「そうですね・・・・。 手塚君と越前さんは基礎がしっかりとしているようですから先ほどのようにラリーをして下さって構いませんよ? 不二君もできると思いますが? この2人をよろしくお願いします」



人選には結構辛口な桜川君がおっしゃっていた通り、
今年の一年生は面白い人材が揃っていますねぇ。
今年は無理でしょうが・・・来年・・いえ、もしくは再来年のテニス部が楽しみですね。
幸いにも、彼らが喜んで教えそうな人材がおりますから。




丸メガネの奥で嬉しそうに目を細めた事実に気付いたのは、彼の補佐を勤めている副部長だけであった。
部長の嬉しそうな姿に苦笑いを浮かべながらも、
自身も彼と同じだったために肩をすくめるだけでそのまま頼まれた者たちを連れて、
コートへと移動して行った・・・・・。









心に夢を君には愛を
              ― 初めてのテスト ―









「莉央香、このまま俺の家に向かうか?」


「うん。 ・・・・母様たちのことだから、お泊りセット持って行っていると思うよ?」



校門から出た2人は手塚の家に向かうため、家の近くを通るバス停の近くで確認のために話しかけた。
手塚の確認にこれから起きるであろう出来事に苦笑いを浮かべるのは仕方が無いと半ば諦めながら頷いた。

バスに乗り、手塚家の近くにあるバス停に降りた2人は今までの空白を埋める勢いで莉央香が話し、
手塚は莉央香の話を穏やかな表情で聞きながら頷きを返していた。
そうしながらも2人は目的地である手塚家に到着し、玄関の扉を開けた。



「ただいま帰りました」


「お邪魔します」



手塚と莉央香の声にパタパタとした足音が響き、黒髪の女性が出迎えた。



「お帰りなさい。 リョーさん、国光さん」


「ただいま、菜々姉様。 母様たちは?」


「伯母様たちはキッチンにおられますよ?」



ニッコリと微笑みながら2人を出迎えたのは莉央香の従姉である菜々子であった。



「本当? 荷物置いてきたら私も手伝う!」


「莉央香、荷物は俺が持っていく」



手塚はさりげなく莉央香の荷物を自分の荷物と一緒に持ち、自室のある2階へと階段を上った。
そんな手塚の後姿を見ていた莉央香はニッコリと笑みを見せ、そのまま母たちのいるキッチンへと向かった。

手塚が荷物を置いてリビングに向かう頃、キッチンでは女性人たちの明るい声が響き渡っており、
手塚の姿を見つけた老人・・・手塚の祖父に当たるこの人物の一言により将棋を始めた。
そんな手塚たちの傍では彼の父親である国晴と莉央香の父である南次郎との一局が始まっていた。

彼らの将棋の勝負が終わること、女性陣の声によって夕食ができたことが告げられた。
もちろん、勝負は手塚が勝ち、もう一方の勝負は接戦の末に国晴が勝利を収めていた。



「おや、今日はリョーちゃんも一緒に作ったのかい?」


「うんv でも、みんな一緒に集まるのは本当に久しぶりでしょう? 去年までは長期休暇しか会えなかったもの」


「日本に行くことが決まった時、リョーが一番喜んでいたものね? 国光と一緒に学校に通うって言って」


「だって、また一緒の学校に行きたかったんだもん。 家も近くだから、また一緒に帰れるねっ」



母の言葉に少々脹れた莉央香だったが隣にいる手塚に抱きついた。
手塚は莉央香の癖ともいえるコレに免疫が付いているらしく、慣れた動作で莉央香が落ち着くように背中を優しく撫でた。

そんな2人の様子を見ていた両家の家族たちは微笑ましく、
何より昔から変わらない2人の様子に安心した笑みを見せていたことに2人は気付かなかった。

楽しい夕食会が終わり、毎回恒例となっている晩酌では、お酒に比較的強い祖父の国一と国晴は多少顔を赤くし、
2人よりもお酒の弱い(それでも平均的には強い)南次郎は完全に出来上がっているが彼らに絡まれて付き合わせられていた青年・・いや、
まだ少年の域を超えていない人物・・・手塚と一緒に飲んでいたが、
手塚は表情を変えるどころか酔った様子の見えない状況でお酒を飲んでいた。
そんな手塚の隣ではニッコリと微笑を見せた少女の姿があった。



