「・・・バロウズ卿が? ・・・そうだね。 元々、そこに行く予定だったのだし・・・。 お言葉に甘えます」
彼らを信用しているわけじゃない。
けれど、このまま逃げ続けるわけにもいかない。
ここまで強行軍だったから、リムもそろそろ限界だ・・・・。
やつらに抵抗するためには、それなりなモノが必要になってくる。
・・・本来ならば、そんな事態は避けたいのだけれど・・・・。
今の現状が、それを許さないだろう・・・・。
次期女王・・・いや、大切な妹を守るために・・・・・・。
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― 愚父兄賢妹 ―
バウド村から出航した船は、
フェイタス河を南下してバロウズ卿の領地の中心であるレインウォールに入港した。
ファレナ女王国は内陸国であるにも拘らず、壮大な運河が内陸のいたるところに流れている。
そして、その流れは全てセラス湖に続いている。
フェイタス河によって人々の移動が楽になり、
遠くの村へも船で行ける事からファレナは太陽とフェイタス河に加護されていると民衆は思っているのだ。
レインウォールはその名の通り、その豊かな水流を利用した優雅な街であった。
山のなだらかな斜面に立ち並ぶ街並みに清水が流れ、
通りには、人工的に作られた滝や噴水がいたるところに設えられている。
青々とした芝生や、規則的に敷き詰められている石畳。
家々の間にも細い水路が確保されて、至る所に水流の恩恵が与えられている。
心地よい水音が、清潔感を醸し出していた。
幼い頃、父に連れられてこの街に訪れたことのあるルーシュは、
頂上にある白を基調とした大きな屋敷がバロウズ家だと知っていた。
その屋敷の2階から見渡す街並みは、幼いながらも壮観だったものだと覚えている。
だが、現領主であるサルム=バロウズ個人に対しては、好感を持っていない。
太陽宮に出入りしている貴族たちは彼が物心のつく以前から、
彼の存在そのものが不要だと本人を目の前に幾度となく悪意を含みながら告げていた。
そんな悪意に晒されながら育った彼は、他人の隠している感情に対してとても敏感であった。
不器用ながらも王家に名を連なるルーシュを敬愛していた貴族も少なからずいたため、
彼らには素直な表情を度々見せることもあった。
だが、バロウズ卿は口ではルーシュを褒めるような事を告げるのだが、その瞳が言葉を裏切っている。
そのことを幼いながらも見破っていたルーシュは、心からの信頼・信用を彼に向けてはいない。
今回のことにしろ、状況が状況のために来たまでであって彼を頼りにしているわけではなかった。
「・・・叔母上の考えていること、分かっているよ。 けど、このところ強行軍だったでしょう?
・・・追ってくるから、逃げなきゃいけないのも分かっている。
けど、リムを休まさせてあげたいんだ。 ・・・少しの間だとしても」
案内人を務めるウィルド卿の後ろを歩いていたルーシュは、叔母の様子がおかしいことに気付いていた。
また、その原因も分かっているために、苦笑いを浮かべているが彼の瞳がその笑みを裏切っていた。
青金石の瞳には冷水よりも冷たい光が宿っており、その瞳を見たサイアリーズはどこか安心したように頷いた。
「・・・あぁ。 ルーシュ、バロウズ卿の屋敷に行ってもリムの傍を極力離れるんじゃないよ。
ミアキス、ルーシュがどうしても離れなきゃいけない時は、アンタだけでも傍にいな。 いいね?」
「分かっているよ、叔母上。 ・・・あの親子、僕は信用していないから」
「当然ですぅ。 もし、また姫様に触れようとなさったら脅しだけではすみませんからぁ」
サイアリーズも頭では理解していた。
彼女や甥、共に逃げてきた女王騎士たちは日々の鍛錬のおかげか、まだ余裕があった。
だが、次期女王として一日中さまざまな分野の勉学を自室で学んできた姪は、
めったに王宮からでることがなかったのだ。
王宮の外と言っても、王都であるソルファレナ内だけであったため、
彼女自身としてはこういう形を望んではいなかったものの
外の世界を可愛い甥と姪に見せたかったのも事実であった。
だが、彼女自身もこの領地を治めるバロウズ親子を信用していないため、
念のためにだが甥と姪の護衛騎士に忠告した。
