「ラクスには、キラを預けるということでその保険として、一体の護衛ロボを渡していました。
もちろん、キラにもですが。
そのロボに搭載されている機能の一つに、緊急時の時のみ送信できるプログラムを加えていたのです。
そのプログラムが発動すると、どのような場所にいても必ず、私のPCに受信されるようになっています。
こちらに呼び出される前、その信号をキャッチしました。
場所を特定するには、多少時間がかかるかと思いますが、
先ほどの通信からするとあまり場所はここから離れていないかと」



本来ならば、いつものように【プラント】のクライン邸で俺の帰りを待っているはずの愛おしい子。


俺にとって、至宝の存在であり守りたい存在であるあの子を
危険な目に遭わせた地球軍を絶対に許さない。



プログラムの発動方法を彼女に教えたことは、正解だった。
この区域を片っ端から探索するより、向こうからの信号を受信した方が効率的にもいいからな。



一刻も早く、愛おし子をこの腕の中に。




・・・負の感情に、敏感すぎるほど優しくそして、繊細な心を持ったあの子が悲しむ前に・・・・・・。












02. 初めての人質











アスランがキラたちの居場所を特定した頃、
彼らの追っているAAの食堂でちょっとした騒動が起こっていた。



連れてこられた当初、
キラは静かに共に連れてきているエメラルドグリーンのペットロボ二体と戯れていたが、
やはり好奇心旺盛な幼子には狭い場所で長時間いることが苦痛になったのか、
今まで座っていた場所から立ち上がると、キョロキョロと辺りを見渡し始めた。



「どうしました? キラ」

「・・・らくしゅ。 きらね、おなかすいたの」



ラクスの言葉に、キラは困った表情を見せながら自分のお腹に小さな手を当て、
上目遣いでラクスを見上げた。



「あらあら。 ・・・そう言えば、今日は朝食を早めにとって以来、何も口にしておりませんでしたわね・・・。
先ほどの方が、食事はこちらに持ってくるとはおっしゃりましたが、すぐに来るとは限りませんし・・・・・・。
キラ、少しお待ちくださいな」

「あい」



キラの切なそうな表情を見たラクスは、自分たちが朝食を食べて以来何も口にしていないことに気付き、
困った表情を浮かべながら首を傾げた。
だが、緊急避難のために何も持つことなく脱出用ポットに乗り込んだ自分たちは当然何も持っておらず、
このような事態を予測してはいなかった為、非常食になるもの自体、彼女たちは持ってこなかったのだ。



しばらく考え込んだラクスは、この状況を打破するべく、
せめてキラだけでも何か食べさせたいと考え、扉前に誰か監視していないかを確かめた。



「申し訳ございませんが、どなたかいらっしゃりませんか?」



ラクスの言葉に、返ってきたのは返事ではなく無言であった。
何度かラクスは同じことを繰り返したが、全て同じ無言しか返ってこなかった。



「・・・困りましたわ。 鍵は先ほどの方がかけて行ったと思われますし・・・どうしましょう?」


〈ハロッ! ハロッ! ラクス〜〉




困ったように眉を寄せ、
口元に手を持ってきたラクスの様子を机の上で静かに見つめていたピンク色の丸いペットロボ・・・『ハロ』は
ラクスに向かってポーンと飛ぶと、目をチカチカさせて数秒後にはカチッと目の前の扉から音が鳴った。






―――― プシュンッ!






「・・・あらあら。 開いてしまいましたわね・・・・。
多分この艦にもザフトの艦と同じように食堂があると思いますの。
そこを探して行ってみましょうか。 きっと、ほかの皆様もそこにいると思いますわ」



ハロはラクスの傍から扉へ飛び出した。
扉は抵抗することなく開き、扉が閉まることには2人の前からハロの姿が消えていた。



キラはラクスの言葉にコクンと頷きを返すと、
それまで静かに翼を休めていたロボット鳥・・・『トリィ』に視線を送り、
両手にはメタルグリーンの『ハロ』が抱えられていた。


そんなキラの様子にニッコリと微笑を浮かべたラクスは、
未だ宇宙空間に慣れる事のないキラと逸れない様に抱き上げ、
目の前を飛ぶピンク色のハロの後を追った。





しばらく辺りを見渡しながら、ラクスは廊下を進んでいたが、何やら奥から複数の声が聞こえてきた。



「・・・らくしゅ、あっちのほうでなにかこえ、きこえる」

「そうですわね。 行ってみましょう?」



聞こえてくる声に、自然とハロを抱く力を込めていたキラを落ち着かせるように、
ポンポンと優しく背中を叩いた。ニッコリと微笑みながら、ラクスは声のする場所へ向かった・・・・・・。







「え? コーディネイターを拾ってきたの?」

「そうみたいだね。 様子を見に行ってたトールたちが教えてくれたんだ。
なんでも、フラガ大尉が民間ポットを拾ってきたんだけど、その中に2人のコーディネイターがいたって話」

