「・・・本来なら、レグルスたちを連れて公園などに行っている予定だったんだ。
普段、忙しいからあの子たちに寂しい思いをさせている。
だからこそ、取れる時にきちんと休暇を取って家族サービスをしようと思ったんだが・・・・・・」
普段、忙しい所為であの子たちに寂しい思いをさせている。
だからこそ、
こうして休みができた時にあの子たちの行きたい所に連れて行ってやりたいんだが・・・。
そんな貴重な休日を潰した議員を、俺は許さない。
軍に関係する内容ならば、それは軍属である為に仕方ない。
機密を守ってこそ、自国の防衛になるのだから。
だが・・・、軍属である俺たちに政治の話を持ちかけようとするのならば、それこそ呆れたものだな。
Adiantum・外伝
― 平和な日常〜After three years〜 ―
「FAITH・特務隊、アスラン=ザラ。 入ります」
「ジュール隊隊長、イザーク=ジュール。 入ります」
「同じくジュール隊副隊長、ディアッカ=エルスマン。 入ります」
3人が会議室に入室する頃には、すでに他の議員たちは集まっていた。
本来ならば議員よりも軍属である彼らが先に来るべきなのだが、
3人が軍人の中でも群を抜いて多忙だということを知っている為、誰も咎める者はいなかった。
「資料のほうは、既に用意してあります。 さて・・・。 会議を始めましょうか」
上座の議長席に座るラクスの近くにあった空席にイザークとアスランが座り、
今回はイザークの護衛として会議に出席するディアッカはイザークとアスランの後ろに立った。
アスランとイザークは自分たちを呼び出した者が誰なのかを知らなかったが、
イザークから見せられた端末に残っていたアドレスがアスランを呼び出した者のアドレスと一致したことから、
2人を呼び出した議員は同一人物だということが判明していた。
「今回の議題は、先日から相次ぐ『プログラムの不備』についてです。
この件に関して、こちらで把握している件数は4件です。
また、昨日にも新しく建設されているユニウス市の農業コロニーの試作段階である天候プログラムに
バグが発生し、現在天候制御など天候に関する全てのプログラムがダウンしております」
(プログラムの不備だと? 何をふざけたことを。
そのプログラムの重要性は、一般市民すらわかっていることだ。
それを、たかがバグでダウンさせるなど、一体何を考えているんだ。
・・・というよりも、そんな幼稚で雑な監理でよく、今まで何事も起きなかったな)
議員から告げられる内容に、
内心呆れた様子を隠せないのはアスランとイザーク、ディアッカ、そしてラクスであった。
その中でもプログラムに関しては最愛の妻が得意とする分野の為、彼もプライドがある。
そんなプログラムの内容・・・しかも、コロニー内の天候を制御するプログラムに不備があるにも拘らず、
報告の内容では現在でも停止したままの状態であることは明白である。
すぐさまプログラムを製作した者を派遣することなどの対応策をせず、
こうして現地を見ない上層部たちに掛け合っている現状に、アスランの機嫌はさらに悪化していった。
アスランの隣に座っているイザークとその後ろにいるディアッカは、
アスランが無表情の下でものすごく怒っているということをヒシヒシと伝わる真っ黒なオーラを感じ、
同時に彼の本音も筒抜けであった・・・・・・・。
((触らぬ神・・・ともい、アスランに祟りなし。 アスランが切れようが、俺には関係ない。
・・・それに、無闇に刺激して、被害を被りたくない!))