「国光ぅ〜。 ・・・カラダ、熱い」


「・・・・お前は飲みすぎだ、莉央香。 ・・・傍にいるから寝ていいぞ?」


「・・・うん。 クニミツも一緒?」


「あぁ」



莉央香は酔っているのか手塚の首に両腕を絡ませ、首を傾げながら一緒に寝ようと呟いた。
その呟きに当たり前のように頷いた手塚に満足したのか、猫みたいに甘えるように手塚の広い胸に顔を埋めた。

そんな幼馴染に苦笑いを見せると優しく抱き上げ、目の前にいる両親と幼馴染の家族に一礼をした。



「・・・莉央香がこんな調子ですから、今日はもう休みますね」


「えぇv お休みなさい、国光」


「お休みなさい・・・何を撮っているんです?」


「気にしなくてもいいわ? 私たちは明日の朝に帰るとリョーが起きたら教えてね?」


「解りました」

手塚は莉央香をお姫様抱っこしたまま2階にある自室へ戻った。そんな手塚の後ろを白い狸のような猫が付いて行った。
この猫は越前家の猫で莉央香が大変可愛がっている愛猫である。
名前は彼女が付け、カルピンと言う。
普段はその愛称で‘カル’と呼んでいた。

彼らはそれぞれの家に泊まる際、同じ部屋で寝ている。年頃の若者なのにと思われるだろうが、幼い頃からの習慣なのか莉央香が寝ぼけて手塚の寝室に行くことから、同じ部屋となったのだ。どちらも自分のことには鈍いためかお互いを男女としてではなく自分の最も信頼する人物と見ていた。そのことを裏付けるかのように手塚は莉央香を、莉央香は手塚に絶対的な信頼を寄せていた。

手塚は優しく布団の上に莉央香を倒し、布団を掛けるといつものように額にキスを落とした。
彼らはアメリカに住んでいたと言うこともあり、
寝る前には額に朝起きた時やで片方が出かける時(滅多にないが)には頬にキスを送ると言うのが習慣化となっていた。
そんな手塚からのキスにすでに意識のない莉央香だが、
手塚のキスに反応したらしく今までに無いほどの微笑を浮かべた。
もちろん、その微笑みは手塚自身と彼女の愛猫であるカルピン以外には見えておらず、
カルピン自身も自分のご主人と一緒に寝るのか莉央香の枕元の近くで丸くなって寝る準備を始めた。
その様子を見ていた手塚は僅かに苦笑いを浮かべると、部屋の電気を消して自分の布団に入り眠りについた。
下のほうでは相変わらず再会の宴会が繰り広げられていたが、彼らの子どもたちは静かに眠りの世界に旅立っていた・・・・・。

朝日が昇り、夜の気配が完全に消えうせた頃、
セットしていた目覚ましと会い猫の鳴き声によって部屋の主が目を覚ました。
メガネ入れに置いてあったメガネをかけると何かに引っかかっているような感覚が襲い、
自分の服を握っている人物を見て軽くため息をついた。

その光景は、どちらかの家に泊まった時に見られる光景であり彼にとっては早々慣れたものである。



「・・・莉央香、起きろ。 遅れるぞ?」


「クニ・・・ミツ? あ・・さ?」


「朝だ。 一緒に行くのだろう? 早く起きろ」


「・・・うん。 カル、おはよう」



手塚は優しく自分の隣で寝ている莉央香を起こし、自分は布団から抜け出すと自分の着替えである学ランを持ち、部屋を出た。

莉央香はその間に制服に着替え、再び部屋に姿を現した手塚と共に階段を下りてリビングに向かった。
その時、カルピンは莉央香に抱きかかえられており、カルピンはどこと無く嬉しそうに尻尾を振っていた。
カルピンは人見知りが激しいのか、あまり人には懐かない。
しかし、手塚一家には懐いているのか自分から寄ることが多かった。
だが猫でも本能的に気付いているのか自分の主人が無い時には殆どの確立で手塚の傍にいることが多い。
カルピンにとって手塚は、大事な主人の大事な人だと認識していた。



