「漸く、この腕に愛しいあの子を抱くことができる。 もう二度と、こんなことは起こさせはしない。
こんな恐ろしい目に合うことなど、本来ならばあってはならない子なのだから」



あの子に、こんな恐ろしい目に遭わせたナチュラル共。
やつらは、開戦前に執り行われた条約を平気で破ってくる。
捕虜を人質に取るならまだしも、あの子・・いや、彼女たちは列記とした民間人。
たとえ、彼女の父親が議会のトップであったとしても、彼女自身は1人の少女には違いない。
何より、自分たちが生き残る為だけにあの子までも巻き込んだやつらなど・・・俺は、決して許しはしない。





――――― 紅の騎士にとって、極上のアメジストの瞳を持つ姫は至宝の存在。
姫の表情を歪めるものに対して寛大になれるほど、彼の心は広くはなかった・・・・・・。












23. 涙
















―――― ドーン!!





AAから投降の信号弾が撃たれたのを確認したニコルは、
既にヴェサリウスと母艦であるガモフのブリッジに繋げてあった通信回線で
自分の任務が終了したことを告げた。
クルーゼからの指示でこのまま周りの警戒を勤め、イザークたちの機体を確認した。
また、時を同じくして1隻のシャトルを確認したニコルは、
ブリッジにいたはずのもう1人の同僚の姿が既にないことに、驚いてはいたものの関心した表情を見せた。



AAの前方を『ブリッツ』、後方をミゲルの搭乗する『ジン』、
左右を『デュエル』と『バスター』がそれぞれ銃を向けていた。

シャトルにラスティと共に乗り込んでいたアスランは、ブリッジから一緒に持ってきたPCを開いた。


PCの画面には、AAのマザーを掌握した時のプログラムが作動したままの状態となっていた。
そのプログラムを見ていたアスランは、
カタパルトを開放させるコマンドを使い、硬く閉ざされていたAAのカタパルトを開放した。




シャトルは開放されたカタパルトから堂々と入り、外を警戒していたパイロットたちに通信を開いた。



「ミゲルとディアッカはブリッジを頼む。 ニコルとラスティは格納庫を。
イザーク、俺はこれからキラたちのいる部屋に行くが・・・お前はどうする?」


《当然、俺も行くぞ。 ラクスがいるからな》


「分かった。 見取り図は、既に入手してある。 もちろん、2人の居場所もばっちりと確認済みだ。
・・・艦は掌握したが、まだ抵抗するものがいるかもしれん。 気をつけろよ?」


『了解』



シャトルに続いて、外を警戒していた4機がAAの格納庫へ着艦した。
そのことをモニターで確認したアスランは、カタパルトを再び閉めて格納庫全体に空気が満ちるのを待った。
空気が格納庫全体に満ち、シャトルから持参したPCを持って降りたアスランは、
それぞれの適材適所としてほかのメンバーの振り分けを行った。


ニコルとラスティを格納庫と振り分けたのは、
ラスティは本来ならば、
ザフトが奪取できなかった地球連合の最後の機体・・・『ストライク』の搭乗を予定していたからである。
そして、最後の機体がAAに収容されていることを前々から知っていたアスランは、
ナチュラルでは到底動かすことのできないお粗末なOSを搭乗予定であるラスティ本人に組ませる為に、
格納庫へ振り分けた。
ニコルは人を誘導することがうまい為、
連れてこられた捕虜たちを速やかに輸送することが可能だと、判断したからである。


ブリッジに向かうメンバーは、
それからの消去法ではあったがディアッカはエリートの証である“紅服”を身に纏う者であるため、
白兵・銃撃系統は一般兵たちよりも遥かに優秀である。
また、ミゲルは身に纏う軍服こそ“紅服”ではないが、彼らと同等の力を持っている。



アスランの発言に対し、眉を潜めながらもイザークは不機嫌そうに答えた。
人質の宣言を受けたのは、彼の婚約者であるラクス=クラインである。

そんな彼女が囚われているこの状況で、
他人―たとえ、ラクス自身にまったく興味のない人物―に譲りたくないのだ。
イザークの不機嫌な声に対し、アスランはまったく意に介さなかった。



