「うん。 アスラン、大事なデータの入ったカードを忘れて行ったらしくてね。
届けてくれるよう、頼まれたの。
今日、会議だけって聞いていたから・・・ついでに、スピカたちと一緒にランチを作ったんだよ」



幼い頃に願ってやまなかったことが、彼らの力によって叶えられた。


あの頃のように、父様たちはいない。

だけど、今は彼との間に生まれた奇跡とも言える子どもたちがいる。
今の僕たちにとって、子どもたちは宝物。





そんな愛おしい存在を抱かせてくれた彼に・・・僕を愛してくれる彼に、感謝の気持ちを・・・・・・。








Adiantum・外伝
    ― 平和な日常〜After three years〜 ―











彼女たちは軍本部であり、最高評議会の議事堂へ向かった。
議員たちが軍のトップを担っている為、軍本部である。


一般兵たちは立ち入ることを許されてはいないが、一部の軍人
―隊長格・特務隊・“フェイス”の称号を持つ者―は、報告の為などで立ち入ることが許されていた。

その中でも例外なのが、議事堂の警護に当たる一般兵や議員たちに招集された兵たちである。





受付に向かったキラたちは、
そのまま顔パスで特定の者以外立ち入り禁止の区域へ向かって行った・・・・・・。




キラはアスランと婚約した際、メディアを通して全国民にその姿が映され、
子どもたちもまた【プラント】の希望ということでその顔が知られている。

ニコルもまた、一時期はザフト軍のトップクラスである証の“紅服”を纏う者であり、
議員の父を持つ為その顔が知られていた。



長い廊下を歩いていたキラたちは、ニコルの案内でアスランの職場である執務室の扉前で立ち止まった。






――――― コン、コンッ!






『入れ』


「アスラン。 頼まれていたデータ、持って来たよ?」

「キラ、ありがとう。 レグレス、スピカも一緒だったのかい?」



中から聞こえてきた声に、キラの足元にいた子どもたちはニッコリと微笑みあっていた。




カチャっと扉を開いたキラは、
中で積み上げられている書類に苦笑いを浮かべながらも真面目に仕事をこなしている夫に対し、
ニッコリと微笑を浮かべた。



キラの声に反応したアスランは、それまで外されることのなかった書類から顔を上げ、
最愛の妻の顔を確認したとたん、彼女限定に向ける甘い表情を浮かべた。




キラをギュッと抱き締めながら感謝の言葉を述べ、
視線の下にいる愛息と愛娘の姿を確認し、父親の表情で微笑みかけた。



「はい、父上」

「とぉさま。 スピカたちね、かぁさまのてつだいをして、いっしょにランチのじゅんびしたの!」

「ふふっ。 そうだね? ちゃんと、手伝ってくれたもんね。
アスラン、通信で会議だけって言っていたでしょう?
お昼、まだだと思ってランチを作ってきたの。 一緒に食べない?」



子どもたちの前で腰を曲げたアスランに対し、レグルスは嬉しそうに微笑を浮かべた。
スピカもまた、大好きな父に頭を撫でられると嬉しそうな表情を浮かべ、一生懸命話し出した。




そんな子どもたちの姿に微笑を浮かべていたキラは、ここに着たもう一つの目的を夫に告げた。



「そうだな・・・。 書類のほうもあと少しで終わるところだ。 ニコル? お前も一緒だったのか」

「えぇ。 キラさんに意識が向いている内は、僕が何を言っても聞こえないと思いまして・・・・・。
キラさん、どうせならば全員を招集しませんか?」

「全員・・・? でも、ラクスたちも忙しいよね?」

「別に、昼食くらいならば大丈夫だろう。 場所は・・・そうだな。 中庭でいいだろう」

「そうですね。 では、早速ラクスたちに連絡を入れましょう」



キラの言葉に頷きを返したアスランは、数秒の間何かを考える仕草をした。
妻の言葉に微笑みながら、
妻子以外の気配に漸く気づいたアスランは扉付近で静かに立っていた幼馴染に声を掛けた。



そんなアスランの性格を長年共にしているニコルは、苦笑いを浮かべながら頷き、
キラに対してここにいないほかの幼馴染たちも呼ぼうと提案した。


そんなニコルの発言に対し、
キラは不安そうな表情で幼馴染たちがどのような仕事をしているのかよく分かっている為、
忙しいのでは・・・と考えたが、そんな妻の考えなどお見通しなアスランは、
安心させる為にニッコリと微笑みながら大丈夫だと頷いた。



「ラクス? 本日の会議終了後、イザークたちと一緒に俺の執務室に来て頂けませんか?」


《まぁ、アスラン。 いきなりどうしましたの?》


「いえ・・・。 今、俺の部屋にキラたちとニコルが来ているのですよ。 お昼、まだでしょう?
みんなで久しぶりに中庭で昼食を採るのもいいかと」


《えぇ、喜んでお伺いさせていただきますわvv》




アスランは机に備えられている通信機を軽く操作し、
議長室にいる最年少の評議会議長・・・ラクス=ジュールに直接繋いだ。
直接繋ぐ番号は彼女が信頼する者か幼馴染たちと制限しており、
現在その番号を知る者は幼馴染たちだけであった。