「おはよう、リョーちゃん、国光。 朝食はリョーちゃんの好きな和食よ」


「おはようございます」


「おはようございます、彩菜さん」



手塚の母はニッコリと2人に微笑みかけるとテーブルの上に用意された朝食を見せた。
その朝食に嬉しそうな反応した莉央香は彩菜に向かって微笑みかけた。

2人が朝食を食べている間、彩菜は2人と一緒に降りてきたカルピンにミルクをあげるため、キッチンに戻り、
人肌に温めたミルクを持って再び姿を現した。

朝食を食べ終えた2人は仲良く食器を直し、手塚家を後にして学園へ向かった。

青春学園には‘帰宅部’は存在しない。
入学したからには必ずどちらかに所属しなければならないと言う決まりである。
学園を創設した初代理事長曰く、
“学園とは、勉強をする場だけではなく個人を磨く場でもある。部活動に所属してこそ個人を磨ける”
このことによって、この学園では必ずどちらか部活に所属することが義務付けられている。
もっとも、この2人にとっては入学する以前から決まっていたために入学式直後に入部届けを提出したのである。

この学園はスポーツだけではなく、進学校としても有名である。
そのため、運動部・文化部に問わず文武両道という方針が掲げられていた。
それ故なのか入学式・始業式が行われた翌日に整理考査が容赦なく生徒たちに襲いかかる。



「・・・昨日、本当は部活停止じゃないの?」



「新入生たちのために昨日だけは解禁だったみたいだ。 それに、テニス部は毎月恒例のアレがあるらしいからな」


「・・・アレか。 じゃ、仕方がないね」


「・・・まぁ、今回の整理考査頑張らないとな」



学園へ続く通学路を仲良く歩く2人に犬などの散歩をしていた主婦たちの注目の的となっていたが、
互いしか見ていない彼らにとって、気になる視線ではなかった。

学園の正門をくぐる彼らに、元気のいい声が届いた。



「おーい、そこの2人〜!!」



手塚と莉央香は同時に後ろに振り向き、首を傾げた。
彼らの視線の先にはゆっくりとした足取りでこちらに向かってくる少年とはしゃいで今にも走り出しそうな少年、
そしてその少年を止めるようにして宥めている少年の姿があった。
彼らは、昨日テニスコートで出会った者たちであった。



「おはよう。 手塚君、越前さん」


「「おはよう」」



不二の声に営業スマイルみたいな微笑を見せる莉央香に僅かに苦笑いを浮かべた手塚は、
後ろの2人に自分たちが自己紹介をしていないと言うことに気付いた。



「おはよう。 昨日、テニスコートにいただろう?」


「おはよう。 あぁ。 僕たちもあの後、入部届けを出してきたよ」


「・・・今日、テスト? ・・・つい最近テストがあったばかりじゃん!」


「英二、この学園は文武両道って方針だろう? 仕方がないよ? それに、多分入試の時と似た問題がでているはずだよ」



不二に抱きつくように拗ねている姿はどこか猫のようだと感じるのは莉央香だけではないだろう。
そんな少年・・・菊丸 英二の行動に苦笑いをしていた莉央香の耳に親しい人間の声が届いた。



