「・・・貴様か、キルデルク。
・・・そうか。 貴様は最初から闘技奴隷ではなかったようだな。
さしずめ・・・暗殺者か? ゴドゥインも地に堕ちたものだな。 そこを、どいてもらおうか」



お前たちが何者であろうと、そんなもの関係ない。
僕が許せないのは、何の権利があって母上たちを・・・王族に刃を向けるのか。
自分たちの思い通りにならないから、このような馬鹿げた事を起こしたのか?
『力』で支配しようとも、どこかしら綻びがある。
『力』で支配するなど、限界が自ずと見えてくるだろう。
そんな国は、いかに強かろうと・・・最後は『力』を制御できずに滅びるだけだ。











Recover
  ― 太陽宮、陥落 ―











ドルフたちからの追跡から逃れ辿り着いた一室は、
太陽宮東の棟一階の女王騎士専用の詰め所近くであった。



太陽宮には未だ悲鳴と怒号が響き渡っており、平穏で静かな太陽宮は今や惨めな戦場と化していた。




この部屋にだどり着くまで何体ものの骸を発見したが、
まだ幼い妹に見せるのは酷だとルーシュは妹姫を抱き上げ、抱き締めながら走った。



「カイル、ゼガイ。 ありがとう。 おかげで助かったよ。 2人のおかげで、無駄な死闘をせずにすんだ」

「いいえ。 遅くなってしまいましたが・・・間に合ってよかったです」

「・・・・戦うのが俺の仕事だ」



ルーシュは綺麗な微笑を2人に見せながら、素直に「ありがとう」の言葉を述べた。
女王騎士でありルーシュの幼い頃護衛騎士として、
最も近くでルーシュを見ていたカイルは嬉しそうに微笑み、彼らの無事を喜んだ。
ゼガイはストームフィストから囚人としてソルファレナに移送されたが、
彼の無罪は明白だったからこそ既に釈放されていた。
それでも、太陽宮の牢に留まっていたのは、フェリドからの依頼により共に戦う事になっていたからである。



「状況は?」

「・・・よくありません。 当初の予定は完全に覆されました。 敵が、やたらと強いです。
衛兵ではまったく歯が立ちませんよ。 みんな、一突きで急所をやられています」



サイアリーズの緊張を含んだ声に、
カイルは何時もの表情から緊張した表情に戻ると沈痛な面持ちで先ほどまで見ていた状況を伝えた。
ルーシュは母たちが気になっていたが、
謁見の間には父や女王騎士が2人いることを知っているため大丈夫だと自身に言い聞かせた。



「・・・さっきの光も気になる。 カイル。 他の2人は?」

「アレニア殿とザハーク殿ですか?」

「そう。 彼らはリムが西の棟にいると思っているはず。
だって、リムが僕のところに来るのを知っているのはミアキスと父上、母上・・・そして叔母上だけだったもの」



ルーシュは腕の中で大人しくしながらも心配そうに眺める妹姫に
ニッコリと微笑みながら宥めるように優しく頭を撫でながらも、
その視線はカイルから外されること無く残り2人の女王騎士の居場所を尋ねた。



「あいつらがどうしたんだい?」

「・・・叔母上は何も感じなかったの? 彼ら、ゴドウィン派じゃなくて、ギゼルに心酔しているってこと。
この騒ぎ、当初の予定は僕とリムはバラバラに逃げる手はずになっていたみたいだけど・・・・。
リムにはミアキスがいるから、大丈夫だとは思っていたんだけどね。
それでも・・・・女王騎士2人とさっきみたいな者が襲ってきたら?
いくら、ミアキスやガレオンでも太刀打ちが出来ないよ。
・・・だからこそ、逃げなくちゃいけないのなら纏まっていた方がいいって僕が母上に進言していたんだ」