イザークとディアッカは一切視線を交わしてなどいないが、考えていることは同じであった。
アスランとは、幼馴染であるがために、
彼の不機嫌な時に刺激したらどのような目に合うかなど、その身をもって知っている。
そして、それと同じく原因に対して情け容赦がないということも、しっかりと刻み込まれていた。
そのことを嫌でも理解している彼らは、
真っ黒なオーラを放つアスランを直視せず、会議の成り行きをただ見据えていた・・・・・・。
「・・・皆さんのおっしゃりたいことは理解できました。
・・・ですが、今我々が考えなくてはならないのは、そのことについてではないはずです。
他のプログラム不備に関しても同じことですが、
まずは農業コロニーの天候プログラムを正常に戻すことが先決かと」
「・・・私も、アスランの意見に賛成です。
試作段階とはいえ、農業コロニーは我々プラントに住む者たちにとって重要な資源コロニー。
何時までも放置しているわけにも行かないでしょう。
現在、メディアには圧力で情報の規制が敷かれているそうですが、
その状態がこのまま続くといつかは、国民に知られます。
その後、今まで何の打開策も考えていなかったとなると・・・・。
評議会の信用問題に発展しかねませんよ?」
今まで口出しをすることなく、傍観者として聞いていたが、
コロニーについてではなく自分たちがいかにして傷つかないかを重点的に考えている内容に、
辟易したアスランが僅かに声を低くして議員たちに放った。
そんなアスランの言葉に便乗したのは、
彼と同じく議員たちの討論という名の責任の擦り付け合いに辟易していたイザークであった。
彼の言うとおり、現在は議会がメディアに対して情報を流していない為に
一般の国民は今回の事態をまだ知らない。
だが、コロニーの設計などに関わった人から漏れる可能性もある。
何時までも情報を隠すことなどできないのだ。
国民に今回の事態を伝える時、
打開策や正常に戻せている場合とそうでない場合とでは反応が正反対である。
打開策などの場合は「混乱を招かない為」と説明できるが、
何も対策などを打ち立てていないのにそのようなことを言える筈がない。
そのため、国民の不信感が議会の信用問題にまで発展するだろうということは、考えるまでもない。
「・・・イザークたちの言う通りですわね。
・・・私たちが今、考えなくてはならないのはそのようなことではございません。
この問題を、いかにして解決するのかが先決ですわ。
責任問題など・・・そのようなもの、後からでもかまいませんでしょう?」
静かに2人の言葉を聞いたラクスは、2人の言葉が尤もだと頷いた。
その事により、それまで誰にこの責任を押し付けようかとそっちばかりを考えていた議員たちは、
バグが見つかったというプログラムについて考えざる終えなかった。
「・・・不本意ですが、このプログラムさえ正常に戻れば、我々は解放されるのですね?」
「えぇ。
貴方方をこのような会議に招集した方の気が知れませんが・・・、
この問題が解決したら私が責任を持って開放いたしますわ。
本来ならば、軍属である貴方方にとって今回の問題は管轄外ですもの」
「その言葉を聞いて、安心しました。
・・・この問題が早期解決できるよう、彼女を呼びましょう。 彼女は、プログラムのスペシャリスト。
システムダウンを起こしたバグをすぐに見つけられるはずです」
漸く静かになった会議室を見渡していたアスランだったが、
プログラムのことになった途端誰もが口を閉ざす姿に苛立ったのか、
議長席に座っているラクスに視線を向けた。
アスランの発言に対し、ラクスはいつもの微笑を浮かべながら頷きで了承を返していたが、
彼女の言葉に1人の議員の顔色が変色した。
その姿をアスランたちは視界に入っていたため気付いてはいたが、あえて気付かないフリをしていた。
ラクスの言葉に満足したアスランは、今度は不機嫌を隠そうともせず、
逆に露骨に不機嫌ですという顔を前面に出しながら自分の執務室に繋がる回線を開いた。
《・・・? あれ、アスラン。 どうしたの?》
「キラ。 ・・・すまないが、ニコルと一緒にこちらに来てもらえないか?」
《? うん、分かった》
アスランは自分の端末から執務室にアクセスした。
