「地上に宿る全ての風の精霊たちよ。 今一度、我に力を貸し給え。
この世界を汚す者たちに、汝らの聖なる旋風の力にて薙ぎ払いたまえ!」



彼らの目的は一体なんなのか。
幼馴染だった俺は、誰よりも近い位置で2人の事を見てきた。
そんな俺だからこそ、彼女の不安を感じることが出来る。
彼がいなくなったことで、彼女の精神が不安定になったことは・・・事実だから。






―――― 翠の大剣をその手に持ち、遥かなる過去に創り出したタリスマン≠護る為、三対六枚の翼を広げる。
透き通るエメラルドの瞳には、一体何が映るのだろうか・・・・・・








apocalypse
    ― 風の守護者と暴欲の堕天使 ―











千代田区を中心とし、遥か昔に自らがタリスマン≠封印した地である西の方角へと向かった。





他の者たちがそれぞれの地点に到着したとほぼ同時期、久遠もまた西地点・・・杉並区の中央部分に到着した。
『シールド』崩壊の際に施されていた結界が綻び、
僅かに彼の聖力とタリスマン≠フ源となっている風の精霊の力を感知し、その付近に音を立てることなく舞い降りた。



「・・・やはり、『シールド』が破壊された所為で施した結界が弱くなっている・・・・・・。 きっと、他の部分でもここと同じ状況なのだろうな」



久遠は本来ならば、強力な結界によって守られているはずであるひし形の翠のタリスマン≠静かに見つめた。
見つめていた彼に暖かな風が吹き、その風に混ざって懐かしい気配と反する力の波動を感じ取った。
そんな背後に対し、久遠は悲痛そうな表情を見せたが
すぐさま表情を変えるとゆっくりと振り向きながらも背後にタリスマン≠護る体勢を取りながら目の前に現れた人物に視線を向けた。



「・・・久しいな、ベルゼブブ。 ルシフェルが堕天したと聞いた時、お前もだと知らされた時は・・・「やはりな」としか言いようがなかった。
お前は、誰よりもルシフェルに忠誠を誓っていたからな。 ・・・今の俺たちは、お前たちに用はない。 用があるのは、ルシフェル。
ヤツに真意を聞かないことにはミカエルはもちろん、俺自身も納得がいかない」

「お久しぶりです、ラファエル様。 そのお姿では・・・初めましてですが。 ・・・転生、なされたのですか?」



久遠の視線に動じることなく受け止めるのは紫黒色の肩まであるウェーブがかった髪にゾイサイトの瞳を宿し、
その背には三対六枚の漆黒の翼を持つ女性が立っていた。




久遠の前に現れたのは、嘗て天界軍の時に共に戦った戦友での1人であり、ルシフェルと共に《天界》を追放されたベルゼブブであった。
ラファエルたちと同じ数の翼を持つ彼女であるが、その地位は同じでも天界軍の各方位の指揮官を勤めていたラファエルたちとは格が違う。
また、蓄積する聖力の容量からもラファエルを含む4大天使は大きな格差があった。



その為、同じ枚数の翼を持ちながらも彼女はラファエルたちに敬意を払っていた。



「あぁ。 ・・・だが、我らは決してゼウス様を裏切ったわけではない。 ・・・今でも、《天界》に忠誠を誓っている。
だが、我らはゼウス様の勅命に疑問を感じている。 そして、その疑問を確かめる為に我らは《人界》へ降臨した。
だが・・・あの頃はお前たちどころか目的であるルシフェルすらその姿を見つけることが出来なかった。
だからこそ、転生することでお前たちが現れるのを待っていた」

「・・・そう、ですか。 その問いに私は答えることは出来ません。
この命、全てはルシフェル様のために。 あの方の望みの為、この地上を護るタリスマン≠頂きます」

「・・・その様な事、この俺が許すとでも?」



美しかった純白の翼は堕天したことによって漆黒に染まっており、
彼女の纏う気配もまた闇に染まったかのように、清らかなものから濁ったものへと変化していた。
そんな変化に、久遠は僅かに表情を歪めたが彼の表情の変化に気づくとしたら近しい者たち以外、いないだろう。





