「大丈夫だよ、キラ。 俺は、キラを置いてなど・・・逝かないから。
それでも不安だと言うのなら・・・こうして、手を繋いでいてあげる。 こうすれば、もう怖くなど無いだろう?」
大切な、大切なキラ。
以前よりは落ち着いてきたけど・・・それでも、ふとした瞬間思い出される恐怖。
1人を恐れるのに、その恐怖を1人で耐えようとする。
そんな健気で・・・ちょっと、不器用なあの子。
恐怖が無くなるまで・・・いや、無くなったとしてもずっと、抱き締めてあげる。
だから、安心しておやすみ?
――――― 幼い心に負った傷は深い。
落ち着いてきたとはいえ、完全に癒えている訳ではない。
不安定な心に、闇は付け込む。
闇から幼子を守るため、紅の騎士は番人となって悪夢から至宝の存在を守る・・・・・・。
03. 夢
穏やかな気候が、コロニー内を包み込む。
気候は全て、コンピュータによって管理されている。
そのため、今は晴れの時間であると、事前にテレビを通して住民たちに告げられている。
気温の調整も全て、管理されているために人工のものであるが、
外で遊ぶ子供たちにとって、自然であっても人工であっても、なんら変わりは無い。
そんな中、鳶色の髪を腰近くまで伸ばし、珍しい深いアメジストの瞳を持つ幼い少女が隣人の少年と共に公園を駆け回っていた。
「キラ、あまり遠くに行ってはダメよ?」
「あぃ!」
「大丈夫ですよ、小母上。 僕が見てます」
少女の母親と思われる女性は、少女の名を呼びながらも隣にいる男性に寄り添った。
そんな女性の肩に手を乗せ、娘と少年の走り回る姿に、男性もまた微笑を浮かべていた。
母親の言葉に、少女は片手を挙げながら元気よく返事をし、少女の後を追っていた少年もまた、ニッコリと微笑を浮かべた。
暫く追いかけっこが続いたが、少女は少年の胸に飛び込むことで終わりを告げた。
少女は少年に甘えるように擦り寄り、少年もまた少女の髪を優しく梳いた。
そんな微笑ましいありきたりな休日の風景であったが、突如、晴天の人工の空が漆黒に染まり、辺り一体を闇がスッポリと包み込んだ。
その闇に怯えた少女はビクッと身体を震わせると、自身を抱き締めている少年に抱きついている腕の力を込めた。
怯える少女を少年はあやすように撫でていたが、目の前に広がる光景に息を呑んだ。
「・・・まぁま・・・? ぱぁぱ・・・?」
少女は震えながらも大好きな両親の姿が近くにないことを不思議がり、
恐る恐ると少年の胸元から顔を上げると、少女の前に広がった光景に、驚愕の表情を浮かべていた。
彼女の大好きな両親は迫り来る闇に、少女の前で飲み込まれてしまったのだ・・・・・・。
コロニー全体を包み込んでいる闇は周りの景色を次々と呑み込んで行き、
いつの間にか自身を抱き締めていた少年と離れ離れとなってしまった。
闇の中で独りとなった少女は、両親と同じく大好きな少年の姿を探し、歩き回った。
「・・・あしゅ・・・・。 あしゅ、どこ・・・?」
しかし、どんなに歩いても少年の姿を見つけることができず、少女の瞳には涙が溢れ出ていた。
だが、少女はそれでも泣こうとはせず、懸命に涙を堪えながら少年の姿を探し続けた。
いくらコーディネイターであろうとも幼い少女の体力は、同い年のナチュラルより少し上程度だ。
そして、少女は先ほどまで元気よく走り回っていた。
その状態で歩き回った少女は、既に体力の限界に近づいていた。
立ち止まろうとしたその瞬間、それまで光ることのなかった闇の中で、淡い光を放つものがあり、少女は不思議そうにその様子を見ていた。
光から現れたのは、少女が探していた大好きな少年で、少女は嬉しそうに走り寄ったが、いくら走っても少年の下には辿り着けない。
それどころか、どんどん引き離されてゆく。
光は既に消滅しており、再び闇が辺りを支配していた。
とうとう少女の体力は限界を超えたがそれでも、少女は少年の下へ走ろうと足を動かした。
だが、幼い少女の小さな足は縺れるようにカクンッとその場にこけ、起き上がることさえ出来ずにいた。
そんな少女を嘲笑うかのように、両親を呑み込んだ闇が少年をも飲み込もうとし、少女は悲痛の表情を浮かべた。
「あしゅ・・・。 あしゅーーーーーーー!!!!」
立ち上がることのできないキラは、大粒の涙を溢しながら少年の名を叫んだ・・・・・・。
穏やかに眠っていた幼子が急に苦しみだしたのを浅い眠りの中で察知したアスランは、隣のベッドに幼子に視線を向けた。
つい先ほどまで穏やかな寝息を響かせていた幼子は、その表情が苦痛に歪められていた。
「・・・キラ?」
アスランは、小さく幼子の名を呼びながら優しく彼女の頭を撫でた。
いつもならば、それだけで徐々に収まっていくのだが・・・今回も同じ、というわけではないようであった。
アスランがキラに触れた瞬間、ビクッと電流が流れたように小さな身体が跳ね、ガクガクと痙攣を起こし始めた。
