「何故ですか・・・? 何故、私をおいて行かれたのですか?
私たちは、生まれた時から共にいたではありませんか。
お約束したはずです。 何所に行くにも、私たちは共にあると。
・・・私は、貴方が堕天したことを信じられません。 貴方に、その理由をお訊きするまでは・・・・」



黄金の髪を暖かな風に徐に靡かせ、燃えるような美しいルビーの瞳は人界の映る水鏡を眺めていた。







――― 水鏡を眺めるその瞳は、憂いを帯びて悲しみを宿していた・・・








apocalypse
    ― 足掻らえない責務 ―











大地に広がる緑。
空は高く、白く輝いていた。
空には純白の翼を背に持つ者たちが飛んでおり、彼らはある一点を目指していた。
宮殿の中央に聳え立つ純白の塔。
その塔の最上階には、この《世界》を治める主・・・神の住まう神殿があった。





美しいプラチナの髪に、ルビーの様な真紅の瞳を宿し、その背には純白の三対六枚の翼を持つ青年は、
己が神殿に呼ばれた理由が分からずに内心首を傾げていたが、
表情には出さずにブーツをカツカツと小さな音を立てながら大理石のような神殿内を歩いていた。




(・・・・兄様の姿が見えない。 どこを探しても・・・兄様の気配を感じられない・・・・・・)




青年は、自身の瞳と同じ色と翼を持つ血を分けた、ただ1人しかいない半身である兄の姿を探した。



「ミカエル?」

「・・・・ラファエル。 兄様のお姿をお見かけにならなかったか?」



青年は、自分の名を背後から呼ばれて、名を呼んだ人物に振り返った。
青年の視線の先には、
エメラルドグリーン髪と美しいエメラルドの瞳を宿し、青年と同じ三対六枚の翼を持つ青年が立っていた。



「ルシフェルか? ・・・・いや、見かけていないな。 ベルゼブブの姿も見かけていない」

「・・・兄様が私に何も告げずに何処かにいかれることなんて・・・。
そんなこと、今までなかった。 あの方なら兄様の行方を知っているかもしれない。
・・・兄様に勅命を告げているかもしれないし・・・・」



ルビーの瞳を持つ青年・・・ミカエルの言葉に、
エメラルドの瞳を持つ青年・・・ラファエルは静かに首を横に振った。
ミカエルは、彼の返答に対して不安そうな表情を見せた後、
自分に言い聞かせるかのように小さく「大丈夫」と呟いていた。

ミカエルと彼と共に神の神殿に呼ばれていたラファエルは幼い頃から互いを知る、
言わば幼馴染という関係であった。
そのため、ミカエルの探している人物が誰なのかは、すぐに分かる。




――― ミカエルが自我を忘れるほど取り乱すのは、この世界において唯1人しかいないが




双子として誕生し、修行をする時はもちろん、
様々な行動は常に共に行動をしていたミカエルとその兄・ルシフェル。
ルシフェルの容姿は
弟であるミカエルとは対である夜空のような漆黒の髪に、同じくルビーの様な真紅の瞳を宿す。
ミカエルは、そんな兄の容姿が誰よりも好きであった。



ルシフェルの実力を誰よりも知るミカエルだが、
心に巣食う不安は消えず、神殿の中央部に近づく度にその不安は大きくなっていった・・・・・。



「ミカエル、ラファエル」

「ウリエル、ガブリエル。 2人もあの方・・・ゼウス様からの出頭命令が?」



純白の柱に背を預け、ミカエルたちが向かってくるのを静かに待っていた2人の影があった。
ブラウンの髪に、トパーズの瞳を宿し、三対六枚の翼を持つ女性。
女性の隣いたコバルトブルーの髪に、カイアナイトの瞳を宿し、三体六枚の翼を持つ青年は
ミカエルたちが向かってくるのを確認すると、
それまで背を預けていた柱から離れると、まっすぐ二人の前までやってきた。



「あぁ。 それよりも、数名の天使の姿が最近見かけないらしい。
その中にルシフェルの名があったが・・・・。 ミカエル、何か聞いていないのか?」

「・・・兄様が? ・・・私は、何も聞いていない。
けど、兄様のお姿を見ないのは、確かなこと。 私も兄様を探していたんだ。
・・・・どこにもいらっしゃらないから・・・・ゼウス様にお聞きしようと思った」



