忘れない、わすれない。 あの日の思い出だけは絶対に、忘れない。
Precious Memory
「いいなぁ、僕、これ乗りたい。」
ぐずったれながら潤んだ目で俺を見てくるのはいつものこと。俺も慣れっこだ。 何か頼みたいことがあって、自分じゃできなくなるといつもこうしてキラは俺を見てくる。 この日も俺は気にすることもなく、キラに普通に返事を返した。
「どうした?」
世話焼きな俺の性格を知ってのことだろう、食いついた!とばかりに目を輝かせると、キラは明るく大きな声で先ほどの言葉に説明を加えた。
「僕ね!これに乗りたいの!!」
普通の子どもよりあどけないその仕草はきっと無意識からくるものだろう。爛々と目を輝かせて言うキラに、さすがの俺も真面目に向かい合って話をせざるおえなかった。 刹那大きなアメジストを視線の端に絡ませて俺はその下を見ると、そこには一冊の開かれた雑誌が置いてあった。
『この夏行きたい!サマースポット特集』
そう書かれた雑誌には、鮮やかな色で全国各地の写真が飾られており、その一つ一つに説明がついていた。 キラが指していたのはその写真のうちの一つだった。 丸い、乗り物、であろうか。昔の遊び道具の再現をしているテーマパークの写真のようだった。 くるくる回るらしいその乗り物には、周りに箱みたいなものがついていて、たとえるなら、円盤を縦にしたような、そんな形をしていた。
「なぁに、これ?」
不思議な発想と、奇想天外な形に俺が思考をガンガンと働かせていると。
「え?カンランシャだよ。」
キラはそんな俺の努力も知らず、無邪気に答えてくる。 きっとその雑誌の説明文を読んだのだろう。まるで知っているもののように、キラは語りだした。
「これね、この箱の中に人が入って景色とか眺める機械らしいよ!面白そうだよね!」
「はぁ?」
キラの言うことがわからない。説明文は正直さっぱりで俺には到底理解できないものだった。
「えー?わからないなら実際に見に行こうよ!!僕これ乗りたい。」
ぐいぐいと引っ張ってくるキラの顔を見ていると、なんか慣れないものに触れたような気がして、眩暈がしてくる。 いつもこんなときに思う。キラには俺にないものばかりが備わっている、と。 どうしてそんなキラと気が合うのかはよくわからないけど、でも俺はキラのこんなところが大好きだった。
「ね!いこ!決まりね!!」
「ちょ・・・っ!キラ!!」
俺があーだこーだ言う暇もなく勝手にキラは俺との約束を取り決めてしまった。
***
多少沈んだ気持ちが隠せないのは本心からか。 でもキラからのお誘いで一緒に遊べるのが嬉しいのも反面あったりする。 とりあえず俺はキラに誘われるままに集合場所へ来てしまったわけだが・・・。
「キラが・・・、来ない。」
そうやって寂しく言ってみたところで、人一人いないここでは空しく響くだけで。キラが遅刻するのはいつものことだけど、なんだか勝手に取り付けられた約束で遅刻されると、少し怒ってみたくもなるものだ、いくら多少のことは許せる俺でも。
「キラ・・・」
着いたら何か奢ってもらおうか、とか、この機会に宿題を自分でやる約束を取り付けてやろうかだとかそんなことを考えている間に、誰もいなかったはずの背後から明るい声が聞こえて、俺はそれが誰か確認するでもなくため息をついて後ろを向いた。
「ごめんね、遅くなっちゃった・・っ!」
「だからお前は・・・っ・・・!!??」
用意されていたのは目を疑うような光景。キラは親友だし、毎日一緒に学校にも行ってるし、当然毎日顔も合わせる。 だけど、こんなキラを見たのは初めてだった。 きっとカリダおばさんが着せてくれたのだろう、今日のキラの服装はいつもと少しイメージを変えたものだった。 いつもはジーンズにTシャツで過ごしているキラが、少しお洒落な格好をしていたのだ。 夏らしくノースリーブの涼しげな白のパーカーには、胸のところに紫の小さな花の刺繍が施してあって。 膝丈より少し上な半ズボンも、また涼しげな装いで。 頭に被った麦藁帽子には、白いリボンが巻いてあって、男とは思えないくらいに・・・・可愛かった。
「キラ・・・服・・・・」
「ぇ?あ、これ・・・お母さんに勝手に着せられちゃって・・・やっぱ変だよね・・・」
あまりの可愛らしさに俺が口をパクパクさせていると、キラはやっぱり俺の言いたいことが伝わってないのか、違うことを言い出す。 こうやってチグハグな会話をすることはいつものことだが、今日ほどこの会話を煩わしいと感じたことはない。
「うん、いいんだ。これでいいから。」
勝手に自己完結すると、俺はキラの手を引きさっさと目的地へと向かってしまった。