彼の意識は既に囚われの身となっている愛しい幼子に移っているため、
それぞれの機体から降りてきたメンバーを確認すると、スタスタと格納庫から姿を消した・・・・・・。








アスランたちの気配が完全に消えたと同時に、格納庫全体を包んでいた張り詰めた空気が拡散した。



「・・・はぁ。 アスラン、何時になく不機嫌だな・・・・・・。
・・・アスランたちが戻ってくる前に、さっさと任務を終わらせようぜ」

「・・・あぁ。 じゃ、ニコル。 暫くの間ここを頼んだぜ? 俺は今から、こいつのOSを書き換えるからよ」



大きなため息をついたディアッカは、ひんやりとした空気にも関わらず額が汗まみれになっていた。
そんなディアッカの様子に気付いたラスティは、
苦笑いを浮かべながら自分と同じく格納庫へと振り分けられたペアであるニコルに振り向き、
背後にある目覚めない巨体を差した。



「分かりました。
では、僕はディアッカたちがブリッジのクルーたちを連れてくるまでの間、
ここにいる整備士の方々を集めておきます。
すべてを集めるとしたら、入りきれないと思いますから、重要な方々だけでいいと思いますよ。
ヴェサリウスやガモフにしても、全員は収容しきれないでしょうし」

「・・・そう、だな。 だが、ブリッジは全員連れてくるぜ。
ほかのクルーたちは・・・そうだな。 トップの2人だけだな」



頷いたニコルに、ラスティはそのまま巨体の外側にある強制レバーを引っ張り、
コックピット内にその身を滑り込ませた。
ニコルもまた、遠巻きに固まっている整備士たちの元へ向かい、
残された2人は自分たちの任務を遂行するためにブリッジへと向かった・・・・・・。




近づいてきた敵軍の軍服の中でもサラブレッドと言われる“紅服”を身に纏った少年が、
自分たちに近づいてきたことが分かった整備士たちは自分たちよりも遥かに若い少年兵に怯え、
ある者は腰を抜かしながらも懸命に後ずさりを続けていた。


そんな整備士に呆れた表情を隠そうともしないニコルは、
一定の距離を保つように立ち止まると、グルリと一周見渡し、静かな声を発した。



「誰も、取って食おうとは思っていませんよ。
・・・さて、この中に全体の指揮を任されている方はおりませんか?」

「・・・俺だ」

「お名前と階級をどうぞ」

「コジロー=マードック。 階級は曹長。 このAAでは、整備担当だ」

「そうですか。 ・・・では、貴方はこちらへ。 ほかの方々はこのまま、こちらで拘束させていただきます」



ニッコリと微笑みながら尋ねたニコルに、作業服を身に纏った集団の中央部分から手が上げられた。
手を上げた人物はそのままニコルの前に出ると、ニコルに問われるまま自らの名前と階級を告げた。
そんな彼に対し、ニコルはニッコリと笑みを深めるともう一度周りを見渡し、一般の整備士たちに告げた。
コーディネイターであるニコルが恐怖の対象なのか、大の大人たちはガタガタと身体を震わせていた。










格納庫でニコルが整備士たちを集めている頃、
旧式の銃を携帯してブリッジに向かったディアッカたちは室内に向けて2丁の銃をクルーたちに向けていた。



「この艦は、既に我々が占拠した。 軍の規定によりお前たちを拘束する。
ブリッジのクルーはすべて、格納庫へ向かえ。
少しでも刃向かう行動を起こした場合、我々は自己防衛を行使する」

「・・・私たちは、貴方方に降伏しました。 今更、そのような気など起こしません」



ディアッカの言葉に対し、
怯える少年・少女兵たちを背後に庇いながらAAの艦長は苦虫を潰したような表情を浮かべた。



「・・・では、格納庫へ。
全クルーたちを輸送することは不可能だが、ここにいるクルーと整備士の一部はこちらの艦に移動してもらう」



自分たちに恐怖を抱き、畏怖の目で見つめられていることに気づいたミゲルは、
嫌そうな表情を浮かべると視線の持ち主を一瞥した。
まっすぐ自分に向かって視線を送るミゲルに、
何もされていないにも拘らず少年兵・・・カズイ=バスカークは、ガタガタと震えだした。
そんなカズイに、ミゲルはため息を吐くと視線をはずしてクルーたちに格納庫へ向かうように指示を出した。










一方その頃、人質となったプラントの歌姫であると共にイザークの婚約者と
アスランの愛しい幼子が軟禁されている部屋の前に到着していた。
AAのシステムを掌握したアスランは、
全てのドアのロックを解除していたがこのドアだけは新しく番号を書き換えていた。






室内では、それまで大人しくしていた幼子・・・キラが急に立ち上がり、扉の前に駆け寄った。



「・・・あしゅ?」



キラは、人の気配に敏感である。
特に、自分に対して悪意を持っているか持っていないかを判断する能力が優れており、
中でも彼女が誰よりも信頼している彼の気配だけは、壁で隔てられていても気づくのだ。





――――― ピピッ!! ・・・プシュンッ!





