「・・・・・・」



自分たちが危険になったら、民間人をも人質に取るのが、お前たちのやり方か?
開戦前に両軍の間で執り行われた条約など、
お前たち地球軍にとって守るに値しないと?



確かに、ラクスの父親はプラントの最高評議会議長。
クライン議長は確かに、要人だ。
だが、それはあくまで彼女の親であるクライン議長。
彼女自身は、民間人だ。
プラントにとって、彼女は希望の歌姫。
だからこそ、追悼慰霊団の団長として選ばれた。




何よりも、
この戦争とは何の関わりも・・・むしろ、
被害者である愛おしいキラをも巻き込んだやつらに、
『容赦』などという言葉は、不要だ。












02. 初めての人質











ヴェサリウスの格納庫に『イージス』を固定したアスランは、
冷気を纏ったままパイロットスーツを着替えることなく、ブリッジへ直行した。
格納庫には既に『イージス』以外の全機体が収容されていた為、
他のメンバーは既に到着していることを意味していた。





アスランは何も告げることなくブリッジに入り、軽く敬礼をすると揃っているメンバーの隣に飛んだ。



「・・・やつらがラクス嬢たちを人質にとっている以上、我々は迂闊な行動が出来ない。
だが、このまま見逃せば彼女たちの身に危険が及ぶのは火を見るよりも明らかだ。
即刻、彼女たちの奪還をしなければならない」

「・・・ですが、具体的にはどのように?
あちらの進路は、間違いなく【月基地】ですよ。 まさか、潜入するわけにも行かないでしょう・・・・」



クルーゼは中央に宇宙地図を出しながら、メインモニターにはAAに固定されている。


彼らがこれから取るであろう進路をシミュレーションした結果、
十中八九地球軍の宇宙本部である【月基地】へ向かっていることが分かったのだ。



ニコルはクルーゼの発言に、首を傾げながら問いかけた。
だが、クルーゼ自身も考えていなかったため、ニコルの質問に答えることは出来なかった。



「・・・・・・。 ハッキングすればいい。
こちらからウィルスを流し、あちらの制御をこちらが掌握すれば・・・ジ・エンドだ」



ニコルの隣で静かに立っていたアスランは、
メインモニターに映し出されているAAに鋭い視線を浴びせながら、ポツリと呟いた。





その言葉を聞いた瞬間、
アスランとは真逆に立っていたはずのイザークとディアッカはザッと壁際まで下がり、
アスランの表情が見える位置にいたラスティとミゲルは、
まるでアスランから逃げるかのように彼の死角へ避難した。



また、アスランの目の前にいたクルーゼはその仮面の下で冷たい汗を掻いていたが、
上司としてのプライドを優先したのか、その場から動くことはなかった。




アスランの隣に平然と立っていられるニコルに関してはただ単純に、
基本的に同じ属性の為引くほどの事ではなかっただけである。





モニターに映るAAを見据えるアスランの瞳は今、
エメラルドからより一層鮮やかなペリドットとなり、彼の纏う気配は先ほどよりも鋭く、
極寒の地のような冷気を纏っていた。






――――― 宇宙で、しかも艦内であるにも拘らず、
ヴェサリウスは局地的に絶対零度のブリザードがアスランを中心に吹き荒れていた・・・・・・。









「ハッキング・・・ですか? しかし、僕でもこの短時間で掌握できるほどのものは作れませんよ」

「俺が作る。 ハッキングする時間はそんなに長くなくてもいい。
それに、プログラムだけを作ればすぐにでも流せるからな」

「・・・ラクスの持つ、『ハロ』を使うのか?」

「いや、キラの持つ『ハロ』だ。 ・・・アレにはいろいろと機能を付けていてな。
PCに特殊なやつで接続すると、
自動的にそれらが経由するマザーのデータを抽出できるようになっている」



アスランの言葉に反応できたのは、当然彼の放つ冷気に耐えられたニコルであった。
そんなニコルに対しても視線を向けることなく、アスランは淡々と答えた。



アスランの言葉に、漸く硬直から解凍したイザークは、
自分の婚約者の持つペットロボを使用するのかと眉を顰めたが、
アスランはモニターに固定したまま目を細め、愛し子の持つペットロボを使用すると告げた。





キラは3歳児にして、さまざまな知識を優秀な頭脳は覚えている。
だが、知識は豊富でも肉体的にはまだ幼子故に、体力と技量が満たっていないのだ。
だが常にアスランの傍にいるため、彼の作るロボットに対して嬉しげに笑みを見せ、
そのロボットに組み込むプログラムを組むと、興味津々の表情で眺めていることを知っていたアスランは、
彼女の為にさまざまなプログラムをサンプルとして保持していた。



