「・・・・姉さん、僕を1人にしないで・・・・・?」


「・・・大丈夫よ。 ずっと、ここにいてあげるから・・・・」



僕が幼い頃、両親は交通事故に巻き込まれて亡くなったと聞いている。
当時、僕はまだ幼稚園に通っていた頃だから両親の記憶があまりない。
・・父さんと母さんの顔は写真がたくさん残っていたから、見ることはできる。
人柄とかもじぃ様からいろいろと聞いたりしていたから。
・・・・けど、その温もりを覚えていない。

寒さで無意識に震えていた僕に姉さんは優しく包み込んでくれた。
僕の知っている温もりは全て、姉さんが与えてくれたものだから。
・・・姉さんのいない世界は・・とても、とても冷たくて・・・悲しい世界。


・・・お願い、姉さん。
僕を1人にしないで・・・・・?








ARES
  ― 一時の休息 ―











そんな頃、1人離れに戻った若葉は自分の部屋の隣にある弟の部屋に入った。葉月は、普段が丈夫なだけに一度病気にかかってしまうとそれを必ずこじらせてしまうほど繊細にできていた。姉の気配を感じたのか、葉月は身体を起こしていた。



「・・・姉さん?」


「葉月、横になっていなくてはダメでしょう? まだ、微熱がひいてはいないのよ?」



若葉は弟に優しく微笑むとゆっくりとした動きで弟の身体を倒していった。彼女の血の繋がった肉親は弟である葉月だけであった。







若葉が8歳で葉月が5歳の時、彼女達の両親は車の衝突事故に巻き込まれて重体の状態で緊急病院に運びこまれた。若葉達が近所に住んでいた小母さんに連れられて急いで駆けつけて着た時には既にできることだけのことはやった後であった。若葉は医師がもう、これ以上は無理だと言っていたことを理解しており、無意識に弟の手を握る右手に力を入れていた。そんな時、若葉だけがICUに入ることを許された。




『・・・若・・葉、葉・・・月を・・・・・・お・・・・願い・・・・ね・・・・・・?』




母は最期にそう言い残し、この世を去った。彼女は今でもその約束を守っており、そんな彼女の最も大切な者は最愛の弟・葉月である。



「葉月、後でお粥を持ってくるわ。 食欲がないでしょうけど、少しでも食べておかないとお薬が飲めないわ」



「・・・・・・!」



葉月はいきなり若葉に抱きついた。初めは驚いていた若葉も軽く抱き締め、落ち着くのを待った。



「どうしたの? ・・・大丈夫よ、私は絶対貴方を1人にしたりしないわ。 私の可愛い葉月」


「・・・姉さん、とても嫌な夢を見たんだ。 何かが僕を追ってくる夢。 僕は怖くて逃げるのだけど、どこまでも追ってきた。 その前は、姉さんを捜していた・・・。 けど、どこにも・・・いないんだ・・・・・・」


「・・・葉月、それは悪い夢でしかないわ。 私は、貴方の傍にいる。 ・・・眠くなるまで私が抱いていてあげるわ。 部屋も目の前よ? だがら、起きて寂しい時は呼びなさい。 ・・・一緒に寝ましょう?」



若葉は弟に優しく微笑み、背中を優しく撫でた。葉月はそんな姉の行動に少し安心できたのか、今まで強張っていた身体の力を抜いて姉に寄りかかるように再び眠りについた。葉月は若葉に対して、幼い頃から絶対的な信頼を寄せていた。

葉月が熟睡した頃、今まで沈黙を守っていた扉に小さなノックの音が響き、扉が開かれた。中に入ってきたのはキッチンに楢葉と一緒に消えていた真澄だった。



「若葉、葉月の具合はどう? ・・・安心して眠っているみたいね・・・。 夕食の準備ができたわ。 ・・・ここは安全よ。 お兄様の結界がそう簡単に破られたりしないもの」



真澄は若葉が何を不安に思っているのかが分かったらしく、葉月を起こさないように注意しながら話しかけた。



「・・・そうね。 ・・・安らかにお休みなさい。 可愛い葉月」



苦笑いを浮かべた若葉は弟の額に触れるだけのキスを落とした。






真澄たちが戻ってきた頃には、最澄たちは和也達に事情と報告を話し終えていた。由希は優希と雑談をしており、相馬は楢葉を手伝って一緒に夕食の食器を準備していた。夕食のメニューは最澄の好きなオムライスや魚の塩焼き、かきたま汁、精進あげ、キュウリの鰹節あえ、もやしの酢の物、海苔の佃煮など、和食が食卓に並べられた。優希を始めとするこの屋敷の住人達は和食派であるため、洋食はめったにでてこない。異口同音の声で夕食会が開始された。

