「・・・必ず、戻ってまいります。 母上、父上・・・・」
いつも、微笑んでおられた母上。
いつも、強く抱き締めてくださった父上。
僕が望んだものは、本当に些細なものだった。
偉大な父上と母上、優しい叔母上に可愛い妹。
そして、僕自身を見てくれる大切な女王騎士たち《家族》。
大好きな人たちに囲まれて暮らすことが、僕の願いだった。
けれど、そのささやかな願いは・・・彼らによって、永遠に奪われてしまった。
叔母上とあの子だけは・・・・絶対に、守ってみせる。
Recover
― 追う者と追われる者 ―
朝日の差し込む太陽宮は、不気味なほどの静けさが保たれていた。
いつもならば、
太陽宮中に響き渡る妹姫の声とその声を宥める兄王子の優しげな笑みに溢れているはずの時刻。
そんな穏やかな1日を迎えるはずの太陽宮であるが、
昨日決行されたクーデターによりその穏やかな日常が無残にも打ち砕かれた。
いつもの活気溢れる宮殿は、今では死にも等しい静寂に支配された。
そんな宮殿の前に、禿頭の男が姿を現した。
その男を確認した門前に佇む兵士は敬礼し、
男は気に留めることなくまるで自分の宮殿であるかのような振る舞いで、
多くの殺戮のあった宮殿内へその足を踏み入れた・・・・・・。
開かれた扉の中に入ったのを、扉前にいた兵士がよく響く声で男の到着を告げた。
「マスカール殿下、ご到着! 全員、敬礼!!」
赤いベレー帽子とカーキ色の軍服を着たゴドウィン家の兵・・・私兵たちは、いっせいに敬礼した。
広間の中央にいた青年が男に気付き、早足で駆け寄った。
そんな息子の姿を感情の見えない表情で見やり、広間を見渡した。
「首尾よく、仕上げたな。 ギゼル」
「父さん、早かったですね」
「気が急いてな」
「ご心配には及びませんよ。 ご覧の通り、王都は完全に制圧しました」
青年・・・ギゼル=ゴドウィンは踵を返し、父を誘うかのように歩き出した。
「致命的な問題が浮上したと、報告では聞いているが?」
そんな息子の姿に、黙って歩き出した男・・・マスカール=ゴドウィンは息子の背に問いかけた。
「致命的なんて・・・穏やかではありませんね。 ですが、悪いことばかりではありません。
おかげで、ゲオルグ殿に罪を被っていただきましたし。
反省すべき点は、王子とサイアリーズ様だけでなく、姫様もまんまと逃がしてしまったことくらいでしょう。
ですが、見つかるのも時間の問題です。 既に、手は打ってあります」
王都を制圧したゴドウィン家の父子は、
王家の象徴である紋章が再び封印された神聖な部屋である紋章の間へ向かった・・・・・。
――――― 太陽宮の簒奪者たちは、己が理想の為に多くの犠牲をも払うことに躊躇いはない。
その犠牲に、たとえ王家が組されていたとしても、罪悪感など感じはしないのだろう・・・・・・。
時は少し遡る。
クーデターの翌日、追われるようにして太陽宮を脱出した3人の王族と2人の女王騎士、
1人の女王騎士見習い、1人の元闘技奴隷の計7人の逃亡者たちは、
船で脱出した為フェイタス河の流れに逆らうことなく、朝日が昇る前に1つの場所へとたどり着いた。
その場所とは、数日前に訪れたばかりの場所で、
2年前の暴動の際に強奪された
王家の象徴の1つである“黎明の紋章”が封印されていた紋章の間のある地、
東の離宮の一室に官吏によって匿われていた。
「・・・悪かったね。 だが・・・ここしか、心当たりがなくてね・・・・・・」
「・・・いいえ。 このような事態になりましたこと、誠にお悔やみを申し上げます。
・・・ですが、我らは無力です。私どもは皆、皆様方をお守りしたいのですが・・・・・・。
ここに、武術の扱える者は、1人しておりません。
兵がこちらに押し寄せてくる前に、どうかお逃げくださいませ!!」
「・・・あぁ、分かっている。 私たちもここを巻き込むのは本意ではないからね。
・・・一日だけでも、こうして匿ってもらってありがたいと思っているよ」
外に立てられた立て札を確認してきた一人の官吏は、離宮の離れに位置する一室へと入った。
そこには、早朝に離宮へとやってきた王家と女王騎士の一行が僅かな休息を取っていた。
室に入ってきた官吏に、サイアリーズはどこか疲れた表情を浮かべながも、礼を述べた。
そんなサイアリーズに官吏は恐縮し、言い難そうに言葉を濁しながらも彼らの身を案じた。
「・・・ところで、外には既にゴドウィンからのお触書でもあったようだね?
