──都内中心地にある、とある学院。
 都内の中心地とは思えないほどの木々や植物に囲まれた敷地内への入り口を潜ると…



 …そこに、人目を忍ぶようにひっそりとその学院は存在していた。








眠り姫 -Blue poppy-








都内にありながら、入り口が木々で覆われている為にあまり知られていない玉葉学院。
閑静であり落ち着いた雰囲気の学院は、生徒・教職員合わせて1500人以上が通っており、それに見合うほどの広大な敷地を有している。
名前だけは聞き及んでいても、その正式な所在地を知っているのは、恐らくこの学院の生徒及び関係者くらいだろう。
しかしながら偏差値はかなりのレベルを必要とし、それなりにお金もかかる。



 そんな知る人ぞ知る…と言ったこの学院には、世間には知られていないからこそ出来るのであろう、ちょっとした制度があり──



「おや…」
「なんや、優希はまぁた寝てしもうたんか」
「ついさっきね」



 …夏休み真っ只中の屋上。


この場で昼食を終えた後、厳選なるジャンケンの結果で買い出しに行っていた2人の男子生徒が戻ってくると、買い出しを頼んだ筈の少女は共に屋上に残っていたもう1人の男子生徒の膝の上ですやすやと寝息を立てていた…。



「ほな、これは無駄になってしもたか?」
「きっと優希のことです。寝起きに飲むでしょう」



買い出し組みだった2人──服部 平次と白馬 探──は、購入してきたばかりの品物を地面に敷かれているシートの上へと置いて、眠る少女、工藤優希の寝顔を眺めた。
そんな2人に、残って膝枕の役目を全うしているもう1人である黒羽 快斗は優しげな瞳を少女へと向けながら、



「1時5分前に起こしてくれってサ。それで飲むって」



と、優希が眠る前に言った内容を伝えた。



「さよか」
「今日は天気も良いですし、体調を崩す事もないでしょう」



シートの上に横たわる優希は、白襟に群青色のラインが入った青緑色──シアンブルーの
上着に黒のリボンを少し緩めて付けている。
膝上20cm程まである上着の下からは白色のスカート。
その上には、優希が着ている上着と同じ色の…しかし彼女には大きいブレザーをかけ、
長い漆黒の髪で河を作りながら心地良さそうに寝息を立てている。
ブレザーの持ち主はこの場に残っていた快斗のものであり、買い出しから帰って来た2人はそれぞれ白と黒のガクラン。



 …ちなみに制服が違うのは、この学院特有の『制度』の関係だ。



「ほんと“眠り姫”だよねぇ」
「ああ…、最近言われているやつですか?」
「そ。何時でも何処でも昼寝してるからね」
「せやかて、優希は校内の仕事が多いンやし…」
「それが解かっているから、教師も何も言わないのでしょう」
「てか、オレ等に何か言えるヤツっているのかよ」
「おらんやろなぁ」



この学院に入学して4ヶ月。
入学する前からこの学院の『制度』の中心に立つ事を決められていた優希は、前以って学院側から渡されていた資料を元に、己のパートナーとなるべき相手3名を決めた。



 『絶対王政』



それがこの学院の特殊な制度。
学院には1人の『王』と1人の『賢者』、そして2人の『騎士』に複数の『大臣』が存在する。
簡単に言えば、『王』が生徒会長で『賢者』は副会長のようなものなのだが、先にも言った通り、この学院は民主主義ではなく絶対王政。
つまり、先に上げた4人…正確には『王』が学院の全てを自由に、好きなように決める事が出来る。
その採決に対して、生徒や教師・学院側は一切の苦情も文句も言わないし言えない。


『王』は基本的に3年に1度学院側が決定し、任命後は卒業するまで『王』を退任する事は出来ない。
唯一の辞退任方法は『賢者』の判断でリコールが出た場合のみ。
この時になって初めて『王』は学院全体からの判定を受け、その結果によって行く末が決まる。
…もっとも、この方法も実施されたのは過去に数回しかなく、余程の事がない限り『王』が任期の途中で入れ替わる事はないのだが…。





──そして今年、前任の『王』が卒業と共に任期満了で退任し、新たな『王』が決定した。





それが、今この場で気持ち良さそうに眠っている優希であり、少女であることから『王』ではなく『姫』と呼ばれ…
制服のカラーとタイプが違うのはそれぞれの役職の違いを現している為で、快斗は『姫』の側近と言う立場から『姫』と似たような配色をした『賢者』の制服。平次と探は『騎士』を意味する黒と白の制服を身に付けている。



通常の制服は藍色のブレザーに紺色のスラックスとスカート。タイとリボンは青緑色で、女子の上着の襟はノーラインの白。
『大臣』達は一般生徒と同じ通常の制服を着用している。






…それこそが、学院で中心とされるのが4人だと言われる所以なのだ。



「新姫様は“ブルーポピー”らしいですよ」
「ブルーポピー? それって青いケシの花のことやな」
「ケシの花言葉は『睡眠』ですから…制服の色と合わせてそう呼んでいるんでしょう」
「はぁ…、この学院の連中もよう考えるわ」



緩やかに吹く風に身を任せながら、優希が起きるまでの間の時間をゆったりと過ごす。
何でも決められ、好き放題に出来る権利を持つ『王』ではあるが…それ故に仕事も多い為、今日のように夏休みに入っても学院に通っている。


