「・・・彼らに、このことを伝えなければ。
例え、私の話を信じてくれなかったとしても、私の話を聞いてくれるだけでもいい。
何も知らずに、戦いに巻き込まれてしまうよりも・・・。
考える時間が、少ししかないとしても、事前に知っていることで、心に少しの余裕が生まれるはずよ」
「・・・姉上。 その役目、僕にお任せください。 僕の能力を使って、連れてまいります」
姉上の視られた夢に出てくる方々の気配をトレースすることが可能です。
姉上の願いは、僕の願い。
姉上がこのことを彼らに伝えたいと願うのならば、僕はその願いを叶えて差し上げたい。
姉上の喜ばれるお姿は、僕が一番幸福を感じる時だから・・・・・・。
―――― 少年は、姉姫の願いを叶えるべく、
姉姫の夢に出てくる者たちの気配をその身にトレースし、その者たちを探しに向かう
apocalypse
― 神一族の姉弟 ―
陽が傾き、東の空に輝きだす。
授業の終わった生徒たちは、それぞれの時間を過ごす為に正門から出てきた。
その中には紫苑たちの姿もあり、彼らに1人の少年が近づいて行った。
「・・・蓮見紫苑さんですね?」
「・・・えぇ。 ・・・貴方は・・今朝私たちを見ていた方ですね? ・・・一体、なんのようですか?」
近づいてきた少年に紫苑は雫たちよりも前に出て、久遠は妹を護るかのように聖華を自分の背に隠した。
「・・・そんなに、警戒をなさらないでください。
僕の名は、御門幸正。
我が姉であり、御門一族の当主である水月姉上の命により、貴方方をお迎えに参りました」
「御門一族が・・・俺たちを? ・・・何の冗談だ」
「全ては、姉上にお会いした後に解る事です。 僕は、姉上の命に従っているだけに過ぎません」
紫苑の言葉に目を瞠った少年・・・御門幸正は、
紫苑の人の気配を感知する能力が優れていることに驚きはしたものの、
表情に出すことなく淡々と姉から伝えられた伝言を紫苑たちに話し出した。
そんな幸正の言葉に眉を顰めたのは、
それまで黙っていた紫苑の隣にやってきた少年・・・里見優耶であった。
優耶の発言にも動じない幸正は、ニッコリと微笑みながら呼んでいたエレカに乗るよう、促した。
促された紫苑たちは、
どこか釈然としないものの御門一族の当主が自分たちを呼ぶ理由が分からない為に、
促されるままエレカに乗り込んだ。
幸正に導かれるままエレカは高級住宅街に向かい、広い屋敷前に停車した。
「・・・ここが、我が一族の本家です。
・・・一族と言っても、御門家直系の血を引いているのは姉上と僕だけですが。
一族の人間も、半世紀前の大戦において滅びました。 姉上は、この奥におります。
しばし、こちらにてお待ちください」
屋敷に入った紫苑たちを出迎えたのは、今の時代では見ることのできない純和風の畳式の和室であった。
幸正はその部屋から退出すると、
姉に帰還報告と紫苑たちの事を伝える為、姉のいる奥の部屋に入出した。
「姉上? 只今戻りました。 言われましたとおり、彼らを連れて参りました。
広間に通しております」
「ご苦労様、幸。 すぐに向かうわ」
幸正の気配に気付いた漆黒の長い髪を無造作に流している少女は振り向き、
少し大きめな黒曜石の瞳で弟を見つめた。
自分を見つめる姉にニッコリと微笑を浮かべた幸正は、
今朝方姉に言われた通りの人物たちを連れてきたと告げた。
そんな弟に優しい微笑を浮かべた少女は、軽く頷くと静かに立ち上がり、
姉の後ろに下がった弟を従えて紫苑たちの待つ広間へと向かった。
一方その頃、広間に残された形となっている紫苑たちは、
今まで授業でデータとして見せられていた過去の遺産とも言える和室に興味心身とばかりに眺めていた。
「このような造り、未だに残っていたとは」
「・・・このお屋敷が特別なのでしょう。
先の大戦・・・『第三次世界大戦』以前までは、国の首相よりも発言力のあった一族です。
一族の直系は、とても不思議な力を持つと言われております。
そのため、御門一族を神一族と一部では言われていたようですよ。
それらが合わさって、こちらのお屋敷は、当時の技術のまま。
古代の文化を護る為に、この様な造りなのでしょう」
「詳しいわね、優衣」
「以前、文献に書かれておりましたよ。
・・・データ化されて随分経っておりますから、文献とは言えませんが」
優耶は珍しそうに辺りを見渡した。
そんな優耶の姿に苦笑いを浮かべながら以前歴史について調べていた少女は、
静かにそこに書かれていた記述を思い出しながら言葉を発した。
少女・・・茅野優衣の言葉に、感心した様子を見せた少女・・・御影真琴だったが、
優衣は文献に書かれていた知識だと苦笑いをした。
暫くすると、幸正が出て行った扉前に、
2人の気配を感知した優耶たちは、ものめずらしそうに眺めていた視線を即座に戻し、
静かに扉が開かれるのを待った。
開かれた扉から現れた漆黒の長い髪を無造作に下ろしている女性の姿は、
屋敷の造りと同じくらいの歴史を感じさせる白い小袖(白衣)に緋袴の装束であった。
ある程度の昔の知識を持つ者には、
その装束が神に仕える女性が身に纏っていた巫女装束だということに気付くだろう。
そのすぐ後ろには、その女性に付き従う格好で現れた幸正もまた、
正装である袴姿で紫苑たちの前に姿を現した。
幸正の纏う袴は、女性の巫女装束で強調される白と対照して黒を強調している。
「・・・長らくお待たせいたしました。
御門一族、最後の当主である御門水月です。
この度は、急な呼び出しで申し訳ございませんでした。
しかし、この子は私の命に従ったまでのこと。 この度の咎は、この私にお申し付けください」
「姉上ッ!
