「キラ――…っ!!」
目の前の現実が信じられず、彼は何よりも大切なその人の名を血を吐くような思いで叫んだ。
Great haste 1
パイロット待機室にいた彼らは帰投するインパルス――シンを出迎えるために格納庫に向かう。 そして思いつめた表情のアスランもそちらへ足を向けた。 良くやった、凄いな…と少年が同僚や整備したちに誉めそやされる中、彼はそんな光景に目もくれず、あるものを目指す。
「戦闘するわけじゃないし、これで十分だろ」
騒々しいそこで、隅にいる彼が呟こうとも誰も聞きとがめない。 シンが一身に注目されているから誰も彼の行動を見ていない。 そして彼はひっそりとそれに乗り込み、死に物狂いでキーボードに指を走らせた。
「な、何だっ?」
「ちょ、何でザクが動いてるのよ!?」
「俺の、ザク・ファントムだな」
中破したレイのザクは動かせるくらいには修理を終えていた。 だが戦闘に出るには支障があるので、エンジェル・ダウン作戦には不参加だったのだ。 そう、格納庫にいた彼らはその目でしっかりと見た。 白いザクが動き出したのを。 退避を促すアラートが鳴り響く中、発進シークエンスはなぜかオールグリーン。 それはきちんと許可が出た証のようなものだが、何の知らせもないし、レイ以外がファントムを操縦するはずもない。 「あ、アスランがいないわ!」
「はぁ?じゃ、まさかあれにのってるのって……」
「アスランだろうな…フリーダムのパイロットの名を叫んでいたし」
人々が状況を把握しようと動き始める中、あちらこちらで困惑や驚愕の声が上がる。 ブリッジに通信を試みるも、失敗。 艦内のシステムが操作を受付けなかった。
「って、何でザクが空飛んでんだよ!?」
シンのツッコミに人々は遅まきながらその異様さに気づく。
「あー、パーツ足んないからセイバーの使ったのがまずかったみたいだな」
「お前か!お前のせいなのかヨウラン!!」
「いや、俺だけじゃないから!」
わざわざ白くカラーリングまでされているらしく、見た目には全然違和感のないそれが見えなくなっても、その喧騒は治まることを知らなかった。
「まさか、アイツのデータが役立つなんて」
クレタでの邂逅の際、メモリディスクを貰った。 「ミネルバの自動ハッキングプログラムだよ」とこともなげに告げられて渡されたそれを、使うつもりなど毛頭なかったが、それでもキラがくれたものだと思うと肌身離さず持ち歩かずにいられなかったのだ。
「どこだっ、キラ…生きててくれ……っ」
必死に周囲をスキャンしながら飛び回る。 早く見つけなければミネルバのシステムを修復させ、インパルスが出てくるかもしれない。 整備はされているものの不完全で、ノーマルなザクよりも出力が劣り、武器類も搭載されていない状態では勝ち目がない。 しかし自分が見た最後の光景のままフリーダムが海に沈んだなら、見つけられる可能性は皆無だ。 奇跡的に見つけられたとしてもコックピットに海水が入り込んでいないとは限らない。
「そうなるとパイロットスーツだけが命綱か…くそッ!…キラ――…ッ」
フリーダムの通信コードにあわせても繋がらない通信に焦りを感じながら、愛しい彼女の名を叫び続けた。 そして愛の力が呼んだ奇跡か。
「…アス、ラン……?」
しばらく気を失っていた彼女は、誰かに呼ばれた気がして目を覚ます。 いや、呼んだのは“誰か”ではなく、今は離れている恋人だった。
「ぇ、アスラン!?」
呼ばれたような気が…ではなく、本当に呼ばれていたらしく、奇跡的に生き残っていた通信機からはひたすら自分の名を呼ぶ恋人の声。 それだけでも驚きなのに、彼の声に嗚咽が混じっているようで、どうしていいか分からない。 だがこのまま放っておけばただならないことになるだろうと瞬間的に察したキラは、呼びかけてくる通信に周波数を合わせた。
2005/08/25
遠野真澄様のみお持ちかえり可。
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