「聖地・ルナス・・・。
嘗てファレナ女王国を建国し、初代女王となった人物が降臨したとされている伝説の聖地・・・。
ここは、ファレナにとって聖地と言われる地。
非道な行いをしたやつらとて、その地に無断で足を踏み入れることはできないだろう・・・・」



僅かな休息。
けれど、ここまで気を休めることもできなかった。
僅かでも、身体を横にすることができれば・・・十分だ。
僕らを気遣って、気丈に振舞われる叔母上。
僕らの置かれている状況が漸く理解できたのか、不安そうな表情を浮かべる可愛いリム。
残された大切な人たちを守るために、僕は・・・一体何を成せばいいのだろう・・・・?











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  ― 《奪還》の誓い ―











東の離宮を昼前に出たルーシュたちがルナスの地に着いたのは、太陽が西に沈みかけた頃であった。

東の離宮で僅かながらも休息を取ったリムスレーアだったが、まだ幼い身体に長い道のりは負担が大きい。
だが、追われている以上ゆっくりしている時間がないのが現状であった。



そのため、ルーシュは自分の背に妹姫を背負い、ルナスの地を目指していた。
護衛であるミアキスがその任を買って出たが、ルーシュ本人がそれらを拒否し、本人が背負ったのだった。


東の離宮まで伸びた捜索隊の追っ手に見つかることなく、
数日前には清めの儀式として滞在したルナスに到着した。




入り口付近では、
斎主でありアルシュタートとサイアリーズの従姉で、
ハスワール=ファレナスの側近であるエルフ族のイサトが彼らの到着を待っていた。



「王子殿下、サイアリーズ様! ご無事でしたか!!
斎主様もご心配なさっておられます。 皆様方も急いで斎殿へ」

「・・・もう、こっちにまで情報が回ってきているのかい」

「・・・いいえ、詳しくは。 ・・・大丈夫です。 まだ・・ですが、ゴドウィンの追っ手は来ておりません」



ルーシュたちはイサトに、先導されるままルナスの中枢区である斎殿へ足を踏み入れた。
斎殿の中央では、斎主の証である衣装を身に纏い、
ルーシュやアルシュタートと同じ白銀の髪を持つ女性が心配そうな表情を浮かべていた。



「サイアちゃん! ルーシュちゃん!! リムちゃんも!
・・・悪い噂を聞いて、心配していたの。 ・・・あんな噂・・・嘘・・・よね?」



ハスワールは不安そうな表情を浮かべながらも従妹と幼い兄妹の無事な姿を見て、
少しだけだが安心した表情を見せた。
ハスワールの問いかけに、ルーシュはどう答えるべきか困惑し、
状況をうまく把握できていないリムスレーアは困惑した表情で、自分を抱き締める兄王子に縋った。
そして、サイアリーズもまた言葉が詰まったかのように沈黙を返した。



「ハスワール様・・・・・・」

「そう・・・。 じゃぁ・・・・、アルちゃんも、フェリドくんも・・・」



ルーシュとサイアリーズの表情で全てを悟ったのか、ハスワールは小さく呟くと沈黙が過ぎていった。



「すみません、ハスワール様。 しばらくでいいのですが・・・王子たちを休まさせてください。
・・・脱出してから、緊張の連続で・・・疲労が溜まっておりますから」



妹姫を強く抱き締めているルーシュの肩に、
カイルは両手を置きながら沈黙を払拭するかのように明るい声を出した。
彼自身、敬愛していた女王と女王騎士長の死は悲しいが、
疲労と緊張でルーシュが既に限界を超えていることを理解していた。



「えぇ、そうね。 ・・僅かでしょうけど、休めるうちは休んでおかないとね・・・。
今、部屋を用意させるわ。 貴方たちだけでも無事で、本当によかった・・・・・・」



カイルの言葉に、ハスワールはハッとした様子で
ルーシュたちに微笑を浮かべながら近くにいた斎吏に部屋を用意するよう命じた。
そして、神経を研ぎ澄ましたままの状態であったルーシュやサイアリーズに、
優しい笑みを浮かべながら彼らの無事を心から喜んだのだった・・・・・・。






斎吏に通された部屋にそれぞれが入り、思い思いに休む。
兄王子の傍を離れたがらなかったリムスレーアだったが、
ミアキスの言葉に小さく頷いたリムスレーアはもう一度だけギュッと強く兄王子に抱きついた。
抱きついてきた妹姫を優しく包むかのように抱き締めたルーシュは、
優しい微笑を浮かべながらもミアキスに視線を向けると、小さく頷いた。
ルーシュの考えが分かったのか、
ミアキスはルーシュに頷き返すとリムスレーアを伴って部屋に入っていった・・・。
彼の護衛であるリオンは頑なに退室を拒んだが、
ルーシュの無言の視線に耐え切れなくなり、退室していった。
1人っきりになった部屋で、中央に敷かれている絨毯に座り込んだルーシュは両膝に顔を埋めた。



