「キラ、少し戻るのは遅いけど・・・ちゃんと帰ってくるよ? 帰ってきたら、お迎えにくるから。
だから、キラはいい子でラクスと一緒に待っていてね?」



今回の任務は【ヘリオポリス】に潜入し、そこで造られているものを奪取することが最優先。
今までのようにすぐに戻れるわけじゃない。
・・・少々不安が残るが、キラも彼女には懐いている。
保険として、彼女にはキラと同じ性能が搭載されているモノを渡しておいた。
・・・それが使われないことを願うが、念のために準備しておいても損はないだろう・・・・・・。





――――― この時、己の予測が最悪の形で破られることになるなど、紅の騎士は知らなかった・・・・・・。
そして、万が一のために用意していたモノがその力を発揮することなど・・・・・・。












02. 初めての人質











本来ならば、いつもと変わらない日常になるはずであった。
いつものように、大切な人を見送って無事に帰ってこれるようにと祈る。
そんな、日常を送るはずであった。
だが、そんな2人がいるのは全てを飲み込む漆黒の闇の中。
光り輝く幾億の星々に包まれ、空気の少ないポットの中で闇を漂流していた。



「・・・大丈夫ですわ、キラ。 きっと、助かります。 アスランとお会いしたいでしょう?」

「あしゅ? あしゅ、きらをおむかえにくるっていっていたもん。
あしゅ、きらとのおやくそくやぶったことない」



桃色の長い髪とアクアマリンの瞳を持つ少女は、
隣におとなしくチョコンと座る鳶色の髪とアメジストの瞳を持つ幼子に対して、ニッコリと微笑を浮かべた。
アメジストの瞳を持つ幼子は、その腕に抱くエメラルドグリーンのペットロボに抱きつきながら、
キョトンとした表情を浮かべてアクアマリンの瞳を持つ少女に視線を向けた。
少女の微笑みに幼子も釣られたようにニッコリと笑みを浮かべた。





―――― ガタンッ!





ほのぼのとした空気をぶち破ったのは、ポットの外から聞こえる大きな音であった。
それまで静かに漂流していたポットが何か強い力で引っ張られている感覚を体感した少女は、
自分たちの乗るポットが何者かによって運ばれていることを悟った。



「・・・どなたか存じませんが、私たちを拾ってくださったようですわ。 これで、ひとまず安心ですわね」
「あしゅかな?」
「それは、わかりませんわ。
ですが・・・アスランたちではなかったにしろ、ザフトの方々だとよろしいですわね」



少女の言葉に首を傾げながら大好きな人の名を呟いた幼子に対し、
手入れの行き届いている美しい鳶色の髪を優しく撫でながら、少女は小さな呟きを漏らした。
少女の予測を裏切った形で彼女たちに突きつけるのは、
ポットを拾った者の所属する艦の格納庫でポットの扉を開かれてからになる・・・・・・。







地球の衛星軌道上、L3に位置する宇宙コロニー・【ヘリオポリス】。
このコロニーは、地球の一国家でありながら中立を謳っている
オーブ連合首長国の資源衛星・・・であった。
今現在は、宇宙の藻屑と成り果てている。
【ヘリオポリス】の崩壊と同時に脱出してきた地球連合の新造艦・『アークエンジェル』、通称・AA。
補給も完了していないにも拘らず、
ザフトの攻撃から逃げる為に唯一守護した1機の二足歩行機動兵器・MSを守りながら
月基地へと向かっていた。
そんなAAであるが、深刻な問題が彼らを襲う。
人間、誰しもどこで生きようと絶対に必要な必需品がある。
その筆頭に、「水」であった。
補給の完了していなかったAAは、「水」が深刻な問題であったため、
月に向かう軌道上にあるデブリベルト――宇宙空間を漂うさまざまなものが集まる場所――へ
「水」の補給へと向かっていた。



「艦長、補給部隊に向かっていたフラガ大尉からの通信です」

「フラガ大尉からの? 繋げて」



艦長席に座る栗色のパーマがかかった女性は報告してきたクルーの言葉に反応し、
回線をつなげるように命じた。


通信回線を開き、目の前にあるメインモニターに映し出された紫のヘルメットを被る青年が映し出された。



《こちら、ムゥ=ラ=フラガ。 補給の時に小さな民間ポットを見つけちまって。
今から、そちらに運ぶ。 格納庫には準備させておいてくれ》


「分かりました。 民間人の保護は、人道的立場からも最優先ですものね」



女性は青年からの要請に頷き、格納庫に通信を開くように命じた。
メインモニターに接続していた青年との通信回線も閉じ、
格納庫に要請を行った女性は、大きなため息を吐きながら目の前に広がる光景を見つめていた・・・・・・。