会議室には緊急時のために中央のモニターに映し出されるように端末が置かれているが、
アスランはそれをしようとはせずに万が一のために持ち歩いている携帯端末を使用した。
そちらはアスランの製作であり、
連絡を取る為である為必要最低限の機能しかつけていないが、性能はいい。
そのため、イザークやラクス、ディアッカも同じものを持っていた。
何年経っても、キラ至上なアスランである。
メディア関係で知られるのは、自分がこのような立場だからと無理やり納得はしているものの、
自ら家族を出したいほど露出狂ではない。
むしろ、隠したいのが彼の本音である。
今更であり無駄な抵抗なのだが、
通信越しで彼女を見せなくないアスランの考えを正確に理解しているイザークたちは苦笑いを禁じ得ない。
通信が切られてから数分後、ニコルを伴ったキラが会議室に現れた。
会議室に現れた女性に驚きを隠せない議員たちを気にすることなく、
自分を呼び出した夫の元へキラは優雅に歩いて行く。
中にはキラを近くで見るのは初めてだという議員もいたため、
彼はまるでキラを見定めるような視線を向けてきた。
そんな視線に敏感なニコルは、さり気なく無粋な視線からキラを守るようにキラを隠すと、
不躾な議員に冷たい視線を浴びせた。
そんなニコルたちを一部始終見ていたユーリたちは、
幼い頃から変わらない光景にうんうんと満足そうに頷いていた・・・・・・。
「来てくれてありがとう、キラ。 子どもたちは?」
「レイたちに預けてきた。 ・・・でも、どうしたの? この様子だと、まだ会議は終わっていないんだよね?」
「・・あぁ。 早く終わらせる為にも、キラの力が必要なんだ」
「? 僕、政治的なことなんて何も知らないよ?」
「ん? あぁ、そこまで難しい内容じゃないよ。
なぜ、俺たちがここに呼ばれているかさえ、わからない内容だからさ。 ちょっとしたプログラムの不備だ」
アスランは席を立つとキラの右手を取って、流れるようなエスコートをした。
そんなアスランに慣れているキラは、アスランに身を任せていた。
そんな2人はとても絵になり、ニコルたちは満足そうな笑みさえも浮かべている。
ディアッカの用意した椅子に座らせたキラにニッコリと微笑を浮かべたアスランは、
ここまで来たキラにいたわりの言葉を述べた。
子どもたちはレイたちとお留守番だと告げたキラにアスランは頷き、キラを呼び出した理由を告げた。
そんなアスランにキラはコテンと首を傾げながらも、概ねなことは理解できたのか小さく頷きを返した。
「・・・ザラさん。 その方は貴方の奥方ですよね? なぜ、その方をお呼びするのです」
2人の世界に入りかけた夫婦に待ったをかけたのは、
2人の姿を近くで見たことのない若手の議員であった。
ユーリやタッド、エザリアなどは昔から彼らを知っており、他の議員たちも2人の仲睦まじさを痛感している。
そのため、彼らはある程度まで状況を傍観している。
だが、待ったをかけた議員はそんな暗黙の了解になりつつあるこの状況下を
全く理解していなかったようだ。
「・・・・ギルベルト議員。 貴方は確か、2年前に初当選なされたのですよね?」
「・・・えぇ。 それが何か?」
愛おしい妻の肩に両手を乗せたまま、
視線だけを若手の議員・・・デイル=ギルベルトに向けたアスランは、コキンと首を傾げながら尋ねた。
そんなアスランの問いかけに、意味が分からないと眉を潜めながらもデイルは頷いた。
「・・・彼女は3年ほど前に、議会からあるシステムを構築するよう、依頼がありました。
そして、そのシステムはこの3年間、一度もエラーを出したことがありません。
また、それ以外にも様々なプログラムを構築しています。
プラントの制御プログラムの核となる部分は、彼女の構築したものを使用しています。
最近ではプラント全体のマザー・サーバーを構築してもらいました。
サーバー自体、プログラムの老朽化が目立っておりましたし、
何よりその事によって3年前にはアーモリーワンで
軍事機密であるMSが3機も奪取されるという事態が起こりましたからね」
「彼女は、プラントの誇るプログラムのスペシャリストですの。
彼女について、何かおありでしたら貴方がプグラムをすぐ、この場で修正されますか?