また、簡易に繋いだ為映像ではなく、音声のみの回線であった。



ラクス=ジュール・・・旧姓・クラインはアスランとキラが結婚した翌年に婚約者であり、
幼馴染でもあるイザーク=ジュールと式を挙げており、
その夫婦仲はザラ夫婦にも劣らないラブラブな新婚である。







ラクスとの通信を切ったアスランは、再び別の回線を開いた。
その回線とは、隊長であるイザークが議会に呼ばれているため、
隊長・副隊長を除く他のクルーたちは全員短期の休暇に入っていた。
その中でアスランも該当するのだが、
彼の場合議会からの意見などを聞かれているため、隊長たちの出席する会議に招集されている。




《はい。 レイ=ザ=バレルです》


「レイか。 近くにラゥ兄様はいるか?」


《アスラン兄様。 えぇ、おりますよ? いかがなされたのですか・・・?
確か、今日は議会の会議の日でしたよね?》




映像付きの通信画面に映し出されのは、
アスランたちが弟のように可愛がる2期下では唯一となった“紅服”を身に纏う者・・・
レイ=ザ=バレルであった。
通信に出たレイに対し、優しげな表情を浮かべたアスランは、
兄と慕う元上司・・・ラゥ=ル=クルーゼも一緒かと尋ねた。



レイとクルーゼは、レイが幼い頃から一緒に暮らしていた。
クルーゼが現役の軍人であった頃はクルーゼの後見人であったアスランの父、
パトリック=ザラの元で暮らしていた。


5年前に起こった大戦後、クルーゼは現役を引退し、
3年前の婚約発表の際にアスランたちからのコンタクトを受けるまで隠居生活を送っていた。



アスランの言葉に首を傾げたレイは、
頷きながらも休暇になった理由はクルー全員が知っているため、
“フェイス”であり議会に大きな影響力を持っているアスランがなぜ彼に与えられた部屋にいるかを尋ねた。



「あぁ。 ・・・まぁ、それは昼までには終わるさ。
・・・レイ、せっかくの休暇中悪いが・・・議事堂まで来てくれないか? もちろん、ラゥ兄様も一緒に。
キラたちがランチを作ってきてくれてな。
イザークたちも招集して、みんなで中庭に行って、食べようかと話していたところなんだ」


《俺たちも参加していいのですか?》


「もちろんだ。 じゃなければ、こうして連絡を入れていないだろう?」



レイの言葉に苦笑いを浮かべたアスランは、
通信機の近くにあるデジタル時計で時間を確認し、大丈夫だと頷いた。


レイに通信を開いた用件であるランチの誘いをすると、
レイは不思議そうな表情を浮かべながらも困惑した。

そんなレイに、アスランの背後で見ていたキラは苦笑いを浮かべていたが、
レイからは見えてはいなかった。


困惑しているレイに、アスランは微笑を深めながら頷いた。




《分かりました。 ・・・でしたら、すぐに向かいます。
兄様が会議に出られている間、俺は姉様たちと一緒にお話をしながら待ってますね》




アスランの頷きに安心した表情を浮かべたレイは、ニッコリと微笑むと了承の証として頷いた。
「昼まで」と言う言葉に、会議はこれからだと察した。
姉と慕っているキラや2人の子どもでるシグルスとスピカを可愛がっているレイは、
アスランが戻ってくるまでの間一緒に待っていると告げた。


そんなレイの言葉に安心したアスランは、
頷き返すと数分後に迫った会議の時間を思い出したのか、通信を切断した。



「・・・それじゃ、行ってくるよ。 キラ、カードを届けてくれて助かったよ。 本当に、ありがとう。
しばらくしたら、レイと兄様がこられるはずだ。 会議なんて・・すぐ終わらせて、戻ってくるから。
戻ってきたら、中庭で昼食を採ろう」