そんな叔母の言葉に、本より信用などしていないルーシュは愚問だと叔母の言葉を肯定し、
「姫様命!」な護衛騎士は闘神際前の無礼な働きを行った愚息の顔を思い出し、
ニッコリと冷笑を浮かべていた。
「あ! 姫様!! 王子殿下とサイアリーズ様もご無事でしたか!!」
「・・・五月蝿いのが来たよ・・・・・・」
階段を上り、バロウズ卿の所有地である屋敷の敷地内に入ると甲高い声が響いた。
その声にサイアリーズは眉を顰め、リムスレーアは兄王子の背後に隠れた。
自分の後ろに隠れた妹姫を守るように、腰に回された腕を優しく撫でていた彼らの近くに
甲高い声の持ち主・・・ユーラム=バロウズが駆け寄ってきた。
臙脂の貴族服の肩に金の刺繍を施した藍の短いマントを掛け、男性にしては華奢な体を包んでいた。
ルーシュも母譲りであるため男性にしては華奢ではあるが、
幼い頃から武術の鍛錬を怠っていないために程よい筋肉がある。
だが、そばに駆け寄ってくるユーラムにはその筋肉すらなかった。
ユーラムはルーシュたちの前で立ち止まると、いかにも同情していますと言うような表情で言った。
「太陽宮で反乱があったと聞いて、ボクはもう心配で心配で心配で心配で・・・・。
でも、きっと無事だと信じていましたよっ!!」
「心配をかけてすまなかった。 この通り、私たちは何とか無事だ。 ・・・ところで、バロウズ卿は?」
「えぇ! とにかく、中へどうぞ!! パパも待ちくたびれていますよ!!」
ユーラムは再び来た道を走ると、屋敷の扉を開いて彼らを招き入れるように脇に立った。
ルーシュは普段、一人称では「僕」を使う。
だが、それはごく限られた者の前に限りであった。
王子と言う立場から、自分の家である太陽宮内でも地方から来る貴族はもちろん、
元老院にいる貴族たちの目もある。
彼らは、王位継承権を持たない男の王族であるルーシュを快く思っていなかった。
そのため、幼い頃から平気で悪意をぶつける。
その悪意は時に、彼の両親でもある女王たちに直接言う貴族もいた。
そんな貴族たちから自身を守るため、
無意識の行動で身についたのが一人称からの公私を分けることであった。
親しいもしくは自分が信用できると認めた者にのみ、私的立場で接していたのだ。
太陽宮内ではその対象が家族のほかに、
幼い頃からの護衛騎士であったカイルや妹姫の護衛騎士であるミアキス。
武術に関しての師範であり、本当の孫のように接してくれる女王騎士たちでも古株のガレオンだけであった。
一年ほど前からは、フェリドの友人であるゲオルグが新参者として女王騎士となったが、
ルーシュは彼の人なりを見て信用できる人物だと認めた。
基本的に、貴族を信用などしていないルーシュはユーラムだけではないにしろ公的立場を貫いていた。
ユーラムに招かれるように、屋敷内に入った。
玄関に入ってすぐのエントラス・ホールで彼らの前に現れたのは、
屋敷の主であるサルム=バロウズであった。
悪趣味としか言いようのない紫のジェストコールの下に着た純白のシャツは、
太りすぎた腹の所為で無様にも張り出していた。
ルーシュは危険を察知したのか、自分にしがみ付いている妹姫を背後に控えるミアキスに預けた。
常にリムスレーアを第一に考えるルーシュのことを理解しているミアキスは、
承知とばかりに小さく頷くとリムスレーアを守るように自分とカイルの近くに引き寄せた。
「姫様、王子殿下、サイアリーズ様! それに、カイル殿とミアキス殿も、よくご無事で!!
太陽宮での一見、さぞかしおつらかったことでしょう。
何もおっしゃらず、後はこのサルム=バロウズにお任せください」
バロウズ卿は同情的な表情で言いながら、その肥え過ぎた腹を揺らしながらルーシュに近づいた。
「そのお言葉、嬉しく思います。 ・・・まさか、ギゼルがあのような振る舞いに出るとは思いませんでした」
バロウズ卿に手を触れられそうになったルーシュはさりげない仕草で回避しながら、
対人用―貴族用ともいう―の笑みを浮かべながらも、辛そうな表情を浮かべながら優雅に一礼した。
さりげない仕草だったため、バロウズ卿はルーシュに故意的に避けられたことには気付かなかった。
自身の手を強く握り締めると、大仰の身振りを交えてのお得意な演説を始めた。
「えぇ、えぇ。 そうでしょうとも! 憎むべきはゴドウィン卿!
