「僕たちの中で、一番あの星が好きなのは凛だろうな」


「漆黒に浮かぶ蒼き惑星・・・ですからね」


「確かに、美しい惑星だな」



この城のテラスから外を見渡すと、僕らの頭上は漆黒の闇が広がっている。
だが、その闇に呑まないよう、光り輝き続ける星たち。
そして、その星たちの中で光り輝く9つの星。
その星々を‘人界’に住む者たちは《太陽系》と呼んでいるらしい。
・・・その星たちは、本当に光り輝いている・・・・・。








ARES
  ― 全ての始まり ―











凛たちは夢の中でとても懐かしい風景を見ていた。彼女たちの上空は見渡す限り漆黒の闇だが、宝石のように小さくだがそれでも力強く光り輝く星々。目の前には一際美しく輝いている蒼き宝石・・・・水の惑星がその存在を主張していた。【地球】と呼ばれるこの星を彼女たちは“人界”と呼んでいた。



「姉様、またあの星を眺めておられたのですか?」


「・・・・凌。 あの星は本当に美しいわね。 お父様のお気持ちも解るわ。 ・・・冷えてきたわね、中に入りましょうか」



テラスから星々を眺めていた凛は弟に優しく微笑みながら近づき、左手を取って中に入るように促した。凌は素直に頷き、姉に手を繋がれた状態のまま中に入っていった。テラスへ続く廊下には彼女たちの保護者であり従兄である優希の使・大和が待っていた。

大和は2人に頭を深々と下げ、敬意を表した。



「凛様、凌様。 優希様がお呼びでございます。 至急、大広間へお越しくださいませ」


「分かったわ。 ・・・大和、楓たちは?」


「楓様方は既に向かわれております。 ・・それでは、大広間にてお待ちしております」



大和はそう言い残すと瞬時に姿を消し、大理石で造られた廊下には凛と凌の姿しかなかった。





彼女たちはこの国の王族の血を引く者たちだ。
この国の王は彼女たちの従兄である優希である。
彼女たちが住む城は純白に統一されており、その基準となったのは初代の王だという言い伝えもある。
城は一部だけ星に住む人々に開放されていた
(1階にある広場、中庭、2階の広間)。
それ以外の部分は重要な場所として開放されてはおらず、開放されている場所は全て外部に近い部分であった。
彼女たちの寝室や話し合いの場として活用される大広間などは内部部分に造られている。

2人は3階のテラスから2階にある大広間へと向かった。廊下や階段、壁などは全て大理石で造られており、明かりを灯すランプには装飾が施されている。

大広間へと続く大きな扉を開こうすると扉は彼女たちが来ることを予測していたかのように勝手に開き、彼女たちの姿を認めた部屋の中央に座る人物・・・優希はニッコリと微笑んだ。



「・・・凛、凌。 只今参上いたしました」


「そう畏まらなくてもいいよ、凛。 君たちは僕の大切な‘家族’なのだからね。 それに、今は一族のみだ」



優希は彼女たち限定に見せる微笑を崩さずに凛たちに座るように促した。



「? 我々のみの招集ですか・・・・?」


「そうだよ。 ・・・本題から言うよ? 君たちに僕の代理として天界に行って来てほしいんだ。 それに、天界には君たちの友人である四海竜王も彼らの城から来ている筈だよ」


「・・・我々が兄様の代理を・・・ですか? ・・・よろしいのでしょうか、そんなことをして」



楓は心配そうに優希を見つめた。楓を含めてこの場にいる誰もが優希に絶対的信頼を寄せている。そのため、優希の言葉を一度も疑ったことはない。しかし、優希に絶対的な信頼を寄せるからこそ、彼が不利になるようなことを彼女たちは避けたいのだ。



「そのことに関しては何も心配しなくてもいい。 君たちは僕の可愛い妹弟たちだからね。 そのことも彼らは知っているから。 ・・・今回、僕はどうしても行けない用事ができてしまったからね」



楓の頭を優しく撫でながら何も心配要らないと微笑を見せた。



「分かりました。 では、ご命令通りにいたします。 いつ頃出発すればよろしいんですか?」



従兄の笑みに安心したのか、ホッと一息入れた凛は了承とばかりに頷き、詳しい日程を聞いた。



「明日だ。 準備のほうは大和と吹雪にさせてあるから、君たちは早く休むといい」


『はい』



凛たちは一礼すると大広間を後にした。自分たちの部屋のある4階へと階段を上っている最中、後方を歩いていた楓が急に立ち止り、楓と一緒に柊もその足を止めた。



「・・・蒼、蓮。 そこにいるわね?」


『・・・ここに』



2つの影が彼女たちの前に現れた。この2人は双子で同じ顔をしているので区別がつかないが、彼女たちは別である。彼らもまた、遠縁だが凛たちの従弟である。



「蒼、蓮。 私たちは慧たちを連れて天界へ行って来るわ。 ・・・貴方たちは兄様のお近くにいて? ・・・ちょっと不穏な動きがあるって最近の報告であったから・・・・。 用心には用心を越したほうがいいでしょう?」