先ほどよりも苦痛の表情を浮かべているキラをアスランは素早く抱き上げ、
自身の膝に座らせるような格好をしながら自身もまた、ベッドに座った。
「・・・大丈夫だよ、キラ。 戻っておいで・・・・俺の下に。 大丈夫。 キラは、俺が守るから・・・・・・」
自身の腕の中にいるキラをギュッと抱き締めたアスランは、彼女の耳元に口を寄せながら祈るように彼女の名を呼んだ。
抱き締める力を弱めず、ポンポンと一定のリズムで背中を優しく叩きながら囁き続けた。
そんなアスランの祈りが通じたのか、徐々に痙攣が収まってゆくとそれまで開かれることのなかった瞼がフルッと振るえ、
涙腺の緩んだ美しいアメジストがエメラルドを映した。
覚醒はしたものの、完全に目覚めたわけではないことを悟ったアスランは、
安心させるように微笑を浮かべるとキラの額と頬に優しくキスを落とし、今にも決壊しそうな涙を唇で拭った。
トクントクンと安心するアスランの心音を大人しく聞いていたキラは徐々にその瞳に光が戻り、現状が現実だと認識した。
「・・・あ・・・しゅ? ふぇっ・・・・あしゅー」
「・・・大丈夫だよ、キラ。 泣かないで?」
アスランの姿をジッと見つめていたキラは、ウルッと瞳を潤ませると止まったと思われた涙腺が決壊し、ポロポロと涙を溢した。
無意識に嗚咽を殺すキラに苦笑いを浮かべたアスランは、
優しく包み込むと頭を撫でたり背中を優しく叩いたりなど、キラの波立っている感情を落ち着かせた。
次第に泣き声が消え、ヒックとしゃっくりを繰り返していた。
しかし、未だ夢での恐怖が身体に染み付いているのか、アスランの服を握る力は一向に弱まることがなかった。
そのことに気付いたアスランは、無理に剥がすことなくキラが苦しがらない程度に抱き締める腕に力を込めた。
まるで、何かに縋るような愛らしい仕草を見せるキラに、アスランは慈愛に満ちた笑みを浮かべると、キラの耳元に優しく囁いた。
「あしゅ・・・」
「何か、怖い夢でも見たのかな? 大丈夫。 キラは、俺が絶対に守るからね?
・・・怖かったのなら・・・俺と、一緒に寝るかい?
また怖い夢を見たとしても、隣に俺がいるから・・・遠慮なく起こしていいから」
「あしゅがいっしょ? ・・・いっしょなら、こわく・・・ない」
耳元で囁いたアスランは、ニッコリと微笑を浮かべながら膝に乗せていたキラを抱き上げた。
未だにアスランの服を握り締めているキラだったが、小さくコクンと頷くと服から手を離し、アスランの首元にギュッと抱きついた。
「さぁ。 起床予定時間より、まだまだ時間はある。 今は、ゆっくり身体を休めるんだ。 お休み、キラ」
「おやしゅみなしゃい・・・・あしゅ」
同じベッドに入ったアスランはキラを抱き締め、キラはアスランに抱き込まれる格好のまま彼の胸元に耳を当てた。
キラの耳に響く優しいアスランの声と直接聞こえるアスランの心音。
二つの大好きな音に、次第に再び睡魔が訪れたキラは、
逆らうことなく・・・それでもギュッとアスランの服を握り締めたまま、深い眠りの世界に旅立った。
その様子を静かに見守っていたアスランは、苦しくない程度に力を込めると再び、自身も眠りの世界に旅立った・・・・・・。
昼間は、明るい笑顔を見せてくれる可愛いキラ。
けれど・・・時折こうして、大好きな両親を失った幼い心が悲鳴を上げる。
やはり・・・目の前で両親を失ったキラの心に、深い傷を残してしまった・・・・。
この傷は、目に見えないトラウマであるために、早々簡単に癒えることはないだろう・・・・。
目覚めた時の喪失感を二度と味あわわせたくはない。
コレで恐怖が消えるとは思わないけれど・・・少しでも、小さな心にかかる負担が軽減できるのなら・・・一緒に、寝ようか。
俺の願望でも、夢の中でも・・・キラを恐怖から守ってあげられるように。
――――― 目の前で両親を奪われた幼い“天使”。
自身にも向けられた銃口によってももたらされた“死”への恐怖。
幼き心に深い傷を負い、ふとした瞬間彼女の思考を捕らえる。
その恐怖は悪夢となって彼女を闇に取り込もうとするが、紅の騎士は番人となって、“天使”の安眠を守る。
安心する音を聞きながら眠りについた“天使”の眠りは、悪夢に捕らわれることなく、安息を得られるだろう・・・・・・。
END.
2009/12/31
Web拍手より再録。
今回のお題は「夢」。
「夢」と言われて思いつくのは、「正夢」と「悪夢」でした;
今回は、「悪夢」を採用。
メンデル事件後と言うこともあり、
キラの心に刻まれている「恐怖」にもリンクしております。
キラ至上なアスランは、
そんな「悪夢」や「恐怖」からキラを守り抜く「番人」になってほしいですねv
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