女王陛下とフェリド閣下を亡き者にし、その罪を全てゲオルグ殿に擦り付けるなど、何たる悪逆!
何たる非道! ですが王子殿下、ご心配は無用です! 私どもの領地にこられたからには・・・」
「それよりも、バロウズ卿。 貴方方のお気持ちに、私たちは感謝に耐えません。
ですが、今一度お伺いしたい。
ゴドウィン卿は、自らの目的と母亡き後を継ぐリムスレーアを掌中に収めない限り、
武力による衝突も辞さないでしょう。 それでも、私たちを受け入れますか?」
バロウズ卿の演説を止めたのは、ルーシュであった。
通常ならばそのまま本人が満足するまで放っておいているのだが、現状がそれを許さない。
彼らの目的は、リムスレーアを女王に飾って自分たちが裏で実権を握り、
以前から唱えていた軍事国家の強い国にすることである。
そのためには、リムスレーアの身を守ろうとする自分たちが邪魔になるために、
再び私兵と成り下がった《幽世の門》を放ってくるだろう。
ルーシュは自分のみが危険にさらされるという事態に対しては、当に覚悟を決めていた。
だが、妹姫には血生臭いところを見せたくはなかったが、
今後それを許さないだろうと言うことは予測がついている。
それでも、できるだけ安全なところにいてほしいというのが、彼の願いであった。
そのため、最終確認の意味もこめてバロウズ卿に問いかけたのだ。
「はっはっはっ! 王子殿下、ご心配めされるな! そのような覚悟、とっくにできておりますとも!
それがしども、今日まで女王陛下やフェリド閣下の恩を受けてきて、
このままやつらの悪行を見過ごせましょうか!!」
豪快に笑い飛ばしたのは、ウィルド卿であった。
彼はこの中でもフェリドとは肩を並べてアーメスの侵攻を食い止めた功労者の1人である。
また、女王家にも昔から礼節を尽くしてきた。
そんな彼にとって、女王家に反旗を翻した者たちを許すことなどできないのだ。
「私も同感ですな。
このままきゃつらめを放っておけば、
我が愛するファレナ女王国は血に飢えた野蛮な国に成り下がることは明白です!
彼らをこのまま見逃して、眩しき太陽と雄大なフェイタスの大河にどうして顔向けができますでしょうか!
なんとしてでも、きゃつらを止めなければならんのです!
その為には、我々も武力による衝突も覚悟しておりますとも!
できることなら! 今すぐにでも兵を挙げ、ソルファレナに向かって進んでッ!!」
「お父様、もうそのくらいになさいませ。 皆様は、お疲れでいらっしゃいます。
お話のほうは後にして、まずはお体をおお休めいただくことが宜しいかと思いますが?」
最初の辺りは余裕を見せながらゆっくりとした口調だったにも拘らず、再び熱気を帯びだしてきた。
そんなサルムの白熱した空気を一瞬のうちに拡散させたのは、
緩やかなカーブのついた正面の階段から洗練された動きで少女が降りてくる。
理性的な顔つきで、お人形のように整った容姿と柔らかい雰囲気をかもし出す物腰と服装の少女は、
バロウズ卿の横に立つと非難するような口調で咎めた。
「お、おお。 ルセリナか。 ご紹介させていただきます。 我が娘のルセリナです。
一度、太陽宮に連れて行きましたが、だいぶ昔のことで王子殿下などはお忘れでは・・・・・・」
「いいえ、覚えておりますよ。 あの時のお可愛らしかった方が、お綺麗な方に成長なされるとは」
悪趣味にも大きな宝石で飾られた指で禿げ上がった頭を撫で、ルーシュたちに向き直った。
目の前にいる少女は、ルーシュが9歳の時に太陽宮での開催された晩餐会に、
バロウズ卿が同席させたのだ。
その際、幼いながらもきちんとマナーを守る同じ年頃の少女が印象的だったと、ルーシュは覚えている。
記憶の中にあった幼い頃のルセリナの面影の残る目の前の少女に、ルーシュはニッコリと微笑を浮かべた。
「そうですか、それは娘も喜ぶことでしょう。
皆様のお世話は全てルセリナに任せるつもりですので、
お望みがありましたら、何なりとお申し付けくださいませ」
「では、皆様。 お部屋にご案内いたします。 どうぞ、こちらへ・・・・・・」