僕は姉上が傷付かれることが一番嫌なのです。 咎は、僕がいくらでもお受けいたします!」
女性・・・御門水月は畳に両手を乗せ、深々と紫苑たちに向かって頭を下げた。
そんな姉の姿に、幸正は悲痛に表情を歪めた。
幸正は、物心付く以前より姉の言うこと以外を聞かないという性格の持ち主であった。
物心が着くようになってからもその性格は拍車が掛かり、今では姉至上主義者となっている。
そのため、例え姉に非があるとしても姉が、
他人に向かって頭を下げる事態を受け入れることが出来なかった。
姉の頭を下げる姿を見るくらいならば、自身が犠牲になることを選ぶほど、
姉の存在が第一に考える少年である。
「・・・いいえ。 幸、貴方は何も悪くないわ。
貴方に彼らを連れて来るように命じたのは、この私。
それによって不愉快に思われたとしても、その咎は私が受けることが筋というもの。
貴方が悲しむ必要は、何処にもないの」
「・・・お2人とも、先走りです。
俺たちは不快には思っておりませんよ?
俺たちがここに呼ばれる理由は知りたいですが・・・只、それだけのこと。
それ以外については、なにも」
まるで自身が傷付いているような表情を見せる弟に、
視線を合わせて優しくニッコリと微笑みかけた水月は、
弟に向けた視線を自分の前方にいる紫苑たちに再び向けた。
御門姉弟の会話を静かに聞いていた少年は彼女たちの会話に待ったをかけるように、
途切れたところを見計らって2人の会話に乱入した。
少年・・・氷野由岐は苦笑いを浮かべながら首を静かに横に振り、
元々連れて来られた理由を水月に話した。
「・・・ありがとうございます。 貴方方は、何処まで我が一族のことをご存知ですか?」
「・・・以前、読んだ文献には『直系にのみ受け継がれし不思議なりし力、
夢にて先の未来を見しことなり』とありました。
後、先の大戦・・・『第三次世界大戦』以前までは、国の首相よりも影響力のあった一族と聞いております」
由岐たちからの会話を聞いた水月は、少々顔を赤くさせたが安心したように微笑を浮かべた。
水月は黒曜石の瞳を一度瞼に隠し、再び開いた時には真剣な眼差しを紫苑たちに向けた。
水月の問いかけに対し、優衣は先ほどまで真琴たちに説明していた内容と含め、
記憶の箱にしまってあった知識の一部を持ってきた。
幸正はどこか不安そうな表情を浮かべながら、大切な姉の右手を優しく包み込んだ。
手を握られた感触を敏感にも察した水月は、
安心したように無意識に入っていた肩の力を抜き、紫苑たちを見据えた。
手を握る弟の心ずかいに後押しされた水月は、淡々と文献にはない、
ごく一部の者にしか明かされていない一族の秘密とも言える内容を、紫苑たちに話した。
「・・・やはり、今ではそれくらいしか伝えられていませんか・・・・・・。
確かに、それも事実です。
ですが・・・そのようにして伝えられていることだけが真実というわけではありません。
・・・貴方方にとっても、これから起きる事によって無関係と言い難い事になるでしょう。
我が一族は、星と共に生きる一族です。
一族の直系は、その予知夢≠ノよって様々な託宣を夢の中で受けます。
しかし、その託宣がいつ起こるかまでは解りません。 私たちに伝えられるのは、ごく一部ですから。
夢での託宣を受けずに死を迎える時は、それは自身の定め。
半世紀以上前の『第三次世界大戦』時、託宣があったといいます。
しかし、漠然としたビジョンでしか見ることが出来なかった為、直系しか助かることが出来ませんでした・・・。
その直系も、先代である両親が天に召され、生き残りは私たち姉弟のみとなりました。
私たち姉弟に残された最後の使命は、神より託されし、もう一つの定め。 ・・・監視者≠ナす。
監視者≠ヘ、星の行く末を最期まで見届けること。
星が、死を選ぶのならば私たちは星の最期の時を共に過ごします。
星が、再生を選ぶのならば再び2つの選択まで見守ることとなります。
・・・星と運命を共にするから、御門一族は予知夢≠視るのです」
優衣の知る限りの知識にニッコリと微笑を浮かべた水月は、