「うん。 ニコルもいるし・・・大丈夫だよ? 行ってらっしゃい」



通信が切れたと同時にモニターも消え、完全に沈黙したのを確認したアスランは、
クルッと振り向いてレイとの会話を静かに聞いていたキラをギュッと抱き締めた。



そんなアスランの行動に動じないキラは、嬉しそうにアスランの胸にすりより、大丈夫だと頷いた。



「行ってらっしゃい、父上」

「いってらっしゃーい、とぉさま!」

「あぁ。 シグルス、スピカ。 キラやニコルたちに迷惑を掛けないようにな?」

「「はーい」」



両親のラブラブな光景を日常的に見ている子どもたちは、
無邪気に父親に向かってニッコリと微笑みながら告げた。


そんな子どもたちの言葉に、アスランもまた微笑を返すと抱き締めていたキラを開放し、
子どもたちの視線になるようにしゃがむと、優しく2人の頭を撫でた。



そんな父親の優しい仕草にますます笑顔になった子どもたちは、
アスランの言葉に対しても素直に返事を返した。






アスランが執務室を退室してから数分後、
近づいてくる気配に対してキラたちのよく知るものだと気づいたニコルは、
微笑を浮かべながら扉を開いた。




扉の向こうには、ニコルの予想通りの人物たちが立っていた・・・・・・。



「兄様、レイ! 久しぶりだね」

「今日のお招き、ありがとう。 アスランが戻るまで、ここで話でもしてようか」



キラは開かれた扉から中に入ってきた2人に、嬉しそうに微笑んだ。
そんなキラの表情を見たウエーブのかかった金色の髪を肩まで伸ばし、
ラピスラズリの瞳を持つ青年はニッコリと微笑んだ。



「お久しぶりです、姉様。 シグルス、スピカも久しぶりだね」

「お久しぶりです、レイ兄上」

「こんにちわ、レイにぃさま!」



青年・・・ラゥ=ル=クルーゼと同じ容姿で、
こちらはストレートに伸ばしている青年・・・レイ=ザ=バレルは自分に向かって、
小走りに近づいた子どもたちと同じ視線になるよう屈み、子どもたちの頭を優しく撫でた。
両親とは違うが、兄と慕うレイに撫でられた2人は嬉しそうに微笑み、
チュッと可愛らしい音を立てながら彼の両頬にキスをした。
可愛らしい挨拶に、レイはますます笑みを深くするとお返しとばかりに子どもたちの頬にキスを落とした。







執務室から出て会議が行われる会議室へ向かう途中、同じ会議に出席する幼馴染たちと出会った。


最年少で議長となったラクスは議長室が会議室に近いためこの場にはいないが、
軍に所属していながらも、議員という立場を持つ銀色の髪とサファイアの瞳を持つ青年と
金色の髪とヴァイオレットサファイアの瞳を持つ青年の姿があった。
ヴァイオレットサファイアの瞳を持つ青年は昔からサファイアの瞳を持つ青年に従っていたが、
6年前に起こった大戦時にコーディネイターとナチュラルの共存する道を選んだ。
その後、停戦となった時に自ら軍法会議に出頭した際に、
エリートの証であった“紅”から降格して“緑”に甘んじて受けていたが、
幼馴染であり元同僚である青年の副官として、4年前に起こった大戦で最後まで彼の傍を離れなかった。
その時の功績が認められ、3年ほど前からは副官の証である“黒”の軍服をその身に纏っている。



普段、
サファイアの瞳を持つ青年・・・イザーク=ジュールは隊長の証である“白”の軍服を身に纏っているが、
会議に出席する為に軍属としてではなく、一議員としての立場から議員の制服を身に纏っていた。



「よう、アスラン。 さっき、歌姫から連絡が来たぜ? 今、お前の執務室に姫たちが来ているんだって?」

「あぁ。 ・・・くだらない会議ならば、さっさと終わらせるぞ。
どうせ、また頭の固い狸たちが何か言ってきたんだろう?」

「・・・否定はしない。 普段は、軍務に就いている俺やお前を引き合いに出してきたからな。
・・・まぁ、何を言い出すかは大方の予想はできているがな」



ヴァイオレットサファイアの瞳を持つ青年・・・ディアッカ=エルスマンは、
アスランに気付いたのか片手を挙げながらアスランに呼びかけた。

そんなディアッカの昔から変わらない愛称に、
何の突込みを入れることなく頷くと急な召集のあった会議に眉を顰めた。



当初の予定では、
この場にいるアスランとイザーク・・・そして、イザークの副官であるディアッカは休暇であった。
だが、2週間前に評議会直々の招集があり、
軍に所属する彼らにとって評議会は上司にあたるため、休暇返上でこの場にいる。


議会の命令で会議に出席することになった為に、アスランは不機嫌であった。




もちろん、その不機嫌も幼馴染たちにしか気付かれることのないほどの変化だが・・・・・・。



「・・・本来なら、レグルスたちを連れて公園などに行っている予定だったんだ。
普段、忙しいからあの子たちに寂しい思いをさせている。
だからこそ、取れる時にきちんと休暇を取って家族サービスをしようと思ったんだが・・・・・・」

「・・・そのためにも、くだらない内容だったらさっさと終わらせようぜ?
俺たちだって、姫やスピカたちに会いたいしな」



ツカツカと彼ら3人しかいない長い廊下を歩きながら、アスランは苦虫を潰したような表情を浮かべた。


普段、どんなに不機嫌でもほぼポーカーフェイスを保っているアスランにしては珍しいと思いながらも、
それほど今回の召集に怒りを感じていることを理解したディアッカは、
苦笑いを浮かべながらアスランを宥めるように告げた。



そんなディアッカの言葉に、
イザークも無言でコクコクと同意を示すかのように首をたてに振っていた・・・・・・。











2008/03/01