カイアナイトの瞳を宿した青年・・・ガブリエルは、
ほかの天使たちから仕入れた情報をミカエルたちに話した。
彼が天使から聞いた話だとルシフェルの他に、
彼の部下である者たちが2名、同時に行方がわからないという。



「・・・・何かが起こったとしか思えない。 あのルシフェルがミカエルに黙って何処かにか行くはずがない」



静かにガブリエルとミカエルの会話を聞いていたラファエルは、
常に行動を共にしていたミカエルの半身を思い出していた。
ラファエルは幼馴染ということで、他の2人よりもルシフェルとミカエルとの付き合いが長い。
そのため、常に弟のことを思うルシフェルは自身がいなくなると、
酷くミカエルが心配することをよく理解していた。



「・・・その確認の為にも、今はゼウス様の元へ向かうことが先決ですわ。
我ら4大天使を召喚なされるとは、よっぽどのことですわよ?」

「そうだな。 まずは、我らを召喚なされたゼウス様の元へ向かおう」



トパーズの瞳を宿した女性・・・ウリエルの言葉に、ガブリエルたちは頷きを返した。





4大天使とは、その名の通り天使たちの中でも強い聖力を持つ者たちである。
《天界》の主であり、天使たちが『あの方』と呼ぶ神・・・ゼウスの命により
魔に属する者たちの討伐に向かう際、天界軍≠ノ勅命が下る。
その際の指導者として、それぞれの方位を封じられている彼らが選ばれるのだ。


西にラファエル。

南にウリエル。

北にガブリエル。

そして・・・東にミカエルが封じられている。


ルシフェルは彼らと同等の力の保持者で、彼らの頂点に立つ天使長の役目を担っていた。
そのため、人界へ行く任務の際は、常にミカエルと共に行動していた。
その召集がないままルシフェルの存在だけが《天界》から忽然と姿だけでなく気配すら消えたことに、
ミカエルの心に宿る不安が増幅していった・・・・・。






彼らはそのまま直線になっている廊下を通り、
廊下の突き当りであり、塔の中心部である大きな広間の扉前で立ち止った。



「ゼウス様。 ミカエル以下、4大天使参上いたしました」

「お入りなさい」



4人の代表でミカエルが広間の主であるゼウスに許可を請い、中からは威圧感のある声が響いた。



ミカエルは扉の中央に移動すると、右手を翳した。
翳した右手から淡い光が放たれ、扉全体を包み込んだ。


この光は、ゼウスの部屋に入る際に必ず行われることで、認識票のようなものである。
光は、1人1人違うものであり、同じということはありえない。
複数いる場合は、代表者がするが、基本的に全員行うことである。

その例外として天使長であるルシフェルは召喚されない場合でも、
天使たちの意見をゼウスに伝える際に入出することが多々あった。



ミカエルの氣を認識した扉は、重々しい音を立てながら前方へと開かれた。





開かれた扉から中に入ったミカエルたちは、
中央にある長い階段の下の部分まで行くと、ミカエルが前方に出て、
ラファエル・ガブリエル・ウリエルが後方に下がった。


その位置についた彼らは、それぞれ左膝を床に突けて、
開かれた状態の右手を胸元に置き、視線は床に落としたままの状態となった。
一連の動作は《天界》において正式に決められている。



「・・・お前たちを召喚したのはほかでもない。
あの者たちに対抗できる唯一の力を持つのはお前たちのみ。
・・・ルシフェルを始めとする3名がこの《天界》から姿を消した。
《天界門》を守護するケルビムとセラフィムの話では、我が命なくその門より人界へ向かったそうだ。
お前たちに、彼者たちの討伐を命じる」

「!? ゼウス様。 兄が・・・ルシフェルが堕天なされたと仰るのですか!?」



堕天とは、神に対して反逆行為を犯した者や《天界》の理を犯した者。
そして、神自ら追放した者に付けられる《天界》を追放された天使たちのことである。



「そうだ。 ルシフェルだけではない。 ルシフェルと共に、ベルゼブブとアスモデウスの姿も見かけない。
この2人は、ルシフェルの片腕と崇拝者だ。
この者たちも《天界門》から堕天するのを、ケルビムが見ていた」



