「あぁ。 キラは、いい子だよ? ・・・もう、泣くのを我慢しなくていいよ? ずっと、俺がキラの傍にいるからね」

「あしゅ・・・。 ふぇッ・・・ふぇーん!」



漸く、この腕に取り返した愛おしい子。
懐いているラクスが傍にいるとはいえ、心細かったに違いない。


通信では、懸命に泣くのを我慢していたけれど・・・もう、大丈夫。



キラは、俺が守る。
だから・・・俺の前では、涙を我慢しなくていよ?





ずっと、傍にいるから・・・・・・。












23. 涙











4人が格納庫へ向かっている最中、
ブリッジに行っていたディアッカとミゲルに挟まれる形でブリッジにいたクルーたちが連れてこられた。
その中には、格納庫へ戻る際に集めてきたほかのクルーたちの姿もあり、
キラとラクスを人質としてブリッジに連れて来た少女の姿もあった。



「ちょっと、触らないでよ!!」



格納庫に耳障りな甲高い声が響いた。
なかなか前に進まないピンクの軍服を着た赤髪の少女の腕を、
後続部隊としてアスランたちとは別のシャトルで来ていた一般兵が掴んだのだ。
叫ぶ赤髪の少女の後ろでは、小さな泣き声も聞こえる。



叫び声を聞いたキラはビクッと身体を震わせると、握り締めていたアスランの軍服を一層強く握った。
僅かに震える幼い身体に気付いたアスランは、安心させるようにキラの背中をポンポンと優しく叩く。
リズムよく叩かれる背中と全身を包み込む体温に安心したキラは、全身の力を抜き、抱き締めているアスランに全体重を委ねた。



「何をやっている? 早く連れて行け」



喚く赤髪の少女の声に形の良い眉を顰めたイザークは、一般兵に命じた。



「アスラン、イザーク。 そちらは大丈夫なようですね。 ・・・少々、面倒なことになっていて・・・」



そんなイザークに気づいたニコルは、2人に駆け寄ると少し言いにくそうに言葉を濁し、2人だけ聞こえるように小声で告げた。



「面倒なこと?」

「えぇ。 彼ら、【ヘリオポリス】の民間人だと言い張っているんですよ。
しかし、この通り軍服を身に纏っておりますから・・・自分たちの判断だけで民間人扱いにしていいものかと」



二コルの言葉に、アスランは首を傾げた。
そんなアスランに対し、目の前に立ち尽くしている敵軍の軍服を身に纏う同年代を見据えた。
二コルの言葉に納得したのか、キラを抱きしめる腕の強さはそのままに、アスランは小さくため息を吐いた。



「あぁ、そいつらは元民間人だ。 正式に自分たちの意思で軍に志願した身の程知らずだ。だから、ほかの者たちと同じ扱いでいいぞ」



5人の後ろから、突如声が響いた。
その声は、AAのクルーたちには馴染みがあり、後ろを振り返ったニコルたちはその姿に驚きを隠せなかった。



「フラガ副隊長!」



周りの空気が声を発した人物を中心に硬直していたが、ミゲルの言葉によってその空気が払拭された。
ミゲルの言葉に驚きを隠せない両軍人たちであるが、その心境は180度違っていた。
ザフト側の緑服を纏う軍人たちは長期不在だった副隊長に敬礼を示し、
それぞれに指示を出していたディアッカは目を見開き、目の前にいたアスランたちは衝撃の事実に驚愕の表情を浮かべていた。



「お前たちは、何も知らない。 軍人とは、何なのかを知らずに、志願したのか?
自ら志願しておいて、いざ敵に捕まれば自分たちは民間人だと言い張るその程度の覚悟で、志願したのならば片腹痛い。
戦うことが嫌ならば、初めから志願などしなければよかったんだ」



静かにアスランたちの下へ歩いてくるのは、白の仕官服を身に纏い、肩には地球軍の証である軍章が描かれている。
その人物は、両軍にとって『エンデュミオンの鷹』との異名で有名な人物であった・・・・・・。