その文献に書かれてある内容は真実の一部でしかないと話した。
淡々と文献には書かれていない一族の定めと直系の当主にしか受け継がれない能力を話す水月に対し、
紫苑たちは彼女の話を黙って聞いていた。
「・・・俺たちにも関係のあること? それが、ここに俺たちが連れてこられた理由ですか?」
「はい。 私は、その予知夢≠連夜視ております。 ・・・決まって同じ場面ですが。
その中に登場する7人の影。 その方たちの気配が貴方方から感じるのです。
私は、予知夢≠ノよって感じた気配を幸にトレースさせ、
同じ気配の方たちである貴方方を連れて来てもらいました。
だからこそ、無関係ではありません。
私たちは監視者≠ニしての使命があり、これから起こる戦いは見守ることしかできません。
ですが、どうしても貴方方にこのことをお知らせしたかったのです。
・・・紫苑さん、貴女は昔から腑に落ちないと思われたことがありませんか?
聞くところによると、兄弟がいないと聞いております。
しかし・・まるで自分の半身がないと思われることが多々あるのでは?」
「・・・えぇ。 何かが足りない・・そんな感じがするわ。 けど、そんな自分が時々解らなくなる。
確かに、私は兄弟がいない。 けど・・・例え兄弟がいたとしても、この違和感は拭えないと思うの。
もっと、違う何かを望んでいると思うから」
久遠は自分の考えが混乱してきていることを他人事のように思いながらも、
自分たちにとって最大の疑問点であった呼ばれた理由がそのことだと、察した。
久遠の言葉を肯定した水月は、何故幸正が久遠たちを迎えに来たのかを話した。
幸正の能力は、予知夢≠視ることはできないが姉が視たものをそのまま自身に移すことができる。
そのため、水月が予知夢≠視た時からそのことを共有しているのだ。
そして、姉の夢に出てくる7人の影と同じ気配がする者たちに警告したいという願いを叶えるべく、
夢に出てくる影の気配をそのままトレースし、
偶然にも今朝方千代田区の 聖 ・ルーキス学院で彼らを発見したのだった。
「・・・その違和感の正体も、この戦いの中で知る事となるでしょう。
私が、貴女方にお伝えできるのは、
これから先大きな戦いが貴方方を巻込んで行くという事を警告するだけ。
この運命には、誰も逃れることが出来ない。 なぜ、貴女方なのかは私にもまだ分かりません。
しかし・・・星は、貴女方を選びました。 星自身の運命を、貴女方7人に委ねる事を」
「・・・星が俺たちを? ・・・すぐに納得できることは出来ない。
しかし・・・その定めとやらは逃れることが出来ないんだな?」
「はい。 誰もが定めを持って生まれます。 その定めからは誰も逃れることが出来ません。
そして、その定めの中には、私たちのような“監視者”と言うものもあり、
貴方方も似たような特殊なものなのでしょう。
すぐに納得できないことは私たちも承知の上。
ですが、時は止まることなく過ぎ去って往きます。
定めに反し、星と共に最期の時を共にするか、定めに従って戦うか・・・。
それらは貴方方がお決めになること。 私たちは、この戦いを見届ける者ですから。
貴方方のお決めになったことに対して、口出しをすることが出来ません」
考え込む紫苑を優しく見つめた水月に、
どこか憮然とした表情を見せる優耶は納得がいかないと主張した。
何も優耶だけではない。
考え込む紫苑以外、誰も納得した様子は見せていなかった。
しかし、彼らの反応も予想内であった水月は、すぐに信じてもらわなくてもいいと静かに諭した・・・・・・。
―――― 誰も、定めから逃れることは出来ない。
星に選ばれし、7人の子どもたち。
何を想い、何を望むのか・・・・
2008/05/01
第零章に登場したお2人の名が明かされました。
彼女たちは、直接紫苑たちとは関係ありません。
しかし、この物語の中でキーとなる人物です。
しかし・・・相変わらず、好み丸出しです;
シスコン・ブラコン大好きだv
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