「・・・これでよしっと。 ・・・例の作戦、もう少し・・・かな? 兄さまがタイミングを外されるはずがないし。 ・・・もう少しで、還れる」



長かった半年間。
兄さまの要請じゃないと、絶対受けない長期任務。



本来なら、彼の傍を離れたくなんかない。
・・・けど、兄さまのお考えも解る。


これ以上、戦渦を広げないためにも・・・この作戦を成功させなきゃいけないから。
・・・そのために、長年嫌いな地球軍に潜入している彼らの協力をすることが、今出来る最優先事項。

・・・・その為にも、この任務を受けた。
・・・アクシデントがない限り、その任務ももう少しで終わり。



・・・作戦決行の時、彼からの帰還命令のメールが届く。
・・・あと、少しで彼の元に還ることが出来る・・・・・・。




唯一、安心できる彼の元に・・・・・。







――――― アメジストの瞳を持つ姫は、
首に掛けているエメラルドのネックレスを愛おしそうに、優しく撫でた・・・・・











Iris
 ― 箱庭の世界 ―











C.E(コズミック・イラ)70・・・・・。
『血のバレンタイン』の悲劇によって、地球・プラント間の緊張は一気に本格的武力衝突へと発展した。
誰もが疑わなかった、数で勝る地球軍の勝利。
が、当初の予測は大きく裏切られ、戦局は疲弊したまま既に、11ヶ月が過ぎようとしていた・・・・・・。









《南アフリカでの難民キャンプでは慢性的に食料・支援物資が不足しており、
120万の人々が生命の危機に直面しております》

《では次に、激戦の伝えられます華南戦線のその後の模様です・・・・・・》




テレビから流れるアナウンサーの報道とは裏腹に、
【ヘリオポリス】に住む人々はまったく関係がないかのように多くの人が行き交う。
そんな中、
自由気ままに造られた青空を飛んでいた一羽の鳥―羽ばたき音からロボット鳥だと認識される―が向かったのは、
カレッジの一角にある中庭の休憩スペースにいる主の元であった。




《新たに届きました情報によりますと、ザフト軍は先週末、華南宇宙港の手前6キロ地点まで迫り・・・》


〈トリィ?〉




鳶色の髪とアメジストの瞳を持つ少年は、小窓でニュースを流しながら片手に数枚のレポートを持ち、
流れるような速さで薄型のノートパソコンの5本の指でキーボードを滑らせる。
その主のデスクトップに停まったメタルグリーンのボディを持つロボット鳥は小さく鳴きながら首を傾げた。



「キラー」



名前を呼ばれた少年はそれまで止めなかった指をピタリと止め、
名前を呼んだ人物を確認する為に顔を上げた。
片手に持たれたレポートを見る為に下を向いていた少年は、日差しが眩しそうに目を細めた。
完璧に制御された穏やかな風が、彼の柔らかそうな鳶色の髪を靡かせた。



彼の通う工業カレッジのキャンパスには憩いの場として、広い中庭のスペースが設けられている。
緑の絨毯と思わせる芝生、溢れる日差し、楽しげに戯れながら行き交う学生たち。

ごく普通のカレッジで見かけられる日常光景だが、彼らの踏みしめる芝生の下には、
厚さ約100メートルにも及ぶ合金製のフレームがあり、
その向こう側には真空の世界・・・漆黒の宇宙が広がっている。




宇宙に造られた中立国であるオーブ連合首長国のコロニー・【ヘリオポリス】。
地球の衛星軌道上、L3に位置する宇宙コロニーである。



「こんなところにいたのかよ。 カトー教授がお前のこと探していたぜ?」

「・・・また?」

「見かけたら、すぐ引っ張って来いって。 なぁに? また手伝わされているの?」

「・・・昨日渡されたのだって、まだ終わっていないのに・・・・」



少年・・・キラ=ヤマトを呼んだ同級生・・・トール=ケーニヒの言葉に、僅かに眉を顰めた。
そんなキラの様子に苦笑いを浮かべながら
トールの隣にいた少女・・・ミリアリア=ハウは、
教授の伝言を伝えながらこれまで目の前にいる少年を呼び止める教授の用事を考えての質問した。
2人の言葉に、キラは脱力したように座っていた木製の椅子に背中を預けた。
動いたと同時にパソコンも移動させた主に抗議することなく、
飛び立ったロボット鳥・・・トリィは主であるキラが安定した姿勢になるまで空中に留まり、
背中を預けたキラの肩に静かにその羽を休めた。




《早く早くッ! 早く逃げてッ!》


「お? なんか新しいニュースか?」

「うん。 華南だって」



キラの所有するパソコンから流れてくる緊迫した声に、
トールは興味が引かれたかのように覗き込んできた。
そんなトールに対してあまり分からない程度の変化を見せたキラだったが、
すぐさまニュースの画面を全体に広げ、僅かにボリュームも上げた。