「了解。 楓たちも気を付けて」



蒼と蓮は再び姿を消した。彼らの気配が完全に消えた頃、彼女たちも再び歩き出した。自室のある4階にたどり着くまでの間、明日の事について話していた・・・・・。







翌日は早朝からの出発もあって凛たちも早起きをしていたが、彼女の弟である凌は低血圧であるために朝に弱い。そのため、この日も完全には目が覚めていなかった。凛はそんな弟に苦笑いを浮かべながらもいつものように背中を軽く叩いて時間以内に起こそうと頑張った。



「・・ぐ、・・・・・のぐ。 ・・・・凌、起きなさい。 今日はお兄様の代理としてお役目を果たす大事な日よ? ・・・・凌?」


「・・・姉様、あと・・・・5分・・・・」



凌は無意識に腕を姉の首に回した。凛はその行動に驚かず、苦笑いを浮かばせながら・・・一瞬だけ切なそうに表情を歪めたが即座に戻し、彼にとって最も嫌う言葉を口にした。




(・・・本当は・・・あまり言いたくはないのだけど・・・・。 ・・・今日は、緊急事態ですものね・・・・)



「凌、早く起きないと・・・・私、いなくなるわよ?」



凌ぐは凛が“いなくなる”と言ったと同時に目を覚ました。彼は母が幼い頃に亡くなって優希に引き取られても尚、彼の世界は姉のみである。そのため、彼女が自分の前からいなくなることを極端に怖がっていた。

首に回していた腕に少しだけ力を入れ、服に皺がよるくらい握ると嫌がるように首を横に振った。



「・・・嫌です・・・姉様。 ・・・1人は・・・嫌です」


「・・・・冗談よ? ごめんなさいね・・・凌。 私としてももう少し寝かせてあげたかったけど、今日はお兄様のご命令で天界へ行くことになっていたでしょう? そろそろ、大和が迎えに来る頃よ。 ・・・私は貴方の傍を離れたりなどしないわ? お母様の遺言でもあるけど・・・私自身の意思でもあるもの」



凛は凌に慈愛に満ちた笑みを見せると僅かに震えを見せる弟を優しく包み込むかのように抱き締めた。
凛、凌、楓、柊は早くに両親を亡くし、今は従兄である優希に保護されていた。

彼女たちの肉体は何度となく転生を果たしていたが、その魂は・・・天空の神であるゼウスの子どもたちである。

彼女たちはその前世の記憶を全て持っており、万物の力でもある精霊たちと契約を交わしていた。

もちろん、従兄弟である優希たちもまた、彼女たちと同じゼウスの子どもたちである。
凛たちは天界に住む神々から愛され、その気高き魂を大変気に入った時間を司る神であるクロノスは様々な神たちと共に彼女たちの魂にある術を施した。

その術とは、〔転生〕。

〔転生〕の力によって、彼女たちは何度となく生まれ変わったがその気高き魂は穢れることがなかった。
肉体は既に別の者となっているが、魂は天界に住むものたちの中で最も敬意を払われ、政治を天帝に任せられているとはいうものの最高神であるゼウスに愛された子どもたちである凛たちは、竜種の中でも王の称号を授かった4人の竜王・・・四海竜王たちと同等の待遇である。

唯一違うのは天帝に頭を下げることがない。

彼女たちは、自らが敬意を払うに値すると判断された人物以外その頭を下げることがない。
現在、彼女たちが敬意を払うのは従兄である優希、彼女たちが契約をしている精霊たちの長、父であるゼウス、そして・・・・天界に住む神々たちである。

凌の場合、姉の存在が絶対的であり最も敬意を払っていた。

最も、そのことをよく知る神々であるため誰も凌の行動に注意をする者はいなかった。



「・・・・姉様、・・・・お願い・・・・しても、よろしいでしょうか・・・?」


「なぁに? 私のできる範囲ならばいいのだけど・・・・」


「天界に行った際、その・・・手を繋いでいてもよろしいでしょうか?」


「・・・手を? ・・・・天帝との謁見以外ならば、いいわよ?」



凛は凌が落ち着くまで抱き締めながら背中をポンポンと軽く叩いた。そんな姉に甘えるようにさらに抱きついた弟に凛は微笑を深くし、彼女たちを包み込む空気はほのぼの感を醸し出していた。