真澄や若葉、優希と由希は優雅に箸が動いているが、和也や尚也は忙しく動いていた。



「そう言えばお兄様、なぜ和クンや尚クンが我々に関係があるのですか?」



食事が終盤にかかると話す余裕もでてきたのか、真澄は今まで疑問に思っていたことを優希に尋ねた。



「彼らは君達と似た力を持っている。 君達は水、火、風、土の四大元素と雷だろう? しかし、彼らは神聖・暗黒系だ」



優希は真澄の言葉に対して彼女たちに分かるように説明をした。

四大元素とは優希の言うとおり、【水・火・風・土】のことである。
時には【雷】を入れた五大元素とも言われるが、多くの人々に知られているのは四大元素である。

因みに、真澄が土と雷、最澄が水(氷)、若葉が火、葉月が風である。

由希は水、相馬が火、楢葉が風と彼らも精霊達の力を借りることができるが、真澄達はそれらの上位・・・神クラスの精霊達を召喚する聖力がある。



優希の言う神聖・暗黒系もまた、神クラスの精霊であった。



「つまり、光と闇・・・ですよね? 私たちと同じで神クラス・・・」


「そう言う事になるね」



優希の肯定の言葉に席を立つ音が重なった。その音を立てたのは若葉であった。



「・・・兄様、申し訳ありませんが、葉月の傍にいてあげたいのでそろそろ失礼いたします」



若葉は詫びるように優希に頭を下げた。しかし、優希は分かっていたようで真澄に持ってくるように視線を送った。



「若葉、はいコレ。 葉月に食べさせるお粥も一緒に作っておいたわ」



真澄は微笑みながら、お粥の入った小さな鍋とレンゲ、茶碗の置いてあるトレイを若葉に渡した。



「ありがとう、真澄」



若葉は真澄にお礼を言いながらトレイを受け取り、再び葉月の寝室へ向かった。



「・・・姉様、外のほうから何やら嫌な気配がいたします。 ・・・様子を見てまいります」



最澄は窓の方へ視線を送りながら席を立とうとした。しかし、そんな最澄の行動をとめたのは優希であった。



「そっちは大和に行かせるから、行かなくてもいい。 それよりこれから礼拝堂の方へ行ってくれ。・・・君たちの記憶を覚醒させる時がやってきた。 吹雪、君は若葉たちを呼んできておくれ」



優希は大和になにやら命令を下し、それに従って大和は退室した。真澄たちは優希の言葉に違和感を持ちながらも彼が今まで一度も嘘を言ったことがないことを知っているために、礼拝堂へと向かった。しかし、彼の言う彼女たちの【記憶の覚醒】とは時間の旅であることは優希以外、誰も知らなかった・・・・・・。






優希のもう1人の式である吹雪は優希の命で若葉たちを呼びに行き、真澄たちは屋敷の東側に位置する礼拝堂の前に立った。最澄が扉を開き、和也達が中に入ろうとした時には後ろに吹雪に連れてこられた若葉たちがいた。礼拝堂の最奥には大きなパイルオルガンと十字架があり、その下に全員が座れるくらいのスペースがあった。最後尾にいた優希が真澄たちに右から順番に座るように促した。左奥にある扉から大和が現れ、吹雪が消えた。



「邪魔者たちは始末して参りました。 ・・・そろそろ準備してもよろしいかと」



優希が部屋を出る前に大和に耳打ちしたのは最澄の言っていた邪魔者たちの後始末のことであった。



「・・・そうか。 大和、吹雪と一緒にアレを持ってきてくれ」


「御意」



大和は深く頭を下げ、再び扉の奥へと消えていった。優希は彼に言われた通りに座っている真澄たちに優しく微笑んだ。彼女たちはいきなり言われながら座っていたため、混乱状態を起こし、唖然としていた。葉月に視線を送ると、彼女たちのよく知る心配した表情を浮かべながら葉月に声をかけた。



「葉月、調子のほうは大丈夫かい? 見たところ、熱のほうはだいぶ引いたみたいだけど」


「もう大丈夫ですよ、兄様。 ・・・一体、今から何をなされるのですか?」


「優希様、準備の方は整いました」



葉月の最後の言葉に大和の言葉が重なった。優希は頷き、持ってくるようにと命じた。大和と吹雪が持ってきた円形の器には、水が入っていた。下に置いてある紙には中国の神話によくでてくる四神聖獣が描かれていた。



「・・・・君達の‘力’の覚醒の時が着たんだよ、葉月。 皆の前に器と紙が行き渡ったね? 肩にかかっている余分な力を抜いて、その水をじっと見ているんだ」



真澄達は優希の言うとおりにそれを実行した。その間、優希はとても長い呪文を言霊にしていた。



「・・・・・臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前。 ・・・・・・この者達に以前我が封印せし記憶を見せよ!! 『封印 解除』!!」



真澄たちの意識はその言葉を最後に気が遠くなるのを自覚しながら沈んでいった・・・・・・。








2005/04/26

修正・加筆
2006/04/01













葉月は、姉である若葉が大好きです。(主張)
学園モノを目指していたのに・・・いつの間にか脱線して今ではなぜか前世の記憶の封印を解こうとしていますね;
優希さんの言っている呪文は適当です。
管理人があの呪文しか知らなかったという・・・アホな理由です。
次回からは・・・過去編ですね。