「・・・どっちでもいいんだけどさ。 誰が持っていくの? この食事」



中から聞こえた声は、
声の高い少女が驚いた声を出しながら目の前にいるだろう少年に尋ねている声であった。
そんな少女たちの声に含まれる見えない敵意に対し、
この手の感情に敏感なキラはビクッと身体を震わせ腕の中に抱きしめた状態のハロに、
さらにきつく抱き締めた。



「私はいやよっ!コーディネイターなんかの所に持って行くなんて!!
第一、怖いじゃない。 いきなり、飛び掛ってきたらどうするのよ!」



一際大きい声は開放された部屋中に響き渡り、
部屋の近くまで来ていたラクスたちの耳にも当然聞こえていた。
先ほどの内容も全てを理解できないにしてもそれに含まれる感情を正確に読み取ってしまったキラは、
必死にアメジストの瞳に浮かぶ涙を決壊させないように頑張りながらも、
その身を襲う恐怖と嫌悪を含む負の感情に当てられ、カタカタと震え始めた。



「まぁ、誰が飛び掛ったりするんですの?」

「な、なんで・・・・」

「あら、驚かせてしまったのなら申し訳ございません。
私、喉が渇きまして・・・。 それに、はしたないですが少々お腹が空きましたの。
この子にも、早くに朝食を取らせて以来、何も食べさせておりませんでしたし。
あの、こちらは食堂ですか? 何かをいただけるとうれしいのですが・・・」



おっとりとした口調で幼子を抱いた1人の少女が室内に入ってきた。


その様子に、その場にいた者全てが固まり、
そんな彼らを気にすることなく目の前にいる自分と同年代と思われる少年たちに近づいた。



そんなラクスに、先ほどまで大声で話していた3人は唖然とした表情で固まり、
現在おかれている状況についてこれなかった。



「ちょ、ちょっとまった! 鍵とか、閉まっていなかったわけ?」

「やだぁ! 何でザフトの子が勝手に歩き回っているの!?」

「あら、『勝手に』ではございませんわ。 ちゃんとお聞きしました。
ですが・・・誰もおられなかったですし、鍵は開きました」



硬直から立ち直った少年たちは、口々にラクスに尋ねた。
色の着いた眼鏡をかけている少年・・・サイ=アーガイルは慌てたようにラクスに問い詰め、
赤髪の少女・・・フレイ=アルスターは露骨に嫌そうな表情を浮かべながらラクスたちから視線を外した。


そんな2人を見ながら、オロオロとした表情を見せるのは、
さえない顔の少年・・カズイ=バスカークであった。



サイの問いかけにラクスは首を傾げながら答え、
さり気なくキラが安心するように小さな背中を優しく撫でた。



「それを、勝手にって言うんじゃあ・・・」



ラクスの言葉に、カズイは小さな声で呟いた。



「それに、私はザフトではございませんわ。 ザフトとは、軍の名称で正式には・・・・・」

「そんなのこと、どうでもいいのよ! 同じよッ! コーディネイターなんだから!!」



カズイの言葉に誰も気付くことなく、ラクスは首を傾げながらもフレイの発言を訂正しようとした。



だが、そんなラクスの言葉を聞こうとはせずに、まるでラクスたちから逃げるように後ずさった。



「同じではございませんわ。 ザフトは、確かに軍ですが私たちは民間人ですもの。
申しおくれました。 私はラクス・・・」

「同じよッ! 馴れ馴れしくしないでッ! コーディネイターのくせにッ!!」



フレイの発言に対し、ラクスは内心眉を顰めたがそれを見事に表に出すことなく、
フレイに向かってキラを抱き締めていない手を差し出した。


そんなラクスに対し、嫌悪感丸出しのフレイは憎悪をもってキラに・・・いや、
彼女たちには辛い言葉を浴びせた。




そんなフレイの発言に、漸く落ち着きを取り戻しかけていたキラが先ほど以上に震えだした。



「何事だ? お前たち、廊下にまで響いているぞ」

「ノイマン曹長。 あの少女が、勝手に鍵を外してここまで来たらしく・・・」

「・・・鍵を? それだけでこの騒ぎか。 彼女は民間人だ。 保護したと、艦長から伝えられなかったのか?」



そこに、1人の青年が食堂内に入ってきた。


彼はブリッジ勤務であり滅多にブリッジから外に出ることのない、
この艦の命運を握っているとも過言ではない人物・・・アーノルド=ノイマンであった。


そんな彼の問いかけに、黙ってみていた整備兵の1人が答え、彼の答えにため息を吐いた。



「いえ、そのように伝達は届いたのですが・・・」

「大体、あの様子を見ると誰も彼女たちに食事を運ばなかったな?
・・・確かに、民間人が勝手に外に出ることに感心はしないが、誰も運んでこないのなら仕方ないだろう」



しどろもどろに答える整備兵に対して、呆れた様子を見せたノイマンの瞳に、
桃色の髪を持つ少女に抱かれている鳶色の髪を持つ幼子が
ガタガタと震えている様子がはっきりと捉えられた。




そんな幼子の様子に気付かないフレイたちの態度に、ノイマンは眉を顰めながら近づいた。



「ノイマン曹長!?」

「お前たち、いい加減にしろ。 ここは、公共の場だぞ?
お嬢さん方、部屋のほうには私が送りますよ。
もちろん、食事と飲み物を持って行きますから。 それで、よろしいですね?」