サイアリーズは、不思議そうに甥を見つめた。
ルーシュはそんな叔母の言葉に首を傾げ、
本来ならばここにいないはずの妹姫がなぜ彼の腕の中にいるのかを話した。
彼が誰よりも妹姫を大切に思っているかを両親である女王と女王騎士長は知っており、
そんな彼が憶測で物事を運ぶことがないという彼の性格も熟知している。
そんな彼が、闘神際直後何度も「彼らの近くにリムを置くことは危険だ」という言葉を口にしてた。



「・・・・まさか、ザハークたちが裏切ったってことかい!?」

「まだ、確証は無いけど・・・。 十中八九そうだろうね。
以前はそうでもなかったけど・・・最近、2人の視線は貴族たちと同じものになってきていたし」

「ですから王子、あまりお2人に近づかれなかったんですね?」

「それもあるけど・・・・元々、僕はあの2人が苦手だったからね」

「・・王子、今はそれよりもここから姫様方と脱出することを一番にお考えください」



甥の口振りから女王を守る立場にいるはずの人間が、
主君である女王と上司にあたる女王騎士長を裏切ったことになる。


それを認められないサイアリーズはルーシュに詰め寄ろうとしたが、
ルーシュはそんな叔母の声に落ち着いた様子を見せながら、違和感を感じていた原因を静かに伝えた。



彼は幼い頃から、敵意や悪意を日常茶飯事に受けていた―それらは全て貴族たちであったが―。

悪意を向ける者たちは、男の王族を認めない。
男の王族は、不要と考えておりそれは陰口だけで留まらず、
女王でありルーシュの母であるアルシュタート=ファレナスや女王騎士長であり女王の夫・・・そして、
ルーシュの父であるフェリド=ファレナス本人の前でも何度も口にしていることであった。

もちろん、その言葉に対して両親を始めとする太陽宮の女官や侍女たちなどは不快に思っていたが、
元老院にいる貴族たちはそれが当然だという考え、
その事に似た感情を最近の女王騎士2人から感じ取っていた。



「・・・リオン?」

「彼らは・・・・《幽世の門》です。 間違いありません」

「リオン、何を言っているんだい? だって、アレは義兄上と姉上が解散させたはずじゃないか!!
それに、ギセルは母親を《幽世の門》に殺されたんだよ。 そんなはずが・・・・・」

「いえ・・・本当なんです・・・・。 王子、逃げてください!!
《幽世の門》の恐ろしさは、もうお解かりでしょう?」

「・・・それが事実だとして、それだと尚更母上たちが心配だ。 ・・・先ほどの光、まさかとは思うけど」



彼女の言葉に、皆が声を失った。《幽世の門》。それは、女王暗殺部隊のことを指す。
しかし、8年前アルシュタートがフェリドと共に解散させ、
現在はその存在すら伝説になったほど過去のものとなっているはずであった。
リオンの声に対してもルーシュは取り乱すことなく、
先ほどの赤い光が何を差すのか予測をしながらもそれが間違っていて欲しいと願わずにいられなかった。



「王子。 謁見の間には俺が行きます。 ですから、王子は姫様方と一緒に脱出してください。
フェリド様と陛下から、姫様を守るようにと幼い頃から言われていたことでしょう?
ここで、そのことを放棄するはずがありませんよね」

「・・・カイル」



ルーシュは、
2年ほど前まで自分の護衛をしていた黄金色の髪と菫青石の瞳を持つ女王騎士の顔を心配そうに見つめた。
常にルーシュの傍にいた彼は、
幼い頃に彼が両親に向かって自ら誓った制約と両親から伝えられた言葉を
ルーシュの直ぐ後ろで共に聞いていたのだ。
そんな彼の言葉に、ルーシュはどこか躊躇いながらもコクンと頷き、
僅かにリムスレーアを抱き締める腕に力をこめた。



