「あまり、遠くへ行っては駄目よ?」
「大丈夫ですよ、姉上」
‘人’と‘妖’が共存を果たしてきたと聞いていたわ。
ARES
―過去(平安頃)―
目の前は地平線で、いっぱいに緑が広がっていた。そんな高原を1人の少年が駆け上がってきた。
「・・・え、・・上、姉上!!」
少年は、周りに色とりどりの花達の近くで睡眠をとっていた少女を起こそうとがんばっていた。
「どうしたの、凌? そんなに慌てて」
少女・・・凛は目を開くと、少女にとって最愛の弟・凌がいた。少女たちは風が気持ちよかったので弟と一緒に高原に遊びに来ていた。しかし、あまりにも気持ちがいいので、途中から寝てしまったようだった。
「姉上、そろそろ戻りませんと兄上がご心配されてしまいます。 ・・・・・・ただでさえこの所、都には嫌な‘氣’が充満しておりますから」
「・・・・そうね。戻るのならば、楓たち捜さなくてはね」
楓とは凛たちと一緒に暮らしている従妹の1人で、凛と同い年だった。彼女には凌と同い年の弟がおり、いつも共に行動していた。この頃の時代では、人間と妖はともに共存を果たしていた。昼は、人間の達の世界。夜は、妖達の世界として。妖は必要がなければ人を襲うことがない。襲うとしてもそれなりの理由があった。しかし、この所になってそのバランスが崩れる傾向になってきたのだ。普通の人間は‘陽’の氣を発するが、ごく稀に‘陰’の氣を発するものが出てきたのだ。 凌は右袖から小さい正方形の紙を取り出した。その紙の中心には何かの文字が書かれており、凌は器用に片手で鳥を創った。そして、その鳥に息を吹きかけるように言葉を唱えた。
「・・・我、汝に命ずる。 我らの探し人、その名を楓、柊。 その者達のもとに我らを導け! 『使い魔』召喚!!」
彼の創り出したものは主に人を捜すための追跡用の鳥だった。そのほかにも伝言を伝えるための通信用の鳥もいる。これらの技術は全て‘兄上’から教わったものである。『使い魔』は高原の奥にある森へと入って行った。森の中はとても静かで、音といえば鳥の鳴き声や風で木々がサラサラと鳴っているくらいである。ふと凌が立ち止まり、姉に注意を促した。
「・・・姉上、あの者たちは何者でしょうか? ・・・・どことなくですが、姉上や慧殿たちに似ておりますが・・・・・?」
凌が小声で姉に話しかけていたところ、その2人が凛たちに気づき、近づいてきた。近づくにつれ、顔がはっきりと見えてきた。それほど、2人の顔は瓜二つなのである。現代では双子と分かるが、時代が時代なだけに双子はとても珍しいものになったみたいです。兄らしきものが凛達に微笑んだ。
「・・・・この近くに優希という名のお方のお屋敷があると思いますが、ご存知ありませぬか? もしご存知ならばお教え願いたい」
「・・・兄上に何用ですか? そこは我々の屋敷でもあります」
凌は言い切ったが、後ろでなにやら考え込んでいた凛がいきなり叫び声をあげた。
「貴方たち、もしかして蒼と連じゃないの!?」
「お前、凛なのか? ・・・ってことはコイツ、凌?」
蒼と蓮は凛たちが幼い頃、一時的だが一緒に暮らしていた。その後、彼らは祖父が引き取りに来たのが今から約10年余りが経っていた。それ故に彼らが覚えていないのも無理なかった。だが、成長していても変わらないものもある。それは生まれながらにして皆が持っているオーラ(氣)である。陰陽師がそのオーラが見えるのが多く、一般の中でも稀に人のオーラが見えることもある。
「兄上様の所には私たちが案内するわ。 けど、それは楓たちを見つけてからよ」
「・・・姉上、『使い魔』がこちらに反応しております。 今度こそ、柊たち・・・なのでしょうか?」
凌は姉に報告し、そのまま前に進みながら上を見た。『使い魔』が楓たちを見つけたらしく、鳥の形から元の紙に戻っていた。『使い魔』や『式神』など紙できているものは本来目的を果たしたら自動的に本来の姿に変わるのだ。だが、例外もある。それは彼女たちが兄のように慕っている従兄である。彼はかの有名な安部清明の数少ない友人でもあった。
「楓、柊? そこにいるの? ・・・早く下りてらっしゃいな。 兄上様のお怒りに触れてしまうわよ? それに、蒼たちが兄上様にお会いしたいらしいのよ」
「今、行くわ。 柊、下りるわよ」
「はい、姉上」
凛が困ったように上に話しかけると顔は見えないがその表情を見なくとも分かってしまうような声で答えたのは彼女たちの探していた楓とその弟の柊であった。 楓たちは危なげもなく5メートルほどある樹木から下りてきた。彼女たちの運動能力はほかの者たちよりも優れているため、5メートルくらいの高さではまだまだ平気である。
「そんなにあの方が怒られるのか?」
山を下りながら蓮は不思議そうに尋ねた。その蓮の質問に答えたのは柊であった。
「・・・兄上は滅多にお怒りになられません。 しかし、兄上がお怒りになられるととても怖いですよ?あの方は怒っていらっしゃっても表情は笑顔なのですが、いつものように暖かい笑みではないのです。 ・・・言うなれば、絶対零度に近い微笑で、流水の如く静かに怒られるので、逆に怖いですよ?」
柊は苦笑いを浮かべながら蓮に答えた。しばらくすると、大人しく姉の横で歩いていた凌が姉の袖を掴み、少し揺すって指をさした。その指の先には、一面に広がる都が見えた。
「お屋敷は南側にあるの。 ほら、あそこの大きなお屋敷が兄上様のお屋敷よ。 ・・・大和、そこにいるのでしょう?」
凛は目の前にある大きな樹木を真っ直ぐ見つめた。しばらくすると、木影から1人の男の人が姿を現した。
2005/05/11 修正・加筆
過去編に突入いたしました。
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