僕や叔母上を暗殺し、リムを手中に収めようとした彼らだ。
僕らがこうして逃げたことで、何らかの手を打っているはずだよ」
「・・・殿下の言う通りでございます。
皆様をここにお連れしてすぐ、ゴドウィン家の私兵がこの地に参りました。
そして、立て札を立てていかれましたよ。 ・・・先ほど、その内容を確認してまいりました」
今は静かに眠りについている妹姫の頭を膝の上に乗せ、
優しく撫でながら叔母と官吏の会話を静かに聞いていたルーシュだったが、
穏やかな寝顔に優しい笑みを浮かべていた表情から一転し、強い視線を官吏に向けた。
数日前に祝福の儀として始めてこの地に来た際のルーシュとは印象がまったく違うことに、
官吏は驚きを隠せない様子だったが、彼の言葉には人を従わせるだけの威力を持っていた。
だが、その威力も他の貴族たちのように上からではなく、
今は亡き彼の父で女王騎士長でもあるフェリドと同じように相手に好感を持たせるような威力だった。
『女王陛下とフェリド女王騎士長は崩御した――――。
陛下と閣下を手にかけたのは、反逆者ゲオルグ=プライムである――――。
逃走したゲオルグと消息不明となっている王子殿下と姫様を捜索中――――』
官吏から告げられた内容に、ルーシュは憤りを隠せなかった。
ゲオルグは、父の認める友人である。
ルーシュもまた、彼の腕を信用していた。
そんな人物が、父の信頼を裏切るはずがないと怒りの炎を青金石の瞳に宿した。
だが、民たちはそのような内情を知らない。
女王騎士長であるフェリドの取り計らいで女王騎士となったゲオルグに対し、
民たちは『得体の知れない男』と認識していた。
また、貴族同士の派閥は民たちまでに広がっており、
ゴドゥインを支持する者たちにとって、ゴドゥインの言葉こそが真実である。
そのため、彼らの為にと触書にあったゲオルグを進んで探そうとする者が続出した。
兄王子の放出する怒りの波動を感知したのか、
まだ眠い目を擦りながら兄王子の膝からゆっくりと顔を上げたリムスレーアに対し、
ルーシュは即座に視線を戻すと瞳を傷めないように優しく妹の手を取ると目元に口付けを落とした。
「・・・ここも、安全とは言えない。 ・・・叔母上、何か手立てはないの?」
「ん? ・・・すぐに見つかってしまうかもしれないけど・・・一応、手はあるよ。
・・・ハス姉のいるルナスだ。
あそこは、聖地とされているから・・・私兵たちもそう簡単には入れないはずだ」
「私もルナスへ行かれることをお勧めいたします。 ・・・王子殿下!
必ずや、ゴドウィンから太陽宮を・・・太陽の紋章をお取戻しくださいませ!!」
寝起きであるリムスレーアはまだ夢見心地なのか、
ニッコリと微笑みながら兄王子の胸に甘えるように擦り寄ってきた。
そんな妹姫に、ルーシュは優しい笑みを浮かべながら鳶色の髪をゆっくりとした動作で撫でた。
撫でる手を休ませることなく、視線を叔母に向けたルーシュは、
追っ手がここに来る前に出なければ匿ってくれた官吏たちに迷惑がかかることを案じた。
そんな甥に、サイアリーズは少しだけ考える仕草を見せると、
従姉であるハスワールのいる聖地・ルナスに行くと告げた。
ルナスとは、ファレナで聖地と呼ばれる神聖な場所である。
その場所を血で汚す事などないはずだと、サイアリーズは考えた。
ルーシュたちは官吏の用意した流浪の衣装に着替えると、すぐさま支度を整えた。
今までの格好では王族と女王騎士の衣装の為、目立ってしまう。
そのため、民たちと似たような衣装をその身に纏った。
大人数である為、見つかるのは時間の問題だろうが、目暗ましにはなるだろう。
ルーシュたちは表の人だかりが疎らになるのを待ち、二手に分けて東の離宮を離れた・・・・・・。
2008/09/01

第3話です。
ゲーム本編と流れは同じです。
しかし、カイルが共に行動をしているように、
リムはすでに奪還済みですので、
敵側(ゴドウィン側)の登場も極端に少ないです。
できるだけ、本編との矛盾点(捏造以外)を作らないように頑張りますv

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