情報不足だからな」
キラの問いかけに答えたのは、フラガであった。
フラガの言葉に納得した表情を見せたキラたちに、
キサカは彼らの意見も聞こうと自分たちと同行するよう、告げた。
彼らが宇宙に上がってくる以前から周りの情報収集に余念が無かったが、
それでも調べられない場所は多々ある。
それは、中立が故に破ってはならない制約。
プラント圏に入る宙域での情報収集は、とても困難であった。
そのため、キサカはより正確な情報を求めており、
コーディネイターであるキラたちの知力に頼りたい一面もあるのだろう。
「・・・分かりました。 行こう、キラ」
「うん。 ・・・母様たちのところには、戻るときに行こう」
そんなキサカの言葉に、彼が隠した本音に気付いたアスランだが、
自分たちも今後の進路は気になることではあったので了承し、隣に佇むキラに微笑みかけた。
アスランの微笑みにコクンと頷いたキラは、
居住区へ向かおうとしていた身体をクルッと方向転換をさせると、キサカたちの後を追った・・・・・・。
2008/10/12

あとがきは、最終話にて。

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