AAが所属艦であるMA・・・『メビウス=ゼロ』の有糸に絡め取られたポットが『メビウス=ゼロ』と共に
AAの格納庫に静かな振動で着地し、カタパルトを閉じて格納庫全体に空気が満たされた。



空気を確認した『メビウス=ゼロ』の搭乗者は絡めていた有糸を解き、
コックピットを開いて格納庫へと足を踏み入れた。



「こりゃ、ザフト製ですぜ。 旦那」

「ザフト製? まぁ、こんなポットに乗っているんだ。 民間人には変わりないさ」



コックピットから降りてきた金髪碧眼の青年に気づいた整備士のチーフは、
ポット全体を見渡しながら告げた。



彼の見つめる先には、プラント製と思われるザフトの軍章が付けられていた。



「開けます」



ロックの強制解除を試みていた一人の整備士の言葉に、格納庫全体に緊張が広がり、
別の場所にいた少年兵たち4人も大人たちに混じってポットの周りに集まった。



「なんなの、あれ?」

「なんでもフラガ大尉が拾ってきたみたいだな。 形からして、あれは民間用だと思うけど」



ロックを解除した整備士が強制レバーを引くのを静かに見つめながら、
様子を伺っていた少年兵たちは小声で囁きあっていた。




そんな彼らの囁きを遮ったのは、格納庫に響く開かれたポットの中からでてくる声であった。




〈ハロ、ハロッ!〉


「まぁ、ピンクちゃん。 いけませんわ、勝手に出てしまっては」



身構えていた彼らの目の前に現れたのは、ピンクの球体の形をしたペットロボであった。
そんなペットロボを嗜めるような口調で咎めるのは、
鳶色の髪とアメジストの瞳を持つ幼子をその腕に抱きながらゆったりとした足取りで
ポットから出てきた桃色の長い髪とアクアマリンの瞳を持つ少女であった・・・・・・。




〈トリィ!〉

「トリィ、メッ!」



呆然とポットから出てくる少女たちを見つめていた大人たちに対し、
幼子の肩に止まっていたエメラルドグリーンのロボット鳥がその翼を羽ばたかせ、
大人たちの頭上を旋回した。



「あらあら。 いけませんわよ、トリィちゃん。
ご苦労様です。 ・・・あら? あらあら。 ここは、ザフトではございませんのね」

「・・・・ハァ。 ここは、ザフトじゃねーぞ。 地球連合軍の艦だ。 お前さんたちは、コーディネイターか?」



大人たちの頭上を旋回していたロボット鳥・・・トリィが再び幼子の肩にとまったのを確認した少女は、
まるで生きているモノに対するようにトリィを嗜めた。
トリィは少女の言葉を理解したのか、羽を広げたが飛び立つことなく幼子に向かって首を傾げた。
そんなトリィに、幼子は嬉しそうに微笑を浮かべた。
そんな幼子たちを優しい眼差しで見つめていた少女は、今の状況を思い出したかのように辺りを見渡し、
目の前にいる青年・・・ムゥ=ラ=フラガに視線を戻した。


少女は彼の軍服に刺繍されている軍章が違う事に気付き、内心でため息を吐きながら眉を顰めていた。



少女の内心を知る由もないフラガは、
緊張感のない少女の言葉に脱力しながらどちらの所属艦なのかを答えた。




少女の言葉に、露骨にも眉を顰めながら自分たちが敵対している者たちと同胞なのかを問いかけた。



「そうですわ。 私は、ラクス=クラインと申します。
この子は、知人からお預かりした子で、キラといいますの」



幼子・・・キラはフラガの露骨な表情やたくさんの大人たちから感じられる負の感情を敏感に察し、
カタカタと小さく震わせながらギュッと少女・・・ラクス=クラインの服を握り締めた。
そんなキラを、ラクスは自然な仕草で周りにいる大人たちからの視線から隠し、
さり気ない様子で落ち着かせるように優しく撫でた。



「クライン? ・・・確か、プラント最高評議会の議長もクライン・・・・」

「あら、父をご存知なのですか?
最高評議会議長を務めております、シーゲル=クラインは私の父ですわ」



格納庫からの報告のため、ブリッジから来ていた艦長・・・マリュー=ラミアスは小さな声で呟いたが、
音の響く格納庫では小さな声でも響き、その呟きはラクスの耳に届いた。
その呟きに対しラクスは驚いた様子を見せることなく、プラント最高評議会議長は自分の父だと告げた。