「・・・どうしたの? カイル」

「王子にはかないませんね。 王子の様子が心配で、来てしまいました」



両膝に埋めていた顔を少しだけ上げ、
扉を見つめていたルーシュの視線の先に、先に部屋で休んだはずの女王騎士・・・カイルが佇んでいた。



「・・・心配・・・?」

「えぇ。 ・・・姫様の前では、王子は決して涙をお見せになりませんからね。
ハスワール様は、どこか陛下に似ておられますから・・・。
本当は、先ほどお泣きになられたかったのでしょう?」



カイルはニッコリと微笑を浮かべると、静かにルーシュの座る絨毯へ近づいた。
そして、絨毯の上に座るルーシュを優しく抱き締めると彼が落ち着くように優しく幼い背と頭を撫でた。



「・・・敵わないな・・・カイルには。 叔母上やリムの前では、絶対に泣けない。
リムは大方を理解していない。 でも、本能的には理解しているはずだ。
叔母上も、僕と同じ気持ちだよ。
けれど・・・、叔母上よりも遥かに幼い僕らがいるから、叔母上も泣けないんだ」

「・・・ファル様、俺がいます。 俺の前では昔と変わらず、泣いてもいいんです。
弱音を、吐いてもいいんですよ。 そのために、俺はファル様のお傍にいるのですから」



泣きそうな表情を浮かべたルーシュは、自分を抱き締めるカイルの胸に自分の顔を埋めた。
そして、小さいながらも嗚咽の混じった言葉に何も告げることなく、
カイルは優しくルーシュの背中を撫でながら、
幼い頃から2人っきりの時しか口にすることのない、ルーシュの愛称を呼んだ。
そんなカイルの優しさに、ルーシュは王宮を脱出してから、初めての涙を流した・・・・・・。






カイルの温もりに安心したルーシュは、
カイルに抱き締められたままの状態で静かな寝息を繰り返しながら安らかな眠りに付いた。
そんなルーシュを守るように、抱き締めた体勢のまま自分も休むべく、ベッドに自らの背を預けた。
その間、ルーシュの眠りを妨げることのないように最善の注意を払いながらも
彼の背中を撫でる手を止めなかった。



「・・・ファル様。 貴方様だけは、必ず俺が守ります。
それが、陛下とフェリド様・・なにより、貴方様に誓った、俺の制約ですから・・・・・・」



カイルは安らかな表情を浮かべているルーシュにニッコリと微笑みながらも、
その瞳には強い決意が宿っていた。



「・・・僕も、絶対にリムを守って見せるよ。 そして、この国を・・・太陽宮を奪還してみせる。
僕が強くなりたいと、守りたいと願ったのは、可愛いリムを守るため。
そして、みんなに・・・カイルに守られるだけの存在になりたくなかったからだから」

「・・・ファル様。 起きていらしたのですか?」

「・・・ありがとう、カイル。 少し、休めたおかげで頭が冴えたよ。
・・・何時までも悲しみに囚われていたら、父上に怒られてしまう。
・・・リムを守ると、僕はお2人に誓ったのだから」



カイルに抱かれたまま眠っていたはずのルーシュだったが、
ゆっくりとフェイタス河のように美しい青金石の瞳には先ほどまでにはない、強い決意の色が宿っていた。
悲しみに染まった色が完全に消えてはいないにしろ、
自らの意思で何かを強く願ったルーシュに、カイルは安心した表情を浮かべた。



「えぇ。 ・・・下へ行ってみましょう。 ・・・何か、情報が入っているかもしれません」

「うん。 ・・・できれば、ハスワール様たちを巻き込みたくはないし・・・」



起き上がったルーシュに、カイルは大広間に行ってみようと提案した。
その提案に頷いたルーシュはカイルを伴って大広間に向かった。






「ルーシュちゃん、ゆっくり休めた?」

「はい、ハスワール様。 お蔭様で、休めました」

「そう・・・。 休める時にしっかり休んでおかないとね?
・・・アレから、ここに来た人はいないわ。 けれど、ここにゴドウィンが来るのは時間の問題でしょうね・・・」



上座に座っていたハスワールは、入ってきたルーシュに微笑を見せた。
そんなハスワールに、ルーシュは素直に礼を言った。
先ほどよりもすっきりとした表情を見せるルーシュに、
ハスワールは安心した表情を見せ、ここに訪ねて来た者はどちらの勢力にせよいないと告げた。



「おや、もう起きたのかい。 若いねぇ」

「あら、サイアちゃん。 ・・・眠れなかったの?」

「・・・素面じゃ、眠れなくてね・・・・・・。 ・・・これからのことも、考えないといけないし・・・・・・」



ルーシュとカイルが腰を落ち着けた直後、寝てしまえば中々起きないサイアリーズが姿を現した。
サイアリーズの性格をこの中にいる者たちの中で誰よりも理解しているハスワールは、
純粋に驚いた表情を見せた。
そんな従姉に、サイアリーズは苦笑いを浮かべるだけだったが、彼女の表情もまた先ほどよりは回復していた。
ゆっくりとした時間が流れていた大広間に、蒼白の表情を浮かべるイサトが駆け込んできた。