その試作品として、
キラの持つ『グリーンちゃん』に自動的にマザーを抽出できるプログラムを組み込んでいたのである。
尤も、そのことはキラがもう少し大きくなるまで黙っている予定だったのだが・・・・・・。




(・・・これが、アスラン=ザラなのか?
今まで、何を考えているのか分からない部下だったが・・・こんなに感情の変化が激しいとは・・・・。
・・・だが、その冷気、いつものように抑えてはくれまいか・・・・)




隊長をそっちのけで今後の対策を練り始めた部下たちに対し、
動かないのではなく硬直して未だ解凍していないクルーゼは、
内心で冷や汗を掻きながらアスランの変貌振りに耐えていた。



「・・・・・・。 アスラン、そのプログラムはすぐに出来そうかね」

「はい。 システムを全て無力化にするだけですので、そんなに時間は要りませんよ」

「そうか。
では、アスランは直ちにウィルスのプログラムを製作。 ニコルは『ブリッツ』で待機。
『足つき』が停止たと同時に『ミラージュコロイド』を展開し、そのまま『足つき』へ。
以上だ」



硬直状態から戻ったクルーゼは、アスランに視線を移しながらプログラムがすぐにできるかを尋ねた。
そんな隊長に対し、アスランは余裕な表情を見せ、短時間で終わらせると宣言した。




そんなアスランに頷き、続いて隣にいたニコルに視線を向けた。




彼の愛機である『ブリッツ』は他のGシリーズとは違い、特殊な機能が搭載されていた。
その機能こそ、『ミラージュコロイド』である。


尤も、それが展開した状態だと見えない代わりに被弾したらダメージが大きい。
最小限に抑えるPS装甲を解除してからでないと、展開できないからである。



だが、今回はシステムが全て無力化となってからの為、被弾の心配はない。



「了解! ・・・隊長、漸く解凍できたみたいですねぇ」



指名されたニコルは何の反論もなく受けたが、
最後の言葉はアスランたちにしか聞こえず、
ニコルとイザークに挟まれた状態で立っていたディアッカは必死に笑いを止めていた・・・・・・。




そんなディアッカに興味がないとばかりに、
アスランは既にブリッジから退室しており、プログラムを構築するべく、自室へ戻っていった・・・・・・。






パイロットスーツから軍服に着替えることなく自室に戻ったアスランは、
先ほどまできっちりと閉めていた襟元をゆるくくつろげ、
自分にあったスペックとなっている自作のノートPCを前に、
別窓でプラントに戻った際に撮ったキラとのツーショット写真を表示させながら、
コーディネイターの中でも早いタイピングで、プログラミングを開始した。




(俺の至宝の存在であるキラを、人質にとったんだ。
それ、相応の代償を持って償うべきだろう?
本来、あの艦丸ごと落としてもいいんだが・・・それだと、あの子まで被害が及ぶ。
死以上の苦痛を与えてやるぞ? 憎き『足つき』のナチュラル共!!)




次々とプログラムを正確に構築しながら、アスランの背後は暗黒が立ち上っていた。
彼を包む暗黒はさらに黒さを増し、
彼の脳内を占めているのは別窓に表示されている写真に写る愛し子の安全だけであった。






アスランの放ったどす黒いオーラで被害を被ったブリッジでは、
作戦前にも拘らず緊張感が漂っていなかった。
本来ならば緊迫した空気が満ちているのだが、
先ほどまでアスランから放たれる冷気を受けていたため、硬直状態から戻っていなかったのだ。


一般のクルーたちよりも立ち直りが早かったのは、
アスランと同じ紅の軍服を身に纏う同期たち―ニコルは除く―であった。


その次に、彼らと行動を共にすることの多い2期上の先輩で、彼らに遅れて復活したのが隊長であった。



彼らの所属する隊で精神が図太いといわれる彼らでさえ硬直から戻るのに時間がかかったのだから、
彼らよりは比較的に一般人と思われるブリッジクルーたちはそれ以上に時間がかかった。


隊長であるクルーゼに続く権力を保持しているはずのアデスは硬直から戻った直後、
己の胃のある部分を押さえていた。




そんな艦長に、クルーたちは同情的な視線をアデスに送り、自分たちの仕事に集中した。





アスランが自室に篭ってから30分後、
一度も開くことのなかったドアが開き、右手に愛用するノートPCを持って再びブリッジへと向かった。



だが、アスランの背後に渦巻くどす黒いオーラは払拭されておらず、一段と黒さを増していた。










――――― アスランから放たれるどす黒いオーラの為に、
彼の近くを不運にも通ったクルーは、石像のように固まった・・・・・・。








2008/05/01
Web拍手より再録。