「・・・ありがとう、キラ。 俺に大切な家族を与えてくれて」

「僕もありがとう。 ・・・この子たちのために、僕は頑張れる。
この創られた命でも、新しい命を宿すことができた。
気にしないわけじゃないけど・・・この子たちのために、僕自身も強くなるよ」



あの時・・・生まれたての子どもたちをその華奢な腕に抱き、
今までよりも美しい微笑を浮かべていた愛おしい妻。
俺は、あの慈愛に満ちた微笑を忘れない。
あの笑みは、やっと作り出すことのできた『平和』を継続させることを決意させた笑みだから。
あの笑みが、悲しみによって歪む事がない様に俺は、
持てる力全てをかけてこの『平和』を仮初ではなく、永遠にしてみせよう・・・・・・。








Adiantum・外伝
    ― 平和な日常〜After three years〜 ―











コーディネイターが多く住み、【本国】と言われている宇宙に建造されたスペースコロニー・【プラント】。
【プラント】はコロニー1基を1区、10区を1市としており、【プラント】全体で12市ある。
形は砂時計のような景観で、コロニーの両端に居住地帯を設けたタイプとなっている。
そのため気候は全てプログラムによって制御されており、
母なる大地である地球に似せた自然環境を再現していた。





【プラント】で最も有名な一家が、首都であるアプリリウス市で暮らしている。
本来、一家は夫である青年の実家のある市・・・ディセンベル市で暮らすと思われたが、
彼が軍属である為、軍港のあるアプリリウス市に新居を構えた。

そのことに対し、一番悔しがっていたのは彼の父であろう。
彼の父は6年前までプラント最高評議会にその名を連ねていたが、
先の戦争後に自らが引き起こした事態の責任として、その立場から辞任した。
その後継として、直系であり1人息子である彼に白羽の矢が立たれたが、本人はきっぱりとこれを拒否した。
そして、彼は自らの実力だけで今の立場まで登りつめた。
本来ならば今の地位以上の立場であるが、本人はこれ以上、上を目指すはずがない。
彼の世界は、彼が愛する妻とその間に生まれた子どもたちを中心に回っている。
上の地位に上ると同時に減るどころか増えてゆく仕事に、これ以上拘束されたくはないのだ。



そんな理由で・・・と思われるが、彼の愛妻家ぶりは国中に広まっており、議会もこれを容認している。

そのため、議会での彼の発言権は大きくまた、
4年前に誕生した史上最年少の議長と同様、先見の目を持っている。
そのこともあり、重要な案件などの時は議会から召集されることも多々ある。
そんな要人の一家の朝の風景は、どの家庭でも見受けられるほど・・・いや、
それ以上のラブラブッぷりが玄関前で繰り広げられている。



「じゃ、行ってくるよ。 今日は、午前中に会議があるだけだから・・・。そんなに、遅くはならないと思う」

「そう? ・・・じゃあ、子どもたちと待っているね。
最近、忙しいみたいだから・・・きちんと休まないとだめだよ?」

「分かっているさ。 ・・・最近働き詰めだったからな。 溜まっている有給を、そろそろ使わせてもらうさ」



会話だけ聞くと、どこでもありそうな「いってらっしゃい」の会話である。
だが・・・、彼らは互いに抱き合いながら・・しかも、額同士をくっつけながら話しているのだ。
夫婦の身長差を考えてか、青年は妻を見下ろすようにしながらも優しげに微笑み、
妻もまた微笑を返しながら爪先立ちである。



尤も、青年が愛する妻の負担を強いらせることがなく、長時間同じ格好でいてもきつくない体勢であるが。



微笑みあった2人は、左頬にチュッと小さくキスをすると再び見詰め合った。
今度は互いの唇を合わせてキスを交わした。



「じゃ、キラ。 行ってきます」

「行ってらっしゃい、アスラン」



名残惜しげに唇を離した青年は、妻の頬に手をあて軽く撫でるとその身を翻し、玄関を出て行った・・・・・・。






妻である女性・・・鳶色の長い髪と極上のアメジストにも劣らないの瞳を持つ女性は、
夫の後姿が見えなくなるまで見送った。
完全に姿が見えなくなると敷居内に身を翻し、
未だ夢の中である彼女たちの大切な子どもたちの部屋へ向かった。




綺麗に片付けられた部屋だが、壁際には様々なおもちゃが重なっており、
中央のダブルベッドには子どもたちの父親が作った球型のペットロボが2体、
スリープモードで沈黙を守っていた。
中央に眠る子どもたちは、両親のDNAを色濃く受け継ぎ、
少年と思われる子どもは父親と同じ紺瑠璃色の髪である。
少女と思われる子どもは、母親と同じ鳶色の髪を同じように伸ばしているのか、
ベッドの上で無造作に広がっていた。



