「・・・向かう方向が同じだからな。 俺は別に構わない。 ・・・莉央香、行くぞ?」



テニス・・・か。
始めは、莉央香がこの場所にいることに驚いたが・・・。
だが、また一緒にテニスができるということは嬉しい。
確かに、3年前にこちらに帰国してから共に何かをするということは極端に減ったが・・、
それでも長期の休みがあった時は以前と変わらなく過ごしてきた。
だが・・・こうして莉央香が隣にいるということは、やはり安心するな・・・・。





少年は、表情が変わることは無かったが内心では嬉しさに笑みを零していた。
そのことに長年隣にいて僅かの変化も見逃すことのない幼馴染には知られていることに気付き、
彼女に見せる柔らかな笑みを見せていた・・・・。









心に夢を君には愛を
              ― 入部届け ―









この学園はテニスの名門として全国に有名であるが近年、テニス部の実力が落ちているのか闘争心がないのかは
定かではないが都大会の1回戦で敗退しているのが今の状態であった。
そのため、テニス部員のほとんどが夢を半ばにして部活をやめ、
個人でテニススクールに通う者たちもこの時期は頻繁に続出する。






校舎から離れた場所に彼らの目的地であるテニスコートが姿を現した。
テニスコートに向かう際、桜並木を通っていたがアメリカ育ちである莉央香はその桜が珍しく、少し興奮気味な様子で桜を見、
その様子を隣で見ていた手塚は苦笑いを浮かべながらも握っている手を離さなかった。



「桜、そんなに珍しいの?」


「うん。 ・・・住んでいたところがアメリカだから。 アメリカには、こんなにたくさんの桜はないよ?」



後ろを歩いていた不二は嬉しそうな莉央香に対して見慣れている桜がそんなに嬉しいのか解らず、尋ねた。
そんな不二の質問に莉央香は桜と手塚を見ながら微笑を浮かべ、ご機嫌な様子で不二の質問に答えた。



「莉央香、あまり上ばかりを見ていると石に足を引っ掛けるぞ」


「大丈夫v 国光が助けてくれるでしょ?」



たくさんの桜を見て興奮気味になる理由を知っている手塚は、いつものように注意を呼びかけるが
莉央香が転ばないように注意している手塚に気付いている莉央香は彼にだけ見せる笑みを浮かべながら当然のように尋ねた。
そんな莉央香に対して苦笑いだけを浮かべた手塚は、そのことの了承として握っていた手に少しだけ力を加えた。





そんなやり取りをしているうちに彼らが目指すテニスコートのところまで歩いて行くとすでにその場には先客がおり、
熱心にテニスコートを覗いていた。



「君たちもテニス部の希望者?」



不二はフェンスの近くにいた自分たちと同い年と思われる学生服の少年2人に声をかけた。



「うん。 小等部の時、テニススクールに通っていたから」


「俺は兄ちゃんたちに誘われて小さい頃からテニスラケットに触れていたんだ」



真面目そうな少年と猫のような感じを連想させる少年たちと少し話をしていた不二は、
自分が一緒に来ていた少年たちのことを思い出した。



「・・・早いなぁ。 もう、入部届けを出している・・・」


「? 彼らも入部希望者?」



不二は、呟くように部室と思われる場所の近くに設けられたテントにいる顧問らしき人物と話をしていた2人を見ていた。
その呟きに首を傾げながら同じように視線を追った先にいる2人の様子に自分たちと同じかと尋ねたが、
綺麗な茶色の封筒を渡しているところを見て、自分たちと同じだと感じていた。