「し、仕方なかったんだよ! あの時、俺たちには志願するしか生き残る方法はなかったんだ!」

「『仕方ない』・・・だと? あの時・・・【ヘリオポリス】が崩壊したあの時に、投降していればよかったんだ。
外にいるのが我らクルーゼ隊だと気付いたはずだ。 それにも拘らず、今まで逃げてきたのは貴様たちの判断。
民間人を乗せているのならば、優先するべきなのは民間人の身の安全。
それを免罪符に己のプライドと任務を優先したのは、お前たち正規の軍人共だろうが」



ムゥ=ラ=フラガの言葉に反応したのは、少年兵の1人・・・カズイ=バスカークであった。
そんなカズイの身勝手な発言に、ピクッと眉を動かしたイザークは静かに怒りをその身に纏った。

イザークの声とその冷たい視線に、唯でさえガクガクと震えていた彼は全身の力を失い、その場に崩れた。
そんな彼を支えたのは、同じ軍服を身に纏った少年・・・トール=ケーニヒであった。



自失呆然とした少年たちをそれまで連れて行こうとしていた緑服の軍人たちは、再び彼らを連れて行こうとした。



「ちょ、ちょっと、触ら・・・・」



彼らの肩に触れようとした瞬間、それまで黙っていた赤髪の少女・・・フレイ=アルスターが再び叫び声をあげた・・・が、
背後に立っていた青年がフレイの首元に手刀を下ろした。



「仕事が滞りますので、黙っていてくださいね。 さ、今のうちに済ませてください」



手刀を下ろした青年・・・アーノルド=ノイマンはニッコリと微笑むと、
ドサッと倒れた音で足の止まっていた者たちにテキパキと指示を出した。



「ノイマン曹長・・・? フラガ大尉・・・?」



敵軍であるはずのザフト兵に指示を出すノイマンとその指示に従う兵たちに驚きを隠せないマリューは、
呆然とした表情でノイマンとフラガを見つめた。
そんなマリューの視線を煩わしそうに受け止めたノイマンは、
一度だけマリューたちに振り返ったが、その視線はこれまで受けたことのないほど冷たいものが籠められていた。



「あぁ・・・そうか。 俺たちがこの任務に就いた後に、クルーゼ隊に配属されたんだったな。
ザフト軍クルーゼ隊副隊長、ムゥ=ラ=フラガ。 苗字は違うが、ラゥの兄貴だ。 よろしくな」

「同じく、クルーゼ隊所属、アーノルド=ノイマンです」



カズイの発言辺りから優秀な脳は正常に起動していたアスランたちだったが、
それでもフラガと後から現れたノイマンに心当たりがなかった。

その為、ノイマンの指示に対して普通に対応する兵たちに驚きを隠せないでいた。
そんなアスランたちに気付いたフラガは、彼らが驚くのも無理はないと納得した表情で頷いていた。


アスランたちはアカデミーを卒業し、クルーゼ隊に配属されてまだ1年も経っていない。
フラガとノイマンが地球軍にスパイ活動として隊を離れたのは、血のバレンタイン直後であった。



「長期任務、ご苦労だったな。 ムゥ、ノイマン。 これより、本国に戻るまでの間は通常任務に就くよう」



突如、アスランたちの背後から聞きなれた声が響いた。
後ろを振り向き、慌てた様子でアスランを始めとするクルーゼ対のメンバーはそれぞれの手を休めて敬礼する。
しかし、そんな中でもアスランだけはキラを自身の腕の中から離すことなく、器用に片手で支えながら敬礼している。



そんなアスランに内心で感心しながらもクルーゼは、
片手に持っていた二着の軍服をそれぞれフラガとノイマンに投げ渡しながら、
2人のスパイ活動という名の長期任務を労わりながらも、
今回保護した2人を無事に本国へ連れて戻るまで休暇を与えられないことを伝えた。


そんなクルーゼの言葉を聞いた2人は承知の上なのか、
肯く事で了承の意を伝えるとそれまで纏っていた白の地球軍の軍服を脱ぎ、見たくないとばかりに投げ捨てた。

そして、クルーゼから渡されたザフトの軍服を身に纏う。
フラガの軍服は副官の証である黒の軍服であり、ノイマンの軍服は一般兵と同じ緑の軍服である。
通常白の襟であるが、ノイマンの纏う緑服には金色が施されていた。