「皆様方、早急にお逃げください。 こちらに、ゴドゥインの私兵500の捜索隊が向かってきます。
名目上は、王子殿下とサイアリーズ様、そして姫様の保護となっておりますが・・・・・・」

「・・・こんなに早く・・・?」

「・・・皆様がこちらにおいでになった後、何人かの斎吏の姿が見えません。 ・・・おそらく」



イサトから告げられた内容に、ハスワールは驚きを隠せなかった。
捜索という名目だが、その数が異様である。
明らかに捜索を目的としていない大群に、ハスワールは動揺を隠せなかった。



「・・・密告者がいたと、そういうことでしょうかぁ?」

「ミアキス、リム。 リム、・・・よく眠れたかい?」

「兄上! ・・・どうするのじゃ? わらわたちの保護など、あやつらの戯言であろう?」



言葉を濁したイサトに、のほほんとした声が響いた。
入り口には、すっきりした表情のリムスレーアといつもの調子を僅かながらも取り戻したミアキスであった。
妹姫の姿を認めたルーシュはニッコリと微笑みながら、自分の元に妹姫を呼んだ。
兄王子に呼ばれたリムスレーアは嬉しそうに駆け寄り、いつものように彼の腰に抱きついた。
頭を胸の辺りにグリグリと寄せたが、不安そうな表情で兄王子の顔を下から覗いた。



「・・・手は、あるわ。
・・・イサト、ルーシュちゃんたちをルナスの森へ案内してあげて。
貴方たち、エルフしか通れない道を通してあげて」

「斎主様!?」

「お願い、イサト」

「・・・御意。 皆様方、こちらです」



しばらく考えた様子を見せたハスワールだったが、
隣に佇むイサトに視線を向け、一部の者たちしか知らない裏道を彼らに案内をと頼んだ。
そんな主の発言に驚きを隠せないイサトだったが、
彼女の強い視線に負けたのか深く頷くと大広間から姿を消した。



「・・・森を抜けると、そこはバロウズ卿の領よ。 ・・・バロウズを信用できないのは分かるわ。
・・・けど、ゴドゥインと対抗できるのはバロウズ卿だけ。
もしもの時は、エストライズから国外に出ることも可能よ?」

「ハス姉! 私はこの国を出るなんて、絶対に嫌だよ!」



ハスワールは、森を抜けるとどこの領かを彼らに告げた。
元老院で2大派閥として、名を上げていたゴドウィンの対抗勢力であるバロウズであった。

バロウズの言葉に眉を顰めた従妹に苦笑いを浮かべたハスワールだったが、
この場に止まるよりも未来の幅が広がることを示唆した。


バロウズ領の西側には、国外・・・連合諸国に通じる港町・エストライズがある。
万が一の場合、海へ出ることも可能なのだ。



だが、そんな従姉の発言にサイアリーズは力の限り反論した。



「・・・もしもの場合よ、サイアちゃん。 それくらいの覚悟がないと、ここにいるのと一緒。
先に進むのならば、それなりの覚悟も必要でしょう?
大丈夫よ。 貴方たちが私に協力を求めてきたら、絶対に力になるわ。
だから、それまでは逃げて? そして、アルちゃんたちの望んだ国を絶対に取り戻すの」

「・・はい、ハスワール様。 ハスワール様たちも、ご無事で」

「えぇ。 ルーシュちゃんたちも無事に逃げて。
バロウズが何を考えているかは、私にも分からないわ。
けれど、貴方たちならば絶対大丈夫だと、私は信じているわ」



従妹の考えもよく理解しているハスワールは、苦笑いを浮かべながらそれも一つの考えだと告げた。
そして、国外に出るという覚悟もなければ、何も成し遂げることがないと告げたのだった。
ハスワールはルーシュをギュッと抱き締めると、
彼らの無事を祈った。まだ感じることのできる血縁者の温もりに、ルーシュは微笑みながら抱擁を返した。






ルナスの裏に茂る森を抜け、
自分たちを先導するイサトの後ろを通っていた彼らに、周りの空間が歪んだのをルーシュは敏感に察知した。



「・・・斎主様もおっしゃっていたでしょう。 エルフしか分からない道だと。 さぁ、こちらです!」



イサトが進むにつれて周囲が歪み、目の前に新しい抜け道が見えた。
その道を通り、森を抜けた先で自分の案内の役目は終わったと、イサトはルナスへと戻っていった・・・・・・。









2008/11/01














第二章の開始です。
この章は、王子の決意編になるかと・・・。
目指せ、カッコいいカイル!
可愛いリム。
可憐な王子w(爆)