一方、彼らの視線の先にいた2人は不二たちのことをさっさと無視すると自分たちの目的である入部届けを早速提出していた。

2人分の入部届けを見ていた顧問は茶色の封筒の裏に書かれている2人の苗字に驚きの表情を見せ、二人を見つめた。



「・・・・手塚か・・。 もしかして親戚に国風と言う名の者がいないかい? 雰囲気がお前さんにそっくりな奴がいてね」


「・・・? 国風は俺の叔父です。 ・・・叔父はこの学園の卒業生ですよ。 高等部からと聞きましたが・・・」


「そうかい。 ・・・私は時々高等部にも顔を出していたからねぇ。 ん? 国風の甥だというと・・・お前さんの父は国晴かい」



顧問は納得したように頷き、手塚は不思議そうに目の前の人物を見ていた。



「あぁ・・・名乗っていなかったね。 私はこの青学男子テニス部顧問、竜崎 スミレだよ。 お前さんの父である国晴とは弟繋がりで知り合ってね。 それ以来だよ」


「・・・父様が言っていた“バァさん”って先生のことだったんだね・・・」



顧問・・・竜崎の言葉に今朝家で言っていた父の言葉を思い出した莉央香は納得と言うように頷いた。



「ん? お前さんの父は越前 南次郎かい?」


「そうですよ。 今年こっちに帰国してきたんです。 私の場合は厳密に言うと違いますけどね。 もう一つの故郷って意味ではあってるけど・・・」



竜崎の言葉に頷いた莉央香は自分の国籍のことを思い出した。
父である南次郎は日本人であるが母がアメリカ人である。
そのため彼女の髪は母譲りなのか見事な金色である。
彼女は生まれも育ちもアメリカのため、長期に渡って日本にいるということは今年が初めてと言うこととなる。
手塚は2年ほど前にアメリカから日本に帰国し、
青学の小等部に編入したが長期休みである春季・夏季・冬季は必ず越前一家又は莉央香と共に過ごしていた。

彼らがほのぼのと会話を交わしているとコートから一般部員とは異なるジャージを着ている人物が彼らに声をかけた。



「新入部員ですか? 本来なら明日からですが・・・どうです? テニスコートで少し打っていきますか? そこの君たちもどうですか?」


「・・・まぁ、大和の言うとおりだろう。 お前たち、この後の用事がないのなら、少し打って行け」



竜崎は青いジャージを着た先輩らしき人物の言葉に頷き、手塚たちに私服のウェアを部室で着てくるように話した。



「・・・少しだけ遅くなっても大丈夫だよね? 行こう、国光」



竜崎の言葉に嬉しそうに反応したのは莉央香であったが彼女に連れられるように部室に向かう手塚も知っている人物たちから
見れば嬉しそうな笑みを浮かべていた。

彼らに続くようにフェンスの近くで話していた不二たちもまた、彼らと同じように部室へと向かった。

ウェアに着替えた莉央香と手塚は自分たちが持ってきた自分専用のテニスラケットを片手に持つとコートの隅に行き、
柔軟を始めた。

遊びで打つにしても彼らは必ず柔軟をすることを彼らにテニスを教えた者たちから約束事として
言われていたためである。

そんな二人に習うように不二たちも柔軟を始め、
その様子を見ていた竜崎と大和と言われた青年は感心したように彼らを見守っていた。



「・・・竜崎先生。 メガネを掛けたこの横にいるのは女の子ですよね・・・」


「ん? あぁ、リョーのことか。 確かに、あの子は女の子だよ。 ・・・だけど、多分女子テニス部には入部する気はないんじゃないかい?」


「・・・なぜです?」


「ここの女子テニス部にはあの子以上の実力者がいない。 あの子の父親が私の教え子でね、その繋がりであの子の実力をよく知っているんだ」



竜崎は苦笑いを浮かべながら大和の疑問に答えた。
彼女の父親は青学男子テニス部のOBである。
その実力はかつて黄金時代と言われた時期を築き上げた人物たちの1人と言われている。
そして、父親と同じ年代の者たちには知らない者はいないと思われるほどの有名人となり、元プロのテニスプレイヤーでもある。




物心が付く前からラケットを持っていた莉央香はすでに
テニスをすることが日常の一部となっているため、毎日テニスラケットを持っていた。
父親・・・南次郎の友人たちもまた莉央香を可愛がり、自分たちの教えられる技術関係を惜しみなく教え、
吸収力の高い莉央香は素直に教えられたため、様々な大会で連勝記録を伸ばした。
マスコミなどは彼女が努力して得たと考えず、天性の一言で彼女の実力を片付けた。
同年代やその親たちもまた、彼女の育った環境を妬みや羨望の眼差しで見つめていた。
そのこともあってか彼女はごく一部でしか笑わなくなった。




しかし、今の彼女が安心して微笑を見せることができるのは自分自身を見てくれる存在が隣にいるからである。
手塚は・・・いや、手塚一家は莉央香を莉央香、南次郎を南次郎と捉え、彼女個人を見たからである。
そのことに対して一番喜んだのは莉央香だった。
滅多に懐かない莉央香は手塚に甘えるようになり、手塚もまた莉央香を守るように共に過ごした。


2人は柔軟を終えるとあいているコートに早速入ると軽くラリーを始めた。



「・・・綺麗なフォームですねぇ。 彼ら、基礎の方は大丈夫のようですね」


「あの子らはアメリカじゃ、有名だよ? リョーはJr.大会に4大会ほど出ているが・・・・どれも負け無しだ。 手塚もまた、様々な大会で優勝を飾っているからね。 ・・・お前さんたちも着替えてきたかい。 それじゃ、コイツと同じジャージを着ている奴にフォームとかを習いな? 他の奴らよりは的確に教えてくれるよ」



