── 梅雨明けと共に暑さが増した今年の夏。








clear and sunny








「あっつい…」



夏休みに入っても相変わらずの毎日。
今日も誘いをかけてきた探偵団と共に出かけ、公園で実に小学生らしい遊びを堪能した後。
夕方になって居候先である探偵事務所へと向かっていた優希は、
昨日よりも暑い今日の気温とアスファルトからの照り返しに早くもギブアップしかけていた。(笑)



「(公園はまだ良いのよ)」



アスファルトであるかないかだけで随分違う。
それに公園には木陰もある。
いざとなればそちらに避難(…)すれば良かったのだから。





 ──しかし、帰り道はどうやったってアスファルトの上を歩かなければならない。



「…この身長も問題なのよね」



ひょんなことから(…)2度目の小学生生活を送っている優希の身長はかなり低い。
今の自分と同い年な歩美よりも低いのだから…当然、照り返しはより近くから感じてしまう。



「駄目だ。…暑すぎて溶けそう」



探偵団に付き合って動いていたのも原因なのだろう。
はっきりいって、今の優希に事務所まで帰る気力はない。←言切。
何処か涼しいところで休憩して帰りたいのだが、
お金はあってもこの姿なだけに手近な店には早々入れない。
(大人ぶってる探偵団と一緒ならとにかく)


 軽く見渡しても目に入るのは喫茶店ばかり。
 せめてファーストフード店でもあればまだマシなのだが…



 そう思ってもう1度周囲を見渡せば──



「……アイスクリームで凌げるかしら…?」



視界に入ったのはワゴン販売のアイスクリームショップ。
種類豊富で色とりどりなアイスが並ぶそこなら、小学生である優希が立ち寄っても問題はないだろう。…涼むことは出来ないが。
それでも気休めにはなるか、と立ち止まっていた足を再び動かし始める。
目的地は道向かい。寄れば帰りが遅くなるのは解っているが、今の優希は「早く帰って涼む」ことよりも「今すぐにこの暑さをどうにかする」ことの方が重要で。
普段なら真っ先に帰宅することを選ぶだろう優希にしては珍しい判断だが…それほどまでに今日は暑いのだ。



タイミング良く変わった信号を合図に横断歩道を渡って目的の店へ。
優希の身長ではアイスの種類などを直接見ることは出来ないが、買おうと思っているものは決まっている──というかそれくらいしか食べない──ので問題はない。
ワゴンに近付くにつれ感じるひんやりとした空気にほっと息を吐いた優希は、それからめいいっぱい顔を上にあげ、



「すみませーん」
「あ、はい!」



小学生の身体では高さがありすぎるため、中からは優希の姿が見えていないはず。
そう思い、恐らく自分に気付いていないだろうと子供っぽさ全開で声をかければ、
どうやらその通りだったらしい店員から少し慌てた様子で返事が返ってきた。


その声に「なんか聞き覚えがあるな」と思いつつ店員が自分を見つけるのを待てば…



「………」
「………」



視線を合わせたままぷちフリーズ。



「…なに、してるの…?」



先に我に返った優希が唖然とした様子で問い尋ねる。
その様子と問いかけに「正体がバレている」のだと察した相手も我に返り──正直に答えた。



「え、と…アルバイト、です」
「…夏休みだから?」
「まあ、…そんなカンジで」



真夏のアイスクリーム屋で出会った探偵と怪盗。
まさかこんな場所でこんな風に顔を合わせることになるとは思っていなかった両者は、
どうにか冷静になろうとするものの衝撃が強くて何処か不自然。(笑)
しかし暑さには勝てなかった優希が、その不自然さを打ち消すように自分を見下ろしたままの店員に向かって、



「……とりあえず、チョコミント」


と、目的であったアイスの注文をしたのだった。



注文後、余りの暑さにバテていることに気付いた店員からの勧めでワゴンの中にお邪魔した優希。
外ということに変わりないのだが、それでもワゴンの中はアイスクリームが溶けないようだいぶ涼しくなっていて…



「少しは楽になりましたか?」
「おかげ様で」



いくら暑いといっても急激に身体を冷やすのはいけないから、と店員である怪盗から渡された上着を肩にかけ、
優希はコーンの上に乗ったミント味のアイスを満足げに食べていく。



「今日はいつも以上に暑いですからね」


もう少ししたら涼しくなると思いますから、それまで此処で休憩なさってください。



既に時刻は夕方から夜に向かうところ。これから陽は落ち気温も下がる。
暑いことに変わりはないが、照り返しがあるのとないのとでは体感温度も随分と違うはずだ。


そう考えての言われたのだろう彼からの言葉に、優希はぺろり、とアイスクリームを舐めた後、唐突にこう尋ねた。



「…その口調はクセ?」
「え?」
「貴方、普段からそんな口調なわけ?」
「いえ…違いますけど」
「なら普段通りに喋ったら?」


あの格好じゃないのに敬語を使われても困るし。



アイスに視線を向けたまま指摘してみれば、どうやら無意識だったらしい怪盗が何処か間抜けに聞き返してくる。
それに相手へと視線を移した優希が更に尋ねれば…軽く首を振って否定され、ならばと口調を改めるよう要求した。



