「・・・これ、一回全て消していい?バグ、多すぎるから・・・・最初から組み直したほうが早いよ?」
よく、こんなデータでコロニーを動かそうだなんて考えたね。
確かに、見た感じはすごくいいプログラムだと思う。
けれど、規模がぜんぜん違う。
あれだと、すぐに容量オーバーとなって暴走する。
しかも、お粗末過ぎてこのプログラムを修正するのは、正直言ってやりたくないな・・・・・・。
プラントの中で最も優れているプログラマー。
幼い頃から、プログラミング能力は他の者たちよりも秀でていた少女。
最愛の伴侶に頼まれ、完全に停止してしまったプログラムの修正を図る。
Adiantum・外伝
― 平和な日常〜After three years〜 ―
キーボードを弾く音だけが部屋中に響き、
ある者は呆然とある者は真剣な表情で中央のモニターを見つめていた。
そんな中、弾いていた本人の指がエンターを押したと同時に、
それまですごい勢いで流れていたスクロールバーが停止し、静寂が会議室に戻った。
そして、画面が切り替わるとそこには、問題になっていた農業コロニーの全体が映った。
議員たちが見守る中、
天候プログラムの停止と共に停止していた制御システムが正常に起動しているのが、
モニターに映し出されていた。
「・・・これで、プログラムは修復されたと思います。
後、コロニー本体の制御プログラムにもバグが数箇所見つかったので、一緒に直しておきました。
それに伴い、いくつかのトラップと一緒にセキュリティのほうも強化しておいたので、
ゼロとは断言できませんが・・・ハッキング対策プログラムを組み込んでおきました」
モニターに映し出されたコロニーが正常に稼動しているのを確認したキラは、
安心したようにニッコリと微笑みながら自分が先ほどまで構築したプログラムの内容を告げた。
時間にして、5分足らず。
その驚異的な短時間で、コロニーの中枢区を修正したのだ。
制御プログラムは一から書き直した訳では無さそうなのだが、キラの口から告げられるまで誰一人として、
その欠陥部分を見つけることはできなかった。
また、問題となっていた天候プログラムは一からの書き直しで、
対策プログラムがオマケとして新たに組み込まれている。
それだけのものを作り上げるには通常ならば最短でも3日ほどかかるにも拘らず、
彼らの目の前にいる女性は僅かな時間で作り上げてしまったのだ。
「ありがとう、キラちゃん。 本当は、こうなる前に対策を練っておかなければならなかったのだけど・・・。
でも、おかげで助かったわ」
親しそうにキラに声をかけてきたのは、
ユニウス市の市長でもある議員の女性・・・ルイーズ=ライトナーであった。
彼女は、アスランの母であるレノアとは友人である。
また、その関係からかキラの母であるカリダとも親しい間柄であり、彼女自身キラをとても可愛がっていた。
あまりにも衝撃的なことが目の前で起こったために頭の回転の速いはずの彼らすら硬直していたが、
彼女の言葉が切欠となったのかワッと沸き起こったかのように、
議員たちはキラに対して拍手喝采を送った。
ビックリした表情を浮かべるキラに、労わるように微笑みながら頭を撫でたアスランは、
未だに呆然とした様子を見せる1人の議員を一瞥すると、持っていたカードをラクスに渡した。
「・・・ラクス、これを。
ここにいる議員の中で、どうやらまだ戦争を始めたい方がいるようですよ。
・・・あの時、大体は片付いたはずなんですが・・・ね」
「あらあら。 ・・・あの時片付けたのは、一部に過ぎなかったということですわ。
・・・ですが、残っていたものを片付ける為に、あえて泳がせていたのでしょう?」
「えぇ。 ・・・何度も同じことを繰り返さない為にも、叩き込まないといけないでしょう。
3年前、再び戦火が広がろうとしていたのをギリギリのところで食い止めたんです。
本来、ザフトは本国の防衛として組織された軍。 地球を支配しようなどと、そんなことを考えたこともない。
一部の人間の所為で、漸く安定してきたこの情勢を崩されるわけにはいきませんからね」
ラクスはアスランから渡されたカードの内容を把握しているのか、
口元に手をあてながら呆れた表情を浮かべていた。
そんなラクスの言葉を肯定したアスランは、僅かながらも怒りをエメラルドの瞳に宿しながら淡々と告げた。
渡されたカードを専用のスロットにセットしたラクスは、中央のモニターに映し出されるように操作した。
モニターに映し出された記録は、壮絶なものであった。
プラントを守るべき議員が、水面下でナチュラルを未だに憎む過激派の属する軍人と手を組んでいた。
そして、その内容は全て音声付で通信が残っており、
また連絡を取り合う際に使用したアドレス、メール本文の内容まで映し出されたのだった。
通信の内容から、
その議員が3年前に重罪人として既に鬼籍になっている元議長・・・ギルバート=デュランダルを
崇拝していたことも判明した。
そのため、彼を死に追いやったとラクスたちを逆恨みし、数ヶ月前からラクスの暗殺を狙っていた。
そして、
自らが議長に成り代わってデュランダルが成し遂げられなかったモノを進めようと考えていたのである。
そのためには、
現議長であるラクスや彼女を守るために軍人であるイザークたちがSPとして哨戒以外の時は傍にいる。
そのため、
この際邪魔な存在であるイザーク・ディアッカ、
そして・・・アスランをまとめて暗殺しようと計画を立てていたのである。