***
「うゎぁ・・・すごぉい・・・」
それを見上げたキラの感想は、俺も同じだった。 文明はいつだって発達していて、前の文明は、今のそれに比べれば少し衰えて見えるのがあたり前だと思っていたのだが。 文明は、発達するとは限らないと思い知らされる。 今の世の中に、こんなに大きくて、ドキドキするものを作ろうとした人がいただろうか? わくわくが抑えられなくて、いつもは絶対にしないのに、馬鹿みたいにはしゃいでしまいたくて。 この"観覧車"の驚きと感動は、それほどまでに俺の心を揺るがせたのだ。
「ねぇねぇアスラン!!やっぱりあれすごいよ!!」
そんな子ども離れした俺とは反対に、キラは初めて見る観覧車におおはしゃぎだ。 早速俺の手を引っ張って、キラは観覧車へと走り出す。
「ちょ・・・っ!キラ!!」
「早く乗ろうよ!!僕待てないよぉ!」
頬とぷぅ、っと膨らませて、観覧車を指差すキラに、今度ばかりはアスランも苦笑を漏らした。
(ま、キラだし、いいっか。)
***
長い列に並んで、わくわくする子どもたちの間に混ざって、自分たちも興奮が止まらない。 そんな中、やっと乗れたと思ったら、今度は一つ問題が発生してしまったようだった。 さっきから、キラの様子が、・・・おかしい。
「アスラン?そっち行っても、いい?」
「どうした?キラ?」
「いいから・・・いい?」
「いいけど・・・?」
もじもじしながらアスランに顔を真っ赤にしてそう聞いてくるキラ。今キラはアスランの向かいに座っていて、観覧車は動き出したばっかりで。しかもキラの声は少し震えているような気がする。 いいよ、と言って自分の横を少し空けてキラの座るスペースを作ってあげたら、キラの顔がぱぁっと明るくなって、その瞬間、キラが勢いよく座っていた席から立ち上がった。
とたんに揺れる、ボックス。
バランスを崩してしまい、キラがアスランになだれ込むようにして倒れてしまう。アスランもキラを受け止めようと立ち上がりかけた。
「キラ・・・!!」
「うゎっ・・・!!ぎゃーーーーーー!!!!」
倒れこんで、アスランにつかまりながらキラが後ろの窓の先を見ると、とびこんできたのはまっさかさまに落ちてしまいそうな錯覚を呼ぶ、外の景色で。 それを見たキラはとたんに真っ青になってしまった。
「キラ、どうした?」
「・・・・・・僕、高いところだめなの、忘れてた・・・」
いつだってお調子者で、そしてそそっかしくて。 そんなキラの性格は知っていたはずなのに。 泣き出してしまいそうなキラの顔を見ると、どうしても保護欲が湧いてきてしまう。 きっと、自分でも無意識だったのだろう、気がつくと、俺はキラの肩を抱き寄せてそっとあやしていた。
「アスラン・・・恥ずかしいよぉ・・・」
「ばか。」
ほら、つかまってろ、と言えば、よほど怖かったのか、ぎゅっと掴まれる強い感覚を感じる。 頼られる幸せなのか、今俺の心を満たしていたのは、不思議な感覚だった。
「アスラン・・・心臓の音、すごいね・・・」
とくとくと鳴る自分の胸の音に、キラが安心感を覚えたのか、先ほどよりはほっとした声で言ってきた。 何故だろう、今度はこっちが落ち着かなくなってくる。 見に覚えのない、何か深い気持ちを奥に感じて。 早鐘のように鳴る、自分の心臓。触れる肌から感じる熱さ。 この熱の正体が何かよくわからないけど、確かにそこにそれはあって。
「き、キラ・・・?もう離れないと、ここから降りるときに抱き合ってたらおかしいだろ・・・っ?」
もう我慢ができなくて、そうキラに言ってみるが、返ってきたのは、スースーと気持ちよさそうな寝息の音だけだった。
「おいキラ!!起きろキラ!!」
安心しきったキラは寝てしまっていたらしい。 さっきのドキドキはどこへやら、俺は慌てて自分に抱きついたままのキラを起こそうと必死にもがいていた。
***
「あーあ、結局僕寝ちゃったなぁ・・・」
景色見るどころじゃなかったね、とキラ。 その通りだ、とアスランも心の中で渋い顔をしながら頷いた。 色んな意味でアスランにも余裕がなかった、と思う。 それにしても、あのドキドキの正体は何だったのだろう、今になってもわからない。 帰り道でゆっくりキラの話を聞きながら考えるか、とのんびりな思考をめぐらせながら、二人は帰路についた。
あとがき 観覧車の中で抱き合いアスキラです。
桜輝水様、−朱鷺色の夢路−
あとがき返し
某チャット会にてとんとん拍子で頂けることとなった小説です♪
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