上から響くゼウスの言葉に愕然とした様子のミカエルは、
許可が下りていないにも拘らず伏せていた顔を上げた。

そんなミカエルを気配だけ感じ取ったラファエルは、咎めようと無言ではあったが呼びかけようとした。
そんなラファエルに気付かないミカエルは3人から背を向けた形ではあったが、
ラファエルには今のミカエルがどのような表情をしているのかが、手に取るように判った。



ミカエルは兄であるルシフェルのことを誰よりも信頼し、そして尊敬していた。
天使たちの中で最も強く、たくさんの知識を持つ兄を誰よりも尊敬し、
天界軍として戦う際にも、
自身に任された部隊を指揮しながら自身の背はルシフェルに託すほど信頼していた。

また、ルシフェル自身も弟であるミカエルに背を預け、自身の持つ知識を弟に惜しみなく伝えている姿を、
ラファエルは誰よりも近い位置で彼らを長年見てきたのだ。
共に戦場に行き、互いに背を預けあう彼らの姿を目の前で見ている天使たちの間では、
ミカエルとルシフェルの2人を“双翼”と呼び、尊敬の眼差しを送っていた。



「・・・ゼウス様。 私には信じられません。 あのルシフェルたちが堕天したなどとッ!」

「お前たちの主張は訊いておらぬ。
お前たちがいかにあの者たちを信じていたとしても、あの者たちが堕天したのは事実。
天界に仇をなす不安要素など、早々に排除するべきだと、我は判断した」

「しかし、ゼウス様! 彼らは私たちの戦友にございます!
堕天したことが事実でも、それには何か考えが合ってのこと!
彼らの言葉を聴くことなく、すぐに討伐との命にございますか!?」

「何を躊躇う。 我ら天界に住むものにとって、堕天とは最も罪深きこと。
そのような罪人の言葉など、本より聴く耳など持たぬ。
お前たちに与える任務は、何もそんなに珍しいことではあるまい?
お前たちの率いる天界軍は元々天界の敵と思われる者たちの排除。
中にはルシフェルたちのように堕天した者たちもいただろう。
それが、身近な者たちへと変わっただけのこと。 お前たちの任務は変わりない。 これは、勅命である」



その場に硬直したまま動かないミカエルに変わり、
ミカエルほどではないにしろ他の2人と比べれば遙かにルシフェルの性格を熟知するラファエルは
誰よりも溺愛するミカエルを置いて堕天するなど、考えられなかった。

そんなラファエルと共に今まで謁見の最中に口出しを一切しなかったウリエルもまた、
納得がいかないとばかりに彼らの位置からでは姿の見えない神に進言した。



しかし、頭上からの言葉には何の躊躇いも見ることなく威圧感溢れる重々しい言葉で『勅命』と告げた。
ゼウスから直々の『勅命』は何人たりとも拒絶することは不可能。
何よりも軍人としての任のある彼らも例外ではなく、
その任があるからこそ彼らはその『勅命』を聞かなければならない。
それが例え、本人たちの納得がいかないと思える任務であったとしても、
その任務を遂行することが義務となるのだ。



「・・・その勅命、私たち4大天使が謹んで承ります・・・・・・」



硬直したまま動かなかったミカエルだったが、
ゼウスからの重々しい『勅命』の言葉に美しいルビーの瞳に悲しみが宿り、項垂れた。

下げられていた左手は自然と拳を作っており、小刻みに震えていた。
そんな己に気付かないミカエルは、僅かに震える声でゼウスの『勅命』に頷いた。




――― そのことが、ミカエルの精一杯な虚勢だと知るのは皮肉にも、ラファエルだけであった・・・・・・











2008/02/01













登場人物の設定・・・出せると思ったんですけどね;
設定は、次回の更新に持越しです;
一章の最初から、いきなり《天界》の話です。
このオリジの為に、
執筆中は今まで以上にウィキにお世話になっておりますv