軍服を着替えた2人は、二度とAAのクルーたちの方に振り返ることなく、クルーゼが乗ってきたシャトルに乗り込んだ・・・・・・。







「アスラン、イザーク。 ここは、僕らに任せて先に行っていてください。 ラクス嬢もお疲れでしょう?
ガモフは戦艦ですので、ゆっくりくつろぐことはできないでしょうが・・・それでも、ここで受けたストレスは解消されると思います」



突然現れたクルーゼと衝撃的事実を目の当たりにしたために判断力が多少鈍っていたニコルだったが、
すぐさま自分たちに課せられた任務を思い出した。
そして、目の前にいる今回人質となり、作戦の目的であるラクスとキラの保護を達成したため、
その2人を一刻も早くこの場よりははるかに安全である自軍の艦に連れて行くことを最優先とした。



また、この場を任されているのは自身とラスティ、ブリッジクルーたちを連れてきたディアッカとミゲルもおり、
別働隊としてこちらに来た一般兵たちもいる。


アスランとイザークの手を煩わせずに、任務を遂行することができると判断したためでもあった。



「分かった。 イザークは『デュエル』で一度ヴェサリウスへ。
ラクス、貴女は私たちと一緒にシャトルへ乗っていただきます。
クルーゼ隊長、ヴェサリウスに到着いたしましたら、本国へ通信を開いても宜しいでしょうか?」

「許可する。 お2人の安否を、 議長も国防委員長もご心配なさっておられたからな。 私もすぐにあちらへ戻る」



ニコルの言葉に頷いたアスランは、キュッと自身の首に抱きついたまま離れようとしないキラの背中をポンポンと優しく叩きながら、
隣にいるイザークに視線を向けた。
自分の言葉に不満そうな表情を見せながらも頷くのを確認し、続いてその隣にいるラクスへと視線を変えた。
ラクスはおっとりとした表情を変えることなく頷き、
離れていた時を取り戻すかのように甘えているキラの態度に慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。
2人の了承を確認したアスランは、最後の確認とばかりに上司であるクルーゼに視線を戻し、
自分たちに捜索要請を出してきた国のトップたちに保護したことを報告するために通信を開いてもいいかと確認した。
そんなアスランの言葉に、クルーゼはその報告が最優先だとばかりに頷き、
自身もすぐに戻るが先に報告を済ませることに対して許可を出した。



「それでは、私たちは先に向かいますわ。
クルーゼ隊の皆さん、この度は私たちをこのように救出してくださり、ありがとうございました。
戦火は、まだまだ広がるばかり・・・。
早期、このような悲しい戦争が終わるよう、祈ることしかできない私ですが、心よりそう願っておりますわ」

「【プラント】の歌姫であるラクス嬢にそのように願っていただけるだけで、私たち軍人は癒されますよ。
私たちも無益に血を流したくはない。
本国の同胞や中立国に暮らす同胞たちのためにも、
激化してゆく戦争が早期解決するよう、これまで以上の努力を惜しみませんよ」



アスランの言葉に了承したラクスは、
クルリと振り返るとブリッジクルーを含める責任者たちをシャトルに乗せる作業を続けている兵と、
周りを警戒している兵たちに慈愛に満ちた微笑を見せた。
そして、彼女がメディアを通して常日頃から願っていることを口にし、
その言葉を聞いた兵たちはその優しさに満ちたラクスの言葉に感動し、彼らの心に浸透してゆく。



そんなラクスに、クルーゼは表情は仮面に覆われているために分からないが、ラクスの言葉を肯定する言い方で頷いた。
そんなクルーゼの態度に満足したのか、ラクスはもう一度ニッコリと微笑を浮かべると、
スタスタと先にシャトルへ乗り込んでいるアスランたちの下へ、イザークにエスコートをされて向かった。




アスランたちを乗せたシャトルと数名の緑服の兵と12人の地球軍兵を乗せたシャトル、
そして地球軍のGシリーズであった『デュエル』が、クルーゼ隊の旗艦であるヴェサリウスへ向かった・・・・・・。








2009/03/01
Web拍手より再録。