そんな彼女たちの空気を破ったのは優希の命によって彼女たちを呼びに来た大和であった。



「凛様、凌様。 そろそろご出発のお時間です。 全ての準備は整っておりますので、お早めに1階にございます〔鏡の間〕へお越しくださいませ」


「分かったわ。 凌、お兄様がお待ちみたいだから、早く着替えていらっしゃい。 大和、私はこのこと一緒に行きますとお兄様のお伝えして?」


「御意」



大和は扉の前で凛の言葉を聞くとそのまま空気に溶けたかのように瞬時に気配を消した。

大和は優希の創った式神である。
他の式神たちと違うのは彼の本性は優希の影の一部である。
そのため、彼には性別がないが主である優希に合わせて緊急時や凛たちの護衛以外のときは大抵、男性の形を保っている。
その肌は白く、髪は白銀で瞳の色は青く光っていた。
女性の場合は、容姿はそのままで髪の長さが腰の辺りとなる。





〔鏡の間〕とは、彼女たちが天界へ行くためのゲートを開く道が唯一繋がっている部屋のことである。

もちろん、その場所へ行くためには様々なチェックをされるのはこの城で最も重要な場所だということだからだ。

その部屋に行くためには通常彼女たちが通っている廊下とは別の次元に繋がっており、1階といっても普段見える構造とまったく違う。

・・・普段、人々の目に映るその場所は、重要地点である〔鏡の間〕を守る表の姿ということだ。

もちろん、名称が〔鏡〕だけあってかその部屋には鏡が張り巡らされている。

しかし、天界に続くゲートは中央にある大きな鏡だけであった。

そのことを知っているのはこの城の住人である彼らのみである。






凌は姉を待たせるわけにはいかないと即座に着替えると姉から渡された護身用のナイフのようなものを腰の辺りに装備し、姉の待つ廊下へ出た。



「姉様、お待たせいたしました」


「準備はいいわね? ・・・急ぎましょう」


「はい」



凛はようやく出てきた弟にニッコリと微笑むと〔鏡の間〕へ続く今いる場所とは異なる次元へと通じる場所へと足を運んだ。

外見からは分からないが、凛の腰の部分にも凌が忍ばせている武器と同じようなものが装備されていた。
コレは常日頃彼女たちが携帯している武器である。
ナイフのような形だからあまり戦闘に向いていないと思われるだろうが、コレは一振りすれば警備隊や近衛隊の兵士たちが所持している剣と変わらない長さとなる。
違う点といえば彼女たちが所持する武器には全て、神力が注ぎ込まれており、常人に対してもしもその剣を使って戦闘などを起こした場合、剣を交えることなくその間合いの時点で数十メートルは軽く吹っ飛ぶ。
対人間用に作られている武器ではないからである。
彼女たちが扱う武器は、全て彼女たちに対抗する勢力・・・つまり、闇の力である‘陰’に対抗するべく、過去にゼウスの命によって各神々が創り出した神剣であった。

彼女たちは幼い頃から剣術など多彩な訓練を行い、そんな時でも学術にも力を入れていたためかこの星にいる者たち全てよりも多くの知識と戦闘能力が備わった。

彼女たちの住む星は外的から守るため、外部からは見えないように優希によって結界が施されている。
だが、近年になって相手側にも相当力のある奴がいるのか、その結果意にも綻びが見つかるようになってきたため、彼女たちもまた緊張した面持ちで蒼たちに留守中の守りを託したのだ。

また、そのことを蒼たちも気付いているためか、天界へ続く道である〔鏡の間〕に出向いていた。



「お兄様、遅くなって申し訳ありません」


「気にすることはないよ、凛。 ・・・・気を付けて行っておいで」


「はい。 お兄様方もお気をつけくださいませ」


「あぁ」


「では、行ってまいります。 ・・・・天界に続く鏡よ! 我らは神々に招かれし者なり。 汝に写されし我らを天界へと導きたまえ!」



凛が呪文を唱えた時、彼女たちの回りを白い光が包み込んでいった。その光は次第に強さを増し、一瞬にして光が消えたと思った時には鏡の前にいた凛たちの姿も一緒に消えていた。

そのことは、天界へのゲートを無事に開くことが成功したということであり、また彼女たちが無事に天界へと召喚されたことを意味していた・・・・。







凛たちが無事に天界へと召喚されたことを見届けた優希は、自分の傍を片時も離れない式神たちに扉の前で待つように伝えると1人静かに中へと入って行った。



「・・・主よ。 どうか我が妹たちにご加護を・・・・・・」



優希は城にある礼拝堂で主であり父でもあるゼウスに祈っていた。

この時、彼だけがこの後に起こるであろう避けて通ることのできない定め・・・悲しみの広がる悲劇の始まりだと分かっていた・・・・・。








2006/04/01













これにて、第一部が終了です。
因みに、2部でも過去の話が出てきますが・・・ひとまず、現実に帰っていただきます。
暇と・・・時間があれば、後書という名の言い訳が待っているかもしれませんが(T−T)