ロックの解除と同時にドアを開けたアスランは、
扉の前に佇んでいたキラを見つけると彼女限定の蕩けんばかりの微笑を浮かべ、
膝立ちの状態で両腕を広げた。



「キラッ!!」

「あしゅ!!」



自分に向けられた柔らかな微笑と両腕に、
キラは迷うことなく唯一無条件に甘えられる彼女だけの居場所に飛び込んだ。

幼いながらも必死にしがみついて離さないキラに、
慈愛に満ちた笑みを浮かべながらキラが苦しくないように配慮しつつ、強く抱き締めた。



「・・・お迎え、遅くなってごめんね? ・・・よく、今まで我慢したね。 ・・・もう、大丈夫だよ」

「あしゅ、きら、いいこ? きら、あしゅとのおやくしょく、まもったの」



アスランはキラの頭を優しく撫で、お気に入りである彼女の鳶色の髪を梳いた。

キラは漸く、自分が一番安心できる人の気配と温もりに包まれていることに喜び、
小さな頭をグリグリとアスランの胸に押し付けた。


ピトッと密着したままキラは頭の上にあるアスランを見上げるように、上目遣いで見つめた。



「あぁ。 キラは、いい子だよ? ・・・もう、泣くのを我慢しなくていいよ? ずっと、俺がキラの傍にいるからね」

「あしゅ・・・。 ふぇッ・・・ふぇーん!」



そんなキラの可愛らしい行動に、
ニッコリと微笑を浮かべたアスランは梳いていた手を頭の天辺に置き、ゆっくりとした仕草で撫でた。
全てを包み込むような暖かい眼差しと安心する温もりに、
キラは再びアスランの胸元に顔を埋めると、今まで我慢してきた涙が一気に溢れた。



「・・・無事で何よりだ、ラクス」



その後、キラはしばらく泣き続けた。



アスランに遅れて部屋に入ってきたイザークは、
今まで見たことのない同僚の姿に驚きながらも人質となっていた婚約者の元に駆け寄った。



「私は、無事ですわ。 イザークは、キラのことをご存知ではなかったのですか?」

「・・・その名だけは知っている。 だが、こうして実際を見たのは・・・ヴェサリウスに保護されて以来だな」



近づいてきた婚約者にニッコリと微笑を浮かべたラクスだが、婚約者の驚いた表情に首を傾げた。
目の前で繰り広げられている光景は、アスランとキラが揃うと必ず見られるものである。
そのため、最初のうちは驚いていたラクスだが、今ではすっかり慣れていた。



アスランとラスティ、ミゲルは旗艦であるヴェサリウス所属であるが、
イザークやディアッカ、ニコルは僚艦のガモフ所属であった。
そのため、キラが保護された時に乗艦した艦は当然アスランの所属するヴェサリウスであったため、
プラントへ帰還するまでの間ガモフ所属組との接点がまったくなかった。
反対に、同じヴェサリウス所属のラスティたちとは交流があった。
だが、元々人見知りの激しいキラはわずかな期間を共にしたラスティたちに慣れることなく、
艦に滞在していた時は常にアスランの傍を離れなかった。



「キラ、もう大丈夫だからね。 さ、一緒に行こう。 父上たちも、大変心配していたよ?」

「・・・ぁぃ。 あしゅも、いっしょ?」

「あぁ、もちろん。 ずっと、一緒にいるよ」



キラが漸く泣き止んだことを確認したアスランは、
ニッコリと優しく微笑みながらキラの小さな背中をポンポンと軽く叩いた。
アスランの言葉に、小さな声で答えたがキュッと彼の軍服を握り締めながら涙に濡れた瞳を向けた。
そんなキラの不安を取り除くべく、アスランは軽々とキラを抱き上げると、頬にチュッと軽くキスをした。
キョトンとした表情を見せたキラだったが、
嬉しそうに微笑を浮かべるとお返しとばかりにキラもまた、アスランの頬に可愛らしいキスを贈った。




アスランはそのまま部屋を出ると格納庫へ向かい、
すっかり忘れ去られているイザークはラクスと共にアスランの後を追った・・・・・・。








2008/11/01
Web拍手より再録。