実にあっさりとした物言いに、言葉を発したマリューは唖然とした表情で固まり、
様子を伺っていたフラガは右手を額に当てた。



「・・・フラガ大尉。 彼女たちを空いている士官室へお通しして。 えっと・・・ラクス、さん?
ここは、ナチュラルの戦艦なので今からお通しする部屋で静かにしていて下さい。
お食事のほうは、こちらの方で用意させていただきますから。
今現在、この艦は追われている身なのですぐにお返しは出来ませんが・・・できるだけ、
早期に実現できるように手を打ちますから。
あぁ、それからフラガ大尉。 彼女たちを送り終わったら、一度艦長室へ来てください。
今後の対策を話し合わなければなりませんから」

「了〜解。 んじゃ、お穣ちゃんたち、俺に付いてきて」



しばらく硬直していたマリューだったが、
今の状況を思い出したのか彼女たちの乗っていたポットを拾った張本人であるフラガに一任し、
空き部屋へ通すよう命じた。
そんなマリューの言葉に肩を竦めながら了承したフラガは、ラクスたち二視線を送り、居住区へと向かった。






ラクスたちがフラガに連れてこられた場所は、居住区の一角で士官室の多いエリアであった。



「すまんな。 今のところ、士官室くらいしか空いてない。
君たちはコーディネイターだということで相部屋に入れるわけにはいかんからな。
念のためだが、一応ロックはかけさせてもらう。 勝手に、出歩かないように」



フラガはそう告げると、ラクスとキラを中に入れ、外からロックをかけた。




〈ハロッ! ラクス〜〉


「・・・これで、あちらに信号が送られるはずですわ。 キラ、もう少しの辛抱です。
きっと、アスランがお迎えに参りますわよ?」

「う? きら、いいこでまってる」



ロックが掛かり、フラガの気配が遠ざかったのを確認したラクスは、
ラクスの傍を静かに飛んでいたハロの目が点滅を始めた。
そんなハロにニッコリと微笑を浮かべたラクスは、ハロの裏の部分にある小さな窪みを軽く押した。

ラクスの言葉に、肩に止まっているトリィと一緒に首を傾げたキラだったが、
ラクスの言葉をしっかりと理解できているのかコクンと頷いた。






一方その頃、2人の民間人を士官室の一室に事実上軟禁してきたフラガは、
格納庫で告げられたとおりそのまま居住区の最先端でブリッジに最も近い場所・・・艦長室へ足を向けた。



「艦長、入るぜ〜」



艦長室前に到着したフラガは、軽くノックをした後、
中からの許可を得ないままロックの外されている部屋に入室した。
中にはすでに、ブリッジにいたはずの黒髪の女性の姿があり、中央にある椅子にはマリューが座っていた。
フラガが到着したことにより、艦長室にはAAを守護する3人の上官が集結した。



「2人に来てもらったのは今回の件についてです。
我々は、人道的立場から漂流していた一隻のポットを回収しました。
しかし、そのポットに乗っていた民間人はコーディネイター・・・つまり、
我々が敵対するザフトの方だということです。
しかも、少女のほうである民間人の父親はザフトのトップ・・・言わば要人の子どもだということです」



マリューはフラガの姿を確認し、机に両手を乗せながらゆっくりと語りだした。
マリューの代わりにブリッジに残っていた副艦長・・・ナタル=バジルールは
マリューと共に聞いた格納庫からの報告のみだったので、
ポットに入っていた人物のことまでは知らなかった。



「考えるまでもないでしょう、艦長。 我々は、これ以上にない切り札を手中に収めたんですよ?
最大限に利用するのが、道理でしょう。 彼女は民間人でありながら、要人の娘。
その時点で、民間人ではないのですから」



マリューの言葉を聞いたナタルは、自分の考えが正しいとばかりに言外に「人質」にするべきだと主張した。
彼女の考えには、すでに「人道的」という概念はなく、
要人の娘だからすでに民間人としての保護は必要ないと考えたのだった。



「しかしだなぁ、バジルール中尉。 相手はまだほんの子どもだぜ?」

「だから、何だとおっしゃるのですか? あの年頃の子どもなど、今の世の中戦場に出ている年頃でしょう。
【ヘリオポリス】直後に志願してきた元学生たちも、あの娘と同じ年頃ですよ。
今の世の中、年齢など関係ないと思いますが」



そんなナタルの言葉に反論したのは、静かに聞いていたフラガであったが、
ナタルの正論とも言える言葉の前に次の言葉は出なかった。



「・・・我々だけで手に負えるモノではありませんね。 私たちは、当初の予定通り月基地へ向かいます。
この件に関しては、上層部の指示に従いましょう。 バジルール中尉、フラガ大尉。
それでよろしいですわね?」

「「了解」」



2人の口論を聞いていたマリューは、どこか疲れた様子を見せながら2人の会話を打ち切り、
当初の予定通り宇宙基地のある月への進路を変えないまま、
今回の件は全て上層部に委ねる事に決定した・・・・・・。








2008/01/01
Web拍手より再録。