それらのデータを集めたのは、3年前にデュランダル元議長を失脚までに追い詰め、
戦火を回避しつつ完全に地球軍を叩いた裏の功労者・ニコルであった。
彼にとって、大切な幼馴染たちを害そうなどと考える輩は、どんな相手であろうと容赦がなかった。
そのため、アスランから依頼されるよりも前に独自に調べており、
アスランから依頼があった時には既に、ある程度の証拠などが揃っていた。
「あらあら。 これほどまでのことをしておいて、今まで何事もなかったかのように過ごされていたのですね。
ニコル、ご苦労様でした。 ・・・それにしても、詰めが甘いですわね。
見られたくないデータは、全て跡形もなく消し去ってしまわなければ意味がありませんのよ?」
「仕方がないですよ、ラクス。
・・・それに、あの時動いていたのが僕たちだと知っているのは、父さんたちと限られた議員だけですから」
ラクスは笑みを浮かべながらもそのアクアマリンの瞳は微笑んでおらず、
ジッと見つめる彼女にディアッカは悪寒が走りぬけたのを感じた。
尤も、自らに向けられていないことは分かりきっているので、
安全圏である場所にさり気なく移動をしていた。
「何か申し開き、あります? ・・・ギルベルト議員?」
「我々は、貴方が何かをしていることについては、当に分かっていました。
今まで、何事なく計画が進んでいたのは、泳がしていたから。
草を切っても根元を断たないと意味がない。
だから、根元が完全に尻尾を出すまで泳がしていたに過ぎません。
そして、その餌に貴方は見事に引っかかった。
我々をここに呼んだ時点で、貴方の運命は決まっていたのです」
ニコルの言葉に重なるように、アスランは真っ黒いオーラを纏いながら告げた。
彼とイザークはここ数ヶ月の間、デイルによってやらなくてもいいデスクワークが大量に流れていたのだ。
それらも全て、彼の幼稚な嫌がらせであった。
今回の呼び出しにしても、本来ならば2人は召集されることはなかった。
彼らが籍を置くのは軍である。
そのため、軍に関連したモノ・・・たとえば機密の漏洩などの場合のみ、
軍の中でも発言権の強い彼らが招集されるのだ。
だが、今回のケースはまったく違った。
召集内容も告げられず、一方的に召集をメールで済まされたのだ。
だが、軍人ならば上の命令ならば従わなければならない。
そのため、彼らは大人しく今回の会議に出席したのだった。
「・・・何を、偉そうに。 お前たちは、軍人だろう?
ならば、軍人らしく議員の・・・あの方の命令を忠実に守っていればよかったものの。
なぜ、お前たちがあの方を裏切り、こんな小娘を選んだ」
「・・・何か、勘違いしていないか? 確かに、俺たちは軍人だ。
軍に籍を置いているから、その事実には変わりない。
だが、俺たちに命令を下せるのは、俺たちの直属の上司・・・『国防委員長』だけだ。
6年前に元ザラ国防委員長閣下が辞職をした以降、後任はいない。
現在その権限を持っているのは、議長のみ。
デュランダル元議長は、再び世界を戦火に巻き込もうとしていた。 だから、俺たちが止めたんだ。
ラクスが議長になったのも、当時の議会が全員一致で決めたことだ。
当時、その権限すら持っていなかった貴様に、とやかく言われる筋合いはない」
デイルは、言ってはならないタブーを口にした。
その発言により、それまで傍観者としてこの状況を静かに見つめていたイザークの眉がピクッと動いた。
サファイアの瞳に一層冷ややかな光を宿すと、
開き直ってラクスたちを睨みつけるデイルを視界に収めると、スゥッと目を細めた。
イザークの口から飛び出してくる辛らつな物言いに、ディアッカは額を押さえながらため息を吐いていた。
そんな状況でも未だに飲み込めていないのが、幼馴染たちの間で“天然”と言われるキラであった。
そんなキラの状態を把握しているアスランは、
安心させるようにデイルから視線を外してキラに戻し、肩を優しく抱いた。
そんなさり気ないアスランの仕草に、意識を完全にアスランのみに注いだキラを横目で確認したラクスは、
目の前にある通信機を開いた。
「中央機関に連絡を。 反逆者を拘束。 その身柄を、機関に渡します・・・と」
《了解いたしました》
ラクスが告げると同時に、それまで沈黙を守っていた会議室の扉が開いた。
中に雪崩れ込んできたのは、外をガードしていた一般兵の軍服を身に纏った者たちで、
抵抗するデイルを難なく拘束した。
「今頃、貴方と計画を企てていた軍の方々も全て、拘束しているはずです。
ラクスを狙うだなんて、そんなの初めから無理だったんですよ。
彼女を・・・そして、
彼らを殺したくば僕らが叩き出したアカデミーの歴代記録を塗り替えてからにしてください。
尤も、歴代1位は現在まで不動となっておりますが・・・・・・」
両手首を後ろで捻り上げられたデイルに、ニコルはニッコリと微笑みながら止めを刺した。
彼は知らない。
現在、アカデミーの歴代記録の中で1位に君臨するものが誰なのかを。
そして2位以下も同期で占められ、
元歴代1位が現在では5位とは大差をつけて突き放され、6位となっていることを。
ニコルの言葉を正確に理解し、
現在不動の1位に君臨する者が誰なのかを知っている議員たちは、
改めて6年前の大戦を現役として戦場を駆けた彼らの実力に、畏怖の念を覚えた・・・・・・。
2008/05/01


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