「アスラン、お誕生日おめでとう! 僕の傍にいてくれて、ありがとう」



僕にとって、その日はとても大切な日。
僕の絶対的存在で、なくてはならない人の生まれた日だから。
この日、僕は彼を生み出してくれたとっても大切な人たちに『ありがとう』と言いたい。



彼との出会いに関わった全ての人に、この『ありがとう』の気持ちを・・・・。








Adiantum・外伝
    ― 一時の休息 ―











世界が二分されて、悲しみが世界を包み込んだ大戦から2年・・・・・・。


夏の日差しが陰に隠れ、紅葉と共に訪れる秋。
そんなある日、オーブ首長国連合国のアカツキ島に存在する孤児院に住む、1人の女性が頭を悩まさせていた。
鳶色の髪を無造作に靡かせ、アメジストの瞳を宿す女性。
その瞳には、この場にいない思いの人を思い出してるのか優しい色を宿していた。



「・・・・・? キラ、どうかなさいましたか?」

「・・・ラクス。 ちょっと、考え事してたの。 来月は、アスランの誕生日だもの」



鳶色の髪を持つ少女の周りにある雰囲気を壊すことなくその場に馴染んだのは、
同じ孤児院に住む桃色の髪が腰の辺りまで伸ばされており、アクアマリンの瞳を宿す女性。
彼女の纏う雰囲気はホワホワとしたお嬢様であった。



「まぁ、来月は10月ですわね。 キラは、誕生日パーティのことを考えておられましたの?」

「・・・・うん。 ・・・あんなことがあった後だから・・・そんな気分じゃなくても、気分転換にはなるかなと思って。
アスランも最近、忙しいみたいだから・・・」

ラクスは近くに掛けてあるカレンダーを眺めた。
カレンダーの来月・・・10月の月末辺りに緑色で綺麗に“アスランの誕生日”と書かれている。
桃色の髪を持つ女性・・・ラクス=クラインに、
遠くを見つめるようにテラスの先にある海を眺める鳶色の髪を持つ女性・・・キラ=ヤマトは小さく頷いた。



日没の海を眺め、彼女が尤も愛する宵の色が全体に姿を現す頃、
それまであまり表情の変化のなかったキラは愛おしそうに微笑んだ。



「分かりましたわ。 私に手伝えることであれば、何でもおっしゃってくださいませ。
そうですわ! プラントにいるイザークたちに連絡を取って、こちらに来ていただくのは如何ですか?」

「イザークたちを? ・・・でも、最近緊迫化してない?」

「大丈夫のはずですわ。 だからこそですわ。 オーブに圧力をかけておくこともまた、保険になりますもの。
それに、ちょっと気になることがありますの。 そちらのほうは、ニコルに協力してもらいますわ」



ラクスは自分たちが大切にしているキラの表情の変化に慈愛に満ちた笑みを浮かべながら、
この場にいない幼馴染たちの名を出した。
本来、キラやラクス・・・そして、この場にいないもう1人の幼馴染であるアスラン=ザラは、
2年前のプラント・地球間で交わされた『ユニウスセブン条約』締結の折、
コーディネイターの故郷でもあるプラントに移住する予定だったのだ。



―――― 尤も、キラ以外は元々プラント国民であったのだが。



しかし、そのことを知った現オーブ連合首長国代表であるカガリ=ユラ=アスハが独断で
アスランを自分のSPにすることを決め、無理矢理オーブに降ろした。
そんな経緯があり、アスランはキラと少しでも過ごすためにキラと共にオーブへと降りた。
キラは、先の大戦で心身ともに疲れており、アスラン中心で物事を考えるようになった。
過度のストレスにより、キラの精神は蝕まれており、現在その危うい均等を保っているのがアスランの存在である。
そんな、アスランとキラの関係を一番近くで見てきた幼馴染たちは少しでも彼らの力になるため、
ラクスがアスランたちと共にオーブへ降り、
残ったイザークたちはプラントの地で少しでも平和になるようにと死力を尽くした。