ルーシュの言葉にどこか満足そうに頷いたバロウズ卿だったが、
無駄な演説から逃れることもあって表情には出さないものの、
ルーシュたちはホッとしながらルセリナの後を追った。
正面の階段を昇り、2階に上がる。
国の財政を一手に引き受ける大貴族なだけあり、屋敷の規模は広かった。
真紅の絨毯が敷かれた廊下はまっすぐ伸び、両脇には迎賓用の部屋がいくつも並んでいた。
ルセリナに誘われ、ルーシュたちは一番手前の部屋に入った。
その部屋は大切な客を迎える部屋らしく、広さもかなりのものだ。
「王子殿下、こちらの部屋をお好きなようにお使いくださいませ。
皆様のお休みになられる部屋は、別にご用意させていただきます」
「すごい部屋じゃな、兄上!」
「へぇ〜。 さすが、バロウズ卿ってところかい。 最高宿屋の最上級クラスでも、ここまで広くないよ」
リムスレーアは興奮した表情で部屋を見渡し、兄王子を見上げた。
サイアリーズもまた部屋を見渡しながら、感心した様子で何度も頷いた。
「御用がおありでしたら、何なりとお申し付けくださいませ。 それから、姫様、王子殿下・・・。
さし出がましいとは思いますが、この度はなんと申し上げてよいか・・・。
お心の重荷が少しでも軽くなるよう、できる限りのことはさせていただきたいと思っております。
ですから、王子殿下方もお心を強くお持ちください」
「ありがとう。 その心遣い、嬉しく思うよ」
ルセリナは軽く会釈した後、真摯な表情をルーシュに向けた。
ルセリナの言葉に対して純粋に嬉しく感じたルーシュは、優しい微笑をルセリナに向けて礼を告げた。
「いいえ。 では・・・、失礼いたします」
そんなルーシュに対して淡い笑みを浮かべたルセリナは、
扉前でもう一度会釈をすると静かに扉を閉じた・・・・・・。
2階からルセリナの気配がなくなると、感心したようなため息が誰からともなく漏れた。
「あの娘、本当にあのバロウズ卿の娘なのか?」
「嘘のようだけど、正真正銘あの胡散臭そうな狸の娘だよ」
姪の言い方に苦笑いを禁じえないサイアリーズは、肩をすくめながら近くにあったソファに身を投げ出した。
そんな叔母の姿に、ルーシュとリムスレーアもそれぞれ近くにあったソファに身を沈めた。
「・・・彼女とあのバロウズ卿が親子とは、詐欺ですよねぇ」
「『鳶が鷹を産んだ』を文字通り、体現していますぅ。 よほど、奥方様が聡明な方なのでしょうねぇ」
2人の女王騎士は、しきりに感心したように頷き合った。
「ま、その親父のほうはすごく怪しいけど、おかげでこうして一息がつけたんだ。 今は、感謝したいくらいだね」
女王騎士の2人の言い分に苦笑いを浮かべながら、ホッとした表情を見せた。
彼女にとって、姉夫婦が亡き後幼い兄妹は自分が守るべき対象だと思っている。
姉と交わした約束のため、自分は一生結婚もしなければ子どもも産まない。
そんな彼女にとって、姉夫婦の血を継ぐ兄妹を誰よりも愛していた。
そんな彼らを守るため、太陽宮から脱出してからサイアリーズは精神的にも追い詰められていた。
「いいえ。 安心などしていられません。 相手は、あの《幽世の門》です。 いつ、どこから現れるか分かりません。 気を引き締めなくては」
思い思いにリラックスしていた彼らに、1人緊張した面持ちのリオンが辺りを警戒していた。
「リオン? アンタ、一体どうしたんだい」
「・・・今まで、皆様に対して秘密にしていたことがあります。 私は・・・《幽世の門》の一員でした。
《幽世の門》は身寄りのない子を攫ってきて、暗殺者に仕立て上げているんです。
私も、物心がつく前から組織で訓練を受けていました。
毎日、毎日、人を傷つけて殺すことだけを教えられて。
あと2年もすれば、一人前の暗殺者として任務を与えられ、この手で誰かを殺すはずでした。
でも、そうなる前に、フェリド様に救っていただいたのです。
リオンという名も、その時にフェリド様からつけていただきました。 だから、フェリド様にご恩返しがしたくて・・・。
王子の護衛にもフェリド様のお力になりたくてお願いし、こうしてお守りしているのです。