「リョー! 国光も一緒ですか!!」


「「海斗!?」」



2人に海斗と呼ばれた少年は2人の姿を確認すると一目散に駆け寄り、人懐っこい笑みを見せた。



「昨日の新入生代表で国光の姿を確認したからまさかとは思いましたが・・・リョーもこっちに来ていたとは」


「母様の都合でこっちに来たの。 学園に関しては私の我侭だよ。 海斗はどの部活にするの?」


「伯母様たちも元気そうですね。 僕ですか? 僕は、文芸部に所属しますよ。 テニスも好きですが・・・僕にはやっぱり活字が似合っていますから」


「・・・才能的にもあるもんね。 洋書みたいに作って?」


「先輩も了承してくれたから、創りますよ? そちらの3人は?」


「この3人、昨日会ったばかりだよ。 みんな、テニス部に入るんだって」



嬉しそうに微笑みながら莉央香と同じ色素を持つ少年と話していた莉央香だったが少年の指摘に思い出したのか彼らに自己紹介を求めた。



「そうですか! 僕から紹介しますね。 僕は東宮 海斗。 彼女の従兄です。 国光とは幼馴染ですよ。 呼び方は『海斗』か『カイ』にしてください。 苗字で呼ばれるのに慣れていませんし、それで呼ばれるのはあまり好きではないので」


「越前さんの? 初めまして。 僕は不二 周助だよ。 よろしく」


「周助って呼んでもいいですか?」


「いいよ」


「俺は菊丸 英二! 俺も英二でいいぞv よろしく、カイ☆」


「僕は大石 秀一郎。 よろしくね、海斗」


「うん、よろしく。 シュウイチロウ? ・・・秀って呼んでもいいですか?」


「構わないよ」


「!! 国光、私たちも自己紹介していないよ? 越前 莉央香。 リョーって呼んでね」


「手塚 国光だ。 よろしく」



それぞれの自己紹介が終わり、ほのぼのとした空気が流れている中菊丸が莉央香に向かって何か宣言をしていた。



「俺は、おチビって呼ぶから☆」



菊丸の発言に莉央香の機嫌が急激に下がるのを察知できたのは
やはりと言うべきなのか幼馴染である手塚と従兄の海斗だけであった。



「自己紹介も終わったことだし、続きは放課後にして整理考査を片付けてきましょう」



海斗は不思議がる3人を押すようにしながら校門をくぐり、振り向いた先にいる2人に視線を送った。
その視線の先には、手塚に頭を撫でられている莉央香の姿が映ったが、
莉央香のことは手塚に任せるという昔からの経験において自分たちのクラスへと移動していった。

整理考査と言っても一学年は小等部レベルであり、二・三学年は一学年下のレベルである。
このテストは成績をつけるのではなく、春休みのうちに復習をしていたかをチェックするものとして教師陣は認識している。
青学には春休みに課題を出さない。
そのため、学力低下が目立つ近年であった。
文武両道を掲げる学園としてはその防止策として整理考査を行うのである。

そのため、春休みのうちに勉強をしていたものにとっては有利とされるテストでもある。
範囲は1年生が広い。なにせ、小等部・・・6学年全てがテスト範囲だからである。
しかし、教科数が少ないのも1年生であった。




整理考査は実力テストと言うこともあって1年生は4教科。23年生は6教科である。
その教科を2日間に渡って行われ、週末にはその成績がそれぞれの掲示板に張り出されるというシステムとなっていた。
掲示板に張り出される順位は学年100位までとされ、
彼らの所属する予定であるテニス部は必ず100位以内に入っていなければならない。
もちろん、赤点無しである。
だがその条件は一般部員であり、彼らの上に君臨するメンバーであるレギュラーは50位以内とされていた。
そのため、たかが実力テストだと言っても必死に勉強しなくてはならない。

このことは既に入部届けを提出している5人にも該当する(マネージャーも部員扱い)。








2006/04/22













莉央香の従兄、登場です。
本来、彼の登場は考えておりませんでした。
ですが・・・後々の展開上、彼が必要だな・・・と(趣味で)
手塚先輩のことを『国光』と呼べるのは、
家族以外では莉央香、越前家、そして・・・海斗だけです。
莉央香のことをリョーと呼ばない唯一の例外は、手塚先輩だけですv
整理考査は・・・実際青学で行われているのかは定かではありません;
管理人の学校が行われていたのを思い出しただけで・・・・。
一応、ココでは毎年4月に整理考査が行われるということでっ(脱兎)