・・・だが、そんな彼らの努力が水の泡となったのが先日起こったユニウスセブン落下である。
このことにより、再び世界は緊迫した状況を迎えた。







一方、オーブの本島であるヤラファス島に所在するオロファトにある行政府で、
国の代表であるカガリが廊下を歩く紺瑠璃色の髪を持ち、エメラルドの瞳を宿す青年に向かって怒鳴った。



「アスランッ! なぜお前が休暇を取るんだ! お前は私のSPだろう!?」

「・・・・何を勘違いしている? 俺はお前のSPになった覚えはないぞ。
俺が守っているのは、“オーブ代表”であって、貴様自身じゃない。
大体、満足に代表としての立場をまっとうしない人間の子守など、するものか。 俺以外にも、SPはいるだろう」



エメラルドの瞳に氷のような色を宿し、彼自身の纏う気配もまた冷たい冷気に変化した。

そんな変化にも気づかないカガリは、アスランの言葉に絶句したような表情を見せていたが、
当の本人である青年はこれ以上何も話すことはないと言うかのように、その場を立ち去った。


紺瑠璃色の髪を持つ青年・・・アスラン=ザラは、
本来ならば自分の帰るべき居場所である愛しい彼女の元へ帰るため、
エレカを飛ばして孤児院のあるアカツキ島へと向かった。

アスランは2年前9割方強制的にオーブの現代表であるカガリのSPの仕事をしている。
尤も、本人は不服なのだが彼の唯一無二の存在であるキラからお願いされたこともあってか、
渋々現在の仕事に就いた。
そんな経緯も知らないカガリは自分のためにアスランが現在の仕事をしていると勘違いし、
どこに行くにも彼を連れて行くために彼は2年間の間で休暇らしい休暇が取れなかったのだ。
それでも、今まで我慢していたのはキラのお願いだったのだが、
キラの傍にいるラクスからの通信で今までの我慢に限界を感じ、溜まっている有給休暇の酷使を決断した。
その休暇を許可したのはカガリの教育係でもあり、オーブ軍の幹部でもあるレドニル=キサカであった。
彼自身、2年間ろくに休暇が取れないアスランを不憫に思っていた人物の1人でもある。
しかし、自身の主君であるカガリが可愛かったのか、
救済処置を怠ったまま2年の月日が過ぎたことには流石に罪悪感があったのか、悩んだ末に長期休暇を許可した。




孤児院が見えてくる海岸沿いに差し掛かった時、砂浜に愛しい人の後姿を確認したアスランは、
そのまま近くにエレカを止めてキラに近づいていった。
もちろん、アスランの気配にキラも気付いており、
潮風によって無造作に靡く鳶色の髪を気にすることなく、後ろに振り返った。



「ただいま、キラ。 今日は、調子がいいみたいだね」

「アス・・・? お帰りなさい。 子どもたちと一緒に遊んでいたの」

「お帰りなさいませ、アスラン。 子どもたちは私が連れて戻りますわ。
ですから、お二人はゆっくりと戻ってきてくださいませ」



アスランは振り返ったキラをまるで壊れ物のように優しく抱き締め、
行政府で発した冷たい色はまったく見せないほどの優しく労わるように耳元で囁いた。
そんなアスランの胸に頬を寄せて安心したかのように全身の力を抜いたキラは、
ニッコリと綺麗な笑みを浮かべて応えた。
彼らの様子を後ろで見ていたラクスはどこか慈愛に満ちた微笑を浮かべ、
彼らの様子を静かに見ていた子供たちに声をかけて自分たちの住む孤児院へと向かいだした。