その負担は『賢者』や『騎士』よりも遥かにかかっている筈で…



「…そろそろ、起こさなあかん時間やな」
「そうですね…」



解かってはいても、起こすのが忍びない。



平次と探の言葉に快斗は苦笑を浮かべながらも優希を起こし始める。
快斗だって出来ればこのまま寝かしていてやりたいが…起こさなければ、優希本人が烈火の如く怒り狂うのだ。(笑)



「優希? 起きて?」



自分の膝枕で眠り続けるお姫様に、快斗はそっと唇を寄せる。
すると、今までの会話では一切反応しなかった優希が覚醒に向けて身体を動かし始める。
緩やかに瞳を開けた優希は数回の瞬きを繰り返し…



「…おはよ」



と、自分を覗き込む3人に起床のご挨拶。



「はい、おはよv」
「おはよーさん」
「おはようございます」
「上着ありがと」
「どーいたしまして♪」
「ほれ、これでも飲んでスッキリしぃや」



3人それぞれの挨拶を返された優希は、くすくすと笑いながら上体を起こす。
そして自分の膝にかかっていた上着を快斗に返しながらお礼を言い、横から差し出された缶コーヒーを受け取った。


その様子を穏やかな表情で見ていた探。
不意に何かに思い至ったのか、小さな声で「ああ…」と呟き声を漏らし、



「…ブルーポピーとは、制服の事ではないんですね」



と、先程の自分の発言を訂正した。

てっきり、『姫』だけが持つ襟元にある群青色のラインが「青」の由来かと思っていたのだが…



「なんや、さっきの話しか?」
「ええ」
「? なんのこと?」
「最近、優希の事を“ブルーポピー”って呼んでる生徒がいるらしいんだ」
「ぶるーぽぴー?」
「他には“眠り姫”とか」
「…なんだか、思いっきり莫迦にされてるような気もする」



普段から生徒達の反応に関心がない優希が首を傾げれば、最近になっての呼び名を教えてやる快斗。
それに対し複雑な感想を述べた優希に、3人は揃って微苦笑を浮かべる。



「で? “眠り姫”はなんとなく理由が解かるから良いとして…なんで“ブルーポピー”なんて呼ばれてるの?」


ブルーポピーって、確かヒマラヤとか中国の山岳地帯で咲く花だったよね?



買って来て貰っていた缶コーヒーを開けながら問う優希に、探はさっき説明した花言葉と、今しがた気付いた「青」の由来を口にした。



「…おそらく、瞳の色に合わせてそう呼んでいるんだと思います。優希の瞳は大海のように深い蒼をしていますから」
「なるほど」
「確かに、そっちの方が理由としてはシックリくるわ」
「ふ〜ん…」



納得する快斗と平次に対し優希はイマイチ首を傾げ、それでも気に入らない訳ではない為、
反論する事もせず曖昧な呟きを漏らす。



「まあ、勝手に呼んでくれれば良いケド」
「…結局はそうなるわけね;」
「優希らしいですけどね(苦笑)」
「ほな、言い改めたりはせんでええンやな?」
「ん。別に困らないし」


「「「確かに」」」



理由を聞いた意味がないほどのあっさりとした決断に、3人の『賢者』と『騎士』は異存することなく了承して立ち上がる。


そして快斗が『姫』へと手を差し出し、



「では、そろそろ参りましょうか? 新姫様」



と、優希をエスコートするように立ち上がらせた。



「…今日は暑いね」
「そうだねぇ…風は気持ちいいケド」
「学院内でこの陽気ですから、さぞ都心は猛暑なんでしょうね」
「山に囲まれとってよかったわ♪」



緑に囲まれた学院の敷地内は比較的過ごしやすい気候をしている。
その為、ビルに囲まれた都心と比べると体感温度は段違い。

この場では心地良い日差しを仰ぎながら敷いていたシートが片付くのを待ち、片付けが済んだ処で校舎内へと戻っていく。
これから残った仕事を片付けて、それが終わって漸く4人にも夏休みが訪れる。

一般生徒よりも数日短い夏休みだが、彼等にとってはたいした問題ではない。





 …こうして、4人でいるのは変わらないのだから──







c2005. As for this novel, "Setsuka ougetsu" holds a copyright.






【eine schwache Ausrede】

暑中お見舞い申し上げます!
…って、もう残暑の時期なんですけどね?(爆)
ずっと何にしようか考えていた桜月は、フリー配布にするつもりなのにも関わらず
ragazzaネタで書き始めてしまいました。
そして、設定だけ考えて使わなかったネタをここぞとばかりに使ってみたのだが……
出来あがったモノは『ROOM』のragazza版のような感じですね;
…書きたかったのは「眠り姫」な優希と、その姫を起こす快斗です!
↑快斗が口付けで優希を起こしているのもこの辺が要因らしい。(笑)
なんだかシリーズに発展しそうな内容ですが、今の処その予定はありません。
暑中お見舞い限定のつもりなので再録の予定も…

ご要望が多かったので再録しました。
こんな異色モノにも関わらず、お声を頂きありがとうございます!!


 ──当て馬じゃない某人(笑)をragazzaで出すのは初めてだ…(今気付く)




― Whisper of Night ―、桜月様


初のコナン(快斗×新一)ですvv
コナンにはまった切欠は、桜月様の作品だったりします;
しかも、女性化(優希)からはまりました♪
期間限定のフリー小説でしたので、お持ち帰りをさせていただきましたv
某人sは、当て馬でも大好きです♪(ォィ)
素敵なフリー小説、ありがとうございましたv