王子、今まで黙っていてごめんなさい・・・。 こんな私でも、お仕えさせてくださいますか?」
呆れた表情でリオンを見返したサイアリーズに答えず、リオンは自分の仕える主に視線を向けた。
視線を向けられたルーシュは、リオンを静かに見つめた。
リオンから告げられた言葉に、彼女が父に連れてこられるまでどこにいたかなどは、
闘神際での出来事や太陽宮での出来事で大方の予想はついていた。
そのことで、リオンの告白に驚きを見せなかった。
「・・・・・・。 前にいったと思うが・・・。 『今のリオンは我ら・・ファレナの一員だ』と。
それでは、答えにならないかな?」
「!! 王子・・・・。 あ、ありがとう・・・ございます・・・・・・」
リオンから語られた壮絶な過去に、ルーシュはニッコリと笑みを浮かべた。
ルーシュの言葉に、嗚咽交じりに言葉を紡いだ。
そんなリオンに、サイアリーズは微妙な表情を浮かべ、
リオンの告白と同時に両耳を塞がれたリムスレーアは目の前で起こった事に首をひたすら傾げていた。
「そろそろ、休もうか。 ルーシュ、アンタも疲れただろう? ・・・ルナスではよく眠れなかったはずだ。
サルムを信用するわけじゃないけど、今の私たちはやつに保護してもらわなくちゃいけない。
・・・今のうちに、ゆっくり休むんだよ」
「はい、叔母上。 ・・・叔母上も、ゆっくりとお休みください。
・・・リオン、今まで気を張りすぎていたみたいだから、ゆっくりと休むんだ。
カイルは、少し話があるからここにいて。 リム、ミアキスと一緒にいるんだよ?」
サイアリーズは一度目を閉じ、高ぶった精神を宥めると
いつもと変わらない表情を浮かべながら甥たちの心配をした。
そんな叔母に、先ほどの表情を敏感に感じ取っていたルーシュは心配そうに見つめた。
叔母の頷きを見たルーシュは次にリオンを見つめニッコリと微笑み、
ソファから立ち上がるとリムスレーアの前に視線を合わせるように屈み、
同じ目線になった父譲りの瞳に優しい笑みを浮かべながらゆっくりと妹姫の頭を撫でた。
「分かったのじゃ。 わらわもバロウズ卿を信用しておらん。 ミアキスの傍を離れないようにするのじゃ」
「うん。 ・・・できるだけ、僕も傍にいるようにするよ。
・・・けれど、状況がそれを許さない時は絶対ミアキスの傍にいること。
・・・万が一、ミアキスも傍にいない時はルセリナの傍にいること。
彼女は、確かにバロウズ卿の娘だけど、彼女自身は大丈夫だと思うから」
「兄上がそう言うのならば、大丈夫じゃな。 わらわは、兄上の判断を信頼しているからの」
視線を合わせながら真剣な表情で告げる兄王子に、リムスレーアは神妙な顔つきで頷いた。
そんな妹姫に、ルーシュは笑みを深めながらギュッと抱き締めた。
兄王子の温もりに、リムスレーアはニコニコと微笑んだ。
リムスレーアは名残惜しそうに兄王子から離れると、ミアキスと共に部屋を退室していった・・・・・・。
その様子を穏やかな笑みを浮かべながら見つめていたサイアリーズもまた、
少し緊張が取れたような表情でルーシュに笑みを浮かべると、後ろ向きのままルーシュに手を軽く振った。
「・・・私も、退室しないといけませんか?」
「うん。 大丈夫だよ、リオン。 カイルも傍にいるし」
「・・・・・・。 分かりました。 お休みなさい」
最後まで部屋に残っていたリオンは、不満そうな表情を浮かべながら言外に残ると言い張った。
そんなリオンに対し、カイルは表情には出さないものの驚いた様子を見せ、
そんなカイルの内心を見透かしているルーシュは苦笑いを浮かべながらも笑顔でリオンの不満を一蹴した。
ルーシュの笑顔に反論できないリオンは、不満そうな表情のまま部屋を退室して行った・・・・・・。
完全にリオンの気配が消えたことを確認したカイルは、
それまで表情に出てはいなかったが主と認めている王子だけになると緊張した表情を和らげた。
「・・・最近、ますます酷くなっているようですねぇ」
「・・・そうだね。 その度に叔母上の機嫌も悪くなる一方だよ。
そのことに気付いていないの、彼女だけじゃないかな。