《こちら華南から7キロの地点では、依然激しい戦闘の音が鳴り響いております》


「うわー、先週でこれじゃ、今頃もう落ちちゃっているんじゃねーの? 華南」

「・・・・華南なんて、結構近いんじゃないの? 大丈夫かな・・・本土・・・」



パソコンから流れるニュースでは、立ち上る黒煙や激しい銃撃戦。
そして、その銃撃戦から逃げ惑う人々が赤裸々に映し出されている。
レポーターの後ろにはザフト軍の機体である二足歩行のMSの姿と破壊されたビルがあり、
騒然とした場所であることが画面越しであっても、現場の状況が分かる。



緊迫した表情で報道を続けるレポーターの言葉に、トールはお気楽にコメントした。

トールの発言に、キラは静かに眉を顰めていたが表情には一切出しておらず、
相変わらずの儚い表情を浮かべていた。


キラの内心には気付かず、ミリアリアは本土であるオーブが心配なのか小さく呟いた。




(・・・心配なのは、オーブだけ? 貴方たちは、こんなニュースを見ても関係ないといっているの・・・?)




キラは内心でため息をつきながら画面を消し、デスクトップに触れてパソコンを閉じた。
キラの動作を静かに見守っていたトリィは、独特の鳴き声を上げると再び造られた青空に飛び立った・・・・・・。



「まぁ、それは心配ないでしょう。 近いって言ったって、うちは中立だぜ?
オーブが戦場になることなんて、まずないって」
「そう? ・・・なら、いいけど」




(・・・そうならない確証なんて・・・どこにもない。
けれど、オーブの中で悠々と護られて育った君たちはそのことを理解していない・・・。
今ある平和は、実はとても・・・危うい均等の上に成り立っているのだということを)




頭上を回旋するトリィの姿をジッと見つめながら2人の会話を静かに聞いていたキラは、
考え込むかのように瞼を閉じた。





「・・・キラ。 君に頼みたいことがある」

「兄さま?」



白い仮面で顔を覆い隠し、白で統一された服を身に纏ったウエーブのかかった金髪の青年は、
目の前にいる鳶色の髪にアメジストの瞳を持つ少女に語りかけた。
少女は目の前にいる青年を兄と慕っており、
彼女にとって唯一絶対の存在の次に値するほど信頼している人物であった。



「前々から連合に潜入しているあいつからの連絡が届いた。
既に、アスランの元にも彼からの連絡が届いていると思うが・・・」

「・・・中立国で連合のMSが極秘に開発されているっていう噂?
・・・あの2人が同じ時期に知らせるなんて・・・本当だったんだ」



自分を見つめる愛らしいアメジストの瞳を見据えた青年は、
自分の部下であり双子の弟である人物からの定期報告に驚くべきことが書かれていたことを伝えた。
少女の所属する隊でも同じように潜入している人物がいる為、
似たような報告を受けているだろうと予測してのことであった。



「そうだ。 造られている場所は、L3にあるコロニー・【ヘリオポリス】。
我々はそこで造られているMSを完成させる前に奪取する。
被害を最小限に抑える為の支援を・・・キラ、君に頼みたい。 君のプログラミング能力は誰にも敵わない。
君がある程度構築していたOSを使用すれば、ナチュラルに扱えなくとも彼らには有利になるだろう。
我々の目的は、あくまでもMSの奪取と同時に造られている戦艦の破壊。 ・・・頼めるか?」

「・・・これ以上、悲しみを増やさない為にも。 兄さまの頼みならば、僕は断らないよ。
・・・アスランや子どもたちの元を長期間離れ離れになるのは・・・つらいけど。
それでも、悲しみを増やしたくないから」

「・・・すまない。 全ての手続きはこちらで行っておく。
・・・作戦決行時には、予め君のパソコンに転送する。 半年間の辛抱だ、キラ」



悲しみから僅かにアメジストの瞳を揺らした少女に対し、
青年は宥める様に彼女の美しい鳶色の髪を撫でた。
彼は彼女の唯一無二とする人物以外で最も近く、彼女の成長を見守ってきた。
そのため、
彼女の最も優れている能力・・・プログラミングに関してもずば抜けた才能を持っていることを知っている。
しかし、彼女独特のプログラム構成の為、彼女の癖を知らない限りただの暗号にしか見えない。
だが、そのことを活かす事が出来れば状況は有利に運ぶことが出来る。
尤も、少女がOSの部分を手がけることになればの話だが・・・・・・。