「大丈夫です。 俺も、王子に誓った制約を破るつもりはありませんから」

「・・・わかった。 往こう、リム、叔母上」



尚も心配そうに見つめるルーシュに対し、
安心させるように微笑を浮かべた黄金色の髪を持つ青年・・・カイルは
彼が自らの制約を両親に告げたと同時に、自身も彼に告げた己に課した制約をその胸に抱いた。
その言葉と微笑を見ていたルーシュは未だ不安げな表情を見せつつ、
目の前にいるカイルが一度も自身に嘘をついたことがないということを知っているため、
決意をその美しい青金石の瞳に宿し、
腕の中にいる妹姫と自分たちの言葉を黙って聞いていた叔母であり理解者でもあるサイアリーズに
脱出の合図を告げた。



「俺が先に出ます。 王子たちは、もう暫くここで身を潜めていてくださいね。
すみませんがゼガイ殿、王子たちと一緒に行って下さい」

「俺は、残って戦いたいが・・・」

「王子を護って下さい。 貴方ほどの実力者が王子の近くにいると、俺も安心できます」

「・・・わかった。 恩があるからな」



ルーシュの言外の信頼に嬉しげに微笑を浮かべたカイルは、
隣で黙っていた元闘技奴隷で現在は協力者であるゼガイにルーシュたちと脱出するように告げたが、
告げられた本人はどこか不満気な口調であった。


しかし、そんな彼にカイルは僅かに苦笑いを浮かべたものの、
自身の第一優先であるルーシュたちの身の安全を最優先した。

そんなカイルにゼガイは不満ではあるが、
ここに自身がいるのはルーシュたちが行動したおかげだと知っているため、
それ以上は言わずに頷きで了承した。



「・・・ゲオルグ!?」

「お前たち・・・まだこんなところにいたのか。 とっくに逃げ延びていると思っていたぞ」



カイルが先に出ようと扉を開けた時、この場にいないはずの人物が彼らの前に姿を現した。
驚きを見せるサイアリーズたちに気付かないのか、
今までにない殺気を帯びた表情を窺わせるゲオルグは、
ルーシュに守られるようにして隠されているリムスレーアの姿に目を瞠った。



「ゲオルグ。 アンタ、義兄上と一緒に姉上のいる謁見の間にいたんじゃないのかい!?」

「・・・・。 フェリドと女王陛下は・・・・・。 ・・・・すまん」

「・・・嘘だ。 父上と母上が。 そんな事、あるわけないじゃないか!」



ゲオルグの言葉に、そんなことを聞いていないとばかりに詰め寄るサイアリーズは、
謁見の間にいるはずのゲオルグが何故、遠く離れた場所にいるのかを声を荒げて尋ねた。

そんなサイアリーズの言葉に、沈黙を守っていたゲオルグは、唯一言だけ呟きを漏らした。
彼から視ればまだ幼い兄妹の前では残酷だと、言葉を濁したが様々な意味で聡いルーシュは、
ゲオルグの濁した言葉を正確に理解し、リムスレーアを抱き締める腕の力を僅かに込めた。


彼の頭の中に、
先ほど窓から見えた赤い光にどこか不安を感じていた時からもしかするとと頭を過ぎっていた出来事が、
事実だということに、優秀すぎる頭で必死に否定しようと頭を激しく振るった。



「・・・・お前たちは、自分が生き残ることだけを考えろ。 ここで奴らに捕まっては、元も子もないぞ。
フェリドたちの意思を、お前たちが継がなくては誰が継ぐ?」

「・・・・そうだね。 姉上たちの意思を継げるのは、ルーシュたちだけだ。
・・・詰め所に向かおう。 あそこに、隠し扉があるんだ」



ゲオルグ自身、幼い兄妹には酷だと思っても、
今は亡き友である彼らの父と自身を信頼し、子を託した彼らの母と約束した言葉を思い出し、
彼らに「生き延びろ」と告げた。



ゲオルグの言葉に、最愛の姉と義兄を亡くしたサイアリーズは、
自身に残された姉たちの忘れ形見である甥たちを護る為、
涙に濡れるルーシュと同じ瞳である青金石を拭うと昔、
姉と探検した時に教えられた隠し扉の事を思い出した。