「レグルス、スピカ。 そろそろ起きなさい?」



子どもたちを包み込むかのような優しい声は、静寂していた部屋にはよく響き、
最初に反応したのは沈黙を守っていた球型のペットロボであった。



『ハロッ! ハロ!! オハヨウ! キラ、オハヨウ!』

「おはよう、ハロ」



その場でポーンと飛びながら女性・・・キラ=Y=ザラに挨拶をした球型のペットロボ・・・ハロに、
キラはニッコリと微笑を浮かべた。



「・・・母上? ・・・おはようございます・・・・・。 スピカ、起きて?」



ハロの大きな声に起こされたのか、ぐっすり眠っていた少年は目元を擦りながらムクリと布団を上げた。
パチパチと数回瞬きした少年は、目の前に母がいることを認識したのか、
未だ隣でぐっすりと眠っている少女を起こしにかかった。



「・・・・? にぃさま?? ・・・おはよう、ございます。 ・・・かぁさま?」



僅かながらも揺すられたのか、それともいつも隣にある温もりがなくなったのか、
目が覚めた少女はゆっくりとした動きで身体を起こした。



「おはよう。 レグルス、スピカ。 さ、顔を洗っておいで? 朝食はできているよ」

「「はーい」」



子どもたちは二卵性の双子である。紺瑠璃色の髪にアメジストの瞳を持つ少年・・・レグルス=ザラが兄で、
レグルスに擦る目をやんわりと外された鳶色の髪にエメラルドの瞳を持つ少女・・・スピカ=ザラが妹である。
仲睦まじい兄妹の姿に微笑を浮かべていたキラだが、
夫の朝食と一緒に子どもたちの分まで作ったため、子どもたちに告げた。
母から告げられた言葉に、子どもたちは異口同音で答え、2人仲良くバスルームへと向かった。





朝食が終わり、空となった皿を集めてキラが洗い終わると、
リビングで大人しく持っていた本を読んでいた子どもたちに微笑を見せていた。


そんなほのぼの空気が彼女たちを包む中、突如その空気をぶち破る電子音が響いた。
キラは電子音の響く場所・・・通信機の傍により、オンにした。
キラの傍にはそれまで静かに本を読んでいた子どもたちの姿があり、2人してキョトンとした表情を見せた。



「はい、ザラです」


《キラ。 ・・・すまないが、書斎のほうにカードが置かれてないか?》



通信画面が空中に出現し、
画面には今朝玄関前で見送った夫・・・アスラン=ザラの姿が映し出されていた。
キラの顔を―画面越しに―見たアスランは、
ニッコリと微笑みながらもどこか慌てた様子でカードが置かれてないか尋ねた。



「・・・父上、これのことですか?」


《レグルス。 あぁ、それだ。 ・・・すまないが、そのカードを持って軍部に来てくれないか?
・・・取りに帰ってもいいんだが・・・今から会議があってな。 生憎、戻っている暇がない》




そんな父に対し、レグルスは書斎と聞いた直後に彼の書斎に入り、彼の探していたものを持ってきていた。
そんな息子が持ってきたカードを確認したアスランは、
すまなさそうな表情を見せながらも届けてくれと頼んだ。


今回、アスランが軍部にいるのは隊長格の集まる会議であるため、
特務隊を率いるアスランが出席することは確定済みである。

そのため、カードを取りに帰ることが不可能な為、届けるよう頼むほかないのだ。



「分かった。 これをもっていけばいいんだね? ・・・その会議、お昼までには終わる?」


《あぁ。 終わらせるさ。 キラ、こっちにくる時は気をつけるんだよ?》


「うん。 じゃあ、このカード持ってくるね」



そんなアスランに対しニッコリと微笑を浮かべたキラは、首を傾げながら昼までには終わるかと尋ねた。
そんなキラの言葉に、時間を確認したアスランは頷きながら終わらせることを約束した。
その事を確認したキラはニッコリと微笑み、
時間が迫っているのかキラの微笑を見たアスランは、通信を切断した。



切断されたために空間に出現していた画面が消えた・・・・・・。



「・・・・お昼までには終わるみたいだから・・・ランチも作っていこうか」



通信機をしばらく見つめていたキラだが、
先ほどの会話を思い出しながら子どもたちの身長に合わせるように、しゃがみ込んだ。



「かぁさま、スピカもてつだう!」

「僕も手伝います、母上」



大好きな母がニッコリと微笑みながら告げた言葉に嬉しそうな表情を浮かべた子どもたちは、
満面の笑みを見せながら自分たちも手伝うとキラに告げた。



「ありがとう、2人とも。 ・・そうだね。 サンドイッチを持って行こうか。 2人とも、具を詰めてね」

「「はーい」」



子どもたちの申し入れに、嬉しそうに微笑を浮かべたキラは、
簡単に作れるサンドイッチを3人で作ろうと提案し、提案に乗った子どもたちは元気よく片手を挙げた。

色違いのエプロンを子どもたちに着せた。
火元には近づかないよう、普段から言い聞かせている。
そのため、子どもたちはキラの言いつけをしっかりと守り、
火元のないリビングにキラが切りそろえた具材の入ったボールを持って行き、
お行儀よく椅子に座ってせっせと半分に切り取られたパンに具材を詰めていた。