試作段階のコロニーだったことは幸いですが、事態が悪いことには変わりありませんわ。
他のコロニーにも言えることですが、イザークの言うとおり農業コロニーは、
私たち・・・国民の生活に欠かせない資源ですもの。
この問題を、早急に解決することが今の私たちには求められていることではありませんの?」
アスランは表情は微笑んでいるものの、エメラルドの瞳に宿る色が裏切っている。
彼の瞳には冷気が凝縮されたような極寒の冷たさが宿っており、
正面から直視したデイルはカキンと硬直した。
そんなデイルに同情の念を送ることなく、逆に自業自得だという表情を浮かべたラクスは、
ニッコリと微笑みながら止めを刺した。
硬直した状態のデイルは彼らの言葉に反論することもできず、そのままの状態で固まり続けた。
アスランは言いたいことは言ったとばかりに、全神経をキラに戻した。
2人がデイルに対して毒舌を放っている間に、イザークたちはキラの前にPCと端末を用意していた。
すぐさま問題となっているコロニーにアクセスし、
プログラムのソースを引っ張ってきたキラは、流れるスピードを落とすことなく全体を流した。
その映像は中央のモニターにも映し出され、
幼い頃から彼女たちを知るエザリアたち以外の議員たちは驚きを隠せなかった。
マザー・ザーバーなどを構築したことは知っていても、その驚異的なスピードは知らなかった。
他のプログラマーたちと同じようなスピードで、天才と言われるのはその正確さの故だと思っていたのだ。
もちろん、プログラム全体が正確だと言うのも間違ってはいない。
だが、彼女の作り出すプログラムはどれも複雑で、一見失敗作のように見えるのだ。
だが、一度実行したら魔法のようにスルスルと流れるように、
止まることなく起動する為、初めて彼女のプログラムを見る者は驚きを隠せない。
それは、エザリアたちも例外ではなかった。
そして、身内だけの秘密ではあるが彼女の趣味は、ハッキングである。
そのハッキング能力から、プログラムのどんな小さな穴でも見つけてしまう。
そのため、自らが構築するプログラムには何重にもトラップなどが仕掛けられ、
入ったら最後、出ることも進むことも不可能であった。
それにより、頑丈なセキュリティに守られることによって完璧なシステムが完成する。
そして、製作者であるキラ以外不可能な鉄壁のシステムとなるのだ。
「・・・これ、一回全て消していい?バグ、多すぎるから・・・・最初から組み直したほうが早いよ?」
「構いませんわ。 そのバグのおかげで、現在システムが全てダウンしておりますの。
全てを直さない限り、周りにこれ以上被害が及ぶことはありませんわ」
全体を見終わったキラは、画面から顔を上げると近くに座るラクスに視線を向けた。
キラの言葉にニッコリと微笑みながら、
アスランが彼女を呼んだ時点で全て彼女に任せていいと思っているラクスは了承とばかりに頷いて見せた。
そんなラクスに、キラはホッとした表情を見せると、
精神統一をするかのようにゆっくりと瞼の裏にアメジストの瞳を隠した。
再びアメジストに光が戻る頃には彼女の表情も一転し、
既に彼女の頭の中で全てが構築されているのか、キーボードを打つ手に迷いは一切なかった。
そんな彼女のタイピングに驚いていた周りだが、
それ以上に驚いたのが彼女の叩くタイピングの速さである。
彼女の速さは会議室全体に響く音と、
モニターに流れてくる目にも留まらない速さで次々と構築されていくプログラムであろう。
また、そんなプログラムも目にも止まらない速さであったが、
彼女と付き合いの長い幼馴染たち・・・・特に、夫であるアスランは全てを理解していた・・・・・・。
2008/04/01


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