「カイル殿。 お前は先にファルーシュたちと往け。 俺は、ガレオン殿と合流して向かう」

「分かりました! ゲオルグ殿も、ご無事で!!」



自身もショックであるが肉親を喪ったと優秀すぎるルーシュの頭の良さを肉親以外で尤も理解しているカイルは、
心配そうにルーシュとルーシュに抱き締めれられているリムリーアの様子を見つめていた。
サイアリーズの言葉に頷いたゲオルグは、そんな彼に視線を向け、
自分がここにはいない彼らが信頼する古株の女王騎士と合流するから先にルーシュと共に逃げろと告げた。
ゲオルグの考えが分かったのか、カイルは強く頷きを返した。
カイルの返答を聞いたゲオルグは来た道を戻り、合流する為に再び走り出した・・・・・・。






ゲオルグと別れたルーシュたちは、暫く経った後にサイアリーズの言葉通りに女王騎士の詰め所前へと向かった。



「ここでいいんですか?」

「あぁ。 ちょっと待ってな」



サイアリーズはそう言うと、詰め所の隣にある壁を触り始め、小さな音でカチッと音を立てた。
その音が消える頃、静まり返っていた廊下に、大きな音を立てて扉が開かれた。



「こっちだ。 急いで!」



開かれた扉から階段を駆け下り、
直線の廊下を通り抜けるとそこには水面に浮かぶ小さな一隻の船が置かれていた。



「・・・・船・・・ですね」

「昔から夜逃げのために備えてあったらしいよ。 使うのは、多分私らが初めてだけど」



船に気付いたのは前方を走っていたミアキスだったが、
ミアキスの言葉に苦笑いを浮かべたサイアリーズは、昔教えられた脱出用隠し扉の本来の役割を話した。



尤も、歴代は夜逃げする程のクーデターが起きたことが歴史上ないが。



「よし、出しますよ! 早く乗ってください!」

「王子・・・」

「・・・必ず、戻ってまいります。 母上、父上・・・・」



船を沖に固定していたロープから外し、
長い棒を持ったカイルは、もう一つを反対方向に乗っていたゼガイに渡し、
太陽宮に通じる廊下をジッと見つめていたルーシュに声をかけた。


カイルの促しに頷きながらもジッと見つめるルーシュの姿に、リオンが不安げな表情を見せた。
暗闇に包まれている廊下を見つめているルーシュは、
僅かに哀しみをその瞳に宿し、リオンにも聞こえないほどの小さな呟きで誓った・・・・・・。
カイルとゼガイが漕ぎ、ルーシュは自分に抱きつく最愛の妹姫を優しく撫でながら、
先ほどまでいた自分たちの家である太陽宮を見据えた。



赤い・・・光?」

「!! 叔母上・・・・あの光は・・・・」

「・・・太陽の・・・紋章だ・・・・。 封印の間に戻っている・・・・。
じゃあ・・・やっぱり・・・・!! あ・・・姉上!!」



突如、太陽宮の上の部分が赤く光だし、その光に怯えたリムスレーアは兄王子にきつくしがみついた。
妹姫が怯えていることに気づいたルーシュは宥めるように背中を優しく撫でながらも、
赤く光るモノがなんであるのかを本能的に・・・何度か目撃したことのある光のため、何か悟った。


そんな甥と共にその光が何かを正確に理解しているサイアリーズは、光っている場所が特定でき、
その場所で光っているということはその発光・・・太陽の紋章を宿していた宿主が絶命していることを
理解してしまった・・・・・・。








――――― 突如、クーデターによって壊された《平和》な日常。
国の象徴である両親を殺され、城を奪われた幼き兄妹。










震える妹姫を胸に、兄王子は何を思うのか・・・・・・。









2008/01/01














第2話ですv
・・・更新がすごく遅れて申し訳ありません;
基本的に、味方側である108星は嫌いじゃないんですけど・・・
リオンに関しては、どうも拒絶反応が出たみたいで;
本編と違い、カイルたちが一緒に行動するので、
リオンの登場があまりないと思います。
リオン好きな方、申し訳ございません(ペコリ)