「はみ出さないようにね?」

「だいじょうぶだもんっ」

「母上、大丈夫ですよ。 スピカ、これ父上が好きなやつだよ」



兄妹仲良く具材を詰めている姿を他のおかずを用意しながら見つめていたキラは、
微笑を浮かべながら静かに見守っていた。
母の言葉に、ニコッと微笑みながら頷きを返した妹の手元を見ていたレグルスは、
近くにある具材の中で、父の好きなものがあることに気付き、新しく用意したパンに挟んだ。



全ての具材をパンに挟んだのを見届けたキラは、
作っていた様々なおかずを詰めたバスケットを2人の目の前に置き、2人の作ったパンをその中に入れた。



「ランチの用意は、これでいいね。 さ、行こうか」

「「はーい」」



全て入れ終えたキラは、キッチンで汚れた手を洗っていた子どもたちが戻ってきたのを確認すると、
肩にバスケットをかけながら子供たちに声を掛けた。
そんな母の言葉に、同じタイミングで頷いた。






――――― ピーンポーン






出かける3人を玄関で待っていた執事が声を掛けようとした瞬間、
屋敷の門前に設置してある呼び鈴が響いた。



「はい。 どちら様でしょうか」


《お久しぶりです、クリスさん。 ニコル=アマルフィです》




通信機越しに聞こえた声に、反応したキラは確認の為にこちらを向いた銀色の髪を1つに束ね、
タンザナイトの瞳を持つ青年・・・クリストファー=クライシスに対し、キラはニッコリと微笑みながら頷き返した。



「少々お待ちください。 只今、セキュリティを解除します」


《はい。 ありがとうございます》




女主人であるキラの了承を取ったクリストファー・・・通称・クリスは、
左腕に嵌めているブレスレッドに埋め込まれている自分と同じ瞳の宝石・・・タンザナイトを翳した。


ザラ家に雇われている人間の中で一番地位の高い執事に、
ザラ家のセキュリティを切るシステムを渡しており、
そのシステムは傍目には装飾としてしか見えないように細工してある。
また、その装飾にも予防線として強力なトラップが仕掛けてあり、
本人以外の諮問が止め具の部分に触れるとすぐさま麻酔針が触れたものに突き刺さる仕組みとなっている。



クリスは幼い頃からアスランとキラ、ニコルたちと交流があった。
彼の父は彼と同じ執事であり、実家の執事を長年務めている。
そんな父の姿を見ながら育ったクリスは、
アスランが家督を継いだ時は自分が専属の執事になろうと、幼いながらも決意し、努力を積み重ねてきた。

そのため、彼はニコルをよく知っているが公私をきっちりと分けているため、
自分に課している責務を全うしているに過ぎない。
そんな彼の性格を知っているからこそ、アスランたちは彼に対して大きな信頼を寄せている。




門が開き、キラが構築したプログラムとそれに連動するようにアスランが製作し、
仕掛けられたトラップが解除されて訪問者・・・ニコルを招いた。
ニコルが門を通ったのを門前に設置してあるカメラで確認したクリスは、再び門を閉ざした・・・・・・。



門を開閉する野をモニターで確認してから5分ほど経って、外の気配に気付いたクリスは玄関を開けた。
玄関前には既にニコルが到着しており、クリスに微笑を返しながら中に入ってきた。



「おや、どこか出かけるのですか?」

「うん。 アスラン、大事なデータの入ったカードを忘れて行ったらしくてね。
届けてくれるよう、頼まれたの。
今日、会議だけって聞いていたから・・・ついでに、スピカたちと一緒にランチを作ったんだよ」

「そうですか・・・・・・。 キラさん、そのお届け物・・・僕もご同行してもかまいませんか?」

「? 大丈夫だと思うよ? 一緒に行こう、ニコル。 行って来ます、クリス」

「はい、キラ様。 行ってらっしゃいませ」



ニコルはキラの持っていたバスケットに気付き、首を傾げながら問いかけた。
そんなニコルに、キラはニッコリと微笑みながら子どもたちの頭を撫で、アスランから頼まれたことを告げた。
そんなキラに対し、ニコルは少しだけ考える素振りを見せ、自分も言っていいかと尋ねた。
ニコルの言葉にキョトンとした表情を見せたキラだが、
軍人を引退しているとはいえ未だに議会で大きな影響力を持っているニコルのため、
大丈夫だろう判断した。
静かに2人の会話を聞いていたクリスに、
キラは微笑みながら告げるとクリスは頭を下げながら、4人を見送った・・・・・・。











2008/01/01













あとがきは、最終話にて。