大天使の局地的人災 2








「どうしたんですか?フラガさん」



 幾分イライラした調子で少女は呼び出して来た男を普段呼ばない名で呼び、一瞥する。

 人の来ない、いつも密談に利用しているその部屋には重力が設定されていた。



「アスラン・ザラからこれが送られて来た」



 見ろ、とばかりに携帯端末を少女──ミリアリア・ハウに渡す。

 メビウスからデータを移したそれは、何があっても良いように少し前まで使っていた旧式の物である。

 彼女の反応を予想して、フラガは一歩下がった。

 見るからにミリアリアの眉間に皺が寄って行く。

 そして彼女の手の中で、堅いはずのそれがミシミシと音をたて始めた。



「そのまま力入れてると壊れるぞ……?」


「…………」



 彼の控え目な忠告は聞こえているようだが無視された。

 そんなことを気にしている余裕はない、ということなのだろうか。



「それが壊れてお前が怪我したりしたら、キラが泣くんじゃないか?」



 これはよく効いた。

 いや、効きすぎたかもしれない。

 ミリアリアは手を緩め、携帯端末を落とした。



「あ、すみません」



 キラの名前を聞いて、少し落ち着いたのか、重力がかけてあるせいで床で端末が大破したのを見て謝罪する。

 ただ落としただけで砕けるとは──きっと彼女の手の中で壊れる寸前だったに違いない。



「いや、もう使ってないヤツだったから…それで、どうする?」


「どう、って…血を見てもらうに決まってるじゃないですか」



 ニッコリと笑ったその顔が怖い。





(目が笑ってないんですけど──!?)





 怖い。

 ヒビキ隊にはもう一人、彼女に勝るとも劣らない人物がいる。

 そんな部隊に所属などしたくない。

 上官が得体のしれない仮面でも、今の立場に不満など言わないことにしよう。

 ヒビキ隊に配属されたりしたらことだ。




<トリィ!>




 フラガが冷や汗を流していると、主人の不在を感じているのか緑の機会鳥が飛び回っていた。



「トリィっ」



 ミリアリアは手を上げてそれを呼ぶ。

 するとトリィは羽音をさせながら近づき、彼女の指に留った。

 ミリアリアは手を顔の前に持って行く。



「トリィも手伝ってね?」



<トリィ?>




 首を傾げるトリィを見て彼は笑う。



「おいおい、そんな小さい機会鳥に何ができるって──」


「嫌ですね、フラガさん。トリィを作ったのはうちの副隊長ですよ?」



 キラを護る装備の百や二百、と少女はいたってまじめに言った。



「百や二百ぅ〜!?」


「キラを殴ったヤツらへの制裁、手伝ってくれるよね?」


「トリィ!!」



 ミリアリアはフラガの驚愕の声をさらりと無視する。

 そして彼女の確認にトリィは、まるで言葉が通じたかのように鳴いた。

 キラがソフト面で手を加えたというそれは、本当に言葉が通じているのかもしれない。

 おもむろにミリアリアは小さな箱を取り出した。



「何だ?」



 中から取り出した1センチ四方の薄い物体を渡され、フラガは尋ねる。



「トリィ用の発信機です。それをつけているとトリィが攻撃対象として認識します」


「って、俺も危ないだろ」


「大丈夫ですよ。このスイッチを入れない限りは──ってわけでやつらにこれをつけた後、スイッチをオンにして下さい」



 持っていたら自分の身が危ない、と突き返そうとする。

 しかしそれの性能について説明されてしまう。

 つまり自分にも報復に参加しろということか。

 彼に否やはない。

 発信機の入っていた箱とスイッチを受け取る。



「実はメビウス・ゼロに小型爆弾を仕掛けて来た」


「はい?」



 今度はミリアリアが説明を求める番だった。

 何でそんなことをしたのかと、肩に移ったトリィと同じ方向に首を傾げる。



「あいつらの内の一人がいつも担当する部分があってな…そいつしかいじれないらしいから、そこに仕掛けて来た」


「威力は?」


「ちょろっと火傷するくらい。けど、ゼロの方は使い物にならなくなる」



 一応ナチュラルのうちでは優秀らしいからな、と彼は皮肉げに口元を歪めた。

 怪我の痛みよりも自軍の守りを破壊した精神的負担の方が大きいだろう、と判断したのである。

 これでMSもMAもなくなった。

 もしザフトが攻めて来たら、降伏するしかなくなるだろう。



「そうですか…とりあえず発信機の方はお願いします」


「具体的には何をするんだ?」


「それは見てのお楽しみです」



 なんか違う気がする。

 けれどそんな危険な部分への突っ込みはしないでおこう。

 じゃあ自分で試してみます?などと言われ兼ねない。

 人通りの全くない区画から、発信機をつける対象を見つけるために格納庫へ向かう。

 すると段々、人のざわめきが大きくなって来た。

 どうやら仕掛けた爆弾が爆発したようだ。



「フラガ大尉っ」



 前方から慌てた様子で漂って来る整備士がいた。





(一人目)





 事態の大きさに動転し、勢いを殺せずそのまますれ違いかけた男の腕を掴んで止める。



「そんなに慌ててどうした?コードウェル」



分かっていて聞く自分が──それに気づかないナチュラルが楽しくて仕方ない。



「メビウス・ゼロがっ!」


「あ?どうかしたか?」


「ば、爆発したんですっ!!」


「はあぁッ!?」



 大袈裟なほど驚愕の声を上げる。

 自分の役どころとしてはそれくらいが丁度いい。



「そりゃまた、何でっ?」


「分かりません。整備してたら突然……」


「あぁ──こんな所にいても分かんねぇな。格納庫行くぞ」



 男の整備服の襟を掴み引っ張って行く。

 襟の折り返し部分に発信機を忍ばせることを忘れない。

 放してくれと訴えているが、焦っていて聞こえないふりをする。

 相手が自分だからか、コードウェルは早々に抵抗を諦めた。








2004/12/03







トリィも報復計画に参加vv