2人のラリーを見ていた大和と竜崎だったが、彼らのきちんとしているフォームに感心するように呟いた大和に対し、
莉央香たちの存在を知っていた竜崎は苦笑いを浮かべながら大和の呟きに答えた。
いつの間にかそれぞれ体育服やウェアに着替えている新入生たちに苦笑いを見せた竜崎は
隣にいる大和の着ているジャージを示し、3人をフェンスの中に招き入れた。

コートの中には大和と同じジャージである青のジャージを着た者たちがそれぞれのコートで軽いラリーを行っていた。



「・・・あのジャージ、もしかしてレギュラーのみが纏うと言われているジャージですか?」


「そうですよ。 自己紹介をしていませんでしたね。 僕は大和 祐大です。 これでも一応、このテニス部の部長をしています」



不二は近くにいた先輩・・・大和に尋ね、大和は不二の言葉に頷いた。
その時、まだ自分が彼らに名乗っていないことに気付き、ニッコリと微笑みながら自己紹介を始めた。

そんな大和に慌てた不二たちは自分たちも自己紹介を始めた。



「1年、不二 周助です」


「同じく1年、大石 秀一郎です」


「同じく1年、菊丸 英二です!」



ラリーをしていた莉央香たちも気付き、途中で中断すると彼らのところへ戻っていき、自分たちも自己紹介を始めた。



1年、リオカ=E=ユリウスです」


「同じく1年、・・・手塚 国光です」


「? ユリウス?」



先ほどまで回りからハードとも思われるほどのラリーを繰り広げていた彼らだったが呼吸を一切乱しておらず、
そのことに大和は内心で関心を寄せていた。
しかし、莉央香から言われた名前に首を傾げてしまい、本人はなぜかしげたのか原因が解ったかのように頷いた。



「ハーフなんで。 日本名は越前 莉央香です」


「そうですか。 僕たちは今日、自主錬の予定でしたからあまり部員がいません。 テニス経験のある方はそのままテニスコートで打ってもいいですよ? 浅い方は・・・そうですね・・・・・・桜川君!」



莉央香の言葉に納得したように頷いた大和は自分を見つめる後輩たちを見渡し、フォームを教える適任者を呼んだ。



「・・・呼んだか?」


「呼びましたよ。 この子たちにいろいろと教えてあげてください」



別のコートで柔軟をしていた同じジャージを羽織った男子部員を呼ぶとすぐさま返事が返り、
面倒そうにこちらへやってくるのを呆れて見ていた。



「? 新入部員? 初めまして。 俺はこの部の副部長をしている。 名前は桜川 尚哉。 よろしくな、1年ども」



『よろしくお願いします!』



男子部員・・・桜川はニッコリと微笑を見せると一斉に頭を下げる1年たちを見て満足そうに頷いた。



「・・・で、誰を教えればいいんだ?」


「そうですね・・・・。 手塚君と越前さんは基礎がしっかりとしているようですから先ほどのようにラリーをして下さって構いませんよ? 不二君もできると思いますが? この2人をよろしくお願いします」



大和は桜川の前に大石と菊丸を連れて行くと大石たち2人はキョトンとした表情を見せたが桜川本人は面白そうだと呟いた。





大和の言葉に頷いた手塚と莉央香は先ほどまで使っていたコートに戻り、ラリーを再開した。
不二もまた、彼らと同じジャージを羽織った者たちのところへ行き、共にラリーを開始した。

そして、大和に頼まれた桜川と2人の新入生は共に空いているコートに向かうとそこでフォームの見直しを開始した。

時間にして2時間ほどであったが元々テニスをやったことのあった大石たちは飲み込みが早く、
1時間ほど前から2人でラリーを繰り広げていた。

莉央香はまだやりたがったが入学したばっかりであったことと手塚の両親との食事会もあるということを思い出し、
手塚に連れられるまま共に部室に入り、早々に着替えて竜崎に挨拶をしてテニスコートを後にした・・・・・。








2006/04/06













テニス部の先輩たち(レギュラー陣)は大和部長以外、オリキャラです。
コミックスに大和部長以外名前が出なかったので・・・。
詳しいポジションは設定にそのつど載せていきますから、
そちらでご確認くださいませv
今回は、部長と副部長そして、未来のゴールデンペアの登場v
他の同学年メンバーは、もう暫らくしてからの登場です。