大天使の局地的人災 4
その後からトリィを見かけなくなった。
飼い主(?)がいなくなって凶暴化し、人を襲った鳥が野生化したわけでもあるまいに──…
食堂ではミリアリアが鼻歌を歌っていた。 キラが捕まったというのに嬉しそうなのはなぜなのか。 丁度通りかかったフラガ大尉が彼女に尋ねる。
「何かいいことでもあったのか?」
その場にいるメンバーを見ると、彼女を不愉快にさせる人間が三人とも揃っている。 それなのになぜこんなに機嫌が良さそうなのだろう。
「え?何でもないですけど……」
ミリアリアの側でトールやサイが、さっきからこんな調子なんです、とか何でもなくないですよねぇ、と言ったがフラガの意識は別の所にあった。
『下剤を仕込みました』
ミリアリアは回りに気づかれないように唇だけを動かした。 そして当然、読唇術を会得しているフラガもそれに応える。
『三人とも?』
彼女が小さく頷いたのを確認して、もう一度そちらに目をやる。 するとタイミングが良かったようで、三人が同時に席を立った。 その時の物音に食堂にいた人々は注目する。 彼らは自分たちが食べていた物を片づける余裕もなく、慌てて食堂から出て行く。 残された人間は一体なんだったのだろう、としばし呆然とした。
(即効性でよく効くヤツだったみたいだな)
フラガは知らなかったが、ミリアリアが使った下剤はコーディネイター用である。 ナチュラルの彼らに効きすぎるほど効いて当然だ。 丁度その頃、ヴェサリウスでキラが『嫌な予感がする』と言って目を覚ました。
「まったく!余計なことしてくれちゃって……」
盗み聞きされる危険のないその部屋で、ミリアリアは憤っていた。 暴れ出しかねない彼女の側ではフラガが士官用のベッドに寝そべっている。
「済んだものは仕方ないだろう」
「分かってますっ。だから次行きますよ、次」
「まだやんのか」
ミリアリアの怒りの矛先はキラが拾った民間人の医者だった。 なぜかよく効く下痢止めを持っていて、例の三人に処方したらしい。 おかげで具合が良くなった彼らは整備とトイレでかいた汗を流すため、シャワーを浴びるとか。
「ところでさっきから何やってんだ?」
どうやって持ち込んだのか、私物のパソコンを睨んでいるミリアリアに問うた。 微かに見える画面が目まぐるしく変わっているのが分かる。
「アークエンジェルの管理システムにハッキングかけてるんです」
キラにパスは教えてもらってますから、と指を動かしながら答える。
「そりゃまた何で……」
帰隊命令は出ていないのだから、アークエンジェルを乗っとるのは命令違反になるのではないだろうか。
「そろそろあいつらがシャワー室に入る頃なんで──」
水の使用制限があるので、使えるシャワー室はひとつだけだ。
「覗きッ?」
ミリアリアが言い終わらないうちに素頓狂な声がそれを遮る。 彼女はフラガを冷めた瞳で振り返った。 そしてニッコリと笑う。
(怖っ!!)
その笑みにただならぬものを感じたフラガは思わず壁際に張りついた。
「トリィ」
二時間ほど見かけていない、その名をそっと呼ぶ。 なぜここにいない機会鳥の名を口にしたのかと尋ねる暇はなかった。
<トリィ!>
可愛らしいその声と同時に、一筋の光が頭上からフラガを襲った。 ある意味それは天へ導く光。
「ぬぉあっ!!」
彼は奇声を上げてベッドから飛び下りる。 ナチュラルの反射神経では避けられなかっただろう。 彼が寸前までいたその場所には直径十センチほどの穴が煙を上げていた。
「な、何だ。今の!?」
ベッドに残る焦げ跡を恐怖の表情で見つめ、ミリアリアに詰め寄る。 はっきりと声を聞いたのに、なぜか機会鳥の姿はない。
「トリィは通風口から攻撃のタイミングを狙ってるんです」
「それで何で俺が攻撃されるんだっ」
「──口は災いの元v」
語尾につけられたハートマークに、彼女が楽しんでいるらしいことを悟る。 その理由が恋人の反応とそっくりだからだというのを知れば、更にフラガを脱力させるだろう。
「はぁ…それで今度はどうするんだ?」
攻撃が再開されることはなさそうなので気になっていることを尋ねる。
「シャワーの温度を上げてやろうかと」
「うぁあ〜」
ひょっとすると、すでに彼らは人為的なものを感じているかもしれない。 けれど確信はないだろう。 そしていつ何が起こるのか、誰が何の目的でしているのか。 それが分からない恐怖はどれほどであろう。 我が身に置き換えてみたフラガは、身震いをした。 そして心に決める。
決して今、目の前にいる少女を怒らせまいと──…
2004/12/05
時間的な矛盾はスルーして下さい…
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