笑みを浮かべたベルゼブブは、首に掛けてあった黒の逆十字架を右手に乗せ、上空へ掲げた。



「我が名はベルゼブブ。 我が声に応え、真なる姿を我の前に現せ! umbra〔ウンブラ〕!!」



逆十字架が握られた右手からは嘗て感じられた聖力とは異なる魔力を放ち、
彼女がゆっくりと掌を開くと魔力が増幅し、ある程度の形を司り徐々に光は消え去ってゆく。






完全に光が消えた時には、彼女の右手に消炭色に染まった細長い鞭が握られていた。



「・・・お前が、この風のタリスマン≠奪うというのならば・・・俺は何としてでも阻止せねばならんな」

「・・・参ります」



静かにベルゼブブを見つめていた久遠は、
彼女のゾイサイトの瞳に強い決意の色が宿っていることを見届けると、説得しても無駄だと悟った。
右手に収まるumbra〔ウンブラ〕を握り直したベルゼブブは、静かに見つめる久遠から視線を外すことなく、睨み返した。







久遠は首元に掛けていた十字架のネックレスをその手に取ると、左の掌に乗せ、頭上へと持ち上げた。



「・・・我が名は、ラファエル。 我、風の守護者なり。
我が声に応え、我が前にその真の姿を現したまえ! ventus〔ウェントゥス〕!!」



久遠の言葉は言霊となり、彼の武器の媒介となっている翠の十字架が反応を始めた。





瞬時に彼を緑色の光が包み込み、掌にあった十字架に光が集中し、徐々に形を象っていった。
左手を包み込んでいた光が徐々に消えてゆき、完全に光が消滅するとそこには背丈に近い大剣が収まっていた。



その大剣は、柄の部分が緑で統一されており、下の部分には緑の宝玉が付けられている。
鞘の部分にも緑の装飾が施され、その中央に緑の宝玉が嵌めこまれており、
その色からして宝玉は精霊によって創り出された物であった。





彼の大剣が再びその手に出現したと同時に、彼の姿もそれまでの服装と一変し、
先ほどトランス状態になったときに纏っていた衣装を再びその身に纏っていた。
その背には、4大天使の証である三体六枚の翼があった。







先ほどと違う点といえば、彼の髪と瞳の色が変化していることだろう。
湖に輝くようなエメラルドグリーンの髪に、エメラルドの瞳。
その瞳に宿るのは、悲しみと決意の色が混ざり合っていた。



「・・・いつ見ても、ラファエル様の武器は美しい。 風の精霊の加護をお受けになった二つとない武器。
・・・そんな武器と闘えること、光栄に思います」



久遠・・・ラファエルは大剣を垂直にすると、鞘の中央にある宝玉に軽く触れた。
ラファエルに反応した宝玉は、淡い翠の光を放った。




その光が消えた時には、鞘の部分が綺麗に無くなっており、穢れのない刃がその姿を現した。



「・・・この地を守護せし風の精霊たちよ。 汝の力、我に貸したまえ。 汝の力にて、この地に結界を創りたまえ!」



ラファエルが高々と発した言霊はこの地を護る風の精霊たちに届き、
彼が背にして護っているタリスマン≠中心に翠の光が辺りを包み込み、強力な結界が張られた・・・・・・。








――――翠に輝く光、聖なる力によって出現した風の結界。
その中で、嘗ては共に戦った戦友と対峙する。
その身を只1人に捧げるものと、友のために、真実を知りたいと願うものの感情が、入り乱れる・・・・・・











2009/05/18













かつては共に戦った仲の2人。
階級は同じ熾天使。
ラファエルは西軍を率い、ベルゼブブはルシフェルの右腕として、
戦場を駆けてました。
最も、ルシフェルの最優先事項はミカエルの身の安全ですが;
階級が同じなので、ほぼ同等の力を持っていますが・・・。