「キラ?」

「!?」

「何やっているんだ? お前。 ほら、行くぞっ」



閉じていた瞼をゆっくりと開いたキラの目の前に、至近距離まで近づけていたトールが彼の名前を呼んだ。
突然の出来事に驚きを隠せないキラだったが、
そんな彼の様子を気にすることなくトールはミリアリアを促して彼らの使用する研究室へと向かった。



(・・・近くに気配があると判っていたけど・・・やっぱり驚くよね)



歩いて行く彼らにキラは小さくため息をつくと、
目の前を歩く2人を追いかけるようにパソコンを鞄に入れ、走り出した・・・・・・。




《軸線修正。 右、6.51ポイント。 進入ベクトル良好。 不正動噴射、停止》

《電磁バケットに制御を移管する》


「減速率、2.56。 警告する。 退避せよ」



管制官の声が響き、【ヘリオポリス】の宇宙港に、
本来ならば招かれざる客である一隻の地球軍の船が着艦した。





「これでこの船の最後の任務も無事終了だ。 貴様も護衛の任、ご苦労だったな。 フラガ大尉」



艦橋の中央に座り、目の前にある円形の形をした宇宙地図で船が無事に着艦したことを見届けた艦長は、
安心した表情を見せながら深く被っていた軍帽を外した。



「・・・いえ。 航路何もなく、幸いでした。 ・・・周辺に、ザフト艦の動きは」

「二隻トレースしておるが、なぁに、港に入ってしまえばザフトも手を出せんよ」



中央に座る艦長の言葉に反応した
前髪に僅かなウェーブのかかっている金色の髪とサファイアの瞳を持つ青年は、
振り向きながら艦長の言葉に答えた。
心配してなのか、少しトーンの落ちた彼の問いかけに対し、
艦長は楽観的な考えで彼の問いかけに答えた。



「・・・ふっ。 中立国・・・でありますか。 聞いて呆れますが」

「だが、そのおかげで、この計画もここまで来れたのだ。 オーブとて、地球の一国ということさ」



艦長の言葉に苦笑いを浮かべた青年・・・ムゥ=ラ=フラガは、
開戦直後から中立を掲げている国・・・オーブ連合首長国の理念を嘲るかのように皮肉気に言葉を返した。
そんなフラガの皮肉に気付かない艦長は、
笑いながら半年間にも及ぶ計画が遂行されたのだと確信していた。



「では、艦長」

「うむ」



艦長と上官に当たるフラガの話が途切れたことを確認した
脇のほうで沈黙していた少年の域を出ていない5人の中の1人が艦長に声をかけ、
揃って敬礼をし、低重力の慣性を生かして艦橋から出て行った・・・・・。



(・・・『G』に選ばれたトップガンたち・・・か。 だが、トップガンとはいえまだまだ雛だ。
それじゃ、あいつらには敵わない)



フラガは退出して行った少年たちを見届けると苦笑いをしながら宇宙に視線を向けたが、
彼の表情は艦長に見られることがなかった・・・・・・。







フラガが見据えた宇宙の視線の遥か先、
地球軍がトレースした二隻のうち一隻の艦橋では、ゆっくりとしたトーンの声が響いた。



「あの子からの連絡が入った。 この好機を逃せば、あの子の苦労が全て水の泡だ」



白い仮面で顔を覆い隠し、
隊長格の証である白で統一された軍服を身に纏ったウエーブのかかった金髪の青年は、
低重力のかかっている艦橋を浮くようにしながら移動し、
今回の作戦において大きな役割を果たしている少女からの連絡が来たと静かに告げた。



「・・・長かったですね。 半年間にも及ぶ潜入作戦・・ですか。 この作戦は、彼女の帰還も意味します。
彼も首を長くして待っているはずです」

「そうだな。 ・・・地球軍の新型機動兵器、あそこから運び出される前に・・・奪取する」



青年の言葉に、
中央の艦長席に座る黒服を着た青年は微笑を浮かべながら上官である艦の最高指揮官の頼みで、
潜入作戦を行っている少女の帰還を楽しみにしていた。
また、少女が潜入作戦を決行すると同時に、期限付きで2名自艦に乗艦している彼らを思い浮かべ、
誰よりも少女の帰還を心待ちにしている少年を思い出した。



少女と少年のことを誰よりも知る青年・・・ラゥ=ル=クルーゼは仮面で表情が判らないものの、
声のトーンで2人を思ったことが確認できた。
が、すぐさま自分の任を思い出したクルーゼは、
ハッキリとした口調でモニターに映し出される、偽りの平和を維持する箱庭の世界を見据えた・・・・・・。








2008/01/01















種本編、第1話【偽りの平和】を見ながら、書いてますv
微妙に本編に沿いながらも徐々にずれていく予定です。
ブログで連載しているものも後々使用しますが、
そこに行き着くまでどれほどかかるか;
気長に、待っていただけると嬉しいですv