「第一、いつも私には紳士らしからぬ口調だったじゃない」



いつの間にか自分のことを把握していた怪盗紳士。
世間ではそう呼ばれているようだが、優希に対しては随分砕けた口調で接していた。それこそ、出会った当初から。
だから今更そんな口調で話されても逆に気持ちが悪いのだ、と言ってみれば、相手はちょっと複雑そうな表情を浮かべて、



「…じゃあ、これで良い?」



と、口調を改めた。



「そうね。 その方が自然だわ」



相手の正体を知っているからまだ違和感はないものの、小学生に対して敬語を使うのはどう考えてもおかしい。
 もし他の人間に聞かれでもしたら、訝しげな顔をされるのは間違いないだろう。



…まあ、男の子の格好をしている優希が本来の口調で話しているのもかなり問題だとは思うが。



「それにしても、こんな処で貴方と会うとは思わなかったわ」
「それはこっちのセリフ」
「? なんで?」
「だって甘いもの苦手でしょ? なのに此処で会うンだよ?」
「ああ…」



普段なら絶対に立ち寄らない──寄っても他に誰かいる時の付き合い程度──だろう場所。
今日だって色々な条件が重なったことでたまたま寄っただけであり、そうでなければわざわざ道を渡ってまでして行きはしない。
それを考えれば怪盗の言うことはもっともなのだが…それを言うのなら優希だって同意見なわけで。



「同じセリフを返すわ」



天下の大怪盗がこんな街中で堂々とアルバイトをしているとは思わないはずだ。恐らく誰も。
結局、どちらにとっても違和感のある場所だということに変わりはないのだろう。



しかも優希の「夏休みだから?」との問いに肯定まで返ってきている。
深く突っ込みはしなかったが、つまり普段の怪盗は「夏休み」がある立場の人間であるということ。
そして会うとは思わなかった場所でのアルバイトなのだから、当然この顔は彼の素顔なのだろう。
そこから察するに、彼はどう見ても本来の自分と同い年くらいだ。



「オレは甘いもの大好きだし」
「私が言いたいのはそこじゃない…って、甘党なの?」
「世の中のお嬢様達のイメージを裏切るようだけどね」



まさかこんな形で相手の正体を知ることになるとは思っても見なかった。
それどころか、世間では知られていない好みまで知ってしまったではないか。(笑)



「…まあ確かに。 あの格好からは想像出来ないだろうけど」


別に良いンじゃない?
好みは人それぞれなんだし。





── そう言った優希が自分の想像以上だった彼の甘党加減に目を丸くするのは数日後。(笑)



「だけど、良くオレのことが解ったね」



アイスを食べ終わった優希の手元に残ったコーンの包み紙を受け取ろうと手を出しながら問うてきた怪盗。
その自然な促しに礼を言いながら、問われた内容にちょっとだけ視線を逸らした優希は、



「…貴方が動揺してたからじゃない?」



と、微妙に答えを濁した。
理由を口にするのを避けた優希に対し、怪盗も自分が動揺したのは隠しようもないことだったので「あー、確かに。予想外すぎて固まっちゃったもんな」と呟きを漏らす。…どうやら誤魔化すことが出来たらしい。



「(…嘘じゃないから良いわよね?)」



濁した答えは嘘ではない。
あの時、自分に反応してくれたから確信を持てたのは事実。

だけどその前に彼が「彼」であることに気付いたのは優希の直感。
例え完璧なポーカーフェイスで誤魔化されても、自分が感じた「彼」に違いないと言い切れただろう。



「(でも…)」


…その理由は絶対に言わない。



「──ま、バレちゃったなら良いや」
「何が?」
「こっちの話♪」



優希が内心でそう結論つけている間。
怪盗は怪盗で何か考えていたのか、唐突にそんな結論を口に出され首を傾げる。

しかし問うても相手は答えず…変わりとばかりに機嫌良さそうな口調と表情でこう尋ねてきた。



「それよりさ、明日もアイス食べに来ない?」
「……奢りなら考えても良いけど」





いつもあの白い影を思い出していたなんて…絶対に教えない。






c2006. As for this novel, "Setsuka ougetsu" holds a copyright.






【eine schwache Ausrede】

暑中お見舞い申し上げます!!
…って、3年連続で残暑の時期なんですが。(爆)
去年の言葉を実行出来なかったばかりかまたしても同じ日に掲載しております;

2006年の暑中見舞い小説は久しぶりのシリーズ外短編になりました。
ギリギリまで「眠り姫」でいこうかと思ってたンですが、2年やったしもういらないかな…とか思いまして。
そして出来たのが不意に浮かんできた「街中でバッタリ☆」でした。(熱でいつも以上に浮ついてるンです)
最初は2人共お客さんだったんですが、どーせなら怪盗サンにアルバイトでもしてもらおうかと。
ウチでバイトしてる怪盗サンは珍しいので。(てか初めて?)




― Whisper of Night ―、桜月様


暑中見舞い第三弾ですv
今回は、優希ちゃんコナンver♪
怪盗がバイトしています(爆)
自分の正体がばれているのに、優希の心配をする快斗v
優希も元の口調で快斗と自然に接しています(萌)
素敵なフリー小説、ありがとうございましたv