「お言葉に甘えさせてもらうよ。 ・・・・正直、疲れたからキラでエネルギー補給したいし」

「あらあら。 ・・・あまり、ご無理をなさらないようお願いいたしますわ」



アスランは疲労のためかいつにない声を出しながらもキラを抱き締める力を弱めなかった。
そんなアスランに気付いているのか、キラは労わるように自らも抱きつき、
背中に回した手を優しく上下に動かした。
その様子を見たラクスは、自分が思った以上にアスランにこれまでの負担があったことを知り、
その原因である者に対してちょっとしたお仕置きをしなければならないと決意した。
もちろん、そんなことを手を繋ぐ子どもはもちろん近くにいる子どもたちに悟られる真似をしない。
子どもたちに微笑みかけ、戻るように促して行った・・・・・。







子どもたちと共に孤児院に戻ったらクスは、子どもたちを孤児院の主であるマルキオ導師に託し、
キラの計画と自身の要請のために彼女たちしか使用しない通信回線を開いた。




《・・・何かあったのか? ラクス》

「お久しぶりですわ、イザーク。 アスランから聞きました・・・。
ユニウスセブン落下の際、砕く時に最後まで死力を尽くしてくださり、ありがとうございました・・・・」

《当然だろう? アスランはそこにいるキラのために砕く作業に名乗りを上げた。
俺は、ラクスや地球に滞在する我らの同胞のために頑張っただけだ。
ラクス、今回の通信はそれだけじゃないんだろう?》




通信画面に映し出されたのは、白銀の髪の髪を持ち、サファイアの瞳を宿す青年であった。
その青年の傍には黄金色の髪を持ち、ヴァイオレットサファイアの瞳を宿す青年がおり、
斜め隣には若草色の髪を持ち、トバーズの瞳を宿す青年がいた。
ラクスは白銀の髪を持つ青年にニッコリと今までにない笑みを見せ、
先日アスランから知らされた内容について静かに頭を下げた。
そんなラクスの行動に白銀色の髪を持つ青年・・・イザーク=ジュールは苦笑いを浮かべ、
本来の内容を言うようにと促した。



「あらあら。 ・・・・来月、アスランの誕生日だということはご存知ですか?」

《・・・来月は・・10月か。 覚えているに決まっているだろう。 ヤツも俺たちの幼馴染なのだからな》




ラクスの言葉に通信画面の前にいるイザークたちは首を傾げながらも応えた。
そんな彼らの様子を見ていたラクスはニッコリと微笑を浮かべると、静かに首を立てに頷き、彼らの言葉を肯定した。



「安心いたしましたわ。 アスランの誕生日をお祝いするために、キラが計画を立てました。
・・・内容を聞いてからでよろしいですわ。 ぜひとも、イザークたちにご協力をしていただきたいのです」

《姫の頼み? 内容を聞かなくても俺は手伝うぜ? 年に一度のモノだからな》

《僕も賛成ですよ。 きっと、アスランのために頑張ってお考えになられたのでしょうね、キラさん》




ラクスがキラから知らされた計画の内容を彼らに伝えようとした矢先、
イザークの傍にいた黄金色の髪を持つ青年・・・ディアッカ=エルスマンはおどけた笑顔を見せた。
斜め隣にいる若草色の髪を持つ青年は温厚そうな微笑を見せた。



「ニコルにお願いしたいことがありますの。 アスラン・・ここ2年で、過労がたまっているみたいですわ。
本日、無理矢理休暇を取ってこちらにお戻りになられました。
この際ですから、少しあの方の弱点でもこちらで握っておきましょうか・・・」

《おや。 ・・・何か情報を掴んでおられるみたいですね。 分かりました。
その辺りのことは、そちらに到着した後にお聞きいたしますね》



ラクスは先ほどまで浮かべていた笑みを一変させ、表情は微笑んでいるものの、
アクアマリンの瞳は冷たい色を宿していた。
そんなラクスと会話するニコルもまた、表情は微笑んでいるものの見事にそのトバーズ瞳が裏切っており、
彼らは冷気を全体に纏っていた・・・・・・。








2006/10/29







あとがきは、最終話にて。