リムに関しては、僕やミアキスがわざと聞かせないようにしているし」
苦笑いを浮かべるカイルに、ルーシュは甘えるようにポスッと彼の腰に両腕を回した。
そんなルーシュの様子に苦笑いから慈愛に満ちた笑みに変えたカイルは、
ルーシュの腕の力を緩めさせるともう一度ソファに座り直し、彼の脇に手を入れ、膝の上に抱き上げた。
軽々と抱き上げられたにも拘らず、嫌がるそぶりを見せないルーシュは、目の前にある広い胸に頭を乗せた。
「しかし、まだ気付いていないようですね。
ファル様がご自分のことを本来、身近だと認知した人に対して『僕』と仰っていることを」
「いや、いい加減に気付いているよ。
気付いていないのは、自分に向けられていない・・・と言うことじゃないかな。
・・・まぁ、この話はどうでもいいや。 叔母上が怒られるまで、気付くか気付かないかの差だし・・・。
ただ、さっきの言い方で僕がああ言わざる得ない状況だと、彼女は気付いていないってことだけだよ」
ルーシュを膝の上に乗せながら、全身の力を抜いて擦り寄るルーシュの美しい白銀の髪を優しく梳いた。
カイルは、8年前のアーメス侵攻戦後にフェリド直々に連れてこられた者であった。
そして、幼いルーシュに始めて付いた護衛騎士でもある。
当時の彼にとって、年の近い子どもと言えば貴族の連れてくる子息たちばかりだった。
そんな子どもたちと一緒に遊ばせられなかった両親は、
年頃の男の子らしからぬ息子の引きこもりに、悩みを抱えていた。
そんな中、家族と同じ・・・いや、もしかしたらそれ以上の信頼を得たカイルが太陽宮に来てからというものの、
それまでの暗さが嘘のように生き生きとした表情を見せるようになった。
その頃、『王子』と呼ばれていた彼の最初の我侭が、「カイルに愛称で呼んでもらうこと」であった。
本来、臣下である女王騎士が王族の人間を軽々しく呼んではならない。
だが、カイルはニッコリと微笑みながら「ファル様」と告げた。
「・・・確かに。 彼女は、自分の過去を可哀想だと嘆いているようにも見えました。
しかし、現在の状況を考えると、今告げるべき言葉ではありませんね。
・・・例え、過去に《幽世の門》にいたとしても、現状が改善されない限り告げてはいけない言葉ですよ。
その《幽世の門》は、ファル様や姫様から大切なご両親を奪ったのですから」
「・・・確かに、彼女の生い立ちは可哀想だと思うよ。
・・・過去に良い悪いを付けるのはいけない事だと、分かってる。 けど、カイルの過去の方がもっと悲惨だ!
カイルは、生きる為に・・・たくさん、たくさん苦しんできたのだから」
「ファル様・・・。 ・・・ありがとうございます、ファル様。 ずっと、こうしてさし上げます。
ですから、もうお休みください」
ルーシュの髪を撫でる手を止めることなく、ゆっくりとした動作で梳いていた。
だが、その瞳には冷たい光が宿っていた。
そんなカイルの表情を見なくても彼がどんな表情をしているのか分かるルーシュは、
彼の背中に回していた両手に力を入れ、強く抱きついた。
ルーシュの表情は今にも泣き出しそうな表情で、痛みに耐えた表情を浮かべながらカイルを見上げた。
そんな主に、カイルはニッコリと安心させるように微笑むと、
背中を支えていた手でポンポンと優しく一定のテンポで軽く叩いた。
昔と変わらないカイルの微笑みと彼の心音、
優しく促されるリズムに今まで張っていた緊張の糸が切れたのか、
沈むように彼の胸元で睡魔に身を任せた・・・・・・。
2009/06/14

・・・半年以上、放置してました;
幻水関連のサーチに登録していない所為か、
ここを見てくださる方はあまりいないでしょうけど;
幻水の最新がでましたねvv
PSPかと思いきや、
DSな上にシリーズとはまったく関係ない世界が展開されましたけど;
それはともかく。
漸く逃亡生活(違うから)に終止符を打てたルーシュたち。
本拠地入手までまだまだありますが、がんばっていきましょう!

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