「まぁ、ありがとうございます。 この子にも、軽いものをお願いしますわ」

「承知しました。 サイ、お前たちの休憩は終わっているぞ。 さっさと持ち場に戻れ」

「は、はい!」



整備兵の驚いた声を気にすることなく、ノイマンはフレイとラクスの間に入り、
フレイの悪意が込められた視線からラクスたちをさり気なく庇った。
そんなノイマンの様子に、何かに気付いたラクスは表に出すことなく、
ノイマンの言葉にニッコリと微笑を浮かべて頷いた。
ラクスは腕に抱くキラを優しく撫でながら、ノイマンに要望を出した。
そんなラクスの要望に頷きを返したノイマンは、
呆然とした様子で自分たちを見つめる少年たちに休憩時間が終わっていることを告げ、
片手に彼女たちの食事を持ってラクスたちを食堂から連れ出した・・・・・・。






ノイマンに連れられて再び部屋に戻ったラクスとキラは、ノイマンの運んだ食事を食べた。



先ほどの食堂での言葉のダメージはキラの純粋な心に猛毒のように残っていた。




(・・・やはり、私ではキラの心まではお救いすることは出来ませんのね・・・・・・。
ほかの方々より、割と懐かれているほうですが・・・それでも、キラの中で彼の存在は絶対的なのですわ)




ラクスが優しく抱き締めても震えが止まらず、
ギュッと自分の小さな身体を抱き締めながら耐える姿は、ラクスの目に痛々しく映っていた。



そんな中、それまで静かにキラの肩に止まっては、
まるで心配するかのようにキラの顔を覗き込んでいたトリィが
キラの傍に転がっていたハロ―ラクス曰く、『グリーンちゃん』―の頭上を突き始めた。




〈トリィ! トリィ!〉


「? ・・・とりぃ?」



突然グリーンちゃんを突き始めたトリィに、
キラは不思議そうな表情を浮かべながらトリィが乗ったままグリーンちゃんを抱き上げた。




〈ハロッ! キラァ〜。 ナクナ、キラ!〉


「きら、ないてないもん。 あしゅとのやくしょく、やぶらないもん」



グリーンちゃんの言葉にプクッと頬を膨らませたキラに対し、
グリーンちゃんはチカチカと両目を点滅させた。
そんなグリーンちゃんの突然の動きに首を傾げたキラは、静かに点滅が終わるのを待った。




《――ジッ、ジー・・・。 ・・・キラ?》


「!! あしゅ!」


《回線・・繋がっている。 キラ、そこにラクスはいるのか?》


「う? らくしゅ、きらといっしょにいるよ?」

「ここにおりますわ、アスラン。 申し訳ございません、アスラン。
キラを危険な目にあわせてしまいましたわ」


《・・・今回は、不可抵抗力ではないのですか、ラクス。 まぁ、なってしまったものは仕方ないですし。
それより、この回線が繋がったということは・・・トリィがキラのハロに何かしませんでしたか?》


「? トリィちゃんが突然、グリーンちゃんを突き始めましたの。
何事かと思いましたが、貴方との通信回線を開く為だったのですね」



グリーンちゃんの点滅が終わった瞬間、
回線が開く音と共にキラにとって誰よりも安心できる人物の声が聞こえた。

回線越しのアスランは、誰からの通信なのか分かっていたらしく確信を持って愛しい幼子の名を呼んだ。
そんなアスランの声に、キラは嬉しそうに微笑みながらアスランの名前を甘えるように呼び、
アスランの問いかけに対しても、愛らしく首を傾げながらも後ろを振り返りながら答えた。


アスランに答えるかのようにラクスが話し、
目の前にいないと分かっているが、
彼がもっとも大切にしているキラを危険な目に合わせてしまった事を悔いていたラクスは、
まず初めにそのことについて謝った。



そんなラクスの謝罪に通信越しでも分かるくらい不機嫌ではない声で返し、
逆に現在の原因を確かめることを優先とした。

アスランの言葉に対し、ラクスは先ほどまで起こっていた出来事を告げ、
そのことが何を意味するのかを大体ではあるが把握した。




《万が一のために、付け足した機能ですよ。 キラ、もうすぐキラたちを助けるからね。
それまで、ラクスと一緒に待っていてくれる?》

「あしゅ。 きらね、あしゅとのおやくしょく、まもったよ。 きら、らくしゅといっしょに、あしゅをまってる」

《・・・あぁ。 すぐに迎えにいけるよう、頑張るからね》




アスランはラクスの言葉に、苦笑いを零しながら肯定した。
静かに自分たちの言葉を聞いているはずのキラから、
小さいが嗚咽が聞こえていることに気付いたアスランは、キラを安心させるように優しく語りかけた。


嗚咽を漏らしながらも、必死に我慢するキラは言葉を切りながらも懸命に悟られまいと振舞った。



そんなキラの様子を想像できるのか、アスランは嗚咽が聞こえていることについて何も告げず、
新たな約束を交わして回線を切った・・・・・・。








2008/03/01
Web拍手より再録。