大天使の局地的人災 3
格納庫に着くと確かにメビウス・ゼロのある辺りから煙が立ち上ぼり、人だかりができていた。 無重力とはいえ、焦ったふりをしたフラガに物凄い勢いで引っ張られ、首を締めつけられた男は咳き込む。 やっと放してもらえたことに安堵したのも束の間、引っ張られた勢いを殺せず、壁に顔を打ちつけてしまう。 もちろん彼を酸欠状態に追いやったのも、壁に激突させたのもわざとだった。 コードウェルがひどい目に遭っているのを気づかないふりで、マードックの側に行く。
(お、二人目)
整備士たちの長であるマードックが話を聞いていたのだろう。 目的の人物は彼の目の前にいた。
「どうなってんだ?」
「フラガ大尉…それが……」
「メビウス・ゼロが爆発したって聞いたんだが…怪我人は?」
マードックの側にいる男が明らかに動揺して、体を揺らす。 期待通り彼が爆発させてくれたらしい。
「怪我した奴はいませんよ。でもゼロの方は……」
「ヤバイのか?」
「えぇ、完全にイカレちまってます」
「一体何が……?」
彼が怪我をしなかったのは残念だが、思惑通りにことが運び、内心ほくそ笑む。 どんな顔をしているのか楽しみでちらりと視線をやれば、面白いほど青ざめて強張っている。 キラに手を出したのだからこれくらい当然だ。
「イクスの野郎がいつも通り駆動系の整備をしていたら、突然……」
「ふぅん…おい、イクス。何かいつも違う所とかなかったか?」
目を泳がせて硬直していた男はフラガに声をかけられ、反射的に俯いた。 それを無理に上向かせる。 襟首を掴んで自分の方に引き寄せた。
「おい、何か不審な所はなかったか、と聞いてるんだが」
バシバシと背中を叩きながらそうと分からぬよう、ベルトの隙間に発信機を滑り込ませる。
「特には……」
「そうか…ゼロにも無理が来てたのかもな」
目的は果たし、気もそぞろに辺りを見回す。 残りの一人が見つからない。 そんな彼の態度が、何も知らない者たちに先程の言葉は、イクスを慰めるその場しのぎのものだったに違いないと思わせた。 イクスは寿命の縮まる思いをする。
「駄目です!アークエンジェル内にある機具では直せません」
(あ、いた)
三人目はメビウス・ゼロの状況を見ていたらしく、まだ微かに残る煙の向こうから顔を出した。 それを確認した途端、フラガは床を蹴る。
「どんな感じだ?フロイス」
発信機をつける隙を見つけようと、男のすぐ横に立つ。 すると彼の整備服に認めたくない物を見つけてしまう。
「ん、髪?」
襟の裏に発信機を隠すきっかけにはなったが、不愉快だ。 フロイスはスキンヘッドである。 その彼の服に少し長めの茶色い髪が付着していた。 珍しい色ではないが、彼女のものである可能性は高い…と言っても彼女のウィッグの、であるが。
「あー、誰のでしょう?俺はよく人にぶつかるから、その時についたのかな」
果たして本当に分かっていないのか、誰も何も知らないと思ってとぼけているのか。
(とりあえず全部つけ終わったな)
ポケットに忍ばせたスイッチをオンにする。 一体何が起こるのだろうか。
「…──ってとこですね」
「はぁ〜、こりゃ駄目だな」
話はほとんど頭に入って来なかったが、自分がそう仕向けたのだからどうなっているかよく知っている。 生返事をしていると、小さく例の兵器の近づく声がする。 こちらに向かって来ているようだ。
<トリィ>
格納庫へ入って来たそれはいつもと何ら変わったところはない。 悪戯をするわけではない機会鳥に注意を払う者はいなかった。 しかしフラガだけは期待に満ちた視線をそれに送る。
<トリィッ>
「っ痛──…ッ」
(おぉっ!)
フロイスが痛みに声を上げると同時にフラガは心の中で歓声を上げた。 トリィがフラガの前にいる彼の腕に止まり、袖口を捲り上げてむき出しになっていた彼の腕にくちばしを突き刺したのだ。 傷口からは血が流れ出す。 それに気がついた人々が、反射的にトリィを捕まえようとするが、すばしっこくて捕まえられない。 そのうちにトリィは艦内へと姿をくらます。 そのくちばしは血に赤く濡れていて、凶悪だった。 傷口はそう深くはなかったらしく、血はすぐ止まってしまう。 くちばしに毒くらい塗ってあれば良かったのに。 彼の一番近くにいたフラガは、心配するフリをしながも不服そうにそう毒づいた。
2004/